悪魔を倒すなら、それは『勇者』しかいないでしょう?
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死んだはずのエルドリスの身体から、黒い煙が漏れ出る。
それが徐々に人の形を象り、実体となって現れたのは、エルドリスを利用し、大量の人間の魂と国を手に入れようと画策した悪魔であった。
「貴様が我の邪魔をする者か」
「これはこれは……ようやく黒幕のお出まし、というわけですか」
明らかに異様な雰囲気を放つその悪魔の出現に、全ての民衆が恐れを成して逃げ出す中、カローネはどこ吹く風とばかりに対峙する。
「ふん……こいつが人間の魂を捧げるというから力を与えたというのに、所詮はこの程度だったか」
実体化した悪魔は、横たわるエルドリスを一瞥すると、なんの感情も浮かべぬまま魔法によって消滅させてしまった。
「そのうえ肝心な人間の魂も、貴様に奪われる始末」
「それであなたが直々に魂を回収しようということですか」
「幸いここには、まだ多くの人間と貴様ら魔物もいる。それらを我の供物としよう!」
両手を振るう悪魔から放たれたのは、黒い波動。
未知の攻撃故、咄嗟に上へ飛び上がったカローネであったが、何かを破壊するでもなく広がっていくその波動に怪訝な目を向ける。
が、その攻撃の正体はすぐに分かった。
カローネが魂を刈り取り、絶命していた衛兵の身体が、再び動き出したのだ。
「魂は私が消したはずですが」
「一度でも我の力を取り込んだ身体だ。魂など無くとも、身体を操る程度造作もない」
生気のない衛兵は、虚ろな目のまま剣を握り、カローネとは逆側……つまり、民衆に狙いを定めて動き出した。
厄介なことになったと、カローネは心の中で悪態をつく。
死体でさえ動かせるとなれば、今度は跡形もなく消すしかない。
が、それほどの威力を持つ魔法を使えば、コンサーヴィア王国の民衆も巻き込む可能性がある。
範囲を絞って魔法を放つことも可能ではあるが、効率が悪い。
自分とラクネア、バエウスはもちろん、それに加えて女王蜂が5体……民衆に被害が及ばないうちに殲滅できるか。
「……それならば、貴方を先に殺した方が早いかもしれませんね」
「何……っ!?」
突如としてアガレスを襲う、強力な重力魔法。
それは、カローネが先ほどエルドリスに使ったものより強力であった。
地面が陥没しひび割れるほどのその魔法は、咄嗟に抜けられるものではなく、行動不能となったアガレスに次の攻撃が迫る。
アガレスの頭上から迫るのは、巨大な拳。
緋色の金属光沢をもつその拳は、一切の容赦無く叩き込まれ、地震のような地鳴りを発生させる。
「ちっ……」
しかし、アガレスはそれすらも避けていた。
直前で重力魔法を抜け、翼に魔力を通した高速飛行によって上空に避難したのだ。
何事かと地上へ視線を向けるアガレスは一瞬、背後への注意が疎かになっていた。
「グッ……!」
カローネの貫手を背中に受けたアガレスは、その勢いのままに地面へ叩き落とされる。
地面に激突する直前に翼を広げ、衝突を回避したアガレスであったが、緋色に身を包む巨大な甲虫と、その陰から滲み出るように現れた黒い蜘蛛を見て舌打ちをする。
現れたのは、バエウスとラクネアであった。
「驚きました。まさか私の爪が通らないとは」
彼らの隣に戻ってきたカローネは、アガレスを眺めながら驚きの表情を浮かべる。
「ん、僕の魔法も数秒で抜けられた」
「…………」
「となると、これは少々骨が折れますね……私達と同等の強さを持っていそうです」
強さが同等であれば、3人がかりで戦えば勝つことは可能だろう。
しかし、簡単に討伐できないことは想像できる。
となると、その間の民衆への影響をどう抑えるか……。
「大丈夫よ、カローネ、ラクネア、バエウス」
ふと背後から聞こえた声に、3人は同時に振り返る。
そこには、一層凄まじさを増した覇気を纏う、女王蜂の長が居た。
♢♢♢♢
なるほど、こいつが黒幕の悪魔というわけだ。
身長は2mほどだろうか、翼や角、鋭い爪と牙など、悪魔らしい特徴が備わっている。
そして、どうも私の息子3人と同じぐらいの強さを持っていそうである。
これは確かに、彼らやノイン達新米女王が相手するのは大変だろう。
「こいつは私に任せておいて。あなた達は国民をお願い」
「……はっ」
ヘレス様の手を煩わせるわけには……という考えが頭を過ったカローネであったが、これはヘレス様の決定だ。口を挟む余地はないと、カローネ、ラクネア、バエウスの3人はヘレスを残してその場を後にする。
「貴様が魔蜂の女王か……部下に戦わせておけば良いものを、わざわざ自ら出てきてくれるとはな」
「だって、貴方厄介な能力を持っているでしょ?」
私が『鑑定』によって看破した悪魔の能力には、強力な魔法耐性があった。
同格未満の相手の魔法は全て無効、同格以上の相手であっても、魔法の効果をかなり抑えてしまう。
息子の中でも特に魔法が強いラクネアの『引斥の呪眼』でさえ、数秒で抜けられたのは、その耐性があったからだろう。
「あぁ、そうだ。我はこの能力がある限り、たとえ貴様の魔法であってもダメージは微々たるもの。そしてその程度のダメージであれば即座に回復できるだろう」
「そうみたいね」
「それとも、貴様のその細腕で戦うか?」
「えぇ、私の家族を脅かした貴方を許すことはできないわ。今この場で、確実に殺す」
「ふん……お得意の魔法も効かない我に、貴様がどうやって———」
そう言いかけたアガレスは、私の手に現れた物を見て、目を見開いた。
そこにあった物は、本来あるはずのない物。
と言うよりは、魔物であるヘレスが触れることなどできるはずもない物であった。
「貴様、それをどうやって———」
「あら、たとえ悪魔であっても……と言うより、悪魔だからこそ、これが怖いのかしら。どうやって、なんて言われても……だって私は、『勇者』なんだから」
私が自分の手元に召喚したのは、『聖剣』であった。
それは本来、『魔』を退ける物。
聖なる剣を魔物が手に取るという矛盾が、この場において現実となっていた。
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