女王蜂 エルティ(別視点回)
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たった一組の衛兵と冒険者のケンカを発端に発生したコンサーヴィア王国内戦は、勢いを増しながら国内の至るところにその戦禍を広げていた。
始めこそ衛兵と冒険者との戦力は拮抗していたが、その戦線は衛兵側の『悪魔の力』の暴走と共に一気に瓦解。冒険者側は多くの死者を出しながら、戦線を押し込まれていった。
それこそ、その悪魔の牙が、一般市民の……戦闘能力を持たない女性の子供の首に届くほどに。
「ひっ……逃げっ———」
「くそっ、どけっ!」
「うっ、あぁぁぁぁぁっ!!」
迫りくる悪魔の姿となった衛兵を見て、戦う能力のない者達は我先にと逃げ回る。
そんな彼らに押し退けられ、その場に倒れこんだ少年がいた。
悪魔の力を得た衛兵は、ただでさえ身体能力が常軌を逸しているのだ。
逃げ遅れた子供が、そんな衛兵を前に生きて帰ることができるとは思えない。
だからだろう。
せいぜい10歳程度のその少年を、誰も助けようとしない。
寧ろ囮に丁度良いとばかりに、必死にその場を離れるだけだ。
「ぅ……あっ……」
恐怖で足がすくむ。
明らかに狂気に満ちた光を宿した目が、確実に自分を捉えている。
次の瞬間には死ぬのだろうと、固く目を瞑り———
「ぅわっ!?」
少年は、自分の身体が突如として強く後ろに引っ張られ、驚きの声を上げた。
そして直後、ボムッと弾力のある何かに受け止められ、衛兵の攻撃を避けることができたようだ。
「ぼく、怪我はありませんか?」
「えっ……?」
背後から聞こえた、包み込むような優しい声に、少年再び声を上げた。
今度は恐怖に震えたものではなく、この戦場で場違いに優しく、温かい声に戸惑ったものだ。
「あら? 優しく受け止めたつもりでしたけど……」
「っ、っ~~~~!」
ムニィッと柔らかい感触に、自分が女性の胸に受け止められたのだと分かった少年は、顔が熱くなるのを感じた。きっと今鏡を見たら、真っ赤になっているに違いない。
「ふふ、可愛い坊や……可哀そうに、こんなに震えてしまって……しばらく私が慰めてあげましょう?」
「だ、大丈夫だからっ、早く逃げっ———」
「それならよかったですが……あら」
「オォォォォォォッ!」
安心させようとしてくれているのはありがたいけど、悪魔の衛兵を前に悠長に話をしているなんて、この女性は何を考えているのだろうか?
助かったけど、衛兵自体が何とかなったわけではない。
再び間合いを詰めてきた悪魔の衛兵は、血で赤く染まった剣を振り上げ――
「うふふ……おすわり」
――重力魔法、『潰塵の女王』――
鈍い音と共に、悪魔の衛兵が消えた。
いや、違う。
突然発動した凄まじい圧力によって、上から押しつぶされたのだ。
その証拠に、目の前の円形に陥没した地面の底に、血だまりが広がっていた。
このお姉さん、もしかしてものすごく強いんじゃ……
「さぁ、行きなさい。これから起こることは見ないように、ね?」
少年を抱いたまま、衛兵に背を向けるように向きを変えたその女性は、言い聞かせるようにそう口にした。
いつの間にか、脚に力が戻っている。
勢いよく走り出した少年は、その途中一度振り返った。
そして、その時初めて自分を助けてくれた女性の姿を目にすることになる。
腰の辺りに黄色と黒の蛇腹をそなえ、優雅な翅をマントのように靡かせ、四本の腕を広げて悪魔の衛兵と対峙するその女性の姿を。
♢♢♢♢
「うふふふ……」
腕を振るう。
魔法が発動する。
悪魔の衛兵が潰れ、その命を散らす。
ヘレスよりローヤルゼリーを賜り、女王蜂となったエルティは、思わずといった様子で笑い声を漏らした。と言っても、それは非常に絵になる、優雅なものであったが。
エルティが考えていることは、ノインと同じ。
つまり、女王蜂となることで、これほどまでに強くなるとは思わなかったのだ。
自分を死の縁まで追いやった悪魔の衛兵が、今や指先一つで殺せてしまう。笑いが込み上げてくるのは当然だろう。
元々エルティは、比較的人間が好きだった。
可愛いペットを見るような感覚に近いかも知れないが、表情豊かに、懸命に生きる人間を見るのが好きだった。
アーノルドの世話係も、自らヘレスに志願したほどだ。
だから、先ほどの少年に放った言葉も、本心からのものである。
エルティが悪魔の衛兵に向ける感情は、その裏返し。
悪魔の力に飲まれ、感情も意思も、何もかもが欠落した彼らは、簡単に言えばつまらない。
ただ目の前の生物を襲うだけとなった生物とも言い難いその存在を見ていても、何の面白味があると言うのだろうか。
せいぜい、今彼女がしているように、魔法の的にして爽快感を得ることにしか使いようがない。
彼女が好きな人間が脅かされる前に、さっさと駆除してしまうのが良い……それだけである。
「アァァッ!」
「少しは静かにしたらどうです?」
「ッ――――」
エルティが悪魔の衛兵に向けて伸ばした手を握ると、その衛兵の頭部が一瞬にして圧縮され、小石サイズとなって地面に落下した。
当然衛兵は即死である。
女王に進化したことによってエルティが手にいれた魔法は、『潰塵の女王』。重力を自在に操る、屈指の高火力魔法である。
その気になれば超重力によって擬似的にブラックホールを作ることも可能であり、逆に自身への重力を軽減して空中を自由に移動することも可能である。
彼女が通った跡には、地面が円形に陥没した部分がいくつもでき、その底には何者とも分からない血溜まりができていた。
エルティの介入、そしてその圧倒的な殲滅力により、次第にこの場には余裕が生まれてきていた。
コンサーヴィアの国民は、その多くが信心深い善良な者達だ。
その中には盲目的に『神獣』を崇拝する者もいるわけで……避難を忘れて、ぼうっとエルティに見惚れる者も出始めたほどだ。
そんなに熱い視線を向けられたら、やる気も漲るというもの。
「うふふ……あぁ、可哀そうな子羊達。私が導いて差し上げましょう」
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