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31. サバイバル試験 結果

 騒動から翌日。

 遂に試験の結果を発表する時が来た。

 アルファ、ベータ、ガンマ、デルタの四クラスの全ては森の中でも見晴らしの良い場所…『本部』に集められている。


「何故だ!ついさっき(・・・・・)まで、全クラスのクラス旗は俺たちが持っていただろう!!!」


 皆が集まることによって生じる喧騒が、突如響いたそんなアルファクラスの男子生徒の叫びによって一気に静まり返る。

 何事かと皆の視線が一斉にその生徒とその生徒を取り囲むアルファクラスたちの元へと集まるが、そんなことはお構いなしに男子生徒は話を続ける。


「おい、リガルダ。お前本当に四本の旗を持っていたんだろうな?」


 怒声を放つ男子生徒に睨まれるリガルダと呼ばれた男子生徒。リガルダは旗では無くそこらにありそうな木の枝を四本手に持っている。


「アルデ、お前もリガルダが今朝…拠点を後にする時に確かに旗を四本持っていたのを確認しただろう。少し落ち着け」


 どうやら青筋を立てるぐらいにキレている男子生徒の名前はアルデというらしい。

 まあ怒るのも無理ないだろう。

 ここに来るまでに確かにアルファクラスが確保していたと思われる全てのクラス旗が、ただの木の棒に変わっているのだから。


「落ち着いてられるか!じゃあ旗はどこにいったんだ!」


「結果発表でわかるだろう…ほら、先生が前に立ったぞ。それに私たちは魔石だけでも10ポイントを獲得している。二位にはなるだろう」


「はあ!?一位じゃなきゃダメなんだよ!」


 更に怒りをあらわにするアルデだったが、それぞれのクラスの担任である先生四人が前に出たことで感情を抑えたようだった。


「それじゃ結果発表を行う。得点の計算は今ここで行うわけだが、まず最初に減点から計算する。試験最終日の点呼の際にデルタクラスの生徒が一人いなかったようだな。よってデルタクラスはマイナス1ポイントから計算する。その他に減点対象となる行為はなかった」


 アルファクラスの担任。

 厳格そうな見た目と話し方に反して心優しいと噂の女性教師、ナイル=リヴェイラル先生が場を仕切り始める。

 毎晩21時の点呼の際に生徒がいなかった場合、一人につきマイナス1ポイント。それがデルタクラスに適応されたわけだが、それによりデルタクラスは他の三クラスから馬鹿を見るような目を向けられ始める。

 しかし、その目は一瞬にして覆った。

 

「次にクラス旗を持っているクラスは代表一名が前へ」


 何故ならナイル先生のその指示で前に出てきたのは、デルタクラスの男子生徒だけだったのだから。


「はあ!?嘘だろ!!!」


 それを見たアルデの叫びで、火蓋を切ったように驚きの声があがり始める。中でも驚いているのはデルタクラスの連中。

 何故なら全てのクラス旗(・・・・・・・)を手に抱え、前に出てきたのは他でも無く俺と一週間グループを共にしたデルタクラスの生徒、ブラドだったからだ。

 デルタクラスの奴らも、今のいままでブラドがクラス旗全てを手に入れていたことを知らなかった。それには理由もあるのだが、今はその話はいいだろう。


「よろしい。これでデルタクラスはプラス9ポイント。他の三クラスはマイナス3ポイントだ」


 どこか誇らしげなブラドの表情。

 それを見て他クラスの連中は憎しみとも取れる表情を浮かべているようだったが、本当の修羅場はここからだ。

 ここから起こる惨事を考えるとなると…今からでも胃が痛い…だが腹を括るしかないだろう。


「先生。少し良いですか?」


「なんだ、フィラト」


 ここでアルデを宥めていたアルファクラスの女子生徒が挙手したが、どうやらその女子の名前はフィラトというらしい。


「私たちは今朝まで確かにクラス旗を四本持っていました。もし今朝奪われたのだとしたら…試験の有効期間はいつまでだったのですか?」


 確かにフィラトの主張は分からなくもない。

 フィラトたちアルファクラスの生徒は、今朝自分たちが四本のクラス旗を持っていたことを目視しているのだろう。

 だからフィラトたち的にはクラス旗をついさっき奪われたものだと考えている。もし試験の期間が今日を含んでいなかったとしたら、ブラドが旗を持っているのは無効となり、アルファクラスの得点となるのでは、とでも考えているのだろう。


