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ギムナジウムの怪人

【怪人の視点】

外人の一人は激怒していた。

せっかく女だという見立てでニマニマと鑑賞していた少年が、男だとカミングアウトしてしまったのだ!

そんな事は、ある一定以上の濃度の外人たちの真雪まふゆファンは、みんな知っていた。


僕を怒らせた事を思い知らせてやる。上半身はそんな素振りは微塵も見せていない。ただ、下半身はそうはいかなかった。

明け透けなカミングアウトに、ものすごく良くできたモデルだと思っていた「普通の高校生」の3Dモデルは、カメラで取り込んだ自撮りだった。自撮り、セルフィー、すなわち現在の真雪まふゆは日本の少年だ。

そのモデルを、本当なら採用したかった技術デモだと言ったうえで

「悪いが今の俺はコレそっくりだ。だがむしろ探しやすいと思う」

と言い切り、母ちゃんのジェルソミーナもペコペコ頭を下げる。


幼少期、周りのみんなが普通にZ指定のゲームで街の不良になって糞ビッチさんを燃やしたりして遊んでる間、日本から輸入した家庭用のZ指定オープンワールドゲーム『歌舞伎町心中』で幼くしてヤクザの女親分……ローザ姐さんになった『毒蜘蛛のローザ』に恋をした。


第二次世界大戦後、ヤクザと進駐軍が跋扈する東京の暗黒街の支配階級の一角で、新宿のルーマニア人・人斬りジョンが父親と知り拷問の末に殺害した幼い暗黒貴族。

実の父を手にかけるのはやめろ、代わりに自分がやると言ったジェルソミーナはカッコ良かった。

それがローザのデビュー作だ。白装束のかむろ姿、おかっぱ頭は鮮烈だった。

イタリアから流れ着いた人殺しのファシストのアバズレ・ミーナは、義姉妹の証として『真紅の毒蛇』の通り名と大胆な地獄の業火を全面に描いた地獄太夫の振袖を贈られた。

姉妹の盃を交わしたミーナとの凄絶な斬り合いで絶命した時には、人形のような顔と生々しい幼女の怪演に胸がたぎった。


ヤクザになるしかなかったのではなく、生まれる前から既にヤクザになる事が約束されていた、その為に生まれてきた、生粋の姐御だった。

純白の着物が印象的だった。花嫁衣装かとも思ったがシンプル過ぎる。遺体に着せる死装束だった。

白い死装束に、つなぎ目のない父親の和彫の人皮で作ったスカジャン『華の散るらむ』を羽織り、夜の歌舞伎町を征く幼くも寄るべないアバズレたちの保護者。

後にも先にも銘を持つスカジャンは、地球上にこれだけだろう。

「ローザの水揚げ代は、仏様でしか払えないの」


その啖呵は、衝撃だった。

ローザをどうにかしたいなら、死体の山を築くしかないと言ってのけた。こんな女の子は、見たことがなかった。

初恋だった。


アニメも見た。

純粋に互いの血だけで汲んだ固めの姉妹の血盃が口もとを流れる様は、ルーマニアの串刺し公ヴラドと、本名不明のまま娘にむごたらしく殺された父親・人斬りジョンを彷彿とさせた。

血杯自体が人斬りジョンの頭蓋骨に漆を塗り、散る桜の螺鈿細工をあしらった漆髑髏の盃『散華』だ。

暗黒街の外ではその美しさを咲き乱れさせることができない、生まれついてのヤクザだと即座に分かる。

生まれた瞬間から救済の余地がない悪の華だった。


どん詰まりのゲットーで育った黒人のギャングがなんだ、内戦が終結して居場所を失ったユーゴスラビア人の元民兵がなんだ。

歌舞伎町の毒蜘蛛のローザはお前らの先祖が惨めな農奴だった頃にはすでに世界いち治安の悪い当時の日本を平定した悪の貴族・鎌倉武士だった。歴史が積み重ねた人殺しの血の濃さが違う。


