第八節 天才よりもうれしい言葉
地獄の様な、利き手と逆の手で勉強する日々は、およそ一週間くらい続き……
「あぁぁああ!! もう!!」
イブサンのストレスは限界を迎えていた。だがそれと同時に、定期試験の二日前くらいに、包帯を取る瞬間が訪れた。
「痛みますか?」
外科医の言葉を聞いたイブサンは右手をグー、パーと、握ったり開いたりしてみる。ジワリと、少しだけ痛みがしたが――、
「大丈夫です……」
珍しくウソをついた。心の根底には “もう、左手で勉強したくない”その切なる思いが沸々と込み上げていたからである。
「お大事にー」
病院を後にするイブサンだったが、右手をふと覗いてみる。突き指した指には白いスジの様なモノが浮かび上がっていた。これ……大丈夫なのかと、イブサンは外科医を心から疑った。
さて、試験当日!
痛む指を堪えながらイブサンはシャーペンを握った。
「始め!」
――、
「そこまで!」
小学校時代には無い、緊張感がそこにはあった。だが、不思議とそこには高揚感があった。教室の時計の秒針が動くのを見ながら、ペンを進める。分からないと、ペンを止めた数秒後、不意に答えが浮かび上がってくる。一週間の努力は無駄ではないと、イブサンは自信満々に試験を受けていた。
『努力』
――、といえばジャン〇の漫画で好きなキャラはロッ〇・リーとキ〇だった。〇バは知らないが、ロッ〇・リーは努力の人。
『才能なんて、努力で覆してやる』
中学に上がる頃からそう思い続けていたイブサンは、野球は――だったが、勉強だけはがむしゃらに努力、努力でやりきる気だった。だから、好きだったゲームは試験期間中、一切しなかったし、テレビもニュース以外見ない様にしていた。さて、試験結果が返ってきた。
国語100点、
数学100点、
英語100点、
理科9×点、
社会9×点!
平均、96点!!
「っしゃああ!!」
心の底からの雄たけびとガッツポーズが自然に出た。
それはクラストップの成績で、イブサンは辺りに囃し立てられた。
「おお!」
「やるな!」
Hはさぞ、快く思わなかっただろう。
「スゲー、天才じゃーん」
「!? ――」
ピクリと、その言葉はイブサンの耳に触れた。
「天―……、才……?」
その言葉はイブサンにしっくりとこなかった。
――、
小学校から続けている習い事の剣道、毎週月曜日の夜に道場に通っているイブサンだったが、習い事の終わりに一年上の先輩に話し掛けられた。
「定期試験、どうだった? 難しかったでしょ」
「平均、96点でした」
「うっわすご! 天才じゃん。頑張ったね」
「あのっ! でも……」
「?」
「どれだけやっても不安だったから、土日に平均8時間くらい勉強してました」
「すごーい。じゃあ、
努力家なんだねー」
「! ――」
『努力家』――?
イブサンはうれしくてうれしくて、もじもじとしながら軽く、挨拶した。
「ありがとう……ございます……」
その日、床に就くときにイブサンは物思いに更けていた。
『努力家なんだねー』
努力――、
一生懸命勉強して、それが結果に繋がった時、心の底から嬉しかった。これは素晴らしいことだ。クラスの皆と“コレ”を共有したかった。
「そうだ!」
何でそんなに勉強できるの? と聞かれたら、皆も頑張って勉強すれば努力は報われるよと、言える人間になろう。そう心に決めながらイブサンは静かに、眠りについた。