とあるベテラン冒険者の受難(別視点回)
昨日投稿できなかった分、追加で。
今回は別視点での話になります(ちょっと長め)。
数日前のこと。
多くの人々が賑わう街の中、さらに喧騒な雰囲気の建物があった。
メートリス王国の中心部に存在する冒険者ギルド。
冒険者とは、その身一つで様々な場所に赴き、魔物の討伐による報酬や収集した素材によって生計を立てる人達である。
そんな冒険者らを一括管理するのが冒険者ギルドである。
そこに三人組の男女が集められていた。
「来たか、『深緑の狩人』よ」
「何だってんだ?急に召集なんて」
『深緑の狩人』とは、冒険者の間でも名の知れたチームである。
大剣使いのゲオルグをリーダーとし、シーフのマリア、魔法使いであり、エルフの血を引くシャルルの三人からなるベテランチームであった。
そんな彼らを招集したのは、他でもないギルドマスターであった。
「昨日、パラクレート大迷宮の一部で大規模の崩落があったのは知っているか?」
「知ってはいるが、地震じゃないのか?」
「ゲオルグ、揺れは無かったでしょう?」
「地震ではないが、原因が不明なのだ。風化による崩壊なのか、魔物によるものなのか。『深緑の狩人』にはその調査をしてもらいたい」
内容はあくまで調査であり、たとえ魔物が原因であったとしてもその魔物を討伐する必要は無いのだと言う。
であれば、ギルドマスターからの直々の指名依頼は色々と美味しい。
「どうする?調査だけならそれほど危険があるようには思えないが」
「そうね。場所も行けない程奥深くという訳でもないし」
「原因が分かればいいんでしょ?あたし達なら余裕でしょ」
「意見は纏まったようだな。実力的には心配いらないと思うが、気を付けろよ」
「分かった。じゃ、早速調査に向かうとすしよう」
♢♢♢♢
パラクレート大迷宮は、この大陸の地下に存在する巨大な迷宮である。
あまりに巨大なため幾つかの国にまたがって迷宮が広がっており、各地に多くの入り口が口を開いている。
毎日のように多くの冒険者が調査や素材集めに迷宮に潜っているが、未だにその全貌は明らかになっていない。階層が深くなるほど強力な魔物が存在し、最深部には地上を滅ぼしうる強さの魔物が存在するとも言われている。
しかしながら、浅い部分に存在する魔物はどれも弱く、子供でも倒せてしまえる魔物も存在するほどだ。
当然ゲオルグ達『深緑の狩人』も数えきれないほどこの迷宮に潜り、目を瞑っていても自由に歩けるほどに慣れた場所であった。
「崩落があったのは?」
「二階層と三階層を繋いでいる縦穴の所らしいわよ。そこに繋がる道が塞がってたって情報があるもの」
「じゃーそこまで急いで行っちゃう?」
「いや、調査なのだから一階層もしっかり見ていこう。他の場所でも起きているかもしれないからな」
それから数日かけて、一階層と二階層のほとんどを調査し終えた。
と言っても、この広大なパラクレート大迷宮の各階層を全て調査することは不可能なので、メートリス王国にある入り口から入れる、主要な通路を調査しただけである。
それを数日で終えただけでも称賛ものだろう。
シャルルのもつ《鑑定Lv5》による恩恵が非常に大きい。
結局他に異変を見つけることなく、俺達は件の縦穴に辿り着いた。
「異変は何も見つからないな……」
「強いて言うなら、この辺りは魔物がほとんどいないことかしら」
「でもそれぐらいよくあることじゃん。異常でもなんでもないよ?」
「そうね……嵐の前の静けさとも言うし、気を引き締めましょう」
その時、ガラガラと岩が崩れる音が響いた。
瞬時に大剣を構えて周りを見渡すが、魔物らしき姿は見当たらない。
「シャルル、今のは……」
「あそこね。あの、台みたいになっているところ」
シャルルが指さす先には、十数m上の岩肌に、岩が崩れ段差になっている場所があった。
細かな岩の欠片が落下してきており、先ほどの音の発生源に間違いないようだ。
「シャルル」
「えぇ、《風魔法》」
シャルルから放たれた薄い緑色の光が三人を包み、その体を浮かせる。
《風魔法》はこのように物を浮かせたり、攻撃にも使える魔法なので非常に重宝する。
岩の段差に降り立つと、そこにはうねうねと動く二匹の幼虫と一匹の蜘蛛が居た。
虫嫌いなマリアが悲鳴を上げる。
「ひっ……いやぁっ!」
「こいつは魔虫か?」
「そう見えるけど、何かおかしいわ。《鑑定》」
シャルルの目が淡く光り、三匹の魔虫をその眼で捉える。
すると突然、幼虫の《鑑定》を行うシャルルの顔色が変わった。
「うそっ、そんなっ、あり得ない……!」
「なっ、どうした!?」
冷静沈着なシャルルの取り乱す姿を見て、マリアがビクッと肩を震わせる。
俺はシャルルを落ち着かせながら鑑定結果を聞いた。
この三匹の『ステータス』は
名前:無し
種族:ポイズン・アラネイド (幼体・変異体)
Lv:1
状態:空腹
HP:680/680
MP:340/340