すぐに日本語を勉強し始めた。数学専攻なのに、言語学まで。

ローザ姐さんに、真雪まふゆにラブレターを贈るために。

日本語を勉強中、ネットに一枚の写真が上がった。

どうしてもアニメでも採用したいのでひと目会いたいという監督の要望を社長は頑として断り続け、宅録の音声だけが送られる謎の声優だったらしい。

表舞台には一度も出た事がない。


ただ、一度だけまふゆとされる写真が流出したことがあった。純白のサマードレスに黒髪のおかっぱ頭、麦わら帽の車椅子の少女が居た。

ただ日本語でひとこと


「ごめんなさい」


とだけ書かれていた。世の中にはこんなにイメージ通りの声優がいるのか、と驚愕した。

「華の散るらむ」の意味も知った。完全に訳すのは難しいが、なぜ何も知らないまま騒々しく生き急ぐんだろう? というようなニュアンスの意味だ。

小学校を卒業したまふゆ、女子高生のまふゆ、大学に通うまふゆ、僕のお嫁さんになったまふゆ。


どんなに想像を膨らませても、その顔はいつもボンヤリと霞んでいた。だから、いつどんなまふゆの前に現れても恥ずかしくない立派な紳士になる為に努力した。

少年が少女に恋をするのは当たり前だ。

まふゆを調べるうちに浮上した、デビュー作のアニメ化初期に流出した写真が、女装した少年だという説は気になった。言っていたのが人相学を嗜む学者だったからだ。

気になって気になって、自分でも女装してみたほどだ。


……その結果、あのサマードレスの少女は少年だと確信した。その時にはもう、ユーラシア大陸の西の果てに住む少年の性癖を完全に歪めていた。

その時から撮ってある車椅子の少女、よく見れば顔のパーツは『普通の高校生』とよく似ていた。兄妹と言われても納得だ、同一人物と言われると、もっと納得だ。


全寮制のギムナジウムに進学し、夜になると女装して乱行の限りを尽くしても、その心に去来するまふゆの影は全く消えない。

『仏様でしか払えない』

と平然と言い切る究極のお高く止まったローザに、

『汚い陰間の夜鷹風情に、直視の許可は与えてないの』

と、野良犬の交尾を見たかのように美しい眉を顰められるところを何度も想像した。

流石のこのゲームのローザもそこまでは言わないが、ギムナジウムの怪人はそう言うと思っている。


それどころか、こうしてまふゆはいま『普通の高校生』として近影を現した。もうこれ以上は歪まないと高をくくっていたまふゆファンの性癖を、挨拶代わりのごとくまだまだ余裕で歪めにくる。


「例の車椅子の写真は当時のまふゆですが、小汚い高校生になって申し訳ありません。おちんちんの近くに膿が溜まってしばらく歩けなかったんです。小学校の遠足で山で立ちションしたのが原因なんです」

ミーナは言わなくてもいい弁解をした。

『あの、それよりサマードレスの原因を』

「え? ああ、ズボンはオムツが目立つので、私の子供の頃のお古を……スカートは股擦れがしないので」

「まふゆ本人の俺ですらそれは言わなかったってのに……」

「じゃあエニグマさん、息子を……まふゆをお願いします」

改めて、ジェルソミーナは頭を下げる。真紅の毒蛇ジェルソミーナはいつだってカッコいいのだ、そんなに世帯じみて欲しくはないとエニグマは個人的に思う。でもそれ以前に、普通の高校生を大事に思う母ちゃんだった。



ローザファンの中に潜む怪人は、エニグマの個人情報をひっそりと集める。

どうやら国立高専という高校と短大一貫の国立校らしい。ロボット開発が花形部活で、エニグマはゲームメカニクス研究会に在籍していてよくAI開発に動員される。


生徒たちの顔を見て、息を呑む。

この真ん中の浅黒めの男がエニグマだが、見てわかる。

周囲の同級生はほとんど全員童貞だ。

この芋臭さ、最高だ。食べきれないほど童貞が居る。

よく見れば、この浅黒いエニグマも童貞だ。外人は更に激怒した。もちろん下半身が。


おお、神よ! 地上に罪の楽園があるならば、もっと早く教えて欲しかった。

『普通の高校生』の本体を探すこと、それを大義名分に国立高専にギムナジウムからモンスターが襲来しようとしていた。

「イギリスの高専みたいなところから機械工学を学びに来ました!」

うん、日本語は完璧だ。



【エニグマ視点】

高専が近い以外には老人ばかりが住んでいる、坂道が多く一斉に古び始めた昭和のニュータウン。両親と妹はすでに引っ越し、エニグマだけは進学の都合で残っている。

お隣はお婆さんが住んでいたが、先の郵便局問題で治安まで悪くなったことを嫌がり、住宅を売って東京の息子の家近くにアパートを借りた。手土産に羊羹を持って、丁寧なお別れの挨拶を受けた。

一連の騒ぎで分譲を手がけたデベロッパーも管理会社も潰れ、外資が空き家をガンガン買い叩いて一斉に解体している。


そんな中、お隣に外人が引っ越してきたのは、わずか3日後。

ものすごい高身長イケメンの外人だった。

「暇だから、まふゆの本体を探しにきました! 名探偵の登場です」

変な奴が来た、エニグマは思った。

怪人ことイギリス北海油田の石油王の息子は、こうしてエニグマの隣家に住みついた。


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