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30. サバイバル試験 危機

「これがそうじゃないか?」


 広大な森を太陽が真上に昇るまでひたすらに歩き回り、ついに俺たちは最初のミールボックスを発見した。

 発見した場所はなんと巨木の(うろ)の中。

 まさしく宝箱を隠すにはうってつけのような場所。

 ここに隠した職員の陰湿さが窺えるぐらいの隠れ具合だ。

 しかしミールボックスってこんなに見つけるのが困難なのか?

 下手すれば何一つ食料が手に入らずに餓死、なんてことになりかねない。


「中身はなんだった?」


 箱から中のカードを取り出したダイアに、身を乗り出すようにして内容を聞くエレルト。だが、ダイアの表情は浮かない。


「白パン三個…」


 力なく呟くダイアの言葉の意味を四人が理解するのに、数秒の時間が経過する。


「……はあ?三個だけ!?」


 五人の気持ちを一緒くたに纏ったエレルトの叫びが、木々の合間を縫って駆け抜けていった。

 どうやらこの試験は前途多難なものになりそうである。


「とりあえず…昼だし拠点に戻ろうか」


「そうだな。他のグループは意外と見つけてるかもしれないし。情報共有もしといた方が良いだろ」


 さすがに他のグループはもっと良い食料が書かれたカードを見つけていると信じたい。

 俺たちと同じぐらいショボい食料しか見つけてなかったら、クラス内で暴動が起きてしまいそうだ。

 それにしてもミールボックスの数が少なすぎないか?

 ただ単に俺たちが見つけられてないだけなのか、それとも他クラスの奴が既に見つけててボックスを隠してたりしているのか。

 なんとなく確認してみたが、ボックスは固定されてるようで移動させることは出来そうになかった。だからたぶんその線はないと思うのだが…

 ボックスが固定されているということは、同じ場所にカードが補充されるもんだと信じたい。願わくば内容が変わることも。

 テトラの説明不足を恨みながらも、俺たちは元来た道を戻り拠点へと帰還する。



「白パン三個に、野菜と肉が少なからず…か。調味料なんかはさすがに用意されてたから、これだけで昼食はなんとかするしかないね…」


 卓上に並べられた、とても二十五人が満足できるとも思えないような量の食材たち。

 これはカードをテトラに渡してから供給されたものだが、余りに少なすぎた。


「ふーん、意気がってた割には…パン三個しか手に入らなかったのね」


 ブラドの前に出て挑発と取れる言葉を投げかけるミネラ。

 事実今食卓にある食材のほとんどを持ってきたのはミネラのグループで、ブラドは反論できるはずもなく俯く。

 ミネラとしては挑発することで対抗心を煽ろうとしたのかもしれないが、ブラドは見た目に反して繊細なので、返って消沈してしまった。


「それでどうする?夜まで何も食べず耐えるっていう選択肢もあるけど…」


「えー!俺もうお腹ペコペコだよ!なんも食わなかったら夜には干からびて死んでるかも!」


 アロルドの提案に大袈裟に騒ぎ始めるスコッチ。ちなみにスコッチのグループは一枚もカードを見つけていない。

 俺としては別に昼は食わなくてもなんとかもちそうだが、他のクラスメイトたちはどうだろう?