「試験は今日の午前9時までだな」


 今の時刻は10時過ぎ。微妙な時間だろうが、フィラト、アルデを含むアルファクラスの生徒たちは歓喜とも取れる声で叫んだ。


「だったら──」


「残念だったな。クラス旗は今日の午前9時を回る前にデルタクラスの手中にあった。よって得点はデルタクラスのもので揺るがない」


 アルファクラスの担任だというのに、ナイルはアルファクラス全員の主張を一刀両断に斬り伏せた。

 それによってアルファクラスはまだ何か言いたげだったが、黙り込む。


「次は、魔石の計算だ。まず1ポイントの魔石の計算から行う。1ポイントの魔石を保持しているものは前へ出るように」


 ナイルに促され、アルファクラスから二人、ベータクラスから一人、デルタクラスからミネラとスコッチの二人が歩み出た。

 前に歩み出た五人は一斉に紋章を展開し、手に持つ小さな赤色の魔石を教師監視の元取り込んでいく。

 取り込み終わった五人は、元の場所へと戻った。


「次、3ポイントの魔石を保持しているものは前へ」


 デルタクラスは3ポイントの魔石を保持しているものはいない。よって。アルファ、ベータ、ガンマクラスからそれぞれ一人ずつ前へ出ていくのを眺めるだけ。


「王子じゃん…」


 俺の前にいたダイアがポツリと呟いたのでアルファクラスから出てきた生徒を凝視すると、確かに3ポイントのものと思われる橙色の魔石を手に持っているのは、セラリスに来た初日にミルを助けに向かってくれた少年に違いなかった。

 そんな王子含む三人も、先ほどと同様に魔石を取り込んでいく。


 これでデルタクラスは13ポイント、ガンマクラスは0ポイント、ベータクラスは1ポイント、アルファクラスは2ポイントとなる。

 これだけでもデルタクラスが圧倒的であるが、後に残るは……


「次は最後…5ポイントの魔石を取り込んでもらう。それでは魔石を持つものは前へ」


 そう言われて前に出てきたのは、二次試験の時に俺と剣を交えた少年、ハザンだった。

 ハザンは自信満々に紋章を展開し、手に持つ青色の魔石を紋章へと近づける。だが──、


「おや?取り込めないようだが。これは別な生徒が倒したのではないか?」


 ナイルの言う通り、5ポイントの魔石はハザンの紋章に取り込まれることは無かった。

 ──魔石は魔物を倒した本人じゃないと取り込むことは出来ない。

 よってハザンが魔石を取り込めないということは、5ポイントの魔物を倒した者はハザンではない。


「そんなバカなっ。確かに私はあの凶悪な魔物をこの手で葬った。妙に手応えがないとは感じたが…」


 困惑に満ちた表情で魔石を見つめるハザン。そんな中、覚悟を決め俺は手を挙げる。


「あの、5ポイントの魔物を倒したの俺なんですけど。魔石を回収しようとしたらそこのハザン君に先に魔石だけを奪われてしまって。クラス旗以外の略奪行為は禁止。よって俺がその魔石を取り込めれば、ポイントはデルタクラスに入るってことですよね?」


