27. まだ知らない | side:クラスメイトⅡ
《side : クラスメイト》
マサキの転移魔法によってリオーネから逃げ、異世界の街へと足を踏み入れたワタル、ヨウト以外のクラスメイト九人たち。
内──チアキ、レイ、リョウトの三人組は早々にショウたち六人から離れて自由気ままに異世界生活を満喫する選択を取り、離れた。
この世界で生き抜いて、日本に帰る。
そんな簡潔な目標を掲げたショウたちはまず…六人が不自由なくこの世界で暮らすための金を稼ぐために冒険者ギルドで簡単な依頼を受注することにした。
初めに受けた依頼は『街の大通りに生えた雑草をむしる』というとても地味なものだったが、見分けがつかない薬草の採取や危険な魔物を討伐するような依頼よりかは確実で、人数が多いことも有利に働く点から最適なものだった。
数時間かけて得られた報酬は安いパンとボロ臭い宿をかろうじて二部屋借りれるくらいのものだったが、初日は何とかそれで凌ぐことが出来た。
二日目以降も掃除や雑草取りといった比較的地味で安全な依頼を確実にこなしていった。
ヒナコやサクラといった女子たちはそんな日本にいた時には考えられない暮らしを強いられることに不満を垂れていたが、ショウとトモヒサの説得によって何とかその不満を押さえつけていた。
しかし誤算だったのは、来ていた制服が街の装飾屋でかなりの高値で売れたということである。
制服などという日本の文化によって出来た代物はもちろん異世界では嫌という程注目を浴びることになり、ショウは少しでも早く現地の服を調達したいと考えていたのだが、そんな時に願ってもない誘いが舞い込んできたのである。
ショウたちの特異な装いに目を付けた装飾屋の店主が言い値で買うと言い出したのだ。
制服の相場などない世界でショウたちは幾らで売るか吟味したが、最終的に服を一式買い替えつつ数日まともに三食食べられるようになるくらいの金額で了承してもらった。
そんな生活を送って五日が経った。
それだけの時間をこの世界で過ごしてショウたちが理解したのは、自分が扱える魔法の性質とそれがいかに破格の性能をしていたかということだった。
ショウが扱える魔法は空気を自在に操作するというもの。
空気を圧縮し砲弾のように発射することもできれば、圧縮した空気を足場にすることもできる。元々高いショウの身体能力も相まって、その魔法はショウにあり得ないほどの機動力を実現させた。
トモヒサの魔法は防御魔法。
どんな攻撃をも跳ね返せると思うほど強靭な半径五メートル程度のシールドを展開できる。その半透明のシールドはトモヒサの意思によって操作でき、時には攻撃として対象にぶつけることもできる。
マサキが使えるのは転移魔法。
魔力が最大の時であればマサキ自身を含めて一度に十人での転移が可能であり、マサキを含めなければ一人を転移させることが可能である。デメリットは魔力の消費量が莫大なのにも関わらず、魔力の回復が遅いこと。しかもポーションをいくら飲んでも魔力が回復しない。
ユナの魔法は回復魔法。
レベル一の今はまだ血の滲む傷口を塞ぐことくらいしか出来ないが、この世界で回復魔法を使える者は極端に少ないため、重宝されることは間違いなかった。
ヒナコの魔法は雷撃。
その性質は至って単純で、雷に似た強力な一撃を放つことができる。遠距離魔法を扱えるのはパーティにおいて重要であり、ヒナコの攻撃的な性格を表しているようでもあった。
サクラの魔法は隠密。
その名の通り気配を消して行動することが出来る。しかも紋章を展開せずとも魔法を使える体質──通称『無顕現行使者』である。
このように六人がお互いの魔法の性質を理解したことで出た意見は、積極的に魔物を倒してレベルを上げようというものだった。
もちろん今までのような地味で確実な生活をずっと続けていても生きてはいける。が、いつリオーネが襲撃してくるかわからないのだ。
もちろんリオーネだけではない。異世界の治安は日本のように約束されたものではない。
そしてその強くならなければならないという共通認識を確定付けさせる出来事が起こってしまう。
その出来事が起こってしまった大きな要因は……軒並み良い顔を持っている女子三人組である。
鍵の付いてない安い宿。
まだ最下級のFランクで、自分たちは弱いと自称しているようなのに男と女で部屋を分けたことにより起こった弊害。
言わずもがな、街で目を付けられた女子たちの部屋に変質者が侵入した。
幸いにも侵入者は一人で、騒ぎを聞きつけたショウとトモヒサによって撃退できる程の実力だったので良かったが、もし手も足も出ない屈強な男たちだったら??
