天災、襲来
さて、ハチの幼虫に転生して一時はどうなるかと思ったけど、何とかなりそうである。
むしろ、慣れると意外と快適かも。蜂の巣の中って意外と暖かいし、敵に襲われる心配は無いし、何もしなくてもご飯が出てくる。
蜂蜜か、何かの生き物の肉団子だけだけど。
あ、いや、ローヤルゼリーってのも食べたかな?
よくわからないけど美味しかった。
蜂蜜や肉団子を食べるか、ローヤルゼリーを食べるか、ブンブン飛んで働いてる外のハチを眺めるか、あとは寝るか。
それ以外にやることは何もないけどね。
あるとすれば、巣の中でたまに働きバチが捕らえた魔物とバトルが始まったりする。
それを見るのが密かに楽しみだ。
まぁでも、暴れる魔物はカエルとかバッタとか、それほど強そうではない魔物だ。
無数の働きバチが寄ってたかってボコボコである。
それを見ると、一方的過ぎて可哀そうになるが、どこか爽快でもある。
よっぽど娯楽に飢えてるんだな。
心まで魔物になってきたのか分からないけど、他の魔物が殺される様子を見ても、それほど気分を悪くすることが無い。
それに、そんな凶暴なハチにも、ちゃんと家族愛みたいなのが感じられるのだ。
だってこんなに丹精込めて育てられたことなんて初めてだもの。
コロニーで生活してるから、そのあたりはしっかりしているのかな。
もぞもぞと出口の近くに来ると、景色を一望できる。
景色と言っても、多分巣の奥の方だから、見えるのは巣しかない。
でも、吹き抜けのホールみたいに広い場所にマンションの如く巣がズラリと並んでいて、映画のワンシーンみたいだ。
巣から顔を出すと、なんと女王バチが自ら『どうしたのか』と聞いてくるかのように近寄ってくる。
何でもないよと考えながら触角に触れると、安心したかのようにまた去っていく。
何と言うかとても愛らしい。
母性を感じる
大丈夫だよ。今のところは健康です。
しかし、栄養価が高いのかぶくぶく太ってるんだけど……。
乙女としてはゆゆしき事態ですわ。
あーっ、でも今の生活を失いたくない。夢のニート生活だし。
それにしても、薄々気づいたけど、ここのハチって結構強い?
時々ハチ一匹を丸飲みできそうな大きさの蛇を運んでるのが見えるんだけど……。
つまり、私も成虫になったら期待してもいいんだよね?
だってだって……
期待した通り、あったのです!『ステータス』!
自分の種族とか攻撃力とか、そのあたりを確認できる、まさにザ・異世界!
いやー、まさか異世界に転生するとはね。
よく知ってる地球のハチとは違うんだ。
さて、でっかい蛇を狩るようなハチの幼虫である私の『ステータス』とは……
いざっ!『ステータス』!
名前:無し
種族:魔蜂(幼体)
HP:1/1
MP:1/1
STR:0
VIT:0
AGI:0
DEX:0
RES:0
スキル:『食いしん坊』
称号:女王の素質
うそっ、私のステータス低すぎ……?
いや、薄々気づいていました。
だって自分で何もできないんだもん。
と言うか、HP1でVIT0とか……デコピン一発で確殺やんけ。
他のステータスも全て0……これは世界最弱説ありますよ。
あとスキル『食いしん坊』って何だ!食っちゃ寝してた私への当てつけか!?
でも効果を見てみると
『食いしん坊』
食事によってHPを回復する。
かなり便利ではありそう。HPが1でなければな!
これは成体に期待するしかないぞ……。
そして称号の『女王の素質』って……
あれですか?どエロいボンテージを着て、男の人をムチで叩くあれですか?
いやいやいや、彼氏もいたことないのにスッ飛ばしすぎだって!
……なんて、女王バチのことってちゃんと分かってるよ?
ハチで『女王』なんて、『女王バチ』しかないでしょ。
あっそうか。ローヤルゼリーを食べてそだった幼体は女王バチになれるんだっけ。
確か栄養価が高い食べ物を食べて育ってるからって。
昔にテレビか何かで見た覚えがある。
ということは、私は箱入り娘的な?
箱じゃなくて土でできた巣の中だけどね。
それで、女王バチは確か、一日に何百とか何千っていう卵を産むんだっけ。
えぇ……人間だったころは結局最後まで処女だったのに、次は卵産みまくり人生か……
ゴッドマザーになっちゃうね。
まぁいいか、女王バチになったら卵をたくさん産むことになるけど、働きバチの皆さんが食べ物いっぱい持ってきてくれるし。
悠々自適な生活ができるかも。
という考えが如何に楽観的であったか。
なぜ、巣の中なら襲われないと思っていたのか。
ブブブブブブブブブブブブッ!
キチキチキチキチッ!
なっ、なに?
急に慌ただしく働きバチが動き出したぞ?
それも、初めて見るぐらいに一斉に……。
しかもキチキチッッて音は多分威嚇だよね?
何かでかい魔物でも来たか?
「ギュオォォォォォォォォォォォォォォオッ!!」
ぁっ、ダメだこれは……
地面を揺らすほどの咆哮が、巣の奥まで暴風のように駆け抜けた。
身体の奥から湧き上がる、はっきりとした恐怖。
『蛇に睨まれた蛙』どころではない。本能的に死を覚悟するのに、十分すぎる暴力的な威圧。
次の瞬間。
眩いばかりの閃光が走り、目の前が吹き飛んだ。
ガラガラと音を立てて壁ごと崩壊する巣。
一瞬で灰となり、暴風に攫われていく働きバチだったもの。
巣が崩壊することによって開けた視界の先には、黒く巨大な影。
全身を覆う、真っ黒の鱗。
ズラリと並んだ剣のような牙。
絶対的な恐怖を植え付ける金の瞳。
戦闘をするために生まれてきたのだと言わんばかりに、洗練されたその肢体。
紛れもない、本物のドラゴン。
そのドラゴンの口元に光が集まっていく様子が、酷くゆっくりに見えた。
また、あの光が来る。
十分に強いと思っていた働きバチ達が、為すすべなく一瞬で消されていく恐怖。
まさに羽虫の如く、一方的に蹂躙される恐怖。
身動きも碌にできない状態で、今まさに死に直面しているという恐怖。
怖い……怖いよ……怖い怖い怖い怖い怖い怖い……
そして、その時が来た。
チャージが完了したブレスが放たれ、世界を白く染め上げる。
あまりの恐怖に精神が耐えられなかったのか、迫る光を目前に私は意識を失った。