「私は別に昼くらい食べなくても大丈夫よ」


「俺様もいいゼ。それほど働いてないしな」


 ミネラの意見に女子たちも賛成を示し、ブラドや一部の男子たちも賛成を示す。しかしスコッチは納得がいかなかったようで、駄々を捏ね始めた。


「せめて、パンの一個くらい食わせてくれよ!三個あるんだし、良いだろ!」


「スコッチだけ食うのはずるいぞ!」


「そうよそうよ!」


 スコッチのわがままにあちこちから非難雑言の数々が飛び交い始める。

 まだこのクラスが結成されてから二週間。クラスメイト間の友情を育むのもこの試験の目的なのかもしれない。

 俺は言い争うクラスメイトたちを横目にわざとらしくため息を吐いた。


「昼食を食べた人の分は夕食分を少なくするとして対応しよう。料理するには時間がかかるから、とりあえず今すぐ食べないとダメだという人は挙手を」


 これで手を挙げたのは結局スコッチだけだった。


「なんだよみんな!じゃあ遠慮なくいただくからな!!」


 叫びながら、卓上に置かれた白パンの一つに手を伸ばすスコッチ。勢いよく口に放り込んだかと思えば、あっという間に平らげてしまった。

 どうせなら味わえばいいものだが、皆に見られながら一人だけ…というのも居心地が悪いのだろう。

 そんなこんなで昼食タイムは終わった。

 そして俺は先ほど思ったことを部屋の隅で本を読むテトラに尋ねる。


「先生。一度カードを回収したミールボックスにはカードが補充されるのですか?」


 俺の質問に、テトラは本から目を離さず答える。


「ああ。カードが補充されるのは21時。点呼をしている時間だな」


 相変わらず無愛想。俺は「分かりました」とだけ言い踵を返そうとしたが…


「──お前には期待しているぞ。ワタル」


 俺を引き止めるように、テトラは普段は合わせようともしない目を俺に合わせて、そんなことを言ってきた。


「え…?俺より優秀な生徒は沢山いるでしょう?」


 予想外。

 テトラの妙な言い回しに違和感を感じる。

 全く生徒に興味が無さそうなテトラが期待してるなんて言葉をかけるとは、一体。気持ち悪さすら感じる。


「私は気になっているんだ。お前がいかにして魔法を使わず、その歳にしてレベル六になったのか。そして…何故お前ごときが、いや…やめておこう。忘れてくれ」


 またもや妙な言い回しだ。


 何故俺が魔法を使えないのか。

 何故俺が六という十歳にしては異常に高いレベルなのか。

 詮索されると厄介なので、深掘りされないことに越したことはないが、いずれ本当の歳の事や、一対の銀鏡(リープテイルズ)についてのことも話さなければいけなくなってしまうかもしれない。

 いや、待てよ?

 ここでテトラに事情を説明することで、教師という立場を利用して校長に近づかせてもらえるのでは?