危険な魔物討伐に消極的だった女子たちの『強くなろう』という意志を呼び起こすには十分な出来事だった。
そんな意思が芽生えた後でまず初めに受注したのは街外れの朽ちた廃屋に住み着いてしまったという猪型の魔物の討伐。
ギルドが貸してくれた武器を片手にショウたちは初めての戦闘に身を投じた。
──しかしそれは初めてとは思えないほど呆気ないものだった。
初めて剣を握ったのにも関わらず、何故か体が最適解を導き出す。そんなショウの一閃によって猪型の魔物は抵抗も出来ずに息絶えた。
それは最低ランク…Fランクの依頼だったのだが、その依頼の完了によってEランクに上がったショウたちはDランクの依頼を受けてみることにした。
その依頼はゴブリンの群れの殲滅。ショウたちは六人パーティーであり、複数戦闘に慣れていた方が良いという意見から受注するに至った。また、レベルを上げるための魔石を多く獲得するという点でも群れの殲滅は適していた。
初めての移動。
ゴブリンの群れは街から五キロほど離れた小さな森を根城にしているとのことで、ショウたちは徒歩で移動することにした。
その道中で、ショウたちがこの世界の様々な場所を旅してみようと決心するようなイベントが起こる。
それは…日本に居た時では見られない大瀑布の美しい光景や、見たことのない生物が織りなす幻想的な風景だった。
移動距離はたったの五キロ。
それだけだというのに、この世界はショウたちに旅立ちへの決意と感動を与えたのだ。
ゴブリンたちは計十体いた。
住処を作るためか木々を集めており、更には知恵があるような凶暴なホブゴブリンの姿までいた。
ショウたちは警戒を引き上げる。
──だが…今度の依頼も呆気なく終わってしまうこととなる。
ヒナコが放った雷撃。ゴブリンは断末魔を上げる間もなく、十体全て塵芥と化した。
生物を殺すという禁忌。
遊びのような感覚で、ゲームをプレイするかのような気軽さで放った一撃は、いとも容易く生物の命を刈り取った。
ヒナコは自分の人間としての倫理のタガが外れかけていることに落ち込むことなど無かった。
むしろ湧いて出たのは確固たる自信と、自分たちは並の異世界人より遥かに強いという確信。
そして他のユナやサクラにも同じような、ヒナコだけに先を越されたくないといった競争心が芽生えたのだった。
そこからは早かった。
ショウたち六人が次々と依頼をこなし、『新星英雄』と呼ばれるようになるまでは。
◆◇◆◇◆◇
「それで?少女の入学は確定したのですか?」
古代の代理人が『第三支部』と呼ぶアルテナ一の学校、王都魔剣術学校。
その地下に広がる巨大な研究施設の一室で、ログリア=ブレインは竜人族の少女…ミルの入学が確実なものになったかを問う。
その問いに答えを返すのは、王都魔剣術学校の職員の一人だ。
「はい。予想外に特別枠魔法選抜の合格者を二人出してしまいましたが…順調です。しかし…」
言葉を濁らせる職員。
「しかし、なんです?」
「ワタルという少年の入学を阻止することは出来ませんでした」
「そうですか…原因は?」
思い通りにならなかったことに眉を顰めるログリア。だがその表情に怒りは見て取れない。
「少年は別枠審査としてポーション作成を申し出ていました。その審査員は副学校長でした」
「ほう。それではあなたの力で不合格にすることは出来ませんね」
この言葉は古代の代理人の勢力が学校全体まで及んでいないことを表している。
学校側としても教員の出身、素性を厳格な審査の上選んでいるため、古代の代理人の手の者が入り込む余地はわずかしかない。
しかし、実際は学校の地下に巨大な施設を建設するまでにその魔の手を侵食させている。何故か。それには大きな要因が関係している。
「学校長にも一応報告したのですが…」
「学校長は受験者の合否決めなどには関与していませんからね。まあ良いでしょう。厄介な少年を退学させる手はあるのだから。この第三支部の制度を利用すればね。それに少年は油断しているでしょう。まさか学校の地下に我々がいるなんて思っていないでしょうから…」
ログリアは王都魔剣術学校のことを第三支部と呼ぶ。
それは学校を我が物と考えているが故だ。
「それで、竜人族の少女を捕らえるのはいつになるのでしょうか?」
