地獄の入り口4(別視点回)
評価・ブックマークありがとうございます!
昨晩はちょっと熱を出して寝込んでいました、すみません……
とりあえず再開しますので、よろしくお願いします!
くそっ、イライラさせてくれる。
他二人の団長と離れ暗い洞窟を進むラインハルトは、隠しもせずに舌打ちをした。
世界最高のステータスを誇り、戦闘技術も右に出る者は居ないと自負しているラインハルトにとって、自分の剣を弾かれるなどあってはならないこと。
しかも、それを為した相手は魔物で、最低ランクに属するゴブリンなのだ。
これ以上ない、屈辱の極み。
ゴブリンの分際で、最強の騎士たる俺に並び立とうなど烏滸がましい。
すぐにでも、そして確実に殺す。
湧き出る殺意を胸に、ラインハルトは歩を進める————
「おう、待ってたぜ? 騎士さんよぉ」
洞窟内の開けた空間に、不気味でいやらしい声が木霊する。
もちろん、声の正体は一度ラインハルトの剣を弾いたゴブリンだ。
構えもくそもあったものではない、舐めきった態度のゴブリンに一層の怒気を滾らせるラインハルトであったが、ゴブリンの背後に異様なものを発見して動きを止める。
赤黒く、金属光沢をもつ鎧甲に覆われた魔物のような塊。
初めて見る魔物で正体は分からないが、5、6mは優にありそうな巨体はまさに山の如し。
動いてもいないのに、そこにいるだけで放たれる威圧感にラインハルト以外の団員は腰が引けているようだ。
目の前のゴブリンをさっさと殺したいところだが、その後ろにいる巨大な魔物も無視できない。頭は常にクールでいなければ団長は務まらないのだ。
「俺がゴブリンを相手している間に、お前らは後ろの魔物を取り囲んで極大魔術の準備を始めろ」
「はっ!」
キリッとした返事をし、一斉に動き出す騎士団員。
そんな彼らを見て、ゴブリンは止める素振も無く、むしろ愉快そうにクツクツと笑いをこぼしている。
「何が面白い」
「いやぁ、何もかもが面白いぜ。お前ら人間も弱い魔物を飼い馴らして、無意味に眺めて楽しんだりするだろ? それと一緒だ」
つまり、団員が何をしようと、弱いから気にも留めないと。
ビキッと、ラインハルトの額に青筋が浮かぶ。
落ち着け。ここで怒りに任せて動いたら相手の思う壺だ。
巨大な魔物を取り囲むように動いている団員が、ゴブリンに後ろから切り殺されないのは、今まさに俺が牽制しているからに他ならない。
「他のやつらを止めないのか?」
「分かってるだろ。お前に背を向けるほど馬鹿じゃねぇよ」
ゴブリンにもそれが分かっているようだ。
ドラゴンや悪魔のような上位魔物であればいざ知らず、ゴブリンにしてはあり得ない頭の良さ。
「お前らは何者なんだ? その強さも、その知識も、魔物にしてはあり得ない」
「そいつは言えねぇなぁ。そろそろやろうぜ? バエウス様が起きる前にな!」
瞬時の踏み込みと共にゴブリンの剣が迫る。
もちろんそのままラインハルトに当たる訳も無く、白い剣閃がキラリと光ると同時に甲高い金属音を響かせた。
「ほっ、やるねぇ」
「っ……」
世界最高のステータスを持つラインハルトと剣をぶつけあっても、ゴブリンはビクともしていない。
それどころか、まるで評価するかのような台詞が出てくるだけである。
キンッとゴブリンの剣を弾き返し、がら空きの胴体に刺突を繰り出す。
その鋭さはまさに閃光。
常人であれば気付かぬ間に身体を貫かれるだろう。
しかし、目の前のゴブリンは規格外。
グリンッと、到底真似できない角度に上体を反らして刺突を避けると、そのままの体勢で横薙ぎに剣を振り抜いた。
世界中の剣の流派を修めているラインハルトでも、見たこともない角度から剣が迫る。
型にはまらないゴブリンの剣は、やりにくいことこの上ない。
ラインハルトは足元に迫るゴブリンの剣に対し足を引いて避けると、『風魔法』の魔法陣を構築し、放つ。
ゴブリンの体勢はまだ整っていない。
当然剣では防ぐことができない攻撃がゴブリンに直撃する……かに思われた。
