女王蜂 ノイン(別視点回)
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遅くなりました。
続き書かなきゃ……
くふっ、ふふふふふ……
進化を経てより大きく優雅になった翅をはためかせ、宙を舞うノインは思わずといった様子で笑いを堪えていた。
部下が何匹も殺され、国王も殺されてヘレス様の思うように事が運べていない現状ゆえ、笑うのは不謹慎だと分かっている。
しかし、こみ上げるそれを我慢できない。
なぜなら———女王になったことで、これほどに世界が変わるとは思わなかったのだ。
単純な身体能力だけではない。
魔力の感度や繊細なコントロールも、スキルの強さも……全ての次元が違う。
普通の働き蜂と女王とでは、これほどまでに違うのかと驚くほどだ。
もし働き蜂のままだったら、何十年……いや、何百年経っても決してこの次元に到達することはできないだろう。それほどまでに、働き蜂と女王蜂との間には越えられない壁があったのだ。
しかしこれが……これが女王の視点か。
自分以外の全てが、取るに足らない存在としか思えない。
もしヘレス様ではなく私がコロニーの女王であったなら、独裁的に世界を支配しようとしていただろう。
そうはせずに調和と共存を目指して実現していたヘレス様は、先見の明があったということなのだろう。
女王蜂になってからでも確信をもって言える。
やはりこのコロニーの女王は、ヘレス様こそ相応しい。
女王になったからと言って、ヘレス様への忠誠は変わらない。
そして一度敗北を知っているからか、得た力に任せて傍若無人な振る舞いをする気にもならない。この力は変わらず、ヘレス様の悲願のために振るおう。
しかし……ヘレス様とは親と子という関係がある以上、その力関係が覆ることはない。
これほどの力を得てもなお届かないなんて、ヘレス様はどれほどの高みにいるというのだろうか……。
♢♢♢♢
逃げ惑う住民と、悪魔の力によって歪な姿となった兵士を眼下に捉え、ノインは鼻を鳴らした。
一度は敗北を喫した兵士の姿を見ても、今では取るに足りない虫けらにしか見えない。
それは逃げ惑う住民も同じ。
『ヘレス様の味方となる者』、『ヘレス様の敵となる者』で選別しているに過ぎないのだ。人間とは根本的に違うノインには、人間を見分けることは難しい。
私が味方をするのはヘレス様の命令があるからだ。
巻き込まないようにはするが……邪魔はしないでくれよ?
「っ!」
襲い掛かる悪魔の兵士たちのど真ん中に、魔力撃を放つ。
手のひらサイズ程度の小さなその攻撃は、着弾と同時に轟音を響かせて大爆発を起こす。
直前で気づき、ガードしようとした者もいたが、その盾や鎧ごと吹き飛ばし、一瞬にして地獄絵図を作り出す。
たった一撃でそれをなしたノインは、優雅にその中心へと降り立った。
今この場にいる悪魔の兵士は3人。
その内の2人は、ノインの爆破攻撃の余波を受けて身体から出血する程度で済んでいるが、もう1人は至近距離で受けたためか、両足が吹き飛んで地面に転がっていた。
凄惨な現場ではあるが、端から見ればどちらも化け物。普通の人間であるコンサーヴィア王国民は、一目散に逃げ惑うばかりである。
そんなコンサーヴィア王国民が上手く遠くへ離れていくのを確認しつつ、ノインは無慈悲に宣告した。
「ヘレス様のためだ。今この場で死ね」
「アァァァッ!」
悪魔の兵士は獣のような声をあげ、目の前の魔物に向けて剣を振り下ろす。
……確かに速い。
そのスピードもパワーも、常軌を逸したものだ。そのニ点だけを見れば、下手したら以前に私を追い詰めたあいつらより強いかも知れない。
しかし、今の私にとってはあまりにも───
振り下ろされる悪魔の兵士の腕を狙い、迎撃するように爪を振るう。女王になったことで大きく発達した爪はいとも簡単に兵士の鎧を貫き、その両腕を切り落とした。
「ガッ───」
「弱い、な……」
悲鳴を上げる暇すらない。
直後には兵士の顔面を掴んでいた私は、そのまま魔力を流し込む。
するとどうだ。
私の魔力が兵士の魔力を喰らって過活性を起こし、暴走。
衝撃波を撒き散らしながら兵士の身体は木っ端微塵に吹き飛んだ。
これこそ、ノインが女王になる際に手にいれた魔法『破壊の女王』であった。
相手の魔力すら利用するその魔法は、『相手の身体そのものを爆弾に変える』と言い換えても良いものであった。
ノインは表情一つ変えずに返り血を拭い、もう一人の兵士へと口を開く。
「今の私なら、片手間にでも貴様らを殺せる。分かるか? 貴様らの死は───」
「ォォアアァァッ!」
そこまで言いかけたノインは、不意に口を閉じて一歩下がる。直後、もう一人の兵士が振り下ろした剣が、先ほどまでノインがいた場所を通り抜け、地面へと叩きつけられた。
なぜ……?
