22. 少女の叫び
ごめん。そんな言葉が不意に口から出た。
一体俺は何に謝ったのか。その問いの答えは、考えずとも分かる。
自身の命を差し出してまで、俺を生かそうとした四人に対してだ。
まずはヴァルム=リントヴルム。
俺がこの世界に来てから直ぐに、大迷宮の奥底で出会った赤竜。
四百年も俺のことを孤独に待ち続け、俺に魔王討伐の任務と神々封殺杖剣を託した。
だが俺はヴァルムを殺した後、レヴィオンから逃げ出した。惨めに命乞いをしてまで。
次はフォーミュラ。
ヴァルムと同じく四百年も奈落の底で俺のことを孤独に待ち続けた人物。
一ヶ月の間、俺に剣術のトレーニングをしてくれた。
その結果俺は当初とは見違えるほどに剣術が上達した。
それに加えて飯や洗濯など身の回りの世話もしてくれた。
フォーミュラには感謝の言葉が尽きない。
今思い返せばフォーミュラは…助けられたんじゃないかと思う。フォーミュラの意図を察して、一緒にあの隠れ家から出てさえいれば。
相変わらずの自分の愚鈍さに辟易する。
次はリリシア=ヴァルフォール。先代魔王の実の娘にして、レヴィオンのベルフェリオ復活を阻止しようとしていた魔族。
魔王護六将校のレオールド=ダフレイアムに体を乗っ取られた際に、記憶を覗かれる前に自害を選んだ。
その後俺はリリシアの魔石を取り込んでいる。正直俺はリリシアに惚れていた…と思う。
最後はロートだ。
俺が地上に出た際に俺をパーティに誘ってくれたBランク冒険者。
サファという未練があったにも関わらず、銀鏡の蜘蛛の糸から俺を逃すために命を散らした。
そういえばあの時、ロートは俺にサファによろしく頼むと言っていた。
あれ以来サファとは会えていない。今後会えるのかも分からない。
──今までのそんな出来事が、自身を責める言葉と共に走馬灯のように思い浮かんでくる。
俺はそんな四人の意思を無下にして、岩に押し潰されるというなんとも無様な死に方をするのだ。
せめてミルという少女だけでも助けようとしたが、それも叶わない。
四人は自らの命を差し出してまで俺の命を助けてくれたというのに、俺は少女一人の命を助けることもできないまま死んでいく。
退路は断たれ、もう打つ手はない。
もう巨大な天井岩の落下は開始している。後ほんの数秒後に俺はそれに押し潰されて死ぬ。
惨めに、無様に、滑稽に、情けなく。
俺は静かに目を閉じ、その時を待った。
──が、一向に天井岩が落ちてくる気配は無い。
何故だ?
刹那──俺の直ぐ横で、真紅の紋章を輝かせる少女の存在に気づいた。
明らかにミルは紋章魔法を行使していた。──嘘だろ?
まさか…魔法によって落下する莫大な質量の天井岩を抑えられていると言うのか?
だとしたら…
「流石竜人族。バケモンっすね」
突如そんな声が聞こえ、いつの間にか俺の側までリレッジが来ていたことに気づいた。
おそらくリレッジが入ってきた側の通路も岩によって塞がれていたのだろう。
それにしても──、
「何が起こって…」
俺は落ちてくるはずの天井を見上げた。
そこには信じられないような光景が広がっていた。
もはや明かりが紋章による輝きしかないこの空間でも分かる。
浮いていたのだ。落下途中だった岩石の全てが、見えない力によって固定されているように。
笑ってしまう。まるで超能力だ。
「これが私の魔法」
紋章を展開させたまま、ミルはそう言った。
つまり紛れもなくこの状況を作り出したのはミル。
こんなにも幼い少女が繰り出した壮絶な魔法によって、俺は助かったのだ。
ログリアが村を壊滅させてまでミルを欲した理由がわかった気がする。
「これ、いつまでもつ?」
正直これほどまでに強力な魔法をいつまでも続けられるとは思えない。ミルの残り魔力を表す紋章の輝きもどんどん減少しているようだし、急がねばならないだろう。
「あと数秒…」
ミルは苦悶の表情を滲ませている。
それはこの魔法を使っているからだけでは無いだろう。
ログリアの支配から抜け記憶と意識を取り戻したことにより、自分が育った村の惨状を思い出してしまったような…そんな顔をしていた。
「よし、リレッジ!この岩をなんとか退かすぞ」
気を取り直し、指示を出す。
流暢に安堵している暇などない。
「退かすっても…中々難しいっすよ」
リレッジは手作業で通路を塞ぐ岩を取り除いている。
Aランク冒険者のリレッジなら無数の斬撃によって道を切り開けるのではなんて考えたが、いつの間にかリレッジは剣を手放していた。
おそらく降り注ぐ岩礫を捌く際に、刃こぼれか何かをして使い物にならなくなったのだろう。
「ちょっと退いて…」
少しづつ岩を退けていく俺とリレッジに痺れを切らしたのか、ミルは立ち上がった。
そうか。
ミルの魔法を使えば通路を防ぐ岩群も楽々取り除けるかもしれない。しかし…そんな余力は残っているのか?
