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閑話:理想的入学即退学


「ヴァチカニア帝政学園新入生代表として挨拶を仰せつかった、マルグレット・フォン・パンハイムです。ゲルマン民国から来ました留学生です」

今年の新入生パンハイム伯爵令嬢は、噂に違わぬ美しさだった。栄養状態がいいゲルマン民国人女性は骨格が立派すぎるため、周辺諸国の女の間では『男』と呼ばれがちだ。

しかし、マルグレットはイスパニオンの美女のように(たお)やかな雰囲気を醸している。

輝く美貌、芳る佇まいがまず別次元だ。

ハイエルフの血を引いているという御伽噺も、あながちホラではないのかもしれない。


「皆様は、ヴァチカニア帝政学園で佳き伴侶を見つけ、国家の繁栄に邁進していく事を願います」

なかなか頭も切れるようだ。ヴァチカニア帝国でも通用する頭脳の持ち主と見受けられる。

「挨拶の途中ですが、このわたくしマルグレットはブリタニア王国のジェスカー王太子殿下に嫁ぎ、妻となる為本校を辞します」

入学前から10年に一度の掘り出し物と噂が高かったマルグレット嬢は、深々と一礼し講堂正面から退出していく。


留学生の身で新入生代表を務めるマルグレットを値踏みしていたはずの女生徒一同、なにが起こったのか全く理解していない。

事態を把握する頃には、マルグレット嬢は既に馬車で走り去った後だ。

ヴァチカニア帝政学園新入生代表入学の辞は始まったと思ったら終わり、ついでに即刻退学の辞を述べた、という事実だけが残った。


「……おやおや、今年の退学一番は2分! 12年前の一週間を大幅更新だねえ」

生徒にざわめきが走る。

マルグレット嬢の退出にあわせて理事長は壇に立ち、愉快そうに嗤う。


「いいかい、今のを見て判っただろう」

理事長は一拍置く。

「この帝政学園の女のルールは単純明快、『早い者勝ち』だよ!」


「お稽古事と花嫁修行に邁進いたします? もちろん本校ではそれを教える。でも先に言っておく、そんなものは時間の無駄だよ。

淑女の嗜み? そんなものは天賦の才と美貌と若さの前には無力! 蟷螂の斧より心許ないんだよ」

かつて帝国が誇る美姫、舞踏会の華と名高かった理事長は学園の存在意義自体を自己否定する。


「……でも、心に刻むんだね。

お稽古事を教えるのは、おまえらがイモだから!

野放図に育ったイモはこのまま放っておけば悪い虫どころか蛆が湧く。もっと放っておけば毒を持った芽が生えて、そうなったが最後、煮ても焼いても食えなくなる。

なんのことはない、舞踏会にまた一輪、頭でっかちの穀潰しの壁の花が咲くだけだ。

……だから賞味期限内に食べやすい形にカットされるためにここに送り込まれた!