 いや、テトラを使えば(・・・・・・・)校長と接点を持てる可能性はぐんと高くなる。


 しかしそう上手くいくものではないはずだ。

 すぐに信じてもらえるような話でも無いし、確実性も無い。

 もっと確実な、テトラを動かせるような時が来たら…行動に移せばいい。

 それだったらスターを集めて王冠を得た方が良いかもしれないが。


 そして…これは俺の勘だが、テトラは信用してはいけないような気がする。

 勘というかなんというか。俺のレーダーがテトラは要注意人物だと告げているのだ。

 ただの気のせいかもしれない。だがその直感を裏付けるだけの判断材料はある。


「それじゃあ、失礼します」


 無理やり会話を切り上げ、入り口で待つエレルトたちの元へと向かう。

 その時、背後から言いようもえない視線を感じとったが、俺は振り返らなかった。

 その不気味なまでの俺に対する執着のような視線。それこそが直感の裏付けに他ならない。



 広大な森内に響き渡る20時半を知らせる鐘の音。

 結局俺たちが得られたカードは、午前のものを含めても三枚だけだった。

 ボックスを見つけたものの中身が無い…というのが二回あったがこれは他クラス、またはスコッチたちやミネラたちに先を越されたのだろうと思われる。

 旗以外の略奪行為が禁止されている以上、もし他クラスに取られているのであればそれは早い者勝ちなので諦めるしかない。


 何度か他クラスの連中とすれ違うことがありその時に聞き耳を立てていたのだが、アルファやベータクラスは既に1ポイントの魔石を手に入れているようだった。

 聞き耳を立てたと言うよりは、あえて聞かせているかのような口振りだったので耳に入ってきただけなのだが、実に小賢しい。

 まだ5ポイントの魔物は狩られていないようだったので良いが、早めに行動しないとまずいだろう。


 鐘の音から十五分程度で拠点へ到着する。

 中に入ると既に他のクラスメイトたちは集まっているようだった。


「遅いぞ~、それでカードは何枚見つかった?」


 帰ってくるなり待ちくたびれた、という様子でスコッチが身を乗り出してきた。

 無理もないだろう。

 学校での食堂の利用時間は18~20時。今の時刻は21時前であり、普段の夕食時よりもかなり遅い時刻。

 それに加えてスコッチ以外の生徒は昼食すら食べていない。

 何人かの生徒はテーブルに身をもたせかけるようにぐったりしている。

 既に大まかな料理の準備は出来ているようだが、俺たちの手持ちのカードに書かれている食材も待っていたのだろう。


「結構探したけど二枚しか見つからなかったよ。でも食材としては申し分なさそうだから…」


 保険をかけながらカードを皆に見せるダイア。

 二枚のカードには『ロクドリの肉(5kg)』と『スパゲティ(5kg)』

 と書かれている。

 スパゲティに関しては麺だけだが、五キロもあれば二食分にはなるだろう。

 ちなみにロクドリとは鶏に似た魔物だ。にしても、パン三個は相当なハズレだったみたいだ。


「お、良いじゃん!早速せんせーに渡そうぜ」


 スコッチに促され、ダイアはカードをテトラに渡した。

 カードを受け取ったテトラは「はあ」と一息ついてから拠点を後にし、十分程のちに肉と麺を両手に抱えて戻ってきた。

 計十キロ。仕事とはいえテトラも大変そうだ。

 食料は最後に結果発表を行う本部と呼ばれる場所から持ってきているらしい。


 俺たちのグループが見つけた食材はまた後日使うことで決定し、今夜は他のグループが午前午後で集めた食材を使った料理のみで乗り切ることとなった。

 どうやら米と書かれたカードを見つけたグループがいたみたいで、二十五人が囲む大きなテーブルには二十五個の茶碗が並んでおり、大きな皿には野菜炒めなんかも用意してあったりして、ファレットたちの料理グループも奮闘した様子が伺えた。


 食事の前にとテトラが二十五人全員いることを確認する点呼を行い、体調不良の者がいないかどうかも確認。

 こうして昼食が取れないというアクシデントはあったものの、なんとか俺たちデルタクラスは試験初日を乗り切ったのだった。


 ※


「おい起きろ~ワタル。いつまで寝てんだぁ?」


 混濁する意識に、エレルトの呆れたような声が飛び込んでくる。

 俺は寝ぼけ眼を擦りながら窓から差し込む光を確認して、一息つく。

 もう朝か。

 昨夜の出来事(・・・・・・)のことも相まって、今の俺はとてつもなく眠い。


「今日の朝飯は昨日俺たちが手に入れたパスタだぜ。もうファレットたちが作ってくれたらしい。早速行こうぜ」


 男子部屋は俺とエレルトの他に誰もいない。

 どうやら最後に起きたのは俺だったみたいだ。

 皆が起きる音で起きそうなもんだが、気を使って音を立てないでくれたのだろうか?

 それともぐっすり寝過ぎたか。


 急いで皆が集まっているであろうダイニングルームへ向かう。

 もう俺を待たずして食事は始まっており、スコッチたちのグループに至っては既に森に探索に出かけているらしかった。

 せっかちな奴らだと思ったが、他クラスの連中が既に魔石を幾つか手に入れている以上ゆっくりしていられないのだろう。

 他クラスが魔石を手に入れているという話は昨晩の食卓で皆にしておいたからな。


「よし、それじゃあ早速行こうか」


 具も何もないパスタ麺をかき込み終わった俺を見て、ダイアがそう切り出した。

 俺としてはまた布団に包まりたいものだったが、そうもいかないだろう。


「ちょっと待っててくれ」


 外に向かう準備を整えたところで、俺は足を止める。

 どうしても確認したいことがあったのを思い出した。

 

「早くしてくれよ」


 そう言うエレルトを尻目に俺は博識であるクラスメイト、リネの元へ赴き『とあること』を聞く。

 それにより俺の疑問は解消され、このクラスに渦巻く『闇』の存在も確信へと変わった。


「待たせたな」

 

