謁見(立場が逆とか聞かないわよ?)
遅くなりまして申し訳ありません。
そして、ようやくへレス様の視点に戻ります。
んっ?
あぁ、くっころさんか。
久々に帰ってきたと思ったら、どうやら客人をつれてきたようだ。
私の姿を見つけたくっころさんは、ツカツカと私に歩み寄ると、乱暴に私の胸ぐらを掴み上げた。
私のすぐ近くに控えていたカローネ、ラクネア、バエウスが凄まじい殺気を放つが、私がそれを制止する。
「聞いたぞ、ヘレス殿。メートリス王国滅亡の件、一体どういうことだ!」
「……ごめんなさい」
一族の仇だったとは言え、やりすぎたと思ってるわよ。
「謝れと言っているのではない! 何の罪もない多くの人々を虐殺したのだぞ! 子供達すらっ、お前はっ……!」
「…………」
くっころさんの怒りは、一応分かる。
正義感の強い彼女には、理不尽な犠牲が我慢ならないのだろう。
しかし、残念ながら立場が違う。私は魔物、あっちは人間なのだから。
それが分かっているのだろう、ナイスガイさんは黙ったままだ。
「……あの国に、あなたの家族は居たのかしら」
「っ! いや、私もデリガードも元々孤児だった。家族はいない。それとこれとは話が別だぞ!」
「やりすぎたとは思ってるわ。でも、因果応報。あなたは知らないだろうけど、あの国の王様が私の一族を滅ぼした張本人だったんだから。何の罪もない魔蜂を殺したのは人間なのよ?」
「っ……それはっ」
「目には目を歯には歯を、善意には善意を以て、悪意には悪意を以て返す。何かおかしいかしら?」
「…………」
「ヘレス殿、『やり過ぎた』と言うぐらいなのだから、多少の後ろめたさはあるのでは?」
黙ってしまったくっころさんの代わりに、今度はナイスガイさんが口を開いた。
なるほど、舞い上がりやすいくっころさんと違って、ナイスガイさんは冷静なようだ。
「えぇ、まぁ……私も悪魔に心まで売ったつもりはないから」
「僅かにでも懺悔の気持ちがあるのなら、私の提案に乗ってもらえないだろうか」
「提案? どんな?」
「それは今からこの者が話す。……というわけです、アーノルド殿下」
「!?」
突然ナイスガイさんに話を振られた青年が、ビクッと大きく肩を震わせる。私を恐れているからか、それともカローネやラクネアも彼を取り囲んでいるからか。
まぁ全部だよね。
「わ、私はコンサーヴィア王国第四王太子、アーノルド・コンサーヴィアと申します。貴殿はこの大迷宮を統べる魔物の女王をお見受けします」
「……ヘレスよ」
「で、ではヘレス殿……単刀直入に申し上げます。我がコンサーヴィア王国復興のため、力をお貸しいただけないだろうか!」
「詳しく話して」
コンサーヴィア王国は、砂漠という過酷な環境で栄える国の一つである。国土こそ大きいとは言えないものの、その歴史は遥か千年前にも遡り、有名な遺跡をいくつも有する国であった。
「かつての大戦の時代を生きたとある旅人がこの砂漠で遭難した際、小さなオアシスと、そこに繁殖する魔蜂を見つけました。食糧も、水すらもなく死にかけていたその旅人は、魔蜂の蜜や幼体をいただき、その命を繋いだと言われています」
アーノルドはヘレスの顔色を窺いながら話を進める。意外にも、『魔蜂の幼体をいただく』と聞いても、ヘレスは特に反応を示さなかった。
「魔蜂によって命を救われた彼はその感謝を忘れず、その場を拠点に魔蜂と共に生きることを決意しました。その拠点は次第に集落となり、町となり、長い年月を経て国となりました。これがコンサーヴィア王国建国の経緯です……。魔蜂によって命を救われたコンサーヴィアの先祖により、太古よりコンサーヴィア王国には魔物を崇める風習が残っています」
「そうなの……」
ヘレスが興味深そうに反応を示した。ここぞとばかりに、アーノルドは話し方に熱が籠る。
「魔蜂は繁栄の象徴。彼らが栄える土地には緑が溢れ、人も栄える。様々な魔物に生き方を教わり、『魔物と共に生きる国』がコンサーヴィア王国……だったはずなのだ」
突如として沈んだ声になるアーノルドに、何事かと二人と一匹の目が向けられる。
「最近では、人々は魔物への感謝を忘れ、むしろ害悪だと断じて排斥する方向へと向かってしまっている。この過酷な環境で作物が育つのは、小さな魔虫が花粉を運ぶからだというのに、それすら害虫として駆除される始末」
「……バカなの?」
「あぁ、馬鹿だ。しかも魔物を排斥し、軍事力に力を注ぐように率いているのは、他でもない私の兄なのだ」
「…………」
「元々資源が少ないこの国が魔物との共存を手放したら、戦争で他国から資源を奪うしか未来がなくなってしまう。……それが分からないほど、兄は浅慮ではなかったはず。いつからか人が変わったように……。いや、とにかく私の願いは、かつての感謝を思い出し、魔物と共存する国を作ること。そのために、ヘレス殿の力を借りたい!」
「いいわよ」
「私も図々しい願いだということは……って、いいって言った!?」
何そのべったべたな反応。
一周回って面白いわね。
「いや、私としてはありがたいが、いいのですか?」
「まぁ、面白そうだし」
これは間違いなく本音。
多くの人間とコミュニケーションが取れるチャンスでもあるし、あわよくば魔物達が暮らせる国が手に入る。これを逃す手はない。
「とは言え、政戦なんて武力でなんとかできるものでもないでしょう? 何か作戦は?」
「ぅ……それは……」
「あら、無計画?」
「面目ない……」
「まぁいいわ。駒が増えると打てる手も変わるのだし……ゆっくり話し合いましょう?」




