この理不尽な世界で
ぅ……っ!
身体はっ……痛くない……。
怪我もない。そして、相変わらずの昆虫の脚。
良かった、生きてた……。
衝撃に強い巣が、落下の衝撃や瓦礫から守ってくれたようだ。
初めて、六角柱を敷き詰めた構造の強さを実感した。
生き残ったことに安堵したのも束の間、水を打ったように広がる沈黙に不安が押し寄せた。
そういえば、他のハチはどうなったのだろうか……。
既にボロボロで、壊れかけた巣穴から這い出ると、そこには凄惨な景色が広がっていた。
ドラゴンが去って随分時間が経っているのだろう。
ドラゴンのブレスによって灼熱に焼かれた煙はすっかり晴れており、むしろ巣が無くなったことにより身体が震えるほど寒い。
芋虫の身体はそんなに寒さを感じないが、きっと虚無感が寒さに拍車をかけているのだろう。
ブレスが通ったであろう抉れた地面の上には、何も残っていなかった。
同胞が焼かれた灰も、何もかも。
崩れた洞窟の瓦礫に潰されて死んだ同胞は数知れず。
山のように積み上がった瓦礫の所々から、見慣れた翅や腕が生えている光景に、思わず吐き気を覚える。
下手に人間だったころの精神が残っているだけに、精神的ダメージが馬鹿にならない。
もはや悲しみは通り越した。
日常が、一瞬で崩れ去った虚無感。
目の前に家族の死体が積み重なっているという、非現実感。
そして、心に深く刻まれた、あの金の瞳と眩い光の恐怖。
同時に感じるのは、激しい怒り。
なぜ、こんな目に合わなければいけないのか。
あまりの理不尽に、暴れ出しそうなほどに心の中で怒りが渦巻いている。
声が出るのなら叫んでいただろう。
そんなことしてもどうにもならないのに。
……せめて、私以外にまだ生きてる人いないかな……。
うん、そうだ。
今はできることをしよう。
まずは生存者の捜索。
そして、せめてみんなを弔おう。私を育ててくれた家族に、最後の別れを……
♢♢♢♢
何時間、いや何日かもしれない。
とにかく、長い時間が経った。
芋虫の状態で動きにくい身体に鞭を打って、可能な限りの死体を集めた。
原型を留めていないものがほとんど。
女王バチにいたっては、執拗に潰されていた。残った体の一部の大きさの違いから、辛うじて女王バチだと分かるのみである。
後は、バラバラになった身体も出来る限り集めた。
全て合わせても、せいぜい百匹ちょっとの数だろう。
初めが数万匹は居ただろうことを考えると、あのドラゴンが如何ほどのものだったのかがよく分かる。
原型を留めていない女王バチの姿を見ると、どうしようもない悲しみが込み上げてくる。
心配そうに何度も様子を見に来てくれて、美味しいローヤルゼリーを食べさせてくれて。
っ……短い間でしたが、ありがとうございましたっ……!
辛すぎる現実から目を逸らし、自分の腕の中に目を向ける。
そこには傷の無い卵が三つだけ残っていた。
楕円形のものと、真ん丸の球体に近いものが二つ。
おそらくドラゴンの襲撃に巻き込まれたのだろう、種族が異なる卵のようだ。
種族が違うからと言って、排斥するつもりはない。生き残ったのは私を含めたこの四匹だけだったのだから。
自立もしていない幼体の私が、実質一番上。
これから一人で生きていかなければならない。
でも、ほんの僅かだけど、希望の火が灯った。
この卵を、絶対に孵化させる。
そして私が育てて、せめて同じ目に合わせないように暮らせるように。
さて、希望が復活したところで、大きな問題に直面した。
今食べるものが何もない。
僅かに残っていて、地面に零れていた蜂蜜を舐めながら作業を続けたが、それも尽きて倒れそうである。
せめて食べるものは……ぁっ……
目の前には、弔おうと思っていた、同胞の死体の山。
はぁ……本当に、怒りでどうにかなりそうである。
こんな状況に追い込んだ、あのドラゴンに。
そうするしかない自分の無力さに。
簡単に命が奪われる、非常に単純で、理不尽なこの世界に。
誓います。
『同じような目に合わせないように』ではない。
絶対に、必ず、私が女王となってこのコロニーを、いや、『国』を復活させる。
あのドラゴンが大軍を引き連れて襲い掛かってきても傷一つなく跳ね返せるほどの強さを持って世界に君臨する。
だから、ごめんなさい。
せめて、安らかに。
あらゆる感情をグッと堪え、原型を留めていない女王バチの身体に齧り付く。
味なんか分からない。
ただただ必死に、ひたすらに、脇目も振らずに咀嚼して腹に押し込む。
『称号:禁忌を犯せし者を獲得しました』
『スキル:禁忌の暴食を獲得しました』
なんか頭の中に声が聞こえるが、今そんなことはどうでもいい。
一度手を出したら、残すことは許されない。
欠片も残さず、全てのみ込んでいく。
『スキル:過食 を獲得しました。スキル:過食に、スキル:食いしん坊が統合されました』
『スキル:猛毒生成 を獲得しました』
『スキル:熱感知 を獲得しました』
︙
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ご馳走様でした。
百匹ほど居たであろう同胞の死体は全て、腹の中に収まった。
全て食べるのは到底不可能であった量にもかかわらずである。
なぜか途中から満腹を感じなくなったんだよね。
食いしん坊もここまで来ると尊敬レベルと言ってもいい。
夢中で食べてたから無視してたんだけど、時々声が聞こえてこなかった?
『エネルギーが一定値に到達しました。これより進化を開始します』
そうそう、こんな感じに……って、ウェェエッ!?
えっ、何!?誰の声!?
いや、私の他に生きてる生物がこの場にいないことは確認済み。
それに頭の中に直接響いてくる気がするんだけど!?
つまり神の声的な?
あぁもうっ、信じられないことの連続でどうにかなりそうだよっ。
と、突然強烈な眠気に襲われた。
身体から淡く輝く白い靄のようなものが溢れだし、身体を覆っていく。
そして、身体が徐々に造り替えられていくような不思議な感覚。
無理、耐えられない。
お願いだから、寝てる間に襲われませんように。
耐えがたい眠気に身を任せ、意識は暗闇に包まれた。




