第五節 先に口出ししたのはこっち、でもキッカケはあっち
「アイツんち離婚したらしいよー」
「ウケるー」
「自業自得じゃね?」
女子達の心無い言葉。離婚家庭のイブサンにはその言葉を無視することはできなかった。イブサンが母の離婚を完全に把握したのは小学校四年生くらいの頃のコトだった。
(回想)
イブサンと、その姉が会話をしている。
「姉ちゃん、母さんはいつ退院するの? いつ頃、病気が治るの?」
「いい加減分かれよ!!」
「!」
「何年も何年も、お見舞いにすら行けない、これでも分からないの? 離婚、したんだよ」
「! ――」
本当は心のどこかで分かっていた。二年生の時に、母は大荷物を積んで車でどこかへ行ってしまった。それをSが見ていて、そのコトを学校中に言いふらしていた。たった一人の同級生がそれを教えてくれた。
(入院する時に必要な荷物だったんだ)
二年生から一度として顔も合わせてない。
(きっと伝染しない様に気にかけてくれているんだ)
違う――。離 婚 し て い た ん だ 。
(回想終了)
「あいつキモいし、だから離婚したんでしょ」
女子生徒の発言は、イブサンの逆鱗に触れてその顔は怒りに満ちていた。そこへ――、
「何怒ってんの?」
K君が話し掛けてきた。
「顔に出てるよ」
K君はクラスで一番よくギャグを言い笑いをとる様な明るい性格で、小学校が変わってからイブサンから見て一番親しい仲の男子だ。
「顔に……出てたかな?」
「出てた。何で怒ってたの?」
「女子が……」
イブサンは自分の耳で聞いたコトを包み隠さず吐露した。
「成る程、ちょっと行ってくる」
「あっ」
フットワークが軽いK君は、女子達に話し掛けに行った。イブサンはその度胸に面食らていた。
――、
「女子達、君んちのコト言ってたわけじゃないって。気は収まった?」
「そう……でも、どこの家の事情でも、離婚を軽々しく言うヤツらは……嫌いだ」
「君ならそう考えるかもね」
K君は、イブサンが初めて自分の家庭事情を話した相手だった。
この人なら、言える。言っても大丈夫と、信頼して初めて話した、そんな相手だ。家に遊びに行ったりもした。しっかりとした家に住んでおり、両親健在。祖母や祖父も朗らかな振る舞いをしている、そんな家庭だった。相変わらず家に帰ると、父が中心となってケンカばかりしている、そんな家庭を比べてみて『K君の家に生まれたかった』と、思うコトも多かった。
「まあ、気にしないで。女子なんてあんなもんだよ」
K君はそう言って去って行った。フーと、溜め息をつき、敵わないなと、イブサンは春の空を見上げていた。
数日後――、
「でさぁアイツ、なんて言ったと思う?」
「何々?」
「――――」
「何それぇ? サイテーじゃん」
「アイツのコト話してたらイライラしてきた」
(なら話すなよ)
相変わらず消えない女子達の陰口。それに対し、イブサンは我慢の限界を覚えていた。
イブサンはガタンっと、席を立つ。そして女子達のグループの中心核のNに話し掛けた。
「Nちゃんてさぁ。ナルシストだからNちゃんって名前なの?」
「は?」
「――!」
「ちょっと、止めなよ」
Nはガチ切れ。
周りの女子はイブサンを止めに入る。
「あー! 今のは無し!!」
K君が走ってきた。そして、イブサンの背中を押しながらイブサンを連れ去って行った。廊下に出て、K君はハァハァと息を荒げてイブサンに言う。
「あのねぇ! 直接あんなコト言って!」
「直接言わないと。陰口言ってても何も変わらないじゃん」
「あーもう! 知らないよ? Wだってイジメられてたんだから……」
「?」
次の日の掃除の時間――、
イスの裏に『バカ』と鉛筆で書かれてあった。イブサンは気にも留めなかった。
更にその次の日――、
ふと椅子の裏には『バカ』の文字が5つに増えていた。
『嫌だ』とか『止めて』とかではなく、単純に
『ム カ つ い た』
イブサンは教室中に聞こえる声で言った。
「1日目には1つ。2日目には5つ。明日は×5で25文字にでもなっているのかなぁ?」
そして次の日――、
『バカ』と追加で一つ、油性マジックで書いてあった。