20. 道中の惨状
この世界…『アルテナ』について少し説明しよう。
まず、アルテナには大陸が一つしかない。
巨大な大陸──『アルテナ大陸』と、それを囲むように存在する広大な海。
この世界が惑星だと仮定すると…非常に面白い構成をしている。もしかして広大な海を渡るとアルテナ大陸の他に大陸があるのかもしれないが…それに関する記述や知識がない以上、無いものと考えていいだろう。
アルテナ大陸はほぼ中央で…人為的に作られたような巨大な谷──『ハーマゲドンの谷』によって二つに分断されている。
分けられた二つはそれぞれ『亜人族領』と『魔族領』と呼ばれており、その名の通りそれぞれの種族が暮らし、それぞれの『主』が統治している。──と言っても亜人族領は七つの国に分かれており、その国をそれぞれの国王が治めているのだが。つまり、七人の統治者がいるというわけだ。
対して魔族領は国ではなく『地区』と呼ばれる区切り方をしているらしく、『魔王』ただ一人のみがその地区全体、すなわち魔族領全体を治めている。
それだけで魔王という存在が魔族にとってどれだけ象徴のようなものなのかが分かるだろう。
先代魔王、ゼーテが死んだことは大衆には知られていない。そんなリリシアの発言を思い返すと…魔王自体はそれほど統治なんかに興味が無いのかもしれないが。
何故、亜人族領と魔族領が分かれているのか。
その起源は400年前に起きたとある『厄災』にあるという。
400年前。勇者パーティが存在し、魔王レヴィオンがその猛威を振るっていた時代。
魔王レヴィオンが封印の勇者によって封印される要因となった、『厄災』。
それは──『破壊と混沌の後進』という事件らしい。
亜人族領最大国家であるアルカイド。そこを魔王レヴィオンが率いる数万の魔物の軍勢が襲った。
詳細はそれしか聞いていない。だが、レヴィオンが『魔王』という言葉に相応しい存在であることはなんとなく伝わった。
──さて、今俺がいるのは亜人族領南部にある国、ミザールだ。
そして向かっているのはミザールの北にある亜人族領一発展しているという国、アルカイドの王都──セラリス。
セラリスには俺が入学する王都魔剣術学校がある。入学するとは言っても入学試験に合格しなければならないが。
学校には俺の肉体を八年前のものまで巻き戻した元凶である古代秘宝、『一対の銀鏡』の片割れがある。
サティスが何故一対の銀鏡が、王都魔剣術学校にあるのか知っていたか聞いてみたのだが……なんとその存在を公にしているらしい。
古代秘宝の一つを持っていると世に示すことで、その学校の強大さを誇示しているんだとか。
そんなことしたら外部から狙われないかと不安になるが、今日までその存在が守られているということはかなり厳重に保管されているのだろう。
はたして、どうやって手に入れたらいいものか。
詳細がわからない以上、その辺は入学してから考えよう。
この世界は広大だ。
自動車も電車も飛行機も無い中で遠くへ移動する手段は馬車や竜車しかない。
馬車よりも竜車の方が格段に速いが、竜車は手入れなどに莫大な金がかかるために、ほとんどが馬車での移動となるらしい。
転移魔法や空を飛べる魔法もあるらしいが、それを使える紋章を持つものはごく稀だという。
ちなみに王都アルカイドに着くまでかかる日数はおよそ二週間と少しと聞いた。
王都に着いてから学校指定の制服なんかを買い揃える時間を考慮すれば、妥当な時間にサティスの家を出たと考えていいだろう。
「ワタル君は王都魔剣術学校に入学したいんすよね?魔法と剣術、どっちの選抜方式で行くんすか?」
不意に、移りゆく景色を眺める俺にリレッジがそう問いかけてくる。
王都魔剣術学校は入学するとその名の通り魔法を扱う専門の生徒と剣術を扱う専門の生徒に分けられる。
俺は魔法を使えない 死人の紋章。だから、
「剣術だ」
と答える。
絶対に剣術の選抜方式を選ばないといけないが、剣術選抜といえど魔法を使ってはいけないなんて決まりはないため、俺は圧倒的に不利である。
「まあそうっスよね~。確か定員は100人でそのうち剣術選抜は72人。魔法選抜は28人しか受からない狭き門っスから」
そうなのだ。王都魔剣術学校の一学年の定員は100人。
それが25人ずつの4クラスに分けられ、うち7人が魔法専門、18人が剣術専門の生徒となる。
魔法選抜で入学できる生徒はたったの28人。
その結果、毎年なんとしてでも自分の息子娘を魔法選抜で学校に入れたい親たちによる熾烈な争いが裏で繰り広げられるのだそうだ。
よって入学しやすいのは剣術選抜の方となる。
それにしても…
「やけに詳しいな?」
普通、ただの行商人が学校の定員とかこんなに詳しく知ってるか?