職員はまだ何故少女を学校に入学させたのかわかっていなかった。
自らが所属している古代の代理人の戦闘力は十分に理解しているし、たかが少女一人を捕らえておくことなど造作もないことだと思っているからだ。
「別に今すぐ捕らえて監禁しておいても良いのですが。それはしません。あの装置が完成してから行動に出るとしましょう。それまで貴重な学生生活を満喫させてあげようではないですか」
「随分とお優しいのですね」
職員はそう言うが、それでも尚ログリアの真意がわかっていなかった。
それを聞いたログリアは「そうですよ。私は優しいのです」とだけ言い、その高笑いを広大な研究施設内へと響かせる。
ログリア──否、古代の代理人全体が目論む、世界を揺るがす『計画』。
それが着実に確実な未来へと近づいていることをログリアは確信していた。
◆◇◆◇◆◇
二次試験合格発表。
あの日、晴れて俺とミルの合格は決定し、王都魔剣術学校への入学が確かなものとなった。
その日から学校指定の制服や鞄などの道具を買い揃えて早六日。
遂に明日が学校に登校する初日である。
ミルは早る気持ちを抑え切れないでいる様子だ。
合格発表からたったの一週間で入学式。
帰省に数日かかる程遠くから受験した合格者は、一度も家に帰ることなく学校に入学することになる。
ちなみに学校は全寮制のため、在学中はたとえ実家が王都内にあるとしても帰ることはできない。
それにしてもAから始まる四桁の受験番号が二つあった時は驚いたもんだ。
あの後掲示板を覆っていた布を取り払った職員は言っていた。
一般枠の魔法選抜の定員を一人減らし、その分を特別枠の魔法選抜の定員へと回したと。
当然それに怒り狂ったのは一般枠の魔法選抜で受けた生徒たち…の中でも不合格だった受験者とその両親だった。
もし枠が一つ減っていなかったら僕は、私は受かっていた。子供は受かっていた。そんな不合格だったことに対する怨嗟の叫びが蔓延した。
しかし学校側はこの件に関して特に口にすることは無かった。一般枠の受験生より特別枠の受験生の方が優秀だった。その一点張りでこの件は幕を閉じた。
「ねえ見て見て、似合う?」
合格発表の直後に寸法を合わせ、今日受け取った学校指定の制服を身につけたミルがクルクルと回りながらその姿を見せつけてくる。
制服は白を基調としていて、青いネクタイと金のような装飾が中々に洒落ている。
「ああ。似合ってるぞ」
魔法選抜の生徒と、剣術選抜の生徒とでは制服が少し違う。
魔法選抜の制服よりも剣術選抜の制服の方が装飾が少なく、動きやすそうな見た目をしているのだ。
まあ訓練用と思われる軽装なんかも買わされたのだが、制服で動かないとも限らないのだろう。
ちなみに俺は幻影変化輪があるために買わなかったが、木剣や錫杖なんかも指定されていた。
確かに金持ちが性能の良い剣や杖なんかを子供に与えていて、それの使用を学校側が容認していたらそれだけで差が生まれてしまう。
そういったことを避けるための配慮だろう。
「ねえ、ワタルも着てみてよ」
「え?どうせ明日着るんだから良いだろ」
「むー。つれないなあ…」
どうせ制服は明日着ることになる。
何故今着る必要があるのか。俺はミルの不服な態度の理由にピンとこなかった。
※
「ワタル!起きて!学校始まっちゃう!!」
突如大地震が来たかのように俺の体が揺さぶられ、何事かと重い目蓋をこじ開ける。
俺を起こしたのは疑いようも無くミル。
ミルは既に制服を着ており、出かける準備は万端。俺は何がなんだかわからないまま、寝ぼけ眼を擦って意識を覚醒させる。
…今日は入学式。それにミルのこの焦り具合。考えられることは一つ。
「寝坊した!!!」
叫びながら飛び起き、慌てて窓から外を確認した。しかしそこには異様な光景が。
いつもは通行人でごった返しているはずの大通りは、多少の馬車が行き交うだけでほとんど人影が見えない。そしていつもの活気あふれる露店にも人の気配すらない。
ということはつまり…
「ミル…やってくれたな」
「てへへ、でも目が覚めたでしょ?」
舌を少し出しながら謝罪の意を見せるミル。
そう、俺は寝坊なんてしておらず、それどころかまだ太陽も完全に顔を出していない早朝に叩き起こされたのだった。