 淡々と説明をこなす俺に、一斉に視線が集まる。そのほとんどが、何を言ってるんだコイツはと言った侮蔑の目だ。


「それは本当か?ではハザン。魔石をデルタクラスのワタルに」


 俺はハザンの前まで歩み寄り、魔石を渡すようにと手を差し出す。


「おやおや君は…私と二次試験で剣を交えた少年じゃあないか。君ごときがあの魔物を倒せるとは思えないけどねえ」


 そんな悪態を吐きながらも、魔石を手渡してくれたハザン。俺は紋章を展開させる。

 そうして巻き起こったのは……


「はあ?死人の紋章(コープスアイデント)!?そんなやつに魔物が倒せるわけねえ!」


 といった言葉の嵐だった。

 俺が死人の紋章(コープスアイデント)であることは広まった事実だと思っていたが、どうやら知らなかった人も結構いたらしい。

 しかしそんな罵倒による喧騒は、俺の六というレベルを見て徐々に鎮まる。


「よし、では取り込んでみろ」


 ナイルに促され、俺は魔石を紋章へと掲げた。すると魔石はスルスルと紋章に取り込まれていく。


「決まりだな。優勝はデルタクラス。おめでとう。そして一年生で初めてスターを得ることになったのは、ワタル。君だ」


 ナイルはどこから取り出したのか、スターの紋章を俺の胸へと取り付けてくれた。

 よし、これで校長に一歩近づいた。

 俺は湧き立つデルタクラスの歓声と、他クラスの困惑と罵倒が入り混じった声を聞きながら、クラスの場所へと戻る。


「以上で解散とする。速やかにクラス指定の馬車に乗り込むように」


 そんなナイルの言葉によって、混沌と化した生徒たちの渦はそれぞれの馬車へと収束した。



「おいワタル!お前いつ5ポイントの魔物を倒したんだよ!それにブラド!お前よくクラス旗を取り返したよな!ついでに他クラスのやつも!」


 試験会場の森から学校に戻るための馬車内で、エレルトが俺、そして俺の横に座るブラドに詰め寄ってくる。

 それに呼応して、他のクラスメイトたちも俺の周りに集まり始めた。

 と言っても今いる馬車は男子生徒だけ。詰め寄って来るだけ暑苦しいので離れて欲しいが、そんな願望は通用しない。

 クラスメイトたちは俺の胸で輝く一学年初のスターの勲章に視線を向けているようだった。


「俺様も驚いたゼ!今朝ワタルから四本の旗を渡されたんだからよぉ」


 ブラドから飛び出た言葉が予想外だったのか、一斉に俺に視線を向けるクラスメイトたち。

 その表情からは困惑のようなものが見て取れるが、それも当然の反応だろう。

 魔石だけでなく四クラス全てのクラス旗を手に入れたという事実。

 更に俺は唯一クラスメイトたちの前で魔法を見せる機会になっている、魔法の実技訓練の時間に顔を出していなかった。

 だから大半のクラスメイトたちは俺のことをあまり戦闘ができないサポート向けの生徒であると捉えていたはずだ。

 ──にしても。


「…おい。それは言わない約束だったろ」


 俺はブラドに旗を渡す際、俺が旗を回収したことは言うなと釘を刺していたはずだ。


「ワタルの功績を俺様が奪うわけにはいかねえよ。それでどうやって手に入れたんだ?魔石と旗を」


 スターを得たことに加え、旗も俺が回収したことがクラスにバレてしまえば嫌でも注目を浴びてしまうし、クラスはこれから俺を頼ることになってしまうかもしれない。

 俺はこの学校に長居しない以上それは避けたかったが、やはりブラドの手柄に仕立て上げるのはブラドが許さなかったか。

 まあしょうがない。

 俺がいかにして5ポイントの魔石を獲得し、全てのクラス旗を得ることができたのか。それを説明するには、まず初日の夜に遡る必要がある。



◆◇◆◇◆◇



 試験初日。

 皆が寝静まった夜更け。俺はある作戦を実行すべく布団から身を起こした。

 その作戦を実行するにはミルの存在が必要不可欠となるのだが、男子と女子が寝ている部屋は異なっているため忍足で女子部屋まで行かなければならない。これがまた厄介だ。

 何故ならジャンケンで俺の眠る場所が出入り口から最も遠い場所となってしまったから。

 周りを見回すとそれぞれ楽な体勢で寝静まっているのが目についたが、中でもスコッチは横で寝るブラドの毛並みに蹲って寝ていた。

 スコッチの間抜け面から流れ出す溢れんばかりのよだれが、ブラドの艶々の毛並みをコーティングしているのだが……これは朝起きたら修羅場になってそうだ…


 そんな惨状を眺めながら、俺はそばに置いておいた今は幻影変化輪(シェイプシフター)によって木剣になっている神々封殺杖剣(エクスケイオン)を手に取り神光支配(ハロドミニオ)を足元に纏った。