だが、俺のそんな一抹の不安を払拭するように、ミルは通路を塞ぐ岩群へと手をかざす。
それによりまるでそこだけが無重力空間になったかのように、岩群が浮遊を開始し始めた。
…なんとも異様な光景だ。今に始まった事ではないが。
俺が浮遊する岩の一つに手を触れると、それはほとんど力を入れることなく移動することが出来た。
これなら直ぐに通路までの道を切り開くことができるだろう。
「急ぐぞ!」
リレッジと共に次々に浮遊する岩群を邪魔にならない所まで動かしていく。直ぐに通路までの道は開通した。
「あそこまで行けば安全っす…って、大丈夫っすか!?」
リレッジが心配そうに駆け寄った先には、尋常じゃないぐらいに汗を流したミルがいた。
ミルの紋章の輝きは息を吹き掛ければ消えてしまいそうなほどに弱々しくなってしまっている。
やはりこの魔法を使うには莫大な量の魔力が必要だったのだ。
「早くこっちへ!」
一足先に安全圏の通路へと退避した俺は、リレッジにミルをこちらまで担いでくるように促す。
いつの間にか宙に浮いていたはずの岩礫たちは少しづつ落下を始めており、本格的にミルの力が弱まっていることを示していた。
後コンマ数秒持ってくれよ!
そんな願いを込めながら、ミルを担いで瞬発するリレッジを誘導する。
リレッジがなんとか安全圏まで足を伸ばしたその時…物凄い衝撃音と共に天井岩が地面と衝突した。
まるで近くで巨大な爆弾が爆発したかのような風圧と土煙。
俺たちは僅かに吹っ飛ばされたが、なんとか間に合ったようだった。
「ハハ…なんとか…間に合ったみたいっすね」
「ああ。ミルには感謝しないとな」
「そうっすね…まあこの子を助けにここまでこなければ、そもそも命の危険に晒されることは無かったっすけどね」
「まあそう言うな」
俺はリレッジの背中で苦しげに目を瞑るミルを見た。
綺麗な白銀の長髪に、そこから覗ける立派に渦巻く二本の角。
よく見れば顔立はとても整っていて…可愛らしかった。
「なんすか、そんなにジロジロ見て。まあ歳もワタル君と近いっぽいし、何かシンパシーを感じるっすか?」
リレッジが言う通り、ミルの年齢は見た感じ十歳前後。
俺はリレッジに本当の歳のことは話してないから、俺とミルの年齢は近いものだと思っているのだろう。
例え体が子供になったとしても俺の恋愛対象は相変わらず年上のお姉さんだ。だからリレッジの勘違いが加速してしまう前に即刻否定する。
「そんなんじゃねえよ…ってか、早く洞窟の外に出るぞ」
もしかしたら天井が崩れた衝撃でさらに洞窟が崩壊を開始するかもしれない。こんな薄暗闇に留まっているのは危険だ。
というわけで俺たちは洞窟の外へと急いだ。
洞窟の入り口が崩落してる…なんてことは無かったし、ログリアが刺客を残していたなんてことも無かったので無事に外まで出ることが出来た。
無事じゃ無かったことを強いて言うなら、俺の背中が血まみれであることくらいか。
正直あと一度でも背中に直撃をくらっていたら危なかった。
「これからセラリスに向かうっすか?」
完全な安全圏へと出たことで気が緩んだのか、地面に座り込みながら今後の予定を尋ねるリレッジ。
もう村に戻っても何もない。あるのはミルに見せたくない死体ばかり。だから…村に戻るのは憚られる。
ミルのことはどうしよう。もうすぐでセラリスに着くらしいしリレッジに任せればどうにかなるだろうか。それとも孤児院?
