地獄の入り口2(別視点回)
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今回は別視点回となっています。
「なーんだ、またゴブリン?」
細く長い通路を抜けると、訓練場のように広い空間に繋がっていた。
ヒカリゴケという珍しい植物が壁や天井を覆っており、洞窟の中だというのに随分と明るい。
そんな空間にどんな魔物が待っているかと期待してみれば、先ほども見たゴブリンが三匹いるだけであった。
「なぁんだ。つまんないの。あんた達、さっさと倒しちゃって」
「はっ」
確かにラインハルトの剣を弾くほどのSTRは脅威だけど、だったら近づかないで遠距離から仕留めればいいでしょ。
ゴブリンの死体でも積み上げてラインハルトを呷ってやろうかな♪
前線にいた団員が一斉に矢を番え、狙いを三匹のゴブリンに合わせる。
弓を引き絞り、ゴブリンの眉間に向けて矢を放つ―――
―――次の瞬間、ゴブリンの持つ剣が目の前に迫っていた。
「「「なっ!?」」」
団員から驚きの声が漏れる頃には三人分の血飛沫が舞い、血が滴る剣は更に次の団員へと迫っている。
―――ゴブリンの動きが、あまりにも速すぎる。
彼らには知る由もないが、これは、へレスがゴブリンに《韋駄天》のスキルを渡しているからだ。《女王の下賜》によってただでさえ凄まじいステータスになっているというのに、《韋駄天》によるAGI上昇により、もはや目で追うのも難しいほどのスピードとなっていた。
すぐ隣で血飛沫が舞ったと思ったら、次の瞬間には、冷たい刃が身体を通り抜ける感覚と共に意識が暗転する。
瞬く間に十人以上の団員が犠牲になったところで、初めて剣を弾く甲高い音が響いた。
「《韋駄天》なんてスキル、どこで手に入れたの?」
ゴブリンのスピードに追い付いたサリエリが、自身に迫る剣を弾いたのだ。
ステータス差によって大きく力負けしているものの、一瞬で体勢を立て直し、ゴブリンに向かってそう問いかける。
まさか防がれるとは思っていなかったゴブリン達は、一瞬驚いた表情を見せるものの、すぐにサリエリを品定めするような視線を向けていた。
「あー、やっぱり魔物って嫌いだわ。ゴブリンなんて特に、人間の女性を襲うっていうし。さっさとやっちゃおうかな」
ゴブリンの視線に嫌悪の表情を浮かべたサリエリは、双剣を構えてゴブリンと対面する。その瞳には絶対の自信が見て取れた。
「そのスキルがあんた達の秘密兵器ってことね。ははは、残念。そんなスキルじゃ、私の《神速》に及ばないってことを教えてあげるわ!」
「「「!!」」」
ジリッと地面を踏み締める音が鳴った直後、サリエリは一匹のゴブリンの背後に回り込んでいた。サリエリの二つ名にもなっているスキル《神速》は《韋駄天》さらに上位派生スキルであり、その効果量も凄まじい。
結果として、元々のステータスが高いゴブリンのAGIを、《神速》のサリエリが僅かに上回ることとなった。
一瞬でゴブリンの背後を取ったサリエリは、その無防備な背に狙いを定める。が、瞬時に何かを察知し、攻撃を止めてバックステップを踏む。すると、直前まで居た空間を二匹目のゴブリンの剣が切り裂き、その勢いのまま地面を砕く。
それだけでは終わらない。
サリエリはバックした先に待ち構えていた三匹目のゴブリンの剣を、身体を捻ってかわすと、スキル《神速》と《瞬閃》の併用により十にも昇る剣撃を浴びせ、再び間合いを取った。
これらはほんの数秒にも満たない間のやり取りだ。
他の団員達にとっては、動き出したと同時に一匹のゴブリンの全身に裂傷が現れたように見えただろう。
三体のゴブリンを相手に互角に立ち回っているサリエリを見て、団長ならば勝てると歓声を漏らす団員達。
「ふぅん、致命傷を避けるなんて、魔物にしてはやるじゃない」
これは紛れもないサリエリの本心であった。
無類のセンスと《神速》により、ファーストコンタクトで殺せなかった魔物は、今までに居なかった。
しかしこのゴブリンは本能なのか狙ってなのか、致命傷どころか運動能力が低下する場所への攻撃も上手くかわしてしまったのだ。
全身から血が滴っているためダメージが大きいように見えるが、傷はすぐに治る程度のものでしかなく、運動能力も下がっていない。つまり、ほとんど無傷と変わらないのだ。
「グギャッ、ギャウギャウ」
「グギギ、ギャギャウ」
「ギャウ、ギャギャ」
「何言ってんのか分かんないって。あんた達喋れるんでしょ? 命乞いの言葉なら聞いてあげるわよ」
サリエリの言葉に、魔物の言葉で意思疎通をしていた三匹のゴブリンは、キョトンとした様子でサリエリに視線を向ける。
「……知らない方が幸せだぞ?」
「まぁまぁ、へレス様も別れの挨拶は大切だって言うし。健闘を祈りますね、騎士団さん!」