「まあ、王都魔剣術学校は名門っスからね~。おいらも昔憧れてたんすよ」
「そうなのか…」
「まあ、あの学校の良さは貴族とかに忖度しないところっすよね。平民でも普通に合格できるし、更には『特別枠』も一つあるっすからね~」
「特別枠?」
サティスの話でもそんな言葉は出てこなかった。話す必要がないと判断したのか、単純に知らなかったのか。
「知らないっスか?入学特別枠っスよ。ワタル君の場合はサティスさんが親として入学試験をするための手続きをしたっすよね?まあその書類を提出したのはおいらっすけど…それで、孤児とかで親がいない人っているっすよね。またはなんらかの理由で手続きが出来なかった人。そういう人の為になんと入学試験当日に飛び入り参加できる特別枠があるんす。なんでも合格できれば生活費とかは全て保証されるらしいっすよ。なんと定員は魔法枠1人、剣術枠1人で化物みたいな倍率らしいっすけど…」
「へえ、知らなかったわ」
まあ俺はちゃんと手続きしたし無縁の話なのだが。だからサティスも特別枠については知らせなかったのだろう。
「二週間後が楽しみっすね。おいらも応援してるっす。あの主を倒せたワタル君なら大丈夫だと思うっすけど」
リレッジはそう言って、馬に鞭打った。
これから二週間後、俺は難関と言われている試験を受ける。正直不安だ。受からなかったらどうやって銀鏡を手に入れよう。
いや、ダメだ。受からなかった時の事ばかり考えるのはやめよう。
気を紛らわすために、俺は再び流れゆく平坦な景色へと意識を戻した。
※
「なんかアレ、ヤバくないっスか?」
サティスの家を出発してから早十日。ぼーっと空を眺める俺に、焦ったようなリレッジの声が飛び込んできた。
曖昧な意識。揺らぐ視界の焦点をリレッジの方へと合わせる。
リレッジはアレを見ろと言わんばかりに目を凝らして果てしなく続く道の前方を指差していた。
指差す方向を向くと、数本の白煙が風に揺れているのが見える。
──確かに何かがおかしい。
よく目を凝らしてみるとその煙の元にあるのは小さな村だった。
何かが燃えている。それもかなりの数の何かが。
一体何が燃えてるんだろう?野焼きでもしているんだろうか?それにしては数が多すぎるが。
神光支配を目に集中させ、視力を底上げする。
そうして俺の目に映った光景。気づいた時には叫んでいた。
「急げ!」
リレッジも気づいたのか、馬を走らせる。
煙を立たせる村はどんどんと近づいて、その全貌を確認できる距離まで来る。
「なんすかこれ…」
馬車から降りたリレッジが呆然と掠れ声で呟く。
無理もないだろう。
無数に立っていた煙を発していたのは牧草でも家でも無く──紛れもない『人』だったからだ。
人間はこんな風に燃え、こんな臭いを放つのか。
知りたく無かった、知るべきじゃなかった事実が…知識に焼き付けられる。
燃える、燃え上がる、人間の死体、屍体、シタイ。
投げ捨てられたように無造作に地面に散らばっている少年から。
まるで呪いでも押し付けられたかのように、家の壁に何本もの刃物で磔られた中年男性から。
もう年齢も性別さえも分からないほどにズタズタに切り裂かれた肉塊から。
──幾本も…幾筋もの白煙が上がっている。
リレッジに続いて俺も馬車から降りたが、村の赤茶けた地面は血か体液かと思われる何かでぬかるんでおり、転びそうになった。
まるで地獄のような光景だった。
信じたくないほどに残酷な光景だった。
四肢が無い死体、双眸が抉り取られた死体、死体死体死体。
散らばる手足、指、眼球、首。
その全てが、まるでこの世のものとは思えないほど残虐な状態で至る所に散らばっている。
込み上げてくる胃からの逆流液。なんとかすんでの所で押さえつけ、顔を顰める。
死体の状態から、おそらく村が襲われてからまだ時間は経っていないように思われた。
のどかな風景を楽しんでいただけの今までの旅路が、一転した。
一体ここで何があった。何が起こった。何が居た?