「なあ、ミルのことはどうするんだ?もう帰れる場所もないだろうし…」
「そうっすね…王都魔剣術学校に入学させればいいんじゃないすかね?」
そんな提案をリレッジがしてきたが、俺は否定する。
「いや、無理だろ。手続きだってしてないだろうし…」
そこまで言って、俺は村に着く前にリレッジとした会話のことを思い出した。
「特別枠か…」
「その通りっす」
確かにリレッジは手続きなんてしなくても学校に入学できる枠があると言っていた。その枠をミルが獲得することができればとは思うが…
「──でも、無理じゃないか?枠は魔法選抜一人、剣術選抜一人なんだろ?まあミルが受けるなら魔法枠になるんだろうけど…対策も何もしてないミルが受かると思うか?」
特別枠の受験者がどんぐらいなのかは想像もできないが、とんでもない倍率になるのは間違いない。
「ワタル君も見たっすよね?この子の魔法の威力を。おいら何人か特別枠で合格した人を知ってるっすけど、この子の魔法はそれすらも凌駕する規格外のものっすよ」
「まじか…でも…」
「私…その試験受ける!」
躊躇う俺の言葉を、いつの間にか目を覚ましていたミルが遮った。
まさか俺たちの会話を聞いていたなんて。
ミル自身がやる気を見せているのだから、俺が否定する道理は無くなった。
「わかった。じゃあ一緒にセラリスまで行こう」
例え不合格だったとしても、リレッジがなんとかしてくれるだろ、と楽観的に結論づける。
気を取り直して馬車に乗り込もうとしたが…
「その前に…アラッカ村まで連れて行って欲しい…です」
ミルは覚悟を持った瞳で俺とリレッジを交互に見つめながら、捻り出すように懇願してきた。
躊躇う。
アラッカ村の現状は悲惨だ。
正直俺もあんな所には戻りたく無い。
あの村で暮らしていたミルが一番、あの光景を見たくないはずだ。
だが、誰かが処理しなければ村の事態は悪化するという事実をミルは理解している。
いや──そんな論理的なものでは無く…単純に弔いたいという気持ちか。
だったら。
「…わかった。リレッジも大丈夫か?」
「まあおいらは反対しないっすけど…じゃあ、君たちを村に置いた後、おいらは近くの街のギルドに向かうっすよ。流石にあれだけの状態を片付けるのは二人では無理っす」
「ギルドが手伝ってくれるもんなのか?」
「そうっすよ。ああいうのから疫病とかが蔓延するっすから。ギルドはそういったことを未然に防ぐのも仕事っす」
「なるほどな。死体処理とか専門の職員がいるってわけか」
「まあそういうことっす。じゃあアラッカ村に向かうっすよ」
「頼む」
こうして俺たちは馬車へと乗り込み、未だに血の匂いが漂っているであろうアラッカ村へと向かう。
茫然自失と空を眺めるミルに…かける言葉を見つけることはできなかった。
※
「べレア兄ちゃん…どうして…」
村に到着し、リレッジは俺とミルを降ろしてから、ギルドに協力を求めるため近くの街まで向かった。
村の状態は俺が最初に村を訪れた時から何一つ変わっていなかった。
少し変わっていたとすれば、肉の腐る臭いがキツくなってきたくらいか。
更にはその臭いにつられて魔物の姿もちらほら見えるようになっていた。
早急に対処しなければこの場所は魔物の巣のようになってしまうだろう。
ミルは、俺にミルを助けるように懇願したあの獣人青年の冷たくなった手を握って涙を流している。
きっとミルはこの青年から実の妹のように愛を注がれたのだろう。
俺はこの青年の願いを聞き届けることが出来たのだろうか。
正直ログリアを逃してしまった以上、ミルはこれからも古代の代理人の連中に追われることになると思う。
それを考えれば完全にミルを助けることができたとは言い難いのだ。
やはりミルを学校に入れるというのが最善策なのかもしれない。魔法と剣術の学校というくらいなのだからそれ相応の実力者である先生が保護してくれるはずだ。
「なあ、ミルっていくつなんだ?」
ふと尋ねてみる。
「十歳…」
