詐欺師と金持ち
「なんで同じゲームの中にアップグレード版が入ってるんだ」
大筋は同じシミュレーションRPGだが、片やボイスコマンドで片や選択肢。普通に会話できるし、ローザのモノマネまでやってくれる。モノマネどころか本人だけど。
細部も若干違い、いかに弱い普通の高校生を鍛えるかが肝になる。
ああだこうだと投げ銭付きアドバイスが飛び交い、重課金の雨がエニグマの通帳に振り込まれるなか、やたらと玄関先のチャイムが鳴る。
エニグマの家の金融機関の担当だった。
「急に小額決済が続々と振り込まれるようになったので、心配になって来させてもらいました」
だから、エニグマの家に来た。という事らしい。
「絶対怪しい、詐欺だ」
まふゆのファンたちの雑音が騒がしかったが、
「絶対に、スマートフォンの背面を玄関に向けて固定してください」
「画面内と録音範囲に誘導してください」
という外国人のスパチャが届いた。
『補足範囲の中では、オッサンには聞こえない音を鳴らすの』
聞こえる範囲に誘導してこい、ということだ。
エニグマは百均で投げ売りされてた自撮り棒でスマホを固定し、背面を玄関に向ける。
そんな事をしなくても、この家のセキュリティシステムはすでに『普通の高校生』の支配下にある。あくまでも警戒のためだ。
男はエニグマに畳み掛けるように、エニグマの口座への投げ銭を問題視し、マネーロンダリングや振込み詐欺など、ありとあらゆるデタラメを並べ立てている。
定期預金にすれば、預貯金は守られるとという嘘までつく。
定期預金したら見逃す……お客様をお守りしますとエニグマに力説する。
確定だ、今の余計なひとことで、全世界の暇な金持ちからローザを脅してると思われ、宣戦布告となった。
『よろしい、ならば戦闘の開幕なの』
「死んでどうぞ」
「ヒャッハー! と言うのが日本の関東のしきたりです」
外人のローザファンクラブ会員の誰かが呟く。
「エニグマがんばれよ!」
「ちょっと定期解約してくる」
『すみませんすみません、まふゆがケンカっぱやくてすみません』
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
ヒャッハーの嵐の中、絶対に謝らないキャラクターランキングで上位に入るジェルソミーナの中の人は、意外にも息子に代わって謝りまくる普通の人だった。
『勝利をエニグマの為に!』
『プラネットバスター45000』では、真雪まふゆは桁外れに強い昆虫型外宇宙生命体の最上位支配者をやっていた。それが、宇宙海兵隊の汎用兵種・ザンパーノ型のセリフを引用しているだけでも好事家にはたまらないご褒美だ。
それが引き金となり、瞬時に金融機関の株価が即座にストップ安『以下』に落ちる。
時価総額の数倍の売り浴びせを同時に喰らい、株は瞬時に崩壊した。
あまりにも突然だったせいで、株価の異常下落を防ぐサーキットブレーカーが全く間に合わずに、元国営金融機関なのに次の瞬間にはジャンク債と化した。
元日本の国営機関ですら、一介の営業マンの悪事のせいでいきなり潰れそうになっている。
数分後、突然アメリカの大統領がTVに出てきて、元日本国営企業の悪事に断固たる制裁措置を検討してると告げた。
名前と写真を丸出しで公開されて、凶悪テロリストでも滅多なことでは指名されないアメリカ大統領直々にペルソナ・ノングラータ……『好ましからざる人物』に指名された。
日本政府にすら猶予はおろか通告すらナシで、TVの緊急報道を見た総理大臣が昼に食べてたソバを吹き出した程だ。
アメリカはいま夜10時頃のはずだと知っている。
それでも遺憾の意と人道に対する激しい憤りと、断固たる制裁処置を表明した。具体的には当該社員全員のアメリカ追放と日本への即座の強制送還だ。
北朝鮮ですら「ゴロツキ国家日本でも最低の人間のクズ」と報道されている。
中国も、全世界を脅して回る戦狼外交を発揮する手段としてすら使えないと判断、手に入れるまでもなく切り捨てた。
デメリット以外に目ぼしいものは、日本国民の貯金が少々と日本の流通の権益だけだ。流通の権益は大きいが、全世界を敵に回すペルソナ・ノングラータを掴むのは余りにも危なすぎる。
メキシコの麻薬カルテルも、700万ドルの賞金首に指定した、と報道されている。あまりにも急に全世界の悪の象徴になった世界の敵当人は全く気付かず、いまだにエニグマを騙そうと出鱈目を並べ立ててジワジワと脅している。
残念ながら、携帯はマナーモードになっていた。だから、どれだけ電話しようが外交員には全く届かなかった。
連座でアメリカのペルソナ・ノングラータに名指しされた支店長が顔面蒼白になりながら、エニグマ宅の扉をガンガン叩く。GPS情報は切れないようになっているからだ。
玄関を叩く音があまりにもしつこいために、エニグマを解放して玄関を開けさせる。
あなたを逮捕しにきたのかもしれませんよ、と言うのも忘れずに。
エニグマが玄関を開けるなり開けるなり、幽鬼の形相の支店長は今までの祖先の誰もがしたことが無いほどの絶対的な土下座を決める。
「このたびは、申し訳ありませんでしたああああうアアアッ! 命ばかりは、命ばかりはお助けください!」
「え? いま僕が逮捕されるかもって行員さんと話をしてたんですが……定期預金にしたら助けてくれるんですよね?!」
「支店長、落ち着いてください。もうちょっとで大口の定期預金でお客様をお助けできるんですから」
「うっせえんじゃこの人間のクズ! なんだか分からんが今すぐ死んでお詫びしろ! そもそも支給品のスマホをマナーモードにしてやがったな貴様、そのせいで私がどれほど全力でここに来る羽目になったか……。
そうだ、とりあえずはそれがお前が死んでお詫びする理由だ!」
錯乱状態にある支店長をなだめようと、外回りの営業は支店長に近付く。支店長は、全力で上背のある営業マンの髪を掴み、躊躇なく全力で脳天を地面に叩きつける。
さすがに柔道出身者でも、本気で人を殺す覚悟をした人間には対応できない。
外交員は一撃で意識を失った。
「あ、アワワワワ……ってあれ? 郵便局のおじさん?」
極度の興奮と恐慌状態にある支店長は、今の声でほんの少しだけ理性を取り戻した。
そういえば、毎年お正月のお年玉を預けにくる子をボンヤリと思い出した。なんでこんなこんな子をハメようとしてたのか?
支店長は全力で考え、せめて自分は、せめて自分だけは死ななくて済む可能性があるかもしれないと一本だけ輝く活路を見出した。
「……ああ、ぼうや……おじさんは、この世界の敵からぼうやを助けるために、ここに来たんだ