第十四節 夏の終わり
初めてあの現象に襲われた日、“あの日”から2日が経とうとしていた。あの日からイブサンは、自分がずっと監視されているのではないかと考え込むようになり、今でも誰か居るのではないかと思うようになった。本当に誰かが居るのか居ないのかは、この2日で判別が付かなくなっていた。
(M死ね……)
必死の抵抗も、数の暴力の前では無意味な戯言に終わる。そして、その戯言を聞いている人が居るのか居ないかさえ、今ではイブサンは分からなくなっている。
頭痛がする。気力が無い。体から異臭がする。
中学二年生、思春期の男子を痛めつけるには充分過ぎる程の威力を、“それ”は持っていた。“それ”が何なのか、イブサンは説明すらできなかったが……。
一週間が経った。
離れからは、相変わらずクラスの女子達の声が聞こえてくる。その声が、本物なのか、はたまた、幻聴か何かなのかは分からないけど――。
(あと数日で、夏休みが終わる――)
学校が始まると何か変わるのだろうか? もっと状況は悪くなるのか?
イブサンは期待と不安で心が落ち着かなかった。そわそわする。もし、状況が変わるどころか、悪化したら……。考えるだけでイブサンは頭が痛くなった。
そして――、
夏休みは終わった。
9月――。登校日がやって来た。
イブサンは独りで、自分の足で学校に通った。
「おはよう!」
「おはよー」
挨拶が交わされている。
イブサンは誰にも挨拶できずに、席に着いた。そして不意に、尿意を催し、トイレに向かった。すると――、
「行ったよアイツ」
「うんこかな?」
イブサンの噂がされている。
(小だっての)
「小だっての」
「――だってさ」
「マジ?」
「こっちの声聞こえてんじゃーん」
「!」
(夏休みと同じで、“何か”を使われている!)
イブサンは緊張のあまり、出るモノも出なくなった。そして思いを巡らせる。
(頭で考えた事が読み取られる何か。そんなモノが、学校にも持ち込まれている……! こんなにもリアルタイムで動く、しかもMRIよりも精度の高いモノが、簡単に持ち運びできるモノなのか……!?)
「何か言ってるよ? あー、言っては無いか……」
「ほっとこほっとこ。『インテリエロサイト』ちゃんにしか分からないって」
トイレの窓は開いていた為、教室からの呑気な声は簡単に聞き取ることができた。
(何て危ないモノを……!)
ふと、夏休みのキャンプで耳にしたセリフを思い出した。
(回想)
「……これだけは使いたくなかったんだが……」
(回想終了)
(何が『使いたくなかった』だ。なら使うなよ……)
イブサンは心の底から、そのセリフを吐いた同級生の保護者に、憎しみを抱いた。その保護者は確か、男だった。
トイレから戻って来る。
(このクラスの保護者に、頭で考えた事が読み取られる何かを所持する者がいる……。誰の親だ? どうやって特定する?)
その前にイブサンは、夏休みのあの日が、自分の幻覚では無かったかどうかを確かめる事にした。
(一番気の弱そうなWだ。アイツに問いただそう)
イブサンはWに近付いた。そして言う。
「よう、W。夏休み中に家に来なかった?」
視線を合わせないW。もう既に怪しい。
「い、いや……行かなかった」
どもりながら答えるW。
(クロ、だな)
イブサンには、明らかに嘘をついているのが分かった。そして自分の感じていた事は正しいと、判断した。
(!)
イブサンは、不意にある事を思い出す。
(“何か”は!?)
さっきまでトイレに行っていた。その時間も、“何か”はクラスの女子達によって使用されていた。
(どこにある?)
周囲をキョロキョロと探すが、それらしきモノは見当たらない。
(まさか――!!『頭で考えた事が読み取られる』そんなオーバーテクノロジーとしか言いようがない程の性能な上に、デジタルカメラ程の大きさしかないのか!?)
イブサンは激しく困惑した。
(さっきのWとの会話で自分が正しいという確証は得たはずなのに……)
イブサンは再び、世界がおかしいのか、自分がおかしいのか分からなくなった。