そして一つわかったことがある。
ミルは思いの外お茶目な少女だった。
──ミルに叩き起こされてから数時間。
俺たちは約二週間お世話になった宿の受付に別れを告げ、外へと出た。
ちなみに学校に指定されている時刻まではあと一時間程度の猶予があるが、少し早めに宿を出たのには理由があった。
この宿から今向かっている場所までの道のりはそれほど遠くない。
ものの数分で目的地までは着くだろうが、念には念を入れてだ。折角早く起きたことだしな。
早朝とは打って変わって活気を取り戻した大通りは、大勢の人でごった返している。
そんな中王都魔剣術学校の制服を着ながら歩いていると、いやでも注目を浴びるもの。
よってその道中で様々な人から声をかけられる。
「ようお前ら!受かったんだな!おめでとう!俺は信じてたぜ!」
まずはセラリスに来た初日、俺が串カツを買った露店のおっちゃんから。
俺たちが泊まっていた宿から一番近い露店であったこともあって、このおっちゃんにはほぼ毎日お世話になった。
これから学校に行くというのにおっちゃんは串カツを俺とミルの分、二本くれた。
「今から学校に登校かい?」
「頑張ったんだねー」
「凄いね」
などと、次々に話したこともない人々から話しかけられる。
褒める言葉が大半だったが、中には妬み、嫉みの声をかけてくる人たちもいた。
ミルが気にした様子もなかったので無視で終わったが。
そんなこんなで予定時間から少し遅れて目的の建物がある場所まで到着する。
堅牢な扉が設置されているにも関わらず開け放たれた入り口から、その建物の中へ。
俺の目的の人物は中央のテーブル席で談笑していた。
「リレッジ。久しぶりだな」
「ワタル君にミルちゃんじゃないっすか!どうしてここに!?」
そう、俺が来たのは冒険者ギルド。
ミルが万一不合格になったとき用にリレッジにはここで待機するよう言っていたのだが、先の一週間はリレッジが何やら不在だったため会えるのが今日しかなかった。
「この通りどっちも合格したからリレッジには挨拶しとこうと思ってな」
俺とミルは真新しい制服をリレッジに見せつける。
リレッジはまだ驚いた様子だ。
きっと今日俺とミルが二人で自分の元を訪ねてくることなど予想すらしていなかったのだろう。
「どっちも合格したんすね…流石っす。それでおいらになんか用でもあるっすか?」
リレッジも王都魔剣術学校を目指していた時期があったという。だからその難易度を知った上で二人共合格したことに心底驚いているようだ。
「いや、ただ挨拶に来ただけだ」
「ホントっすか?ワタル君のことだからなんか裏でもあるのかと思ったっすよ~」
そう言って胸を撫で下ろす様なモーションをとるリレッジ。
リレッジは一体どんなイメージを俺に抱いているんだ?
「リレッジさん、ちゃんとお礼言ってなかったから。ちゃんと言おうと思ってたの。……ありがとうございました!」
拙いながらも頭を下げて礼を言うミル。リレッジは何がなんだかわからないといった様子で戸惑っている。
「おいらそんな礼を言われる様なことしたっすか!?なんか改めて言われると恥ずかしいっす」
「ほら、洞窟で助けてもらった時…お礼言ってなかったでしょ?それにここまで馬車で運んでくれたし…次いつ会えるかもわからないから、今日リレッジさんに絶対に会いに行くって…決めてたの」
正直ミルとリレッジはセラリスへの道中の馬車内でもほとんど会話を交わすことがなかった。
そういった点から、リレッジにとってミルのこの発言は意外すぎたのだろう。
「おいおいおい、リレッジさんよ。モテモテじゃないか。この子たちは魔剣術学校に入学するのか?」
ここで先ほどまでリレッジと談笑していた、紳士のような見た目をした男が割り込んできた。
Aランク冒険者のリレッジと知り合いな以上ここらでは有名な冒険者なのだろうか。
まあリレッジは冒険者家業からは手を引いてるらしいが…
「そうっす。前話したサティスさんとこのワタル君と、竜人族のミルちゃんっす」
男冒険者に俺とミルの紹介をするリレッジ。
「サティスさんって…『南の魔女』か!?子供がいたとは初耳だな。俺はリリアットだ。よろしく」