STR:355
VIT:110
AGI:320
DEX:150
RES:260
名前:無し
種族:メガロ・ヘラクレス(幼体・変異体)
Lv:1
状態:空腹
HP:820/820
MP:160/160
STR:380
VIT:358
AGI:150
DEX:280
RES:260
種族:魔蜂(幼体・変異体)
Lv:1
状態:空腹
HP:560/560
MP:380/380
STR:348
VIT:260
AGI:230
DEX:256
RES:260
というものであった。
「馬鹿なっ!」
魔物の変異体とは、極稀に生まれてくる強力な個体である。
原因は諸説あるが、強力な魔力を受け生態が変化することによって誕生するのだと言われている。
変異体の魔物は例外なく高いステータスを有しており、討伐依頼の対象となる事がほとんどだ。
しかし数千匹に一匹生まれるかどうかの確率のため、そうそう出会うことは無い。
「三匹全てが変異体だと!?」
「それだけじゃないわ……初期のステータスが化け物よ。変異体だとしても、この十倍は低いはずよ」
「もしこれが成体になったら……」
マリアの呟きに、背中にゾクリと冷たいものが走る。
この世界の冒険者のステータスは、平均が約1000から1500程度。
最高ランクの冒険者や騎士団長クラスともなると3000を超えるステータスを持つ者もいるらしいが、それは世界に数人というレベルだ。
この三匹の魔虫は、レベル1で、しかも幼体の状態で既に300を超えるステータスもある。
成体になったら、もはや手におえる相手ではないだろう。
「今この場で殺してしまおう」
「それが良いわね。でも気を付けて、今の状態でも十分に強いわよ」
「大丈夫、分かってるから」
シャルルが杖に魔力を集め、マリアが両手にククリナイフを構える。
俺は大剣の柄を両手で握り、魔虫へと振り降ろそうとしたその時。
そいつは現れた。
身体が軋むほどの凄まじい威圧と共に現れたのは、魔蜂の成体。
その魔蜂と目が合った瞬間、脳裏に惨殺される自分の姿を幻視した。
それが幻だと理解できたが、金縛りにあったかのように体が動かない。
魔蜂が牙を鳴らすカチカチという音が、さらに恐怖を煽る。
やばい、殺される。
だが、身体が動かない。
「『全体鼓舞』……ゲオルグ、マリア、気をしっかり」
《恐怖耐性》を持ち、この威圧の影響が比較的少ないシャルルが《鼓舞》によって俺とマリアの恐怖状態を解除してくれた。
「そのままゆっくり下がって……刺激しないようにね。背中を見せたら殺されると思って」
本来であれば《鑑定》で相手の実力を測るところであるが、あまりのプレッシャーにそんな余裕もない。
シャルルの言う通りに、身体を硬直させたままゆっくりと後ろに下がる。
魔蜂は追ってくる様子は無いのが救いだった。
そのまま姿が見えなくなるまで距離を空け、その後一目散に迷宮の外へと逃げ出した。
今までの人生で、この時ほど恐怖を覚えたことは無い。
♢♢♢♢
逃げ帰るようにギルドへと駆け込んだ俺達を、ギルドマスターが出迎えてくれた。
「無事に帰ったようだな。結果はどうだ?」
「異変とか、そんなレベルじゃない……」
我ながら情けない声が出ていたと思う。
だが、取り繕う余裕もない。
「ん、なんだ?何を見たと言うんだ?」
勇猛果敢で知られるゲオルグの、恐れを抱いたような様子にギルドマスターも何事かと眉を顰めた。
「見た方が早いですわ」
シャルルが差し出したのは『記録石』という魔道具。
魔物などの相手を鑑定し、その結果を一時的に記録できる魔道具である。
シャルルは《鼓舞》を使っていたため、あの魔蜂の《鑑定》を行えなかったようであるが、その代わりに『記録石』によって鑑定を行っていたようだ。
『記録石』により、あれほどの恐怖を植え付けた化け物のステータスが明らかとなった。
名前:無し
種族:女王魔蜂(変異体)
Lv:5
状態:激昂
HP:6950/6950
MP:2758/2758
STR:3988
VIT:1882
AGI:3460
DEX:3428
RES:2260
「馬鹿な……なんだこの出鱈目なステータスは……しかも女王魔蜂の変異体だと?そんなものが……」
ステータスを見て絶句した。
そもそも魔蜂は、迷宮内では上位の魔物である。
その中でも女王魔蜂は、数万から数十万の魔蜂をまとめ上げる化け物で、ステータスは働きバチの数倍以上となる。
その変異体ともなると……数千万から数億匹に一匹生まれるかどうかの女王魔蜂の変異体は、間違いなく『天災』。
「この個体をA級……いや、S級として、すぐに討伐隊を組む。騎士団にも連絡せよ」
この魔物を人類規模の脅威と認定し、ギルドマスターが職員に指示を飛ばした。
こうして、一匹の女王魔蜂を討伐するための討伐隊の編成が開始されたのだった。
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