新たな———の誕生
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『緊急事態だ! 国王が殺された!』
ミネルヴァから届いたその知らせに、私はクラッと眩暈がした。
最悪最悪最悪……国王が殺された?
もう和解ルートが完全消滅じゃん……。
この内戦、どう収拾つけると?
「……カローネ、しばらくこの子たちをお願い。また戻ってくるわ」
「かしこまりました。姉上はどちらへ?」
「国王のところ」
冷静そうに淡々と話しているが、それは色々と事態が動き過ぎて、私のキャパがオーバーしただけだ。一週回って何も考えたくない状態になってる。
ひとまずカローネにノイン達を任せ、私は【空間魔法】を使ってミネルヴァが居るであろう国王の部屋へ転移した。
♢♢♢♢
転移した私が一番最初に感じたのは、濃い血の匂いだ。
部屋に入った瞬間に分かるほどだ。よほど凄惨な状態なのだろう。
次に感じたのは、殺気とも憎悪とも異なる、異様な雰囲気を放つ存在。
どす黒い霧のようなオーラを纏うその人物は、間違いない。
コンサーヴィア王国第1王子マルクスだ。
マルクスなのだが……その雰囲気は明らかに異常。
目は虚ろで、とても正気があるようには見えない。
それでいてしっかりと剣を握ったままのマルクスは、ミネルヴァとラクネラ、そして3匹のナイトメア・クローラーのスキルを受けて床に押さえつけられていた。
それでもまだ抜け出そうともがいているところを見ると……と言うかまだ動けるのを見ると、下手したらラクネアと同格なほどの力があるのかもしれない。
「まさか、第1王子が国王を殺したの?」
「あぁ、くそっ。蜂……ヘレスが出た後すぐにラクネアが異常を感知して、急いで来てみたらこれだ。完全にやられた……!」
「母さん、ごめん……間に合わなかった」
「ラクネアのせいじゃないわよ。私も我を忘れてたし……それに、ここにたどり着くまで、あなたの【魔力感知】を掻い潜って侵入してきたんでしょ? あなたが気づけないのなら、他の誰にも無理よ」
「うん、ごめん……」
「ぅ……ぐっ……」
異常なオーラを纏うマルクスは、いまだにスキルから逃れようと声を漏らしている。
そうか……こいつも、私の家族を殺した奴の仲間なのか。
【引斥の呪眼】、【衰弱の呪眼】、【戦慄の呪眼】発動。
ミシッと音を立てて床が円形にへこみ、その中心にうつ伏せで押さえつけられるマルクス。
流石に私のスキルを耐えられるほどではなかったようだ。
「待て、ヘレス。彼を殺してはダメだ」
「……どうして? こいつは敵で、どうせ今からは和解じゃなくて戦争でしょ?」
どっちにしろ国王が死んで……しかも殺したのが第1王子ともなれば、共存派と排除派の亀裂は決定的なものになり、修復は不可能だろう。
だったら私は、共存派を残すために敵を殲滅する。
そうじゃないと生き残れないから。
「綺麗ごとを言うつもりはない。こっちの都合でヘレスには申し訳ないが、然るべき処罰をしなければ国民が納得しないからだ」
「……どういうこと?」
「国王が亡くなったことも、殺した犯人がマルクスであることも、隠すことはできない。しかし、『国王が亡くなりました』『犯人も死んでいます』では、国民は納得しないだろう。だからこそ、国民の目の前で、王殺しの大罪人を処罰しなければならないのだ」
「……そう、それもそうね」
本当に綺麗ごとじゃなかったようだ。よかった。
もし、『復讐は何も生まない』だとかなんとか言うのであれば、私は無視して第1王子を殺していただろう。
見せしめというか、ケジメのために生かすのであれば、それを覆す理由はない。
ミネルヴァが冷静でいてくれたからか、私も少し頭の血が下りて冷静になってきた。
放っておくわけにもいかないから、一先ず糸でぐるぐる巻きにして動けなくしておく。
私の魔力を存分に注ぎ込んで、より合わせて圧縮して超高強度にした蜘蛛糸だ。
たとえラクネアと同格であっても、決して切ることはできない強度になっている。
「あなたは随分冷静じゃない?」
「いずれこうなることは分かっていたからな……それに、人の死は何度も見てきた。ここで狼狽えるだけなら、次の行動をしなければ国民が危機に晒されるのだからな」