不敵に笑うリリアットと名乗った男。それは良いとして…
「南の魔女?なんだそれ。それと俺はサティスの子供ではないぞ」
「そうなのか?南の魔女ってのはサティスさんの異名だよ。あの人のポーションはアルテナ一で、とても高いんだ」
そんな異名があるなんて初耳だった。
南の魔女ってことは西や東の魔女もいるのか?…っとそろそろ学校に向かわないとマズイな。
ギルドの壁にかけられた大きな時計を見る。
指定の場所まで後三十分。十分前に着くとしてももうギルドを出ないと間に合わなくなってしまう。
初日から遅刻なんてしたらなんて言われるかもわからん。
「そろそろおいとまするよ。まじで挨拶に来ただから、それじゃあな」
ギルドにもどんどんと冒険者の波が生まれ始め、王都魔剣術学校の制服を着ている俺とミルに向けられる目の数も多くなってきている。
これ以上ここに留まっていても良いことはないだろう。
「それじゃあっす。ワタル君もミルちゃんも、学校生活頑張るっす。…あ、ワタル君。最後に良いっすか?」
何かを思い出した様なリレッジ。
誰にも聞かれたくないというように声を潜めたことで、次の言葉の重要性が窺える。
「なんだ?」
耳を近づけてやると、リレッジは手で壁を作って囁いた。
「ここ…セラリスで古代の代理人が暗躍してるって噂を聞いたっす。真偽はわからないっすけど…」
「え?どこ情報なんだそれは。それにセラリス騎士団がいるから大丈夫なんじゃないか?」
「あくまでも噂っすよ噂。…でも、今のセラリス騎士団は信用しない方が良いっすよ」
「どういうことだ?」
リレッジがここ一週間不在だった理由はそれらにあるのだろうか。
「デュランダル国王が騎士団を大幅に縮小化したんすけど、それには理由があるらしくて…」
「ほう?」
「信憑性はないんで…これ以上は何も言えないっす。ミルちゃんをよろしく頼むっす」
「…?それじゃあな」
名残惜しさ、そして幾らかの疑問もあったがこうしてリレッジとの別れは済んだ。ミルも後悔はないだろう。
そうして俺たちは冒険者ギルドを後にし、いよいよ学校へと向かった。
相変わらずの人目を浴びながら、数分歩いて学校には到着する。
門から校舎までは職員が先導してくれ、人混み溢れるエントランスに案内された。
「えー!静かに!クラスを確認したら速やかにその教室まで移動してください!!!」
ワイワイガヤガヤと喧騒が辺りを支配するエントランス内で、学校の職員が大声で指示を出している。
だが目の前で群れをなしているのはまだ幼い十歳の子供たち。
いくら入学試験を突破した優秀な生徒たちであろうと、その騒ぎが鎮まることはない。
無理もないだろう。
広大な施設、充実した設備、憧れていた環境。
それが手に入った少年少女に、興奮を抑えろという方が無理な話だ。
まあ俺は体が元に戻ったらこの学校を去る。
その前提があるから指示通り速やかにクラスを確認して、指定されている教室へと向かいたいのだが…
「見えねえ…」
冒険者ギルドに寄ったせいか、もうすでにエントランスには殆どの生徒が押しよっていた。その数、合格者通りなら約百人。
そのほぼ全てが一枚しかないクラス分けの掲示に見入ってるわけだから、俺の視力では確認することはできなかった。
一次試験合格発表の時と同じようにミルに俺の名前が書いてあるクラスを確認するように頼む。
「ワタルのクラスはデルタクラスだったよ!ちなみに私もデルタクラス!やったね!」
クラスは二十五人ずつの四つのクラスに分けられる。
俺がデルタということは、他の三つは「アルファ」「ベータ」「ガンマ」なのだろうと推測できる。
俺とミルは談笑する生徒たちの合間をかき分け、建物四階にあると書かれていたデルタクラスの教室へと向かった。
ちなみにこの建物自体が一年生の建物ということで、一階はアルファクラス、二階はベータクラス…と決まっているらしい。
だから、デルタクラスの教室に行くまでには四階分もの階段を昇らなければならない。
この学校は五年制。
つまり学年別の棟だけで五つの建物があるということだ。それには正直驚いた。
流石に闘技場や訓練場なんかは全学年共通の施設らしいが…一体この学校にどれ程の金がかけられたのだろうか?
