第1話 喪失
「おかあさん。どこに向かってるの。もう夜遅いよ」
時刻は夜7時を超えており、辺りは暗闇に閉ざされていた。
「........」
無言で不気味な笑顔を浮かべる母をみて、私は不安を隠せずにいた。
深鈴を乗せた車はどんどん山奥に向かって走っていく。
すると、前方に絵にかいたような屋敷が見えた。
「みすず。あれ見える?」
「みえるよ。家でしょ?」
母が話しかけてくれて少し力がほどけた。
「あれが貴方の新しい家よ。私たちもうお別れよ」
母の冷静さに似つかわしくない言葉が飛んでくる。
「えっ」
大好きだった母からの衝撃的な一言に少し反応が遅れた。
「う、うそでしょ」
嘘ではないことは分かっている。母は昔から嘘が嫌いだ。それに、あんな真剣な表情。
「ついてきなさい」
母は戸惑っている深鈴に間髪入れずに命令をした。
深鈴は返事もせず、母の後ろをついていった。
玄関のドアを開け、家の奥への方へと歩いていく。
母が部屋の前で立ち止まり、部屋のドアを開けながら言った。
「今日の夜、貴方はこの"男"と過ごしてもらうわ」
部屋の中には、一人の男とベットだけがあった。
「さあ、こっちにおいで」
そう男が深鈴を諭す。
私を舐め回すような男の視線に、とてつもない嫌悪感を感じ、玄関へと走り逃げた。
「カチャカチャ」
(なんでよ、なんで開かないの)
玄関に着き、必死にドアを開けようとするも、内ロックのせいで開かない。
「チャラチャラ」
母は不機嫌な顔をしながら、カギを見せつけた。
「カギはここよ。さっさと戻りなさい。あなたは、大切な□なのだから」
今までの日常が嘘のように思え、涙が込み上げてきた。
「大□夫。泣かないで。あなたの□ □もいずれこ□道を辿る□だから」
「□まれ□時から、□の運命□決□ □ □ □ □の□。」
その衝撃的な事実にただただ、笑うことしかできなかった。
〜〜〜〜〜〜〜
「はっ!」
「ここは」
目を覚ましあたりを見渡す。章護からもらった人形。学校の教材。お気に入りの服
「夢……か」
疲れがどっと体を襲った。
(あれ、めちゃくちゃ汗かいてる)
「みすず〜もうご飯よ。いつまで寝てるの」
ドア越しに声が、薄っすら聞こえた。
「今いくー」
上手く声が出ない。
恐る恐る階段を降りて、食卓の椅子に腰を掛けた。ニュースがつけっぱなしだ。
[後10ヶ月で2026年ですねー。今年もまだ災害は見られません。ここ715年間は、大きな被害を伴う自然災害の発生が観測されていません。この理由はいったいなぜだと考えられますか。柱智人国土交通大臣。]
[......この現象は不可解ですね。私にもさっぱりわかりません。ですが、もし自然災害が発生した場合、我々内閣府が尽力いたします。]
[頼もしいですね。お次は・・・・]
母が朝食を食卓にだしてくれた。
「もう、何時まで寝てるの。今日テストもあるし、テストの後は深鈴のために旅行も行くんだからしっかりしないと。」
(いつものおかあさんだ。あれはやっぱり夢だったんだ)
夢の中の母との変わりように少し戸惑ったものの、安心した。
「ぼーっとしないで早く食べなさい」
「はぁ~い」
「じゃ行ってくるね」
ご飯を食べ支度を済ませた深鈴は学校に向かった。
「いってらっしゃい」
「みすず。遅い」
ドアを開けると目の前に、幼馴染であり、彼氏である章護がいた。
「ごめんごめん。変な夢見ちゃってさ」
「へー。どんな夢?」
章護はいつものように片手で英単語帳を眺めながら聞いていた。
もう一つの手は、自然と深鈴の手にあった。
「なんてことがあったんだよね。途中途中忘れちゃったけどね。」
夢で起きたことを覚えている限り章護に説明した。
「なぁんだよその話。そんなことよりテストいける?」
興味がなかったのか、笑うこともなく話を変えた。
「全然無理〜。全国一位のしょうごはやっぱすごいね。」
深鈴が羨ましげに話すのに対し、章守は重しげな表情をしていた。
(全然すごくなんてないよ。俺は深鈴に振り向いてもらうために...)
