遭遇(別視点回)
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今回は別視点回となります。
女王魔蜂の調査を始めて早三日目。
長期間の任務にも慣れたものだが、いつどこから襲われてもおかしくない状況下で疲れがたまるのは仕方がないことであった。
しかしそこはやはり常在戦場の騎士達。
魔物と戦いながらの三日間だというのに動きは衰えておらず、コンディションは悪くない。
まったく、頼もしい限りだ。
しかし、一、二階層には例の魔物は居ないどころか、いたと思われる形跡も見つからないままだ。
いよいよ湖のエリアに行く他無くなった訳だ。
湖に住まうメガロ・ディニクティス。
奴のSTRはデリガードにもダメージが通るほど高く、VITは私の剣でも短期戦が難しいほどに高い。
非常に厄介な相手である。
戦わないことに越したことは無いが……おそらく無傷では済むまい。
回復要員を連れてきて助かったな。
「さぁ、休憩は終わりだ。湖のエリアを目指して進むぞ!」
私の号令に、隊員が一斉に立ち上がって整列する。
その顔は、洞窟に入る前と変わらない精悍なものだ。
流石だ。やはり、騎士たる者、いつ何時もこうでなくては。
パラクレート・フロッグや魔蟷螂を退けながら、行軍を開始。
途中、アビス・バットというコウモリ型の魔物が増えてきて、いよいよ湖のエリアが近くなってきたことを察した。
ヒカリゴケという珍しい植物が照らすそのエリアに脚を踏み入れる。
と、そこには迷宮内では異様な空気が流れていた。
生物の気配がないのだ。100m四方はあるこのエリア全体に、小さなコウモリ一匹の気配さえ。さっきまで通路を忙しく飛び交っていたアビス・バットが嘘のように、このエリアには居なくなっている。
魔物がひしめく迷宮内で、これは明らかな異常。
しかも、今までに前例のない異常であった。
その不気味さに拍車をかけるのは、エリアの中央に積み上げられた何か。
ぼんやりとした光しかないこの部屋ではその異様な影しか見ることができず、近寄って《光魔法》を使ってそれを照らした。
「うっ……」
「何だこれは……」
「これは……魚の頭か?」
そう、見上げるほどに積み上げられたそれは、魚の魔物の頭部だったのだ。
あるのは頭部だけで、そこから下の部分は見当たらない。
あまりに凄惨な光景に、魔物の死体に慣れている私も吐き気を覚えた。
腹の底から込み上げてくるものをグッと抑え込み、冷静に分析する。
何者かが何らかの必要があってこうしたのだ。
ならば、その目的は?
信じがたいが、思いつくのは一つ。
「デリガード、お前はこれをどう見る?」
「そうだな……これらの魔物を捕らえて捕食したのは間違いないだろう」
「やはりか……」
「それに、これを見ろ」
デリガードが照らされ、メガロ・ディニクティスの頭部が姿を現した。
その眉間には、深い穴が開いている。
「これを見る限り、メガロ・ディニクティスのVITを貫通して攻撃を与えている。しかも他に外傷がないところを見ると、一撃で仕留めているようだ」
ゾワッと肌が泡立つ。
馬鹿な。
メガロ・ディニクティスを一撃で仕留める?
そんな規格外の化け物がいてたまるか!
しかも、メガロ・ディニクティスの頭部は一つや二つではない。
隊長の私ですら無傷での討伐は難しいとみていたメガロ・ディニクティスを複数仕留め、捕食する……そんな化け物に勝てる訳がない。
「隊長……」
泣きが入ったかのような隊員の声に、私は思考を巡らせる。
どうする……おそらく、討伐は不可能。
だからといって放っておけばもっと手が付けられなくなる。
苦渋の決断だが、ここは一旦討伐を諦め、帰還して戦力を立て直して……
最も有効な手を何とか絞り出そうとしていると、周囲を調査していた隊員の一人から声が上がった。
「うっ、なんだこれっ……!」
「どうした!」
声を上げてもがく隊員の腕が、何かに縛られているように空中に止まったまま動かない。
その隊員を《光魔法》で照らすと、細い糸が絡みついているようだった。
「これは……蜘蛛の糸か?なんでそんなものが……」
件の魔物は蜘蛛ではなく蜂だ。
蜘蛛の糸を使うのはおかしい。
ならば、件の魔物以外に同等の魔物が?
