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デウス・エクス・アンスロポス

「無茶な事をやるなぁ」

警察官として奉職して3年、短大卒業後巡査長になり、派出所でおむすびとサラダを食べながらラジオを流していた女性警官は、他人事のようにアメリカ大統領の緊急声明を聞いていた。

そう言えば郵便局に就職した友達もいたっけ。


午前中は木の上で動けなくなった仔猫を保護したのが取材されたから夕方のニュースに「御用だニャン」とかネットぐらいには載るかも、それ見たイケメンの彼氏が出来るかも、と思ってキメてきたのに、この事件のせいですべて水泡に帰した。

むくれつつ、おむすびを口に放り込んだ瞬間に、年に何回も鳴らない緊急連絡が来た。


「アメリカ大統領からペルソナ・ノングラータに指定された支店長と外交員が、その付近に居る! できたら逮捕しろ!」

「そんなの、機捜のゴリラ……県警の機動捜査隊が来るんじゃないですか?」

「完全武装のゴリラ軍団が到着するまでに、一番近いのがキミんとこのハコ(派出所)だ。なんとか無力化したまえ」

「なんで?! この派出所近辺はご老人ばかりで何もなさすぎて、女性警官しかおりませんが?!」

「法務大臣と総理大臣の署名入りで、射殺命令が出てるからだよキミ」

「ええー……当職が、でありますか?」

「逮捕のほうが射殺よりマシだろ。カイシャは国営の殺し屋じゃないんだ」

軽自動車のミニパトに乗り込み、一応銃を構えてエニグマ邸にひっそりと歩み寄る。


エニグマはクリライを続けながら、おじさんそろそろ落ち着いたかなあ……と思っていたら、画面の中で戦闘中の普通の高校生が慌て始めた。

『やべえ! 支店長が倒れたオッサンを締め殺そうとしてんぞ!』


まふゆの声にエニグマは慌てて部屋から飛び出すと、支店長が玄関先でスリコギとタオルを首に巻き付け、スリコギをねじって締め上げている。

「おじさん、人んちの玄関で何してんですか! そこ止血しても頭の出血止まりませんよ!」

「ああ、ごめんね坊や。外でやるよ」


支店長のおじさんは、驚異的な筋力で自分よりはるかに大きい外交員の人を家から引き摺り出す。

同時にパンパン、と乾いた爆竹のような音が響く。

拳銃の威嚇射撃の音だった。支店長は銃口を向けられている間に手錠をかけられ、大柄な外交員の方はイビキをかいて、起きる気配がない。

婦人警官は支店長をミニパトに載せ、いびきをかいてる外交員を後続で到着した署の刑事に引き渡した。


『とりあえず、何とかなった……』

「ありがとう、まふゆさん。コレからどうなるかは分からないけど」

『もうちょっとマシな奴が来るようになるだろ』

支店長と外交員は、こうして娑婆から消えた。


その後も続々と新しい支店長が送り込まれて来たが、その都度都度警察に捕まる。

エニグマの通帳の額面を見て、定期預金をお願いすることの何がいけないのかと新任の支店長が言い放った日には取り付け騒ぎまで起こった。

「タチの悪い金融機関の一つや二つ、潰して何がいけないのかね?」

社長は録画提示とともに、そう言い返された。

いい加減邪魔だから、本当に潰すよ?


かくして配信の邪魔だという理由で、元国営だった金融機関はハゲタカの餌食になった。

日本政府はそれでもなお、国の威信を賭けた日銀砲で辛くも撃退には成功した。


超円単位の金が瞬時に飛び散り、ハゲタカが大量に死んだ(物理的に)。金融機関のトップもまた大量に死んだ(物理的に)凄まじい戦いだった。

ほぼカネが飛び散る戦争のような、甚大な犠牲が出た。

もちろん金融機関もタダでは済まない。企業体質再建の名の下に、日本銀行の傘下に組み込まれる。

欲をかいた外交員は、全てが終わったあとで刑務所で自分のしでかした事の顛末を戦慄をもって振り返る。1ヶ月近くも昏睡は続き、その間に財産はすべて没収され、家族はすべて離散。ただ莫大な借金だけが残った。あの通帳は、決して関わってはならないものだったのだ。


さて、危うく課金用口座を凍結寸前になっていたクリムゾンライジング投げ銭通帳に、これ以上ハエみたいな連中が湧くのが興醒めだ。

エニグマは金持ち専用の投資信託を勧められる。

それと同時に「まふゆファンド」と「ローザ企業基金」と「投信普通の高校生」が設立される。

外人の金持ちのファンクラブは恐ろしすぎる、普通の高校生は思ったのだった。


いっぽう日本のローザファンクラブは、うらぶれた中年の敗者がメインなので、一歩も二歩も大幅に出遅れていると痛感する。

日本の国体を揺るがす大事件の舞台の裏側を見ているのが、自分たち中年の敗者しか居ないからだ。俺たちにも、こんな外人たちみたいな力があれば!


渇望の種は中年敗者の中に、確実に芽生えた。日本近代史に載ってた死のう団、血盟団、2・26事件の青年将校なんかが分かりやすい例と言えるだろう。

この種に取り憑かれた者は、絶対にマトモな死に方はできない。むしろ地面の上で死ねれば上等だ。

古くなった龍の卵たちは、地面に叩きつけられてようやく殻を割れた。おそらく大半はすぐに死ぬだろう。

でも、解らされてしまったんだから、しょうがないのだ。

「むしろ俺たちも再獲得したのだ、人間の神『デウス・エクス・アンスロポス』を」


……こっちはこっちで大ゴトになっていたのか、エニグマにはむしろ本当に厄介だったのはまふゆ側だったかもしれない。そう感じ始めていた。

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