第十節 人生最初の地獄
「!? ――」
『終わった……』
イブサンは瞬時にそう悟った。
(Hは噂と陰口が大好きで、常に人をイジメていなければ気が済まない、イジメ体質――。僕は今日からアイツにイジメられる……)
頭の中が真っ白になっていた頃、追い打ちをかけるようにMがこちらを見ていた。
「……。サイテー」
「!」
普通の女子に言われるならまだしも、その辺の芸能人よりも顔立ちが整ったMから掛けられた言葉には破壊力があった。
(最低……さいてい……サイテー……確かに……、な)
それまでは真面目に勉強し、成績が常にトップの優等生。
しかし今では一転してアダルトサイトを閲覧するヘンタイ。
イブサンの評価は正に天から地に落ちたと、言った具合だった。
「イブサン!」
「!」
気付けば、K君が真剣な表情をしていた。
「Aはあんなだけど、『僕もアダルトサイトを見た』ってHちゃんの前で言っておいたよ」
「!」
イブサンは感動した。
涙が溢れ出すかと思った。
こんなにも友情を大切にする人が、この世に居たんだ……。女子との会話のネタが欲しいから友達を売るクズ(しかも恐らくアダルトサイトも見てる)よりも、自らの立場を失おうとも友情を優先するこのK君に一生ついて行こう……。イブサンはそう、心から思った。
「K君! ……それで、Hは……何て?」
「特に何も。イブサンも気にしないコトだよ。じゃ」
K君はそう言うと、軽く手を振り自分の席に歩いて行った。
(気にしないコト……そうか……)
イブサンは少しだけ目の前の靄が晴れた気がした。
しかし――、
翌日以降、イブサンは人生最初の地獄を見るコトとなる。
「あっ、エロサイトの子だ」
「うわっ、変態が登校してきたよ」
アダルトサイトを見たという噂話が、Hの手(口?)によって瞬く間に広がっていき、学校中に知れ渡った。イブサンは日が経つにつれて元気を失っていった。
(死にたい……。若しくは、どこか遠くへ逃げたい……)
顔色は暗く澱んでいった。
「今日も居るよ、エロサイト小僧」
「早く死ねば良いのにねー」
教室にはHをはじめとした、陰口女子集団が居り、イブサンを罵倒していた。
「……」
イブサンはある日、Aの元へと歩いて行った。
「!」
K君は、危機を感じ、イブサンの傍に行き、肩を掴んだ。
「イブサン!」
「大丈夫、だから……」
「!」
イブサンは薄ら笑いを浮かべながら、K君に答えていた。K君の制止を振り切り、イブサンはAの元に辿り着いた。
「A君……」
「な……、何?」
「A君がバラした件は僕、恨んでないから」
「!?」
「!」
その発言にAはおろか、K君でさえ虚を突かれていた。
『喧嘩になるのでは……!?』
K君の心配は杞憂に終わった。
――、
『人が慣れる』という性質を持つのは、恐ろしいコトで――。春、イブサンは平然と中学生に通っていた。
(あの冬、僕は地獄に落ちた。もうあれ以上の試練は無いだろう。何でも来い!)
イブサンは強さを手に入れていた。と、同時に……
「あー、人の不幸でしか笑えなくなったわー」
中学二年の春、教室でそう呟くイブサン。心が汚れてしまっていた。
“あれ以上の試練は無いだろう”
イブサンはそう確信していたが、これから様々な年代、時代において、彼は地獄と言う地獄に遭遇するコトとなる。




