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純愛

作者: Youg

こんにちは、Youg(ユージ)です。

今回投稿させていただいたのは「純愛」という作品です。

「思い出」と同じ恋愛をテーマに描いていますが、ジャンルの違った恋愛を描きました。

読み進めていくことで、「彼」の存在に気付いてくれるかと思います。

 私は泣くことができない。

 どれほど素晴らしい作品を見てもなくことはできない。

 私にあるのは喪失感ただそれだけであった。

 私がこうなってしまったのは、きっとあの日から。




「別れよう」


 いつもの本屋「Reverie」で「彼」は私にそう言った。

 視界が真っ黒になり、私は膝から崩れ落ちた。


「どうして……」


 私は彼に問いかける。「彼」は表情を変えずにただこちらを美しい瞳で見つめてくる。

 その美しい瞳が私の心をこれ以上ないほどに苦しめる。

 何一つ言葉を発しない「彼」に私の心は怒りと悲しみにあふれた。


「どうして私を捨てるの?私はこんなにあなたを思っているのに……」


 さらに問い詰める。それでも「彼」は表情を変えない。


 彼の背後に確かに感じていた女の影。

 ここ数週間で彼にやけに近い女がいたのは事実だ。

 でも私は「彼」を信じていた。


 声を荒げたせいか周囲の人が集まってきてしまった。私たちを珍しいものを見るかのように見つめてくる。中にはスマホを向けた人もいた。


 そんな本屋が怖くなり私は逃げるように「彼」を引いて本屋を出た。


 家に着くと私は話の続きを「彼」から聞こうとした。


「彼」はやっと表情を変え、新しい女の話を始めた。


「僕は彼女を愛している。君はもう必要ない」


「彼」から初めて聞くその言葉は私の心を無造作に破り捨てた。

 全身から力が抜ける。

 私は「彼」の目の前で泣き崩れた。




 2年が過ぎた。


 私は両親の反対を聞かずに別の彼と同棲をはじめ、夫婦同然の生活を送っている。


 今の彼とは、あのことがあった直後にいつもの本屋で出会った。


 彼に破かれてしまった私の心に彼はそっと優しい言葉をかけてくれた。


「あなたを愛している」


 私は彼に夢中になり、すぐさま彼を家に招いた。

 そこから私と彼は一緒に暮らすことになったのだ。


 だが未だに「彼」の事が忘れられない。


「彼」が私にくれた言葉も気持ちも愛情も、常に私の心の動力となっていた。


 今の彼はどちらかといえばさっぱりしている。なかなか素直な自分を見せてはくれない。そこに新しい自分の好みを発見できたのではあるが……どうだろう。


 形のない「彼」の面影が部屋に残っているような、モヤっとした感情が私の心にはあった。



 ピンポーン



 家の呼び鈴が鳴った。

 私は玄関のドアを開ける。

 そこに立っていたのは険しい顔をした母だった。


「な、なに?」


 私は母に問いかける。


「久しぶりね。元気?」

「う、うん。どうしたの?急に」


 母を家には上げず、外で話していた。

 私は母がそれほど得意ではない。

 一流の企業に勤めている母は経歴もよく、小さいころから英才教育を受けて私は育った。

 毎日毎日遊ぶ時間など一切なく、ひたすらに英語、スペイン語、中国語と家庭教師が家にやってきた。

 そんな生活の中で次第に私も心を閉ざしていき、中学3年生になる頃には友達は一人もいなくなっていた。

 そんな私にやさしく声をかけてくれたのが「彼」だったのだ。

 初めて「彼」と出会った日を私は今でも覚えている。

 参考書を買うために出かけたいつもの本屋で偶然出会ったあの日を。


「もう2年が経つわよね?いい加減紹介くらいしてくれてもいいんじゃないかしら」

「え……彼を?」

「ええそうよ。あなたもいつまでも遊んでないで外資系に就職しなさい。一体あなたにいくら使ったと思ってるの」

「……今日は無理。来月には行くから」


 私にはこれしか言えなかった。

 なぜかはわからない。ただ私が私の中の「何か」を否定している。そんな気がしていた。

 スマホが震える。

 ピンク色をして「M」と大文字で書かれたアプリからの通知だ。


「はあ……あなた、いい加減にしなさい」

「え、何が?」


 母が何を言っているのか私には理解できなかった。


「なんの話?」

「いつまでも夢ばかりではなくて、現実を見なさいって言ってるの!」


 母が声を荒げる。

 そんな母に恐怖すら感じてしまった私は彼を呼ぶ。


「ねえ、来て。ちょっとお母さんが……」

「……」

「ねえ、来てって……」


 リビングで横になっている彼はいくら私が呼んでも姿を見せなかった。

 困惑している私を母は悲しい目で見つめる。

 私はその状況に理解ができなくなった。


「……入るわよ」


 重い口を開いた母は私を無理やりどかし、家の中に入った。

 彼は未だ横になっている。


「……どこにいるの?」

「え、なにが?」


 母は目に涙を浮かべながら私に聞く。

 それに私は動揺してしまった。


「あなたの話していた彼が一体どこにいるっていうの?」

「そこのソファで横になってるじゃん。ね?」


 彼は黙ったままその場で笑顔を作っている。

 私の言葉を聞いた瞬間、母はその場で泣き崩れた。

 私には母が泣いている理由が分からなかった。


 埃まみれの本とフィギュア、そして彼の写真とポスターが壁一面に飾られた部屋を残し、私は母に連れられ実家へと向かった。


 たった一人、彼をソファに残して。


 「純愛」いかがでしたでしょうか。

 最終的に明かされた「彼」の正体。

 近年は多様性が認められ始め、これまでの常識や当たり前は時代遅れのものになっていくのかなと思います。また、時代が変わっていくごとに新しい視点が生まれ、それが認められていくと思います。

 この作品のポイントはもちろん、「彼女が『彼』と呼んでいたのは架空の存在」という点ですが、それと同時に彼女自身はわかっていてわかっていないふりをするという心の葛藤も感じていただけたらなと思います。

 皆さんはどんな感想をもたれたでしょうか。

 ご意見ご感想などお待ちしております。

 今後ともよろしくお願いいたします。

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