階段を昇り終わり、やっとのことでデルタクラスの教室までたどり着く。
エレベーターなんかは無いために、階段を昇るだけでも中々に面倒くさい作業だ。
ランダムだと思うがデルタクラスに配属されたことを少し恨む。
教室の中に入ると、既に生徒が二人腰掛けていた。
一人はパーマがかかった金髪ロングで実にお嬢様といった見た目の少女。もう一人は黒髪の…
「ワタル!あのクラス分けの紙をみた時はびっくりしたよ~。まさか同じクラスになるなんてね」
なんと、一次試験の時に俺の隣に座っていた少年、ダイアだった。
合格発表の時にダイアの番号があったのは確認していたが、まさか同じクラスになるとは。
「やあダイア。お前もデルタクラスだったんだな」
「二人はお知り合い?」
挨拶を交わす俺とダイアに怪訝そうな目を向けるミル。
「ああ。ダイアは一次試験の時に俺の隣の席だったんだ」
「それで私にJ86番の受験番号も確認するように言ってたんだね。納得したよ」
どうやらミルは俺がミルにダイアの受験番号も確認させたことを覚えていたらしい。
それにダイアは、「はは~ん」と目を細める。
「ワタルは僕の合否も気になっていたんだね~」
意地悪げに目を細めながら指をツンツンと胸に刺してくるダイアだったが、その内心は嬉しそうだ。
「まあな。それは良いとして、こいつはミルだ。同じデルタクラスだから」
ダイアに深掘りされる前に適当にはぐらかしておく。それは上手くいったようで、ダイアはミルに自己紹介を始めた。
「はじめまして。僕はダイア。得意なのは算学とリノア流剣術だよ。よろしくね」
「私はミルです。よろしくお願いします…」
どこか照れ臭そうなミル。
ミルはアラッカ村以外の人とコミュニケーションを取る機会が無かった。人見知りってやつだろう。
「敬語じゃなくて良いよ。それとその角…」
ダイアはミルの銀髪から覗く竜角をじっくり見ながら尋ねた。
「私は竜人族なの、珍しいかな?」
ミルは少し気恥ずかしげに、頭部の角を撫でながら上目遣いでダイアを見やる。
「僕、ずっとこの都市に住んでいて色んな種族の人たちを見てきたつもりだったけど…竜人族を見たのは初めてだよ」
ダイアは興奮気味に言った。
やはり竜人族とはとても珍しい種族であるらしい。
そのまま他愛もない話に花を咲かせていると、続々とクラスメイトたちが集まってきたので俺たちは一旦別れ、指定されていた席へとついた。
俺の席は中央の列の一番後ろ。悪い席では無い。
教室内はミルを例外とする訳では無く、様々な種族の生徒たちで埋まっていった。
まるで狐の様な茜色の耳と尻尾を生やした亜人族の少女や、全身が獣毛で覆われた狼の様な少年。
もちろん一番多いのは人間族であったが、噂通りの様々な種族を受け入れるいう学校体制に少し感心する。まあ、魔族は一人もいないのだが。
暫くすると教室の席は全て埋まり、最後には担任と思しき男性教員が入って来る。
自己紹介などで騒がしくなっていた教室はそれで一気に静まり返った。
エントランスではそうでも無かったが、流石に弁えている生徒が多い様だ。
「まずは入学おめでとう。私はこのデルタクラスを担任することになったテトラ=ストレイアだ。これからすぐに入学式が始まる。詳しいこの学校についての説明はその後に行おう。まずは廊下に並んでもらおうか」
愛想もなく淡々と会話を続けるテトラ。
なんだか死んだ魚の様な目をしているし、覇気を感じない。
もしかして俺たちはとんでもなくハズレの先生を引いてしまったのではなかろうか。
──そうして指示されるがまま、俺たちは廊下に並ばされる。
まだ周りの生徒たちは関係の構築が浅い。よって特に騒ぎが起こることもなく整列は完了する。
これから入学式が行われる生徒会館と呼ばれる建物へと案内されるらしい。
再び長い憂鬱な階段を降りていき、ガンマやデルタクラスの生徒たちと合流する。
こんな凄い設備が整った学校で異世界の文化や魔法を学ぶのか。
一対の銀鏡が手に入ったら離れるとはいえ──少しだけ楽しみだ。
だけど。
この時の俺はまだ知らない。
この学校のとんでもない制度の全容と、その先に起こる様々な戦いの数々を──。