 エレルトたちの元へと戻り、俺たちは昨日に引き続き森の奥底へと足を運ぶ。

 まず確認すべきは昨日把握したミールボックスの存在。

 テトラは21時にカードが補充される旨の話をしていた。

 つまり他の生徒に取られていなければ巨木の(うろ)にあったミールボックスにはカードが補充されていることになる。

 暫く歩いて、昨日『白パン(3個)』と書かれていたカードが入っていたミールボックスを見つけた場所までたどり着いた。

 エレルトが率先してボックスを開け、中を見る。

 どうやらカードを他グループに取られている、または補充されていないなんてことは無かったらしくエレルトは一枚のカードを取り出した。


「なんて書かれてた?」


「ええと…スパゲティ五キロだ…」


 落胆したように呟くエレルトだったが、その気持ちは痛いほどわかる。

 何故なら今朝食べた塩パスタは量はあったものの具は無いために一食で飽きてしまうほどの代物だったからだ。

 最低でも後三食あれを食べることになるなんて、ファレットたちにはどうにか料理の研究をしてもらいたいものだが、変に弄って不味くなることの方が怖い…まあ、何も無いよりはマシだが。


 こうして俺たちは、魔物を探しつつ昨日見つけた残りの四つのミールボックスの元へと向かったのだった。

 ミールボックスには毎日カードが補充されるという事実。

 これはこの試験の難易度をぐっと下げた。


 今夜のメニューはロクドリのソテーと白米、それと少々の野菜。

 試験二日目の点呼も終わり、俺たちデルタクラスの生徒たちは食卓を囲んで一同に会していた。

 そんな中、スコッチから自慢げに飛び出した言葉に、皆が目を丸くして驚く。


「見ろよこれ!今日ついに俺たちのグループは1ポイントの魔石を手に入れた!」


 スコッチがポケットから取り出し、見せびらかすように掲げたその辺の石ころサイズの赤色の魔石。

 赤色ということは最低ランクの魔石であるが、この森に放たれているのが学校管轄の魔物だけだというのならそれが1ポイントの魔石に間違いないのだろう。


「スコッチ君。やるじゃないか。倒したのは君かい?」


「まあな。もちろんチームで協力したけど、ほとんど俺が倒したようなもんだから魔石を取り込める権利は俺にあるはずだぜ」


 試験の結果発表の際には手に入れた魔石を倒した本人が取り込むこととなっている。

 それが紛れもない証明になるのだ。


「私からも話があるんだけど。いい?」


 ざわつき始めた生徒たちを一度静めるように立ち上がるミネラ。そして衝撃の一言を放った。


「実は私たちのグループも手に入れたの。1ポイントの魔石をね」


 ミネラは卓上にスコッチが手に持つものと同等の魔石を置いた。

 スコッチはまさか、という風にミネラを見つめているが、どうやらスコッチは自分が魔石を見つけた第一人者としてクラスで羽振りをきかせようとしていたらしかった。

 その高々になった鼻をミネラが早々に叩き折ったものだから、スコッチは悔しさに歯を食いしばっている。


「まさか…二日目にして2ポイントも得られるなんてね。この調子で明日も頑張ろう!」


 アロルドの一言で再び湧き立つクラスメイトたち。

 だがスコッチと同じグループであるロイタが、「機嫌の良いところごめん」と再びクラスを鎮静化させた。


「なんだい?ロイタ君」


「実は…アルファクラスは既に5ポイントの魔石を手に入れたみたいなんだ。ついでにいえば3ポイントの魔石も既に一つ手に入れてるらしい……」


 ロイタの生気が無い呟きに、クラスメイトたちは一斉に息を呑む。

 しかし俺は既にそのことを知っていたためにそれほど驚かない。


「それはどこから得た情報なんだい?」


 アロルドが当然の問いをロイタにぶつける。


「おいらたちのグループは…三手に分かれていたんだ。魔物を探すチーム、ミールボックスを探すチーム。そして…アルファクラスの拠点を探すチーム。チームといっても…アルファの拠点を探してたのはおいらだけなんだけど」


「それで…拠点を見つけたんだね?」


「うん。それでおいら聴力には自信あるから…アルファクラスの連中の話を盗み聞きしてたんだ。あわよくば旗の場所でも吐いてくれないかってね」


「そこで魔石の話を聞いたと…」


「そういうこと。おいらからは以上」


「そうか…やはりアルファクラスが。…大丈夫。僕らの当初の目標は計五ポイントを得ることだ。あと3ポイントの魔石を一つ手に入れれば三位…運がよければ二位になれるはずだよ」