~~~~~~~~~~~~~~~~~
中学3年の夏。俺はいわゆる一般的な中学生の生活を送っていた。
「深鈴ー。いっしょに帰ろ。」
いつも通り、深鈴といっしょに帰ろうとする。
「私、、彼氏できたんだ!!。だから、今日からその人と一緒に帰るんだ。」
自慢げな顔をする。
深鈴は天然で話しやすく、そのうえとても可愛いため、男女ともに人気があった。
そのため、特に困惑もしなかった。
「ふーん。頑張れよ。」
最初の方は特に何も気にしていなかった。
しかし、一人で帰る下校道を通るほど、もやもやが増えていった。
家に帰ればゲームをして、ご飯を食べ寝る。
そんな半ニート生活を送っていた。
毎晩寝る前。心が苦しむ。
そんなある日。夢に深鈴が出てきた。口が合わさりそうなところで目が覚めた。
その夢を見たことが情けなくてしかた無かった。
俺はみすずのことが...
俺はその気持ちを否定するように、猛烈に勉強に励んだ。
今思えば何もない俺に少しでも振り向いてもらうために、、だ。
そんな生活を続けると、気づけば俺は学年一位にまで上り詰めた。
そんな時、俺は朗報を耳にする。
深鈴が別れたのだ。
とっさに嬉しく思ったことをまた情けなく感じたが、自分にもう嘘はつかないと決めた。
今日がチャンスだと思い、一緒に帰ろうと誘おうと考えた。
「み、みすずー」
名前を呼ぶのがうまくできない。
俺は今顔を赤らめているのかと考えると、さらに赤面した。
「今日さ一緒に帰ろう?」
「いいよ~」
あっけない返事を聞いて、自分がどんだけアホなのかを思い知らされた。
帰り道。いつもの沈黙も気まずく感じた。
少し顔を赤らめている深鈴を見て、もしかしたらと期待を膨らませた俺は今日告白をしようと決意をした。
決意したものはいいが、何も言葉が思い浮かばない。
「好きだ。」
一瞬深鈴からの言葉だと思ったが、その声の出所が分かると、一気に恥ずかしくなった。
「あのー。その。これは。その。」
ダサすぎる自分を見て、死にたくなった。
「ふっ。ふっふっふっ」
深鈴が笑う。
俺は馬鹿にされたと思って、その場から走り逃げた。
「待って!!。ごめん」
その言葉でとっさに我に返り深鈴の場所へ戻った。
「もう一回!。次はちゃんとしてね。」
微笑みながら言う。
「俺は深鈴のことが
「あーあ、今はだめだよ。ここじゃなくて別のとこ行こう」
俺の必死の告白を深鈴に遮られ、俺たちは歩き始めた。
歩いている間、会話は一つもなかった。
歩く距離が長くなればなるほど、俺の心臓の鼓動は速くなった。
その鼓動が深鈴にも聞こえるのではないかと心配になったが、電車や車の音がかき消してくれた。
河川敷に着き、腰を掛けると深鈴が口を開く。
「続きをお願いします。」
その希望に溢れる目を見て決心した。
「おれ、ずっと深鈴が一緒にいてくれるもんだと思ってた。深鈴と一緒にいない時間が増えるごとに、不思議に頭の中ではずっと深鈴のこと考えてて、その。うまく言えないけど。俺と、俺と付き合ってください。」
こんな時にも俺はちゃんと言えねーのかよと、とても悔しくなった。今からでも走り逃げたい。
そんな俺の手を取り深鈴は言う。
「私でよければ喜んで」
それが嬉しくて俺は自然と涙がこぼれた。
それを見て深鈴ももらい泣きをしたのか、涙を流す。
俺は、同じ感情を共有していることが嬉しくて、さらに泣いてしまった。
俺と深鈴はその後長く話し込み遂に夕日が沈み、家に帰ることにした。
同じ帰り道を歩いてるはずなのに、まるで違う道のように感じられた。
~~~~~~~~~~~~
(俺は何があっても深鈴を守るんだ。)
「ねぇ。話聞いてる??」
話を聞いていなかった章護に少し怒る。