力なくそう呟くミルの目には村の惨状が写っていた。
思いの外、落ち着いている。
それにしても十歳と言うことは、やはり王都魔剣術学校の入学には都合が良い。
「とりあえず…どうする?墓でも造るか?」
土葬だと死体が腐って腐敗臭が辺りを漂ってしまうなんて話を聞いたことがあるので、下手に死体を動かさない方がいいと思ったが……
「ううん。ちょっと待ってて」
ミルはそう言うと、紋章を展開させた。
馬車でサティスの超高品質ポーションを飲ませたため、魔力はほとんど戻っている。
いったい何をするつもりなのか。
そして──ミルは魔法を発動させた。
「マジかよ…」
洞窟内で見た魔法だが、再び見ても感嘆せざるを得ない光景が広がる。
村中に散らばっていた死体が宙に浮き、整列した。
散らばっていた手脚も、臓器も、眼球すらもミルの魔法の支配下になり、それらはパズルが組み合わさるかのように復元されていく。復元と言ってもほとんど形を人のものにしているだけで、傷だらけの死体であることに変わりはないのだが。
おそらくミルの魔法はサイコキネシスのように物質を操るもの。
だから眼球や臓器なんかを元の形に復元しているのは完全にミルの力量なはずだが、そんなことできるのか??
「ふ~…」
一息ついたミルの目の前には、殺された村人全員が人の形を取り戻して並べられていた。
全身が燃えて黒焦げになっていたものも、臓器全てを引き摺り出されたように空洞になっていたものも、全部、全部人の形に戻っている。
本当に凄い。
もはやミルが合格しない未来が見えない。
ミルは復元した死体の前に立っては、何やら言葉をかけ始めた。
「村長、いつも迷惑かけてばっかりでごめんね…」
「ナレッタおばちゃん。たまにくれるお饅頭が本当に美味しかったよ…」
「もうディリーと一緒に遊べないなんて、信じたくないよ…」
ミルはひたすらに涙を堪えながら、そんな言葉を一人一人にかけ続けていた。
切ない。
何故、この少女がこんな残虐な試練を受けなければならないんだ?
ミルに比べれば俺の方がまだ幸せかもしれない。
ミルは、住んでいた村を、今まで濃厚に関わってきた家族のような村人を、全員殺された。
歯痒い。
俺が必ず、あのふざけた眼鏡ズラに一発かましてやる。
そして俺はミルが満足するまでの間…腐敗臭に寄ってきていた魔物たちを狩り続けることにした。
俺は弱い。
不測の事態に諦めて命を差し出すところだった。
その自分への後悔と、弱さに対する苛立ちをぶつけるように…俺はひたすらに魔物を借り続けた。
暫くして──リレッジを先頭にした馬車群がこちらに向かっているのが見えてきた。
その馬車の数は軽く5台を超えている。
おそらくAランク冒険者のリレッジの言葉は紛れもない真実としてギルドに受理されたのだろう。
そういえばリレッジに色々聞かないとな。俺に実力を隠していたこと、冒険者を辞めてしまったことなんかを。
やがて村についたギルドの馬車の荷台からは次々と屈強な冒険者たちと、飛び散る内臓や血を掃除する専門だと思われる職員たちが降りてきた。
ミルが死体の全てを集約させたとはいえ、そこからは早かった。
職員たちは流石に手慣れているようで、ミルの意見を尊重しながらも死体を手際よく処理していった。
もはや誰も住めないほどにボロボロになってしまっている家屋は燃やし、死体を一箇所に集めて火葬するための地面を作る。
死体を燃やす光景は…ミルが見たくないらしく、俺たちが去ってから職員たちがやってくれることになった。
俺の出番はなく、あっという間に辺りはほぼ更地になった。これでミルも後腐れなくこの地を去れるだろう。
「よし!一通り終わったな。よくこの現場を見て逃げ出したりしなかったな」
ギルド職員と何やら話すリレッジを横目に馬車に乗り込もうとする俺に、作業を手伝ってくれた冒険者の一人が話しかけてきた。
この人から見れば俺はただの小さな子供。当然の反応だろう。
「まあ、最初は驚きましたよ」