 こうすれば足音をほとんど消すことができるのだ。

 残る問題はミルを連れ出すために女子部屋に入ること。

 ミルには事前に作戦を説明しているため起きているとは思うが、女子部屋に入るところを他の男子にでも見つかったら今後の学校生活が脅かされかねない。

 男部屋を出て一度トイレに向かい、女子部屋の扉をそっと開ける。一度トイレに行ったのは万が一見つかった時に寝ぼけてこっちの扉を開けたと誤魔化すためだ。

 中を覗くと、入り口のすぐ側でミルが寝ていた。起こすのは手間がかかるから頑張って起きてろよと言ったのだが…十歳の少女には難しかったようだ。


「おい」


 なんとか周りで寝静まる女子たちを起こさないように声をかけ、体を揺さぶる。

 暫くして少しづつ瞼をあげたミルの瞳と目が合う。それで悟ったようだった。


「あっ…私…」


「静かに。外に出るぞ」


 口に右人差し指を持っていき、ミルに音を立てないように指示する。ここで誰かが目覚めれば本当に厄介だ。

 だが俺のそんな不安は杞憂に終わり、無事に誰にも悟られることなく真夜中の森に出ることが出来た。


「じゃあ少しここで待っててくれ」


 拠点から少し離れた先、万が一でも拠点から出てきた生徒やテトラに気づかれない場所で待つようミルに指示する。

 これから行うのは単純だが確実に森内で身を潜める魔物を見つける方法。ミルの力が必要なのは、魔物を見つけた後だ。


 ミルが頷いて俺の指示を理解したところで──俺は跳躍した。

 ただの身体能力を頼りに森の木々の合間を縫って進んでいく。

 数十分に渡って駆け回り森の外周を把握した後、俺はこの森の全体がサリィバの森と同等程度…いや、それ以下の大きさであることを把握する。


 俺はサティスと過ごした二ヶ月と少しの間、散々あの森内で身体を上手く使うトレーニングを行った。

 つまり、今や森という場所は俺にとって取るに足らない庭のような場所。

 

 森の中全部を探索することで、魔物を見つける。

 いわば、ただのゴリ押しだった。

 

 魔物だけでなくアルファクラスの拠点の場所も確認したい。

 何故アルファクラスの拠点を探す必要があるのか。

 それは既にアルファクラスが5ポイントの魔石を手に入れていないかを確認するためである。そしてあわよくばクラス旗の在り処も。

 もちろん森を完全に探索してその両方を見つけるのでも良かったが、それらを見つけるよりも先にアルファクラスの拠点を見つけたので、探りを入れる方を先にやってみる。


 アルファクラスの拠点は思ったよりも早く発見できた。

 灯りも何も無い真っ暗闇の森の中で、ゆらゆらと輝く松明の輝きがそこにあったからだ。

 呑気なデルタクラスと違って、アルファクラスは点呼後でも見張を立てているらしい。

 クラス旗以外の略奪行為が禁止されている中で見張りを立てる理由…

 それを探るためにも、気づかれない範囲で見張まで近づいた。

 森は静寂と暗闇で包まれている。何かイレギュラーがなければ気づかれない自信はある。


 充分に近づいたところで、見張りの二人が何やら喋っているのが聞こえてきた。


『奪えたクラス旗…裏切り者…』そんな言葉が断片的であるが聞き取れる。


 それで俺はアルファクラスの連中がベータかガンマクラスのどちらか、または両方のクラス旗を既に手に入れていることを悟る。

 それらを奪還しようと向かってくるクラスがいないか見張を立てているのだ。

 いや、単純に、俺たちと同じように拠点の近くにクラス旗を立てたのかもしれない。

 …まさか初日で他クラスの旗を手に入れられるなんてな。

 感心するとともに、ラティの魔法が上手く俺たちの旗を隠していることに安堵した。先程外に出たついでに確認したが外傷は全くなかったから。あの見張が言っている『奪えたクラス旗』はデルタクラスのものではないだろう。