「えぇと。テストの話でしょ??」
「違うよ~もう。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「やっと終わったよ」
「テスト詰んだわ」
「今日カラオケ行かね?!」
テストが終わり教室が騒がしくなる。
「しょうご、今日どうする?!」
授業が終わるや否や章護の親友の橋本大知が誘ってきた
「ごめん。今日はみすずと遊ぶつもりだから。また今度。」
「またかよ〜わかった。彼女と楽しんで来いよ」
残念がるどころか、ニコニコしながらからかってきた大知を少し鬱陶しく感じつつも
「じゃあな」
と大知と別れ、深鈴の場所へと向かった。
二人の友達と話しながら歩いている深鈴を発見する。
「となりの人たちは〜……お友達?」
「そうだよ。こっちの背がちっさいのがえりで、こっちのポニーテールがさらで、こっちがアフリカ人のマッコルガンだよ」
「俺の名前は、仁坂章護です。よろしく。」
流れに任せて自己紹介をする。
「えぇと、こんにちは……みすず~この人だれ?」
深鈴の友達が聞く
「彼氏」
深鈴は淡白に答えた。
「「えっ?!」」
三人の声が揃う。
「えっえ、いつからなの?!」
「付き合って何か月?!」
「どこで知り合ったの?!」
二人からの怒涛の質問攻めが始まった。
「え、えーと、ごめん!また今度〜〜!」
「すみません。また今度」
深鈴と章護は友達と別れた。
「みすず、この後どっか行く?」
「ごめん!今日から家族で旅行行くんだよね」
「あれ、そうだっけ?全然知らなかった。すぐ帰るの?」
「うん。すぐ行くらしいから。」
「そっか、じゃあばいばい。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ガチャ」
「ただいまー……て誰もいない。買い物でも行ってるのかな。出発まで時間あるしまあいいや。」
手を洗い自分の部屋に行く。
「眠いなぁ、ちょっと横になろ。」
〜〜〜
「あれ、、やっば!!寝落ちした!今何時!?はぁぁ……出発の時間はまだきてないけど、」
(流石にもう帰ってきてるよね、早く降りないと。)
下に降りると最近はなかなか顔を合わせないお父さんがいた。
「お。おう。久しぶり深鈴」
「うん。」
「深鈴準備は終わったの?」
「ううん。寝てた!今から急いでする!」
(みんな準備終わってそうだな…なんで旅行の時だけいるの!お父さんは。)
母は玄関以外の家の戸締りの最終チェックを済ませ、父と二人で話しながら深鈴の準備を待っていた。
時刻が6時を回った時、スタスタと階段を降りながら深鈴がやって来た。
「ごめんごめんお待たせ。」
「いいのよ。忘れ物ない?」
「ないって」
お出かけを楽しみに待っていた深鈴は、生返事をした。
「「ドン」」
全員乗り、車を走らせた。
「ところでさ、今日どこに行くの?」
そわそわしながら母に聞く
「秘密よ。サプライズだからね」
母は不思議なほどに上機嫌だ。
「楽しみ〜。どこだろうな。」
深鈴は期待を胸に膨らませた。
車を走らせて一時間くらいたち、深鈴は少し異変を感じ始めていた。
夢で見た山と酷似している山が前方にあった。
まあでも、山なんかどれも似てるよなーと思い深く考えるのをやめた。
少し時間がたつと、山の中に入り始め夢の中と全く同じ光景が目に映る。
深鈴は、一気に顔を青ざめた。冷や汗がじっとり肌に染みる。何かの手違いだという淡い期待も込めて、母親に聞いた。
「おかあさん。どこに向かってるの。もう夜遅いよ」
深鈴は、必死に平然を装いながら聞いた。
「……」
母からの返答はなかった。
深鈴の脳裏に声が響いた。
「「あなたは大切な□ □なのだから」」