陰で暗躍する実力者、みたいなムーブ
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「へレス、今の街の様子を把握しているか?」
「えぇ、もちろん」
ある日、私はミネルヴァに呼び出されて彼女の部屋に来た。
いや~、彼女の前では姿すら気にしなくていいから楽だね。
彼女の口から出た話題は、やっぱり一般市民と衛兵たちの間で起こった暴動の件だった。
私が把握してる限りでは、『神獣』信者の冒険者が、『神獣』に何度も手を出す貴族にキレてけんかになったのがきっかけだとか。
『神獣』の存在が国民の間で戦争を起こすに至るまでに大きくなっていたようで、私も薄幸王子も驚いたぐらいだ。
その『神獣』が私だってことを考えると、なんだか身体がむずむずする……。
「それで、ここまで予定通りなのよね? なんでそんなに浮かない顔をしているのかしら」
『いやだって……想定以上に戦火が広がってるんだよ。そうなるように仕向けたとは言え、ちょっと緊張しているだけさ』
おっと、急に日本語になったぞ。
日本語で話すということは、ミネルヴァではなく黒崎として本音で話す場合や、他人に聞かれてはならない重要な話をする場合ということだ。
『だとしたら、どうするつもり?』
『想定以上とはいえ、それはそれで都合がいいよ。実際この王都だけでなく、周辺の街にさえ暴動は広がっている。けど、そんな彼らの中で、自分たちが神獣様を守るんだって思ってる住民はどれぐらいいると思う?』
『それは……少ないんじゃないかしら?』
『流石は蜂須賀さん、その通りだ。多くの住民が、他人がこう動いているから自分も追随するという集団心理の中で行動しているだけなんだよ。この暴動が意味するところを、理解している人の方が少ない』
それはそうだろう。
誰かが他の人に、『神獣を助けるために戦っている』なんていちいち説明するわけもないし、興奮状態の中でそれを気にする人もいない。
溜まっていた不満が爆発したと表現した方が正しいだろう。
『だからこそ、衛兵や王国騎士団が介入したところで収まらないだろうね』
『……じゃあどうするのかしら?』
『理想を言うなら……コンサーヴィア王国現国王と、神獣……つまりへレスが手を取り合う姿を見せたい』
国王は衛兵達の代表で、神獣は冒険者や住民の信仰の対象。
確かに、今ドンパチやってる二つの勢力が関係を修復するには必要だろう。
でも確か現国王って、病気で寝込んでるんじゃ……
『あー、そういうことね』
『お、分かった? そうだ、ここで王復活計画を完了させようぜ』
♢♢♢♢
「くそっ、くそっ!」
王宮の一室に、怒声と共に何か硬いものが床に叩きつけられる音が響く。
声の主は第一王子マルクスの補佐官を務めるエルドリスであった。
国王が病床に伏してからというもの、暫定的に実権を握った第一王子マルクスを悪魔の力を用いて洗脳し、軍事力を強化してきた。
それらもすべて、自分が世界を支配するため。
彼、エルドリスは悪魔と契約し、異常な強さを手に入れていた。
ただし、人智を超えた力を与える代わりに、対価として大量の人間の魂を差し出すのだ。
軍事力に注力し、周辺国への戦争を企てたのも、それによって大量の人間の魂を回収できるからだ。悪魔の力を与えた兵士であれば負けることはなく、悪魔へ渡す対価、土地、資源など、リターンは大きい。
これを経て、ゆくゆくは世界へ……と計画をしていたのだが、まさか内戦が起きるとは。
悪魔の力を行使するのにも限度がある。
悪魔の力は強大だが、人間の肉体がそれに耐えられるとは限らないのだ。
だからここで力を使うのは惜しく、内戦は都合が悪い。
だが……
「アーノルドはおそらく、ローヤルゼリーを使って国王の回復を図るはず。だが、国王を回復させるわけにはいかない……!」
現国王は、魔物との共存を望む、所謂『共存派』である。
もし国王が回復したとしたら当然実権は国王へと戻ることになり、戦争ムードは崩壊するだろう。軍は縮小、若しくは解体もあり得る。
いったいどうすれば……
『何を焦っている?』
「っ!?」
不意に頭の中に響いた何者かの声に、エルドリスは身体を震わせる。
まるで人の心に容赦なく入り込んでくるような、脳裏にこびりつくような邪悪な声だ。
声の正体は、悪魔『アガレス』。
エルドリスと契約を交わした大悪魔の一柱である。
『我が力を与えたのだ。行使すればよかろう?』
「しかし、それではリスクが……ぐぅっ!?」
瞬間、凄まじい頭痛がエルドリスを襲う。
まるで万力で頭を締め付けられているかのような痛みだ。
エルドリスが耐えられるものでもなく、叫び声を上げながら床を転げまわった。
「ウグッ! あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『何を躊躇っている。我の力に不満があるのか?』
「そんなことはっ……っ!!」
『ならば存分に振るうが良い。さすればお前と、お前が手塩に掛けていた兵士とやらにさらなる力を与えてやっても良いぞ?』
「新たな……力……」
アガレスの言葉に耳を傾ける。
すると不思議なことに、徐々に頭痛が収まっていき、悪魔の言葉がすんなりと頭に入っていく感覚に陥っていく。
『そうだ。衝動に身を任せるが良い』
「っ……ヒヒヒ、あぁ、そうだ……もう悩む必要などないじゃないか」
不自然なほどにピタリと動きを止めたエルドリスは、ゆらりと立ち上がって部屋の外へと向かう。
見た目は人間。
されどその背中には、尋常でない何かの気配を背負っていた———
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