一見は普通の村だ。散らばる村人たちだって、いたって普通だ。
何がこの村をここまで貶める原因となった。
どんな化け物が、この村を襲ったっていうんだ?
「た…す……けて」
不意に亡骸の集まりの中からそんな声が聞こえた。
こんな状況の中、まだ生きているものがいるのか。
急いで声がした方向へと向かう。この惨状を作り出した正体を聞くために。
「大丈夫か!」
探した先、死体の山の中に埋もれるようにして一人の獣人族の青年が呻いているのを確認する。
顔は他の死体から噴出したものなのか、はたまたこの青年のものなのか分からないが大量の血で汚れ、生気は感じられない。だが、確かに生きている。
急いで死体の山に駆け寄って上半身だけ見える片腕を掴んだ。
──冷たい。まるでもう死んでいるかのように冷たい。
そんな驚きを悟られないように…死体の山から勢いよく青年を引っ張り出す。
思ったよりも呆気なくその青年は山からひっこ抜けた。
軽すぎて、思いっきり引っ張った俺が尻餅をついてしまうほど。
いてて…と思いながらも、あまりに抵抗が無さすぎて不思議な青年の姿を確認───、
「なん、で……!」
下半身が無かった。だから、青年の肉体はこれ程までに軽かったのだ。
何故生きている、そんな愚問を吐き出せる気力も驚きによって掻き消される。
「あの野郎ども…絶対に殺してやる!!!」
肉体の切れ間から血を吹き出しながら叫ぶ青年。憎悪に溢れたその叫びは、今では俺とリレッジ以外いないこの村内をこだましていく。
「お前を…この村を襲ったのは誰だかわかるか?」
俺は静かにその青年に問いかける。
その青年が憤怒に飲み込まれて、そのまま息耐えてしまわないように願いながら。
「古代人がどうとか言っていた…。それにミルが…ミルが連れ去られたんだ、助けてくれ、頼む…頼むよ…」
青年はもはやぐちゃぐちゃとなってしまった顔を歪めながら訴えてくる。
「古代人?それにミルとは?」
青年が発した思いがけない言葉に驚く。今の時代に古代人が存在するというのか。
それにミルとは…この青年の家族か誰かだろうか。
「ミルってのは俺たちが9年前に保護した竜人族の少女だよ…古代人の狙いはそのミルだった。妹みたいでよ…俺からミルを…アラッカ村を奪ったあいつらを絶対に許さねえ!」
尚も激情に任せて声を荒げる青年。
その辛さと許せないという感情が痛いほど伝わってくる。
「そいつらが行きそうな場所はわかるか?」
「ここから少し進んだ先に…大きな洞窟がある。近頃そこを何者かが拠点にしていることは知ってたんだが…まさかこんなことになるなんて…」
「その洞窟にそいつらはまだいるんだな?」
「わからない。けど、頼むミルを救ってやってくれ。頼む…」
そう懇願する青年の声はどんどんと小さくなっていく。
こんな小さな見た目の俺にまで縋り付くくらいなのだから、もう後がないのは分かっているのだろう。
「分かった。きっと救ってみせる」
俺は青年の固く、大きな手を握りしめた。
それによって青年は安心したように微笑むと、その手から脈動は無くなっていった。
「古代の代理人…」
いつのまにか横にいたリレッジがポツリと呟く。
「古代の代理人?」
「古代の代理人… 。通称『デュアル・エー』と呼ばれる組織っス。まさかこんな村にまで手を伸ばすとは…許せないっす」
リレッジは力強く、怒りに満ちた声を灯している。
「その古代の代理人とやらがこの光景を作り上げたと?」
「あいつらは目的のためなら手段も選ばないヤバイ連中っす。ほぼ間違いないと思うっす」
少女一人のためにこれ程までの惨状を作り上げる組織。
正直対峙するのは怖い。だが、許せない感情が恐怖心よりも優っていた。
あの青年の思いを無碍にするわけにはいかない。
俺はヴァルムにレヴィオン討伐を任された時を思い出していた。