「ふはっ!」
思わず、と言った笑い声がゴブリンの口から漏れると同時に、ゴブリンが握る剣から紅い光が溢れだした。
『付加術・フレイム』——
煌々と燃える炎を纏った剣がラインハルトの『風魔法』を切り裂き、相殺してしまった。
驚愕とも、戦慄とも取れる感情がラインハルトを襲う。
「なっ……!」
「舐めんな。これでもゴブリンの中じゃ最強の剣士なんだぜ?」
再び対峙して牽制し合う二人。
そんな中、突然サリエリからの『通信魔法』がラインハルトの下へと届く。
『あー、ラインハルト、聞こえる? こっちで例の魔物を見つけたわ。こっちに来れる?』
「っ……ふぅ、分かった。こっちが片付いたら向かおう」
『よろしくー。あ、ダグリスさんにも連絡お願いね。時間稼ぎはしとくから』
サリエリはそれだけ言うと、すぐに通信を切ってしまった。
自分の興味が向かない事にはとことん適当なやつだ。
ラインハルトは悪態をつきながらも、未だ動かないゴブリンへと再び視線を向ける。
「待っていてくれるなんて随分優しいじゃないか」
「正々堂々こそ騎士道じゃないのか?」
「チッ……だがこれで終わりだな。既に極大魔法の魔法陣は完成した。第一騎士団が力を集結して放つ極大魔法は、S+ランクの魔物も一撃で消し去る威力を持つ」
そんなラインハルトの言葉を裏付けるかのように、ゴブリンの背後で強力な魔力が溢れだした。複数の団員が展開する魔法陣から漏れるそれは凄まじいの一言。
だが———あの時対峙した、へレス様の魔法ほどではない。
「確かに終わりかもな……お前らがな」
「何を……」
ゴブリンが口にした言葉の意味を理解する前に、極大魔法の轟音と衝撃がラインハルトの言葉を飲み込んだ。
♢♢♢♢
「やったか……?」
「確認を急げ! 新手が出てこないとも限らないぞ!」
騎士団員の指示が口々に飛び、『風魔法』が煙を吹き飛ばす。
極光と粉塵が収まった頃、そこにぼんやりと現れたのは———
まるで眠い目を擦るようなしぐさで前足を動かす、鎧甲に包まれた巨大な魔物の姿であった。その鎧甲は未だ、鏡のように美しい光沢を失っていない。
「なっ……嘘だろ……」
「倒すどころか、傷一つ……」
「狼狽えるな! もう一度極大魔法を……」
「あ~あ、起こしちゃっ……」
———ドバァンッ!!
咄嗟に指示を飛ばすラインハルトの声とゴブリンの呆れたような声が、爆発音によって掻き消された。音の発生源は、ラインハルトの背後の壁から。
振り返ると、そこには……原型を留めぬほどに破裂した騎士団員の姿があった。
そんなまさかと視線を戻すラインハルトの視界に映ったのは、腕を振り切った体勢の魔物の姿。
そのまさかだ。
極大魔法でさえ意に介さない程のRESを持つこの魔物が、さらに常軌を逸したパワーで団員を壁に叩きつけたのだ。
まるで、羽虫を振り払うが如く。
「ひっ……」
「うあぁっ!」
ようやく現実を飲み込んだ団員達の悲鳴が、魔物の腕の一振りで、一瞬で掻き消されていく。
掠っただけで腕や脚が千切れ飛び、壁に叩きつけられ肉塊へと変わっていく。
直撃したものは、吹き飛ばされるどころではない。その場で爆散して木端微塵だ。
降り注ぐ悲鳴と血飛沫。
「うっ……おぉぉぉぉぉっ!!」
悪夢のような光景に、恐怖を振り払うように声を上げたラインハルトを、眩い光が包み込む。最上位強化スキル『限界突破』だ。
その名の通り限界を超えて更なる力を引き出す『限界突破』は、一定時間全ステータスを倍にするという破格の効果を持つ。
一万にも届くステータスで、全力でバエウスへと斬り掛かるラインハルト。
しかし、悲しきかな。
たった一万程度のステータスでは、バエウスの足元にも及ばない。
ラインハルトの脳裏に焼き付いた光景は、目の前に迫る赤黒い金属光沢を放つ巨大な拳。
その光景を最後に、ラインハルトの意識は途絶えた———
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