なぜこいつは、目の前で仲間が粉々に吹き飛ばされて、一切動揺していないのだ?
ふとノインの頭にそんな考えがよぎるが、その答えは、目の前の兵士を見れば一目瞭然だった。
───すでに、正気ではなかったのだ。
目は虚ろで、焦点は合わない。
ノインが問いかけても、回答どころかまともな言葉すら返ってこない。
それでもなお剣を離さず、ひたすらにノインへと切りかかってくるこの兵士を、『異常』と言う他にないだろう。
連続して振り回される剣を避け、受け流し、時には弾き返しながら、ノインの頭に様々な思考がよぎる。
───この一心不乱に剣を振り続ける兵士も、両足を失ってもなお剣を離さず地面を這い寄ってくる兵士も、元々は善良な者だったのだろう。
民を、王を、国を守らんとする強い意志の下に、兵士になる道を選んだに違いない。
私もヘレス様への忠誠故に、今の立場となった身だ。人間だろうと魔物だろうと、そこは変わらない。
そして、強大な力を得たという点も同じである。
なら、私と目の前の人間との違いはなんだ?
何が違えば、こうなるというのだ?
……あぁ、そうか。
『力を選び得た者』と、『力を与えられた者』の差か。
私は、自らの意思でローヤルゼリーを呷り、女王となった。ヘレス様は無理やりにでも私達の能力を底上げする術を持っているはずなのに。
にもかかわらず私達に選択肢を与え、結果として、私は私の意思で力を得ることができたのだ。
対してこの人間は、ただ強大な力を与えられ、『邪魔物を殺せ』という使命だけで動いているのだろう───
そう判断したノインは、彼我の主人の差を明確に感じ優越感を覚えた。
と同時、未だ剣を振り回し続けるこの兵士の姿に、自身の中の憎悪や怒りが、小さくなっていくのを感じた。
決してそれらが無くなったわけではない。ただこの兵士を……無能な主人に捨て駒のように扱われている人間に対して、別の感情が芽生え始めたのだ。
なんというか、それは……そう───
「───なんと憐れな……」
この一言に尽きる。
民を、王を、国を守ると決めた覚悟を踏みにじられ、正気すら失い……挙げ句の果てには、死ぬと分かっていても私に剣を向け続ける。
この兵士を『憐れ』と言わず、他になんと表現できようか。
ノインはこの時初めて、人間に対する同情を覚えた。
とはいえ、自身が成すことには変わりはない。
「……静かに眠るが良い」
「アッ———」
次の瞬間、剣を振るう兵士の男の頭を、ノインの鋭い爪が貫いた。
小規模に発動した『破壊の女王』の効果によって兵士の脳は完全に破壊され、その命を散らす。
そして両足を破壊され地面を這っていた男にもきっちりとトドメを刺し、ノインは彼らの亡骸を見下ろす。
死んでもなお、悪魔のように変化したその身体は、もとに戻ることはない。
もはやこの兵士たちは、人間として死ぬことすらできないのだ。
「こんな終わり方、無念だろう。残念ながら、私にはその無念を晴らす気も、敵を討つ義理もない。だが……その悲しみはここで絶つと誓おう。任せておけ」
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