いや、変異体の魔物がそんなにいては堪ったものではない。
なんとなしに糸を辿って視線を上にあげると、鍾乳石が釣り下がる天井付近に、歪なものを発見した。
それはどうやら、メガロ・ディニクティスの鱗のようだ。
直径1mほどの、鱗が幾重にも重なってできたような物体。
なんとなく、迷宮で起きている不気味な現象に、その物体が関係しているように思えて仕方がない。
「弓を構えろ」
その物体に気づいてざわざわとする隊員たちに指示を飛ばす。
先ほどまで引き腰だった隊員達も、私の指示に反応して矢を番える。
「放て!」
私の指示とともに五本の矢がはなたれ、その物体を襲った。
しかしやはりメガロ・ディニクティスの鱗は固く、ただの矢程度では傷もつかない。
「弓ではだめか。ならば、《火魔法》を用意しろ……放て!」
私の指示に従って魔法陣が描かれ、火球が放たれた。
メガロ・ディニクティスの鱗は蜘蛛の糸で繋がれていたのか、火が一気に燃え広がり、その物体は炎に包まれる。
―――――――ッ!
次の瞬間、声にならない鳴き声があたりに響き、その物体から何かが飛び出してきた。
巣を捨てて飛び出してきたのは、蜘蛛の魔物。
天井に釣り下がる鍾乳石にしがみつき、何やら魔虫の幼体のようなものを糸で包んで運んでいる。
「ふむ……あの不気味な物体はこいつの巣だったのだな。ステータスは……っ!変異体!?しかも、すべてのステータスが1000を超えている!」
思わず叫んでしまったのは私の失敗であった。
強大な魔物の存在に恐れを抱いていた隊員たちは、私の声に肩を震わせ、無秩序に武器を構え、魔法陣を構築していく。
魔物もどうやら私たちを敵と認識したようで、威嚇の声を上げている。
いつ襲い掛かってきてもおかしくないこの状況。
やるしかない。
「落ち着け!まずはデリガードと私、そして前衛組が守りを固めろ!次に弓と魔法を準備しろ。まだ撃つなよ!」
いつも以上に声を荒らげ、取り乱す隊員を無理矢理押さえつける。
はぁ、毎度のことながら心が痛い……。
「弓は左側から本体を狙え。魔法は、蜘蛛の右側にある鍾乳石を狙うのだ。弓を放った後、一瞬遅れて魔法を放て、いいな?」
隊員の沈黙を了解と捉える。
隊員も集中力を取り戻したのか、弓も魔法も標的を捉えているようだ。
「放て!」
私の合図とともに弓が放たれ、直後に魔法が撃ち出された。
蜘蛛の魔物は目がよく、俊敏性もあるため、ただ矢を撃つだけでは高確率で避けられる。
だが、避けた先に魔法があればどうか。
狙い通り矢によって蜘蛛を誘導し、本命の魔法が直撃した。
弱点である火に包まれ、蜘蛛の魔物は運ばれていた二体の魔虫の幼体とともに湖に落下した。
「不用意に近づくなよ。奴は水の中で身動きが取りにくいはず。弓で狙い打て」
間髪入れずに矢を放ち、一気に仕留める。
バシャバシャと水の中で暴れていた魔物は、次第に沈黙していった。
「討伐したか?《鑑定》……いや、まだわずかにHPが残っているな」
三匹いた魔虫のすべてのHPが減っているようだ。
どうやら、蜘蛛がほかの魔虫を盾に使ったようだ。
やはり魔物、心がなく非道である。
放っておけば、人間にも被害が出るだろう。
討伐まであと一息。
次の攻撃の合図をしようと手を振り上げたその時。
そいつが現れた。