「なるほど……あなた、強いわね」
「どうも。しかし……このタイミングで国王を殺したということは、向こうも形振り構っていられなくなったということだ。ヘレスも【魔力感知】で見れば分かるんじゃないか?」
ミネルヴァにそう言われ、落ち着いて【魔力感知】の範囲を広げると、確かに街の中に異様な反応を持つ存在が無数にいることが分かった。
「参考までに……向こうの戦力、どれぐらいいる?」
「マルクス直属の近衛兵なら100人ほど。これは間違いなく悪魔の力を持っているだろう。そして、第1王子側の衛兵にまで範囲を広げると……合計で300人といったところか」
「あなたでも歯が立たない相手となると、こちらは私とカローネ、ラクネア、バエウスの3人だけね……人手が足りないわ」
「……それはまずいな」
「一応戦力の当てはあるわ。……ラクネア、バエウスを連れて街に行きなさい。『殺してもいいわよ』」
「っ! ……いいの?」
「えぇ、ただし、自分の命が最優先でね。そして、ミネルヴァと協力して国民を避難させること。それが終わったら暴れなさい」
「ふふ……うん、行ってきます」
ギラリと目を光らせたラクネアは、そのままぬるりと影の中に沈んでいった。
バエウスのところに向かったのだろう。
「ミネルヴァは、ラクネアとバエウスと協力して国民を避難させて? 二人とも味方だから心配はいらないわ」
「ヘレスが言うのであれば信じよう。ヘレスは?」
「一度カローネのところに戻るわ。新しい戦力を連れて行くから、それまで何とか凌いでね?」
私はそうとだけ言い残し、再び【空間魔法】を使ってその場を後にした。
いつかやらなければいけないと思っていたんだ。
ここが潮時だろう。
♢♢♢♢
「お帰りなさいませ、姉上」
「えぇ、ただいま」
「戦いに出るのですね?」
「察しが良くて助かるわ。カローネ、あなたも出なさい。ラクネアとバエウスと協力して国民を避難させること。ただし、自分の命が最優先で、ね」
「仰せのままに」
カローネは優雅に一礼すると、すぐに【空間魔法】でその姿を消した。
流石はイケメン、余裕があって所作が一々丁寧だ。
「さて……ノイン、シフル、エルティ、テレータ、フューラ?」
「「「「「はっ」」」」」
「両手出して?」
「両手……ですか?」
私の前に跪いて頭を垂れた5人は、私の要求に不思議そうな表情を浮かべながらも、言われるがままに両手を伸ばした。
私はそこへ、白い液体を注ぎ込んでいく。
「こ、これは……ヘレス様!」
「ダメです! これは———」
「いいの。いつかやらなければいけないと思っていたし、それならあなた達が最適だと思ったもの。私の判断よ」
ヘレスにそう言われては反論できないと、5人は、自身の手に注がれた液体に視線を落とす。
それは、魔蜂の女王が生み出した『ローヤルゼリー』。
人間がそれを飲んで病気を治すのとはわけが違う。
『魔蜂がローヤルゼリーを摂取する』———その意味が分からない魔蜂など存在しない。
「一度敗北を知ったあなた達であれば、力の使い方を間違える心配はないでしょ? それに、何者かに敗れて地面を這いつくばる惨めさは、私もよく分かる。だからこそ、あなた達しかいないのよ」
私に期待をされている———その事実を受け、5人の目付きが変わったように見えた。
生半可な覚悟ではないことを察したのだろう。
「そこまで言うのであれば、私たちは従うまでです」
「ですが、それでも変わらぬ忠誠をヘレス様に誓いますわ」
「必ずや、ヘレス様の望む未来を手に入れて差し上げましょう」
「っ……」
「後でやっぱり……って言っても返してあげないもんね」
5人は互いに覚悟を確かめ合うようにそう口にし、そして手のひらに注がれたローヤルゼリーを一気に呷った———
『個体名: ノイン が女王魔蜂へと進化を開始します』
『個体名: シフル が女王魔蜂へと進化を開始します』
『個体名: エルティ が女王魔蜂へと進化を開始します』
『個体名: テレータ が女王魔蜂へと進化を開始します』
『個体名: フューラ が女王魔蜂へと進化を開始します』
———今この瞬間、この世界に新たに5体の女王魔蜂が誕生した。
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