「合格は隊長格の人だけですね。後はお願いします、カローネ様」
「なーんだ、命乞いじゃないのか。じゃあさっさと死……っ!」
両手に双剣を構え、ゴブリンに斬り掛かるその寸前、ゴブリンの後方に突如として現れた気配に、思わず足を止めるサリエリ。
先ほどまで歓声を上げていた他の団員も一瞬で心が折れたのか、息を殺して恐怖に耐えることしかできないでいる。
それほどに、新たに現れた魔物は化け物であった。
暗闇からゆっくりと現れたのは、黄色と黒の模様。四枚の翅で宙に浮き、瞳の無い複眼の一つ一つが全て、こちらを睨んでいるかのような威圧。
「魔蜂……それも変異体ね」
そう、現れたのはオスの魔蜂の変異体、カローネだ。
魔蜂の強さには、大きく分けて三段階ある。
一番弱いのは、メスの働きバチ。数は多いが、単体であれば中堅の冒険者が十分に倒せる程度の強さである。
二番目がオスの魔蜂。働きバチよりも大きく、より戦闘向けなステータスは、単体であっても騎士団分隊長クラス、若しくは総長クラスの戦力が必要だ。
そして、最も強いのは女王バチ。一つのコロニーに一匹しか存在しないとは言え、数万を超える魔蜂を支配するその強さは計り知れない。もし戦闘になったら……それこそ王国騎士団の総力を挙げて討伐を行わなければならない。
目の前の魔蜂は女王バチほどではないとは言え、オスの変異体。その強さは想像に難くない。だからこそ、サリエリは大きな勘違いをしてしまった。
「あー、ラインハルト、聞こえる? こっちで例の魔物を見つけたわ。こっちに来れる?」
『分かった。こっちが片付いたら向かおう』
「よろしくー。あ、ダグリスさんにも連絡お願いね。時間稼ぎはしとくから」
通信用の魔道具をしまい、魔蜂と向き合うサリエリ。最初こそ威圧されたものの、負けを知らない彼女はその傲慢さを自信に変え双剣を握り直す。
そんなサリエリの様子を見て、その魔蜂はほんの少しだけ笑った気がした。
♢♢♢♢
「ごめんなさいっ! もう二度と逆らったりしませんからっ、だから命だけはっ……!」
洞窟内が血の海に沈む中、サリエリは地面に頭を擦り付けてただただ命乞いの言葉を叫んでいた。他の団員は一人残らず首を刈り取られ、今しがた大量のアリの魔物に洞窟の奥へと運ばれているところだ。
返り血に濡れる魔蜂は、未だ何事も無かったかのように空中に佇んでいる。
これは、ほんの数分の間に起こった惨劇であった。
「《瞬閃》!」
サリエリのスキル《瞬閃》が、《神速》と相まって幾閃もの斬撃となってカローネを襲った。
一秒にも満たない時間で十度も剣を振り切り、サリエリは首を傾げる。
手ごたえがないのだ。
魔蜂を振り返ると、元の位置に浮いているだけで動いた様子はない。
サリエリは不満そうに鼻を鳴らすと、再びスキルを発動して魔蜂に斬り掛かる。
が、またしても手応えがない。
あり得ない。今のは確実に当たっていたはず。剣が通り抜けたとしか……。
疑念を抱くサリエリの足元へと、魔蜂が何かを投げて寄越した。
ゴトンと鈍い音を立て地面に落ちたそれは―――二人の団員の生首であった。
嫌な汗がぶわっと吹き出し、心臓が早鐘を打つ。
震える身体を抑えて団員へと視線を向けると、血を噴き出して崩れ落ちる、頭部のない団員が二人。それを見てようやく理解が追いついた団員たちの間で悲鳴が上がった。
つまり―――剣が当たる直前、魔蜂は剣を避けて移動し、団員の首を刈り取って元の位置に戻ったのだ。ただし、AGIに自信があるサリエリでさえ、認識できないスピードで。
サリエリの脳裏に、『絶望』の二字が過る。サリエリの唯一の代名詞とも言えるスピードでさえ、及ばない化け物―――
「うっ……あぁぁぁぁっ!」
恐怖に歪んだ表情でがむしゃらに剣を振るうサリエリ。
しかし、何度剣を振っても当たる気配は無く、代わりに団員達の血が舞う。
後何人残っている? 次は私か?
早く何とかしなければ、殺されるのは私の方だ。
数分後か、それとも数秒か。
気づけば、悲鳴は聞こえなくなっている。
歯を食いしばり地面を踏み締める音、空を裂く剣の音、そして恐怖を煽る羽音が聞こえるのみ。
いつの間にか、他の団員は全滅していた。
疲れからか、一瞬剣が鈍る。
その瞬間、体温を感じないひやりとした爪が首筋に触れた。
「ひっ」
ガクッと膝から崩れ落ちるサリエリ。
心が折れたのだ。
最早立ち上がることすらできないサリエリにできることはただ一つ。
「ごめんなさいっ! もう二度と逆らったりしませんからっ、だから命だけはっ……!」
サリエリの命乞いが洞窟内に虚しく響いた。
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