……馬鹿は早いうちなら、時間をかければ9割方は治る。でも所詮いい女から順に退学する!」


理事長は卒業年度生をギロリと睨む。

「さて……この中でいったい何人、正門から堂々と退学できるかね?」

卒業年度の先輩女生徒は卒倒しそうな顔をしている。

毎年聞かされる、鬼そのものの言葉だ。


「この学園は、卒業したら恥なのさ。卒業ヅラという一生つきまとうあだ名までつく。聞いてるかい、そこの卒業年度生たち!」

卒業年度生がそろそろ何人か卒倒しはじめる。

「何をやっている! わざわざ気絶するなら男の前でやれ!」

女教師達が気絶した生徒を器用に手当てしながら罵る。

「留学生のマルグレット嬢には一番おいしいところを持って行かれたね……まんまとゲルマン民国に一杯食わされた。わきまえるんだよ」

男女で入学式の会場が離れている理由がよく分かった。


「おまえらのような自力で男を掴めない、貴族に生まれただけの無教養なイモの為にここはある」

理事長は自信満々に断言する。

「……あっちには育ちのいい獲物が囲ってある」

男子のヴァチカニア帝政学園入学式会場を示す。

「男子生徒は、本校設立の理念や実態を知らない。向こうが察するまでに、確実に仕留めてこい。質問は?」


「……わたしは、知識や教養を身につけたいのです!」

神聖教会の聖女候補という平民出身の新入生の一人が、震える脚を抑えながら声を挙げる。

「よく見ろ、これが算数を使いこなせない馬鹿者というやつだ。

……いいかい、勉強なぞ子を産んでから、やれ」

理事長は断言する。


「そんな! 貴重な若い時の勉強の時間が!」

「結婚して子供が産まれるまででも、いくらでも時間があるだろう……その間にも、やれ」

理事長にはまったく痛痒を与えることは出来ない。

「この男女平等の世の中で、女は子を生む機械だというのですか」

「貴族とも付き合いがある商家の出のくせに、平民を言いくるめる為の詐術に自分が引っかかってどうする。零点」

「わたくしたちは家畜だというのですか!」

別の女生徒が声をあげる。気が強い侯爵令嬢だ。


「今年も馬鹿が大豊作だね。家畜はあっち、何も知らない男子生徒だ。

そしておまえらはその餌だ! 具体的には一山いくらのイモだ! だが安心しろ、せいぜいいい男に食われる毒饅頭に加工してやる。

ほほえみ毒饅頭にしてやる!

損得抜きでは泣いたり怒ったり出来なくしてやる!」


「……理事長、お父様とお母様に言いつけてやる!」

「おやおや、候爵令嬢。誰よりもおまえを熱心にヴァチカニア帝政学園に入学させようとしたのは誰だい? お母様と姉様じゃなかったかね?」

「この実態を知れば、必ず動いてくださいますわ!」


「候爵令嬢、お母様と姉様はどっちも1年のうちに正門から堂々と中退した才媛だったね。彼女らはよく分かっていたもんさ、自分の立場を。ああ姉様は、即卒業して国立研究所勤務になったんだっけね。

アンタの姉様からは、特に菓子折り付きで頼まれてる」

理事長は大きく深く息を吸い込む。


「『本音と建前の区別もつかない、出来の悪い妹を叩き直してくださいなの』

ってね。ここはおまえらの母が金で買ったバーゲンセールの最前列、売られる愛玩動物のふりをした群狼の狩場だよ!

……本物の家畜は、今ごろ入学式が男女別でブーブー文句言ってる頃合いの御令息たちの方さ。

自分にぶら下がった値札が見えてない、自分たちが襲われ食われ蹂躙される立場だと、想像もしていない。

だが、それでいい……この国は、昔からとっくに女の支配下にあるんだよ」


ふ……ふふふ……よろしい。

ここが戦場だというのなら、そうなのでしょう。狼の狩場だというなら、そうありましょう。

ただこのわたくし、腐ったイモでだけはありませんの!

であるなら是非もなし、狼になりましょう。

そして最大の獲物、ヴァチカニア帝国のザンパーノ皇子の御心は、このわたくしが頂戴いたします。


舞踏会は女の戦場、鉄華場であるということは存分に理解しました。

お母様が常々言っていた『女は競ってこそ華、負けて落ちれば泥』とは、どうしようもないほどの正論だったのですね!

善悪の彼岸を超えた平民聖女ビアンキと、手段の是非を問わない悪役令嬢ジェルソミーナの運命は、今ここに交錯する!


……たしか、こんな感じの設定だったな。

まふゆは、バカ社長であるオヤジがムチャクチャ無理して作った乙女ゲーム『汚物は消毒しちゃうぞ!』を思い出す。

ヨーロッパの貴族社会のよく分からない部分をアジアのヤクザの資料で継ぎ接ぎした感じで、設定的にはアレの続きだ。

ローザとミーナと、神聖教会の聖女のはずが邪教徒ですらなくて邪神そのものだと自覚したビアンキの母校。

ザンパーノも皇子時代に通っていた。


しかし、2分で退学したゲルマン民国のマルグレットの伝手を借りるなんて、エニグマの総意は本気で言ってるのか?

仕方がないからゲルマンではマルグレットを頼る事をそのまま伝えたまふゆも、一抹の不安を感じずにはいられなかった。

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