王国の分水嶺(一部別視点回)
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遅れてすみません。
あー、ムカつく。
あの豚貴族、子どもを殴るか普通?
あの子結構気に入ってた……じゃなくて、もともと栄養失調で体力がないってのに、もっと大変なことになるじゃん。一応すぐに治したんだけど……。
一応、今のところはミネルヴァの計画通りだ。
私は『神獣』として……神獣……ぬおぉぉぉ、自分で言うのは恥ずかしいわ!
『ヘレス』でいいんだけどなぁ。
まぁとりあえず『神獣』として、冒険者達や村人の味方の立場を確立したわけだ。しかも冒険者は色々なところに出向いて活動するわけだから、もう噂が広がる広がる。
ここ一週間ほどで、コンサーヴィア王国の主要都市にも『人魔共存派』の人々が増えたと言える。
で、豚貴族が『神獣』を捕らえようとし、子どもを殴ったものだから、『共存派』と『排除派』の間にはハッキリと亀裂が入っただろう。
あと一手……『排除派』の誰かが魔物と衝突するのを待つのみ。
『ヘレス様、よろしいですか?』
私がこの先の計画を整理していると、大迷宮の中から念話が届いた。
念話の相手は、大迷宮で待機していたカローネだ。
働き蜂は数え切れないほどいるから、まとめやすいように数万匹もいる魔蜂をいくつかの分隊に分け、それぞれの分隊にリーダーを配置。そのリーダー達の纏めをカローネに任せている。
そんなカローネからの念話だ。
おそらく、働き蜂の分隊の一つから何か連絡があったのだろう。
「何かしら?」
『第9分隊のノインからです。どうやら、大迷宮に傭兵が侵入したようです』
「傭兵? 冒険者じゃなくて?」
『はい、間違いないようですね』
傭兵ってことは、素材目的じゃなくて、戦闘目的に来た?
十中八九、私を狙って誰かが寄こしたのだろう。
私は大迷宮に戻ったふりして薄幸王子の下に転移してるから、そこにはいないんだけどね。
普通の冒険者であったなら、私は基本放置することにしている。
さすがに迷宮内に入ってくる冒険者を全員返り討ちにしてたら、共存なんて言える口じゃないからね。
だから、私の配下に、明確に敵意を向けない限りは無視だ。
冒険者も生活がかかってるからね。
「じゃあ、ノインから警告してもらって。それでも敵対するようであれば好きにして良いと伝えておいて」
『かしこまりました』
そう言って、カローネは念話を切る。
さぁ、どうなるかなぁ?
♢♢♢♢
シュバルツ男爵様の命令により、パラクレート大迷宮に足を踏み入れた『雇われ傭兵』のガルマは盛大に後悔していた。
依頼主のポルコ・シュバルツは、金にがめつく、自身の利益を優先し、平民を見下す傲慢な貴族……まぁつまり、評判の悪い普通の貴族だ。
俺のような後ろ暗い傭兵と繋がっている時点で、良い噂はなんか無いだろう。
だがこちらも仕事。犯罪気味な無茶な仕事を押し付けられることもあるが、金払いは良いため文句はない。食いっぱぐれることを考えればむしろありがたい相手だ。
今回も魔物を一匹捕獲するだけの簡単な仕事……のはずであった。
「おい、人間。ここがどこなのか分かっているのだろうな?」
対峙したのは、数百の魔蜂を引き連れた絶世の美女。一目見て心を奪われそうになったが、4本の腕や触角を見て、こいつが噂の魔物だと直感した。
「お前が噂の神獣とやらか……?」
「貴様……私などを偉大なヘレス様と間違えるなど万死に値するぞ、人間。私の名はノイン。偉大なるヘレス様の忠実な僕」
「っ……」
あまりに強い殺気に足がすくみ、心臓を鷲掴みにされたかのように錯覚してしまう。
なんなんだこいつは……こんなあり得ない化け物が、俺達が住んでいる街の地下に潜んでいたとでも言うのか……!
「人間、最初で最後だ。このまま退くか、それとも死ぬか、選べ」
「くっ……そ……」
死にたくはない。
が、このまま帰ったところで、依頼主に責任を取らされるだけだ。
依頼の失敗どころか、何もできずに逃げ帰った傭兵の運命など、火を見るよりも明らか。
この時点ですでに、俺の運命は決まっていたということか……。
「人間、死ぬと分かっていても抗うというのか?」
「どうせ死ぬんだ。だったら、戦いの中で死ぬことを選ぶ」
「ふむ……その心意気、嫌いではない。……せめてもの情けだ、安らかに散れ」
「おい、聞いたか? あの噂……」
「知ってるぞ。どっかのバカな貴族が、また神獣様に手を出したんだろ?」
「いい加減にしろよな、まったく……。神獣様の怒りが街に向いたらどうなることか……」
「バカな貴族が勝手に死ぬのはいいけど、俺らまで巻き込まれるのは勘弁だぜ」
街の至る所で、ヒソヒソとそんな会話が交わされる。
曰く、騎士や傭兵が大迷宮の中へ入っていく姿は見られても、出てくる姿は誰も見ていない。
誰一人として帰ってこられないのだ。
それでもなお、神獣様を我が物にしようと画策するバカな貴族は後を絶たず、いつ神獣様の怒りが爆発するのか、街に住む人々は怯えて暮らしていた。
そんなこともあり、共存派と排除派との関係は悪化。
もはや一触即発と言っても過言ではない雰囲気だ。
事件はある日、そんな中で起きた。
「貴様、もう一度言ってみろ!」
往来の激しい道路のど真ん中に、そんな喧騒が響く。
片や、どこかしらの貴族の紋章入りの鎧を纏う騎士。
片や、傷んだ軽装備を身につけた若い冒険者だ。
冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事だが、冒険者と貴族お抱えの騎士の衝突は珍しい。なんだなんだと、人だかりは次第に大きくなっていく。
「何度でも言ってやる! てめぇら貴族が神獣様に手を出すからこっちが迷惑してんだよ! そんなに死に急ぎたいのなら他所でやれ!」
「きさっ、貴様っ! 言うことに欠いて死に急ぎなどとっ……!」
「てめぇらのプライドなんざ知るか! 知ってるか? てめぇらが手を出すようになってから、神獣様は姿を現さなくなったんだ。俺らみたいな冒険者も救ってくれた神獣様が人間を見限ったらどうしてくれる!?」
「神獣とやらを手に入れた暁には、この国をもっと豊かにしてやると———」
「なら聞くが、お前らは今まで冒険者を救おうと一度でも考えたことがあったか? 怪我をした冒険者を治癒魔法で助けたことは? 強力な魔物の前に立ちはだかったことは? バレバレの嘘で今さら気を引こうなんざ遅ぇよ! この国の貴族はここまで言わないと分からない愚鈍ばっかりかぁ!?」
「っ! 貴様、不敬罪だ! この場で斬ってやる!」
「やってみろよ! 神獣様がいなければ今頃魔物のエサになってた命だ。神獣様を守るためならなんだってやってやる!」
そして、人だかりの中心で金属がぶつかり合う音が響く。
両者とも剣を抜き、ぶつけ合った音だ。
それが、全ての引き金となった。
寸前で保っていたダムが決壊したかのように、不安、猜疑……様々な感情が混ざりあったそれは武力行使という形で爆発した。
「もう我慢できねぇ! やっちまえ!」
「俺らで神獣様を守るんだ!」
「くそっ! まずい、応援を呼べっ!」
「王宮にも知らせろ!」
怒りを抱えていた冒険者達が参戦し、騎士側にも応援が到着したことで戦いの狂騒は激しさを増していく———
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