「リレッジ、洞窟まで行くぞ」
「…分かったっす。正直おいらも頭に来てるっす。アラッカ村は結構お世話になってた村っすから」
そう言うリレッジの瞳からは、何か覚悟のようなものが窺えた。
リレッジはただの行商人。そのはずなのに…俺よりも強い冒険者としての人情を兼ね揃えているような…そんな気がした。
そして俺とリレッジは馬車まで戻る。この先にあるという大きな洞窟へと向かうため。
※
「ここか…」
リレッジが洞窟の場所を知っていたお陰で、思ったよりも早く目的の場所にたどり着いた。
まるで大きな山を切り開いて作られたトンネルのような洞窟への入り口は、来るもの拒まずといった感じでその口を開けている。
「これ、持ってくださいっス」
リレッジはそう言って、どこから取り出したのか俺に火のついた一本の松明を差し出してきた。
確かに洞窟内は先が見えないほどの暗闇である。
迷宮とは違って発光する鉱石などが存在しないのだろう。
はたして本当にまだ古代の代理人の奴らはこの中にいるのだろうか。
もしかしたらもうミルという少女を連れてこの場を離れているのではないか?
少女を確保するという目的を達成した以上、近くに留まっている意味はないはずだ。
「なあ、まだいると思うか?」
洞窟内部から音はない。
まだ村襲撃から時間は経ってないと思われるが、とてもこの洞窟に人がいるとは思えなかった。
「正直わからないっす。でも行ってみる価値はあると思うっすよ。例えいなくても何か手がかりがあるかもしれないっすし」
「そうだな」
確かに手がかりはあるかもしれない。
もしも既にこの洞窟を出発してしまったのだとしたら、どこに向かったかは全くもってわからない。
その手がかりを見つけるだけでも大収穫になるはずだ。
リレッジと二人で恐る恐る洞窟の中へと踏み出す。
湿った地面、頬を横切る冷風。
洞窟内は本当に人がいたのか怪しくなるほどに静かで──不気味だった。
少し進んだ先で、俺とリレッジは良きせぬ事態に立ち止まる。
「道が…二つに分かれてるっスね」
暫く大きな一本道だったのに、まるで俺たちが二人で来ることを分かっていたみたいに道は二手に分かれていた。
そのどちらも先は見えず真っ暗でどちらに進むのが正解なのかはもちろんわからない。
「二手に分かれるか…?」
正直リレッジのヒョロヒョロとした体格を見ていて、戦闘に長けているとは思えない。
実際リレッジの本職は行商人であるし、仮にリレッジが行動不能な傷を負ってしまえば俺が王都に行く手段が無くなってしまう。別れるべきではないだろう。
そう考え提案を取り消そうとしたが、意外なリレッジの返事が返ってきた。
「分かったっす。おいらが右。ワタル君は左に行って下さいっす」
まるで迷いのない言葉だった。
「大丈夫なのか?」
正直不安極まりない。が、
「任して下さいっス」
リレッジは自身満々にそう言い放った。
とりあえず信じて二手に分かれることにする。
「じゃあまた。死ぬなよ」
念を押して、俺は分かれ道の左側へと歩みを進める。
正直こんな不気味な洞窟内で一人でいるのは心細い。
それによくよく考えてみれば、俺にはミルという少女を助け出す道理はないのだ。
何故俺はあの青年の依頼を受けてしまったのか。
それはきっとあの青年の言葉が、どこかヴァルムやリリシアと重なるところがあったのだろう。
死の間際まで自身のことは顧みず、他人のことを考えていたあの姿が。
──そんな合理的な理由を見つけてからじゃないと行動に移せない訳ではないが、そうしないと『魔王討伐』という絶対任務から脇道に逸れている自分を正当化できないような気がして…ダメだな。
五分、十分…と周囲に警戒を向けながら洞窟内を歩いていく。
思ったよりも広大な洞窟だった。
だから入り口に立っただけでは人の気配が感じられなかったのだ。
これは…足跡か?