 よくその見張周辺を見渡してみると…やはりクラス旗が立てられてあった。

 最もアルファクラスの目がある拠点の入り口に堂々とクラス旗を立てる。

 なんとも大胆のように思えたが、理に適っているようにも思えた。


 それはそうと、もう少し近づいてみるか。

 神光支配(ハロドミニオ)を耳に集約させたはいいが、逆に耳が鮮明になりすぎて、木々が織りなす音で会話が聞きづらかった。

 俺は裸眼ならぬ裸耳で断片的な会話が完全に聞こえるような、そんなギリギリの場所までなんとか暗闇に乗じて接近する。


「それで、ハザンはいつ5ポイントの魔石をゲットする予定なのか知ってるか?」


「ライリによるともうマーキングは済んだみたいだよ。明日にでも狩るんじゃないか?」


 都合よくここで俺の知りたかった情報、既にアルファクラスが5ポイントの魔物を狩っているか否かが明かされた。

 もし情報が得られなかったら二人を監禁して聞こうとでも思っていたのだが、その必要は無くなった。

 略奪行為は禁止されているが、暴力行為は禁止されていない。なんて屁理屈を通そうと思っていたが、やらなくて済むに越したことはない。

 そしてどうやらライリという生徒が噂の索敵の魔法を使える生徒らしい。

 この場にこられたら厄介だ。すぐに退散しよう。

 そう思った矢先、フラグを回収するかのようにアルファクラスの拠点から一人の男子生徒が現れた。


「あんたら、何ぺちゃくちゃ喋ってんの?傍聴されてることに気づかなかったー?」


 ライリがそう言って指差す方向には俺がいる。

 この暗闇の中だから個人が分かるほど鮮明に姿を確認されるということはないだろうが、油断した。

 俺は姿が完全に確認される前に、森の闇へと溶け込んだ。次の目標…5ポイントの魔物を探すために。

 追手が来ることは無く…俺はそのまま魔物探しへ切り替えた。


「いた…!」


 数分程走り回ったのちに、ついに魔物を発見する。そしてその場所を把握したところで、ミルの場所まで戻る。


「もう…遅いよ…」


 夜の森は思ったよりも肌寒く、不気味。少女が一人でいるには些か配慮が足りなかったようだ。俺はミルに陳謝し、そのままミルを背中に担ぐ。

 そしてすぐさま先ほど把握した魔物の場所へと向かう。


「寝てる…みたいだな」


「あれが5ポイントの魔物…?」


 俺とミルが見つめる先には、草木に囲まれるようにしてうずくまる巨体がある。

 ブルータルベアー。それが今回の試験で5ポイントを獲得するべく倒さなければならない相手。アロルドの情報は正しかったと思われる。

 しかしとてもBランク冒険者が苦戦しそうな相手には見えないが…

 ブルータルベアーの無防備な背中を見て、アロルドの言葉の節々に見つかる疑問点に首を傾げる。だが、そんなことを考えている時間は無い。


「ミル、お前魔法の実践授業で、魔法の使い方がだいぶ様になってきたみたいだな」


「うん。それがどうかしたの?」


「今から俺があいつを倒す。そしたらアルファクラスの連中がやって来るはずだ。マーキングしてた魔物の気配が消えるからな。そしたら、俺に人形を操って見せてくれた時みたいに死体をまるで生きているかのように見せかけて、やってきたアルファクラスの奴らにぶつけてくれ」


「ぶつけるって…なんでそんなことをするの?」


 ミルは俺の指示に当然のことながら疑問を持ったようだった。時間がないわけではないので説明する。


「もしミルがアルファクラスで、デルタクラスのやつが5ポイントの魔石を手に入れたと知ったらどうする?」


「略奪行為は禁止されているんでしょ?だったらどうしようもないよ。諦めるかな…」


「まあ普通はそうだよな。略奪行為は禁止されてない。だけどな、初日にテトラが言ってたことを覚えてるか?『魔石を紛失した場合、ポイントは加算されない』んだ」


「それってつまり…そういうこと?」


「ああ。他クラスがデルタクラスに5ポイントの魔石があることを知れば、略奪行為が禁止されているにしろ、あの手この手でそのポイントを無効にしようとしてくるだろう。それが厄介なんだ。それをさせないために、あえて魔石をアルファクラスのやつに持たせておく。まあ、そこまで考えてないかもしれないけどな」


「なるほど…それはわかったけど…その魔物倒せるの?ワタル一人で。確かアロルド君はあの魔物はBランク冒険者相当だって…」


「いや、見たところそれほどの相手ではない。見とけ」


 俺は一直線にいびきをかいて眠るブルータルベアーの喉元へと駆け寄り、神光支配(ハロドミニオ)を纏った拳で殴打した。

 それによってブルータルベアーははるか後方にあった大木まで吹き飛ばされ、血反吐を撒き散らしながら倒れる。どうやら一撃で葬れたらしい。

 極力外傷はないようにしたかったが、吐き出した血は少量のようだし暗闇も相まって気づかれることはないだろう。


 やはり、ブルータルベアー…いや、この魔物は十歳の少年少女でも倒せるように学校側が配置したものだった。

 では何故、アロルドがこの魔物をBランク相当のもので、とても俺たちで倒せるようなものでは無いとクラスメイトたちを説き伏せたのか?

