女王蜂 シフル(別視点回)
評価・ブックマークありがとうございます!
遅くなりましてすみません……
シフルが降り立った場所は、衛兵の攻勢が特に激しい場所であった。
過去形なのは、シフルが降り立った後の僅か10分程度で、状況が大きく変化したからだ。
何かが燃え尽きた灰のようなものが辺りに散乱し、同時に身体の芯から完全に凍りつき石像のように動かなくなった衛兵が何人もいる。
そんな混沌を極める戦場を悠々と歩むシフルはその途中、彼女の魔法によって命を散らした衛兵だったものを眺め、小さく溜め息を漏らした。
ただただ、『退屈な戦いだ』と……
♢♢♢♢
シフルは元来、戦闘が好きであった。
働き蜂の中でも特に恵まれた体格を持っていたシフルは、内包する魔力の量も相当なものだ。
もちろん、『女性らしくない』ことを気にする時もあるが。
男性を惑わせる見事なプロポーションの持ち主であるエルティに少しだけ嫉妬する時もあるが……コロニーを支配するヘレス様は、強さをこそ至上とする。
そんな環境と彼女の好戦的な性格が相まって、今ではカローネ様やバエウス様に次ぐ実力であると自負している。
彼女が戦闘を好む理由はひとつ。
己の持てる全てを以て命のやり取りをするあの感覚が忘れられないからである。
それは彼女が成体になってすぐ、初めての戦闘でボロボロになりながらも1対1で『ヴェノム・バジリスク』を狩った時の思い出だ。(カローネ様に褒められてて嬉しかったし……)
それからというもの、シフルはより強い相手と相見えることを望んで研鑽を積んできた。
あの戦いがあったからこそ、今のシフルがあるのだと言っても過言ではない。
だからこそ、シフルは強者を好み、弱者には厳しい。
悪魔の衛兵に敗れ、自ら命を断とうとするぐらいには。
ヘレス様に力を与えられたときは歓喜した。もう一度、あれを相手に戦えると。
同時に覚悟した。
一度敗北した自分が、敗れたまま生きていくことは許されないと。
それを覆すには、『勝利』しかない。
最悪『相討ち』すら覚悟してはシフルはこの戦争に臨んだのだった。
だが———
「———いや、勝手に期待した私が悪いのだが……」
拍子抜けだった……というのが、シフルの正直な感想だ。やるかやられるかのヒリつくような戦いを求めていたのに、いざ戦闘となれば一瞬で相手の命を奪ってしまう。
これを『期待外れだ』と言わずしてなんとする。
もちろん自身も力を求めていたし、力を与えてくださったヘレス様に文句などあろうはずもない。
しかしこれはあまりにも———
「オォォォッ!」
剣を振り上げ、突撃してくる衛兵が一人。
剣筋は雑だが、かなり速く威力も高そうだ。
だが。
「ふん……」
「ガッ?」
徐に掲げた手が、衛兵の剣を音もなく受け止める。直前までの運動エネルギーはどこに行ったのかの疑いたくなるほどの軽さだ。
シフルに握り込まれた剣は、衛兵がいくら引いてもびくともしない。そして———
ほんの数秒後。
全ての熱量を奪われて、身体の芯から完全に凍りついた衛兵に姿がそこにはあった。
一方のシフルは、奪い取った熱をそのまま自身のエネルギーとして溜め込み、より濃密な魔力を纏っていた。
もうすでにそうやって何人もの衛兵を凍らせ、葬ってきた。
端から見れば、シフルの魔法は『氷の魔法』のように思えるだろう。
だからだろう。
シフルのそれを見た衛兵も、考えてのものなのか本能的なものなのか……火の魔法を放ってシフルを攻め立てる。
だが、それすらもシフルには届かない。
翅をはためかせ、魔法の間を縫って間合いを詰めたシフルの手が、一人の衛兵の頭を掴む。
直後……一瞬のうちに生気を失った衛兵が崩れ落ち、シフルは『興味がない』と言わんばかりに次の衛兵へと目を向ける。
「ッ!? アァァァァッ!」
そして次の瞬間、目を向けられた衛兵はシフルから放たれた何らかの魔法によって燃え上がり、その命が尽きていく。
氷と炎、対極にある二つの能力を扱うシフルの魔法は、元を辿ればただひとつの魔法である。
これこそシフルが覚醒した魔法、『奪栄の女王』だ。
『奪栄の女王』の前では、その他全ての生物は女王の贄でしかない。
触れた物体のエネルギーを吸収し、自身のエネルギーとして使用することができる能力である。また、当然吸収したエネルギーはそのまま自身の攻撃として放出することもできる。
何より他の女王蜂と比べて異質であるのは、『自身の魔力をほとんど消費しない』という点である。
自身は何も消費せず、相手のエネルギーを奪い取り、相手のエネルギーで攻撃する魔法。
あまりにも理不尽な力だ
魔力を吸収できないという制限はあるものの、そもそもシフルも膨大な魔力の持ち主である。それこそカローネやラクネアほどの魔法の使い手でなければまともに攻撃が通るはずもない。
もしこの場にヘレスが居れば、『チートすぎる』と声を荒らげていただろう。
「ふっ……」
「ッ———!」
シフルが無造作に振った手から放たれたのは、『奪栄の女王』によって奪ったエネルギーを熱に変換したものだ。
空気を焼きながら一瞬で衛兵へと到達したその熱波は、単純な熱量で鎧を融解させ、衛兵の身体を灰すら残さずに消し飛ばした。
熱波が通りすぎた後の、ガラス化した地面に残る鎧が変形した物体を見て、シフルは呟く。
「これ以上は楽しめもしないだろうな……仕方がない。早めに終わらせるとしよう」
それは衛兵にとって、死刑宣告であった———
お読みくださってありがとうございます。