洞窟の奥に進むにつれぬかるんだ大地が増え、大きな足跡のようなものが点在しているのに気付いた。
明らかに人間のものではない。
人間のものと思われる足跡もその大きな足跡の近くにあったが、もしそれが少女のものなのだとしたらビンゴである。
やはり村を襲ったのは人間ではない化物だったらしい。
もしも人間があんな惨状を嬉々として作り出せるのであれば…それは狂気に染まっている。とても少女一人を誘拐するという任務を遂行できないくらいには理性を失わないと、あれだけの光景は作れないんじゃないか?理性と狂気の両方を有した化物がいる?──なんて考えてしまう。
とりあえずその足跡を辿って通路を進んでいく。
ぴちゃぴちゃと頭上から水滴が滴っている。
苔むした岩が散らばっている。
土と水のにおいが鼻の奥を不快にさせる。
早く、この不気味な通路を抜けてどこか開けた場所に出たい。
そんな俺の願いを洞窟の神が聞き入れてくれたのか──視界の奥で何か松明…いや、カンテラの火のようなものが揺らいでいるのを感じた。
それも複数。
きっとこの通路の先は大きな空間になっていて、そこに古代の代理人の奴らが居るのだろう。
まさか、本当にまだいるなんて思っていなかったが…気を引き締めた方が良さそうだ。
唾を一つ飲み込み、意識を集中させる。
あいつらはまだ俺に気付いていないはず。
なら奇襲となる一撃目に精神を研ぎ澄ますべきだ。
奴らに気づかれないように松明の火を消し、剣を構える。
そのまま足音を立てないようにして進み、奴らの姿が確認できる場所でその身を潜めた。
案の定、大きな空間となっている場所に奴らはいた。
その数視認できるだけで三人。
一人は研究者のような白衣を来ており、もう二人は怪しげなローブを纏っている。
先ほど俺が追っていた足跡のうち、人間のものと思われる足跡はあの白衣の男のものだったのかもしれない。
そして化物じみた大きな足跡はあの二人のローブを被った何か。
まさか三人だけであの村をあんな状態にしたと言うのか。いや…あれ以上に人員がいると考えた方がいいだろう。
三人は空間の中央に存在する一辺1メートルほどの小さな鉄格子の檻を囲んでおり、何やら話している。
鉄格子の中はローブを纏う二人の背中で見えづらかったが、少女が座り込んでいるのが確認できた。
少女は松明の明かりだけでわかるほどに艶々しい銀髪に、その合間から見える大きな二本の角を拵えている。
その特徴的な姿が、少女が青年の言う「竜人族」であると言うことを示していた。
少女は檻で歯を剥き出しにして、それを取り囲む男たちに敵意をぶつけている。
「落ち着いて下さい。これからあなたを第三支部に送るのですから」
何やら白衣を着た男の一人が、そんなことを言っている。
第三支部。その発言から理解できるのは、少なくともあいつらの拠点が三つはあるということだ。
「うるさい!私をここから出して!」
少女は怒りに任せて檻を殴り付けているが、もちろんそれで檻が壊れるといったことはない。
「まあまあ。安心して下さい。あなたを助けに来た人がいるみたいですよ?」
突然の白衣の男の発言に、背筋に悪寒が走った。
気付かれていた?
神光支配を足に纏わせることで足音を完全にかき消していたのに!
──しかし、俺の心配は杞憂に終わった。
「バレてたっすか。その子がアラッカ村のミルちゃんっすね?」
突如、俺がいる所とは真逆の方向からリレッジが出てきたのだった。