 その答えは先ほど聞いたアルファクラスの会話を含め考えると、想像に難く無い。


「よし。いったんこの場を離れるぞ。どれくらいの距離がミルの魔法が届く限界だ?」


「百…いや、百五十メートルくらいかな」


「十分だ」


 俺はアルファクラスの拠点からこちらへと向かって来る松明の灯りを確認しながら、そいつらに見つからないようにミルとともに現場から百メートルほど離れた木陰に身を潜めた。

 ライリとやらがこちらに気づく可能性を考慮して、逃げるのには十分な距離。


 見張を行っていたアルファクラスの二人組は、5ポイントの魔物を『マーキング』したと言っていた。

 つまり、距離の離れた獲物を見つけるのにはマーキングなる動作を行う必要があるということで、マーキング対象が死んだかどうかもわかるはず。

 先ほど俺がライリに見つかったのは単に気配を気づかれただけだろう。

 二人の会話が聞こえるようにかなり近い距離にいたしな。


 そのままミルに先ほど俺が殺ったブルータルベアーの亡骸を操作するよう指示し、その時を静かに待った。



◆◇◆◇◆◇



「おい、『アグレシブベアー』の反応が消えたってどういうことだ、ライリ!」


 マーキングしていた魔物の反応が消えたというライリの発言によりアルデ、ライリ、ハザンの三人はアルファクラスの拠点から飛び出した。

 三人は反応が消えた場所へと向かっている。


「そのまんまの意味。他クラスの誰かに倒されたんじゃない?」


「こんな深夜にか?他クラスの奴らには、ブルータルベアーって言って牽制してたはずだろ?」


 アルデはあり得ない、と首を振った。


「まあまあ落ち着きたまえ。まずこの目で見ないとわからないだろう?」


 何かのはずみでアグレシブベアーのマーキングが消えたという可能性もなくはないと、ハザンは声を荒げるアルデを宥める。


 ライリの紋章魔法(アイデントスペル)は、使用の際に条件がある。

 それはまず目標(ターゲット)を視認することで『刻印(マーキング)』をすること。

 刻印(マーキング)を消す方法は目標(ターゲット)が死ぬか、刻印(マーキング)してから二十四時間以上の時間が経過する、または自身が解除するのいずれか。

 ライリがアグレシブベアーを刻印(マーキング)したのは、今の時刻からおよそ四時間前の二十時三十分。

 ライリは自分で解除なんてもちろんしていないので、選択肢はアグレシブベアーが何者かによって葬られたことしかない。


 アグレシブベアーを刻印(マーキング)した時にはすっかり森も闇に包まれており、狩るのは視界が良好な明日の朝にでもやろうと思っていたところだった。

 まさかそれよりも早く他クラスに狩られるなんて。それはライリにとっては信じがたい出来事だった。

 しかしライリは誰に狩られたのか、という最重要な問いの答えが分かっていた。

 さっきまでアルファクラスの拠点を監視していた人物。


 デルタクラスの異端児──ワタル。


 何故、本来大人であるはずのワタルが少年の姿になってこの学校にいるのか。

 ライリはそれだけが気になってしょうがなかった。


 やがて三人は反応が消えた場所までたどり着く。


「あれ?おかしいなあ」


 目の前の光景を見て、まずライリが首を傾げた。

 死んだはずのアグレシブベアが、目の前でその巨体を持ち上げて──今にも自分たちの方に突進してこようとしていたからだ。


「やっぱりまだ生きているじゃないか。君の魔法には欠点があるのではないか?ライリ君」


 呆れたように挑発するハザンの言葉は、ライリの耳には入っていない。

 ライリの頭の中では、自身の刻印(マーキング)がいかにしてアグレシブベアーから外れたのか、それだけが渦巻いていた。


 しかしアグレシブベアーは動いてはいるものの、全く覇気が無かった。

 ハザンはそんな弱々しいアグレシブベアーを見逃すはずもなく、手に持つ剣で流麗にその巨体を切り伏せる。

 あっという間に勝敗は決し、アグレシブベアーは胴から血を噴出させながら地に臥した。


「なんだか拍子抜けだねえ。これでは朝まで待つ必要もなかったか」


 剣についた返り血を振り払いながら、ため息を吐くハザン。

 すっかり付属品のようになっていたアルデは、興奮気味にアグレシブベアーから魔石を取り出した。


「これが5ポイントか…もうアルファクラスが優勝したも同然だな!」


 魔石をハザンに手渡しながら、アルファクラスの勝利を確信するアルデ。

 アルファクラスの元には既に6ポイント分の魔石と、デルタクラスの(・・・・・・・)クラス旗がある。勝利を確信するには十分な材料だった。

 こうしてライリの疑問は払拭されないままだったが、5ポイントの魔石はアルファクラスの手へと渡ったのだった。

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