「そうね。5ポイントの魔石を取られたのはしょうがない。私たちだって2ポイント手に入れたんだし、頑張りましょう!」


 ミネラの言葉で、クラスに活気が戻ってくる。

 だが、調子の良い日はそう上手く続かないものだ。



 時間は無常にも進み、最終日まで残すところあと一日となった。

 俺たちのグループはほとんど固定の場所からカードを取ってくる専用のグループへと成り下がり、一日のほとんどを拠点近くで過ごしていた。

 その理由は試験三日目の夜に、テトラから告げられた思いもよらない言葉にある。


「この森に潜む魔物は全て狩られた」


 この一言に、クラス内の空気は困惑に満ちたものとなった。

 その時までの俺たちの所持ポイントは2ポイント。

 他クラスが3ポイント以上ずつ獲得していた場合はもう勝ち目がなくなったも同然だからだ。

 今ではクラスメイトたちはすっかり消沈したムードとなっており、俺たちは1ポイントも得られなかった役立たずとしてこうして拠点の近くで、最後の砦であるクラス旗を見張っているというわけだ。


「なあ、明日で試験も終わりだよな…アルファクラスは当然として、ベータとかガンマクラスも3ポイント以上ゲットしてると思うか?」


 エレルトは何か希望を見出そうとしているのか、俺にそんな話をしてくる。


「そうだな。そればっかりは最終日の結果発表までわからん」


「やっぱそうだよな~。なあラティ。ちょっとクラス旗確認してみないか?」


「え?」


「あのさー、俺たちの旗って、ラティの魔法で木に囲まれてるからさ、どうなってるのか見れないじゃん。外部的に損傷はないみたいだけど、もしかしたら中の旗だけ取り出す魔法があったりするかもしれないじゃん?」


「でも…解除してるところを他クラスの人たちに見られでもしたら…」


「大丈夫だって!ダイア、ブラド、ワタル。ちょっと周囲を見張っててくれ。俺とラティで確認してくっからよ」


「わかったけど…くれぐれも気をつけてくれよ。もし旗を失うなんてことがあったら…何言われるかわからないから…」


「オーケーオーケー。それじゃあ、よろしく!」


 エレルトはそういってラティを連れてクラス旗のある方へと行ってしまった。

 残された俺たち三人は暫く話したあと分散し、言われた通りに周囲を見張ることにした──その矢先。



「ねええええぇぇぇぇぇぇえええ!!!!!!!」



 エレルトのこれまで聞いたこともないような叫びが、森の木々を震わした。

 その声は拠点にいたクラスメイトたちにも聞こえたのか、次々に生徒たちが集い始める。

 俺がクラス旗がある場所に着く頃には、ほとんどのクラスメイトたちがそこに集まっていた。


「ちょっと、これどういうこと?」


 ミネラが剣呑な眼光でエレルトとラティを捉える。

 その人でも殺せそうなほどに鋭い眼光に、エレルトは縮こまっている。

 ミネラが怒りに喉を震わせるのも無理はない。

 クラス旗があったはずの場所には、ポッカリと穴が開いていたのだから。まるで地下世界にでも続きそうなほどに深い穴が。


「し、知らねえよ!ちょっと気になってラティの魔法で囲んでいた木を解いたら…この穴が開いてたんだ!それで旗も無くて…」


 なるほど。

 どうやら俺たちの旗を奪った連中はラティの木を破壊して中の旗を奪うのでは無く、地中内部を掘り進むようにして、木の防壁を破壊することなくクラス旗を奪い取ったらしい。

 確かにそれなら、下手すりゃ試験終了まで奪われたことに気づかないなんてことになりかねなかった。

 そういうことでいえばファインプレーだぜ、エレルト。


「あなたたち…魔石を見つける事も出来ず、クラス旗も守れないなんてね。見損なったわ」


 深いため息を吐きながら、心底軽蔑してるとでも言いたげに俺たちを見つめるミネラ。

 それに同調したように、他のクラスメイトたちも罵詈雑言の数々を俺たちに浴びせてくる。

 はあ、クラス旗を奪われた責任で言えば皆平等であるはずだが、いかんせん森を探索していた三グループのうち、魔石を見つけていないのは俺たちのグループだけ。

 ずっと拠点にいてクラス旗を見張っていたであろうアロルドたちのグループにも責任の比重がいくはずだが、そんなことは関係ないようで、クラスの奴らは俺たちを悪者に仕立て上げるのに必死のようだった。