「…随分冷静なんだな」
冒険者は不気味がっている。
当然といえば当然だ。
十歳の子供の体に、十八歳の精神が宿っているというミスマッチ。更に死体に慣れているという不穏さ。
そんなの、事情を知らなければ不気味以外の何者でもない。
俺が沈黙していると冒険者は、
「…じゃあ俺たちはギルドに戻るから。何かあれば冒険者を頼るんだぜ?」
そう言いながら俺の肩をポンポンと叩いた。
一応俺も冒険者なんだがな。ギルドプレートは川に流されてしまった時に無くしてしまったけど。
「ねえ、あなたの名前は?」
俺がリレッジの馬車の荷台に乗り込むと、既にミルはそこにいた。
そして恐る恐る俺の名を尋ねてきた。
…そういえばまだ名乗ってなかったな。
「俺はワタルだ。よろしく」
下手な自己紹介だ。これから学校に行くとなれば自己紹介する機会も増えるだろう。その時までにユニークな自己紹介を考えておかなければ。
「私はミル。見ての通り竜人族。みんなには珍しいって言われるけど、普通に接してね。よろしくね」
ミルは村の惨状を忘れてしまいたいというように、不器用に笑ってみせた。
差し出された手は死体による血と泥にですっかり汚れてしまっている。
が、俺は躊躇うことなくその手を握り返した。
ミルの手はとても小さく、温かい。
俺は決めた。この少女を絶対に守り切ると。例えレヴィオン討伐という任務から遠ざかってしまおうとも。
「お熱いっすねー」
俺の確かな覚悟とは裏腹な、呑気な声が背後から響いた。
いつの間にかリレッジは職員との会話を終えて席に着いていた。
俺は話を逸らすように聞く。
「なあ、なんでリレッジはAランク冒険者なのに行商人なんてやってんだ?…もしかしてだが、ログリアが言っていた魔剣ってやつと何か関係があったりするか?」
確かにログリアはリレッジのことを『魔剣』だなんだと言っていた。しかしリレッジはそれらしきものを持っていない。
まさかロートと同じように紋章武器を…?
だが俺のそんな予想は外れていたようで、
「そうっす。昔は魔剣なんて二つ名で呼ばれて…おいらは浮かれてたんすよ。魔剣と共に大切なものを失った今…おいらに冒険者をやる資格なんて無いっす」
リレッジは俯いてそれ以上何も言わなかった。
リレッジにもリレッジなりの考えがあるのだろう。これ以上の詮索はやめることにした。
「…じゃあ、セラリスに向かうっす。準備は良いっすか?」
「ああ」
「…うん」
火葬を担当する冒険者ギルドの職員たちは俺たちの出発を見届けるべく、村に残っている。
出発しなければならない。
ミルも理解したよう返事をするが、その声は小さく…力無い。
リレッジが馬に鞭打つと、ゆっくりと馬車はセラリスの方へ向かって歩みを始めた。
後およそ一週間でセラリスには到着する予定。それまでにミルに試験の概要を教えておかなければならない。
どんどんと馬車の車窓から見えるアラッカ村は遠のいていき、漂っていた死臭も薄まっていく。
ガラガラ、ガラガラと荷台内には車輪の揺れる音だけが響き渡り、辺りを支配する夕焼けの茜とともに…どこか、もの言えない雰囲気が醸し出る。
目の前の少女は、十年もの間自身が育ってきた村を離れようとしているのだ。思わないことなんて無いだろう。
しかしミルは未だ俯いたまま。
その心中はわからない。
見かねてミルに話しかけようとした──直後、座り込んでいたミルは立ち上がり、車窓を勢いよく開け放って、叫ぶ。
「今までありがとう……ありがとうみんなぁ…!!」
大粒の涙と、鼻水でミルの可愛らしい顔はぐちゃぐちゃになってしまっている。
本当は泣き出して、誰かに縋って、大声で叫びたかったのだ。
ミルの言葉は今ではすっかり更地となってしまった大地に吸い込まれていくだけ。
俺はそんなミルの悲哀に満ちた叫びを、黙って聞いていることしかできなかった。
村が完全に見えなくなって…ミルは馬車の中で、糸が切れたように一心不乱に泣きじゃくった。