 まあその気持ちもわかる。

 こういう場合には、責任を一身に纏う悪者を作り上げれば良いのだから。

 その悪者に丁度良いのが無論、俺たちなのだ。


「絶対、旗を取り返す。俺様を信じてくれ!」


 クラスメイトたちからの罵倒に目を伏せるエレルト、今にも泣き出しそうになっているラティ、茫然自失となっているダイアを見ていられなくなったのか、この状況を打開しようと声を荒げるブラド。

 だが、そんな言葉はクラスメイトたちの耳には通らない。


「はあ?信じる?どこのクラスに奪われたのかもわからないのに?」


「そっそれは…」


「要は他クラスの旗を一つでも奪ってくれば良いんだろ?ブラドを信じてやってくれ」


 ミネラに気圧され萎縮するブラドを見かねて、俺も口を挟む。

 クラス旗を奪われればマイナス3ポイント、奪えばプラス3ポイント。

 すなわち自分たちの旗でなくてもクラス旗を一つでも獲れば良いことになる。


「…あんた誰?てか今から他クラスの旗を奪えるとでも思ってるの?もし出来るのだとしてもなんで最初からやらないの?バッカみたい」


 そう吐き捨てるミネラだったが、俺の頭の中では『あんた誰?』という言葉だけが永遠と渦巻いていた。

 まさか名前を覚えられていなかったなんて。

 確かに俺は目立たないように生活してきたが、それでも…なあ?


「ワタルを信じよう?まだ時間はあるよ。取られちゃったのはしょうがないよ…」


 ここで女神の言葉が舞い込んだ。

 俺が信頼を寄せてやまない少女、ミルだ。


「まあ…確かにコイツらだけの責任でも無いか。いつ取られたのかもわからないんだし。わかった、じゃあとっとと見つけてきてよね。全く期待してないけど」


 ミネラはそう吐き捨てて去っていった。もはや野次馬となっていた他のクラスメイトたちも、愚痴をこぼしながら拠点へ戻っていく。

 魔物が全て他クラスに狩られた矢先に起こった出来事。

 もうクラスメイトたちもやる気の消失が甚だしいだろう。

 後に残ったのは俺たちのグループと…ミルだけ。


「ねえ大丈夫?酷い言葉を言われてたみたいだけど…」


「俺は大丈夫だ。ラティを慰めてやってくれ」


 信頼していたクラスメイトたちから心ない言葉をかけられたことは、そう忘れられるものでは無い。

 切り替えるのに時間がかかるだろう。

 ミルは俺の言葉を聞き入れ、ラティとエレルトのそばまで寄る。


「ワタル…すまねえな。俺様もどうしたら良いかわかんねえよ…」


 頭を抱え込んでその場にしゃがみ込んでしまったブラド。

 その声音はいつもの強気なものとは違って弱々しくなってしまっている。やはりメンタルが弱いらしい。


「そうだな。俺たちのクラス旗を奪ったのは十中八九アルファクラスだろ。俺は今からアルファクラスの拠点へ向かうが、お前たち四人は拠点へ戻っていてくれ。拠点に居辛いってんなら…この辺で話でもしててくれ」


 アルファクラスの拠点の場所は初日に確認済だ。


「良いのかワタルだけで?俺様も行くゼ」


「足手纏いだ。俺だけで行く」


「そうか?正直ワタルは俺より強いようにも見えないんだが…」


 俺の肉体を精査するように眺めるブラド。

 確かにブラドに俺の戦闘姿はあまり見せていないし、魔法だって見せたことがない。

 まあ、見せてないというか使えないと思われているのが大きいが。

 だから信用できない点もあるのだろう。

 しかし俺は、ブラドは友の言葉を疑うような奴じゃないことを知っている。


「信じてくれ。必ず旗を取り戻してくる」


「でもよ…明日の朝には結果発表を行うんだよな?21時に点呼することを考えても…時間はほとんど無い。大丈夫なのかよ?」


「そうだな…決行は深夜になる。今はとりあえず様子見だな。じゃあ行ってくる」


 それだけ言って、俺は暗くなり始めた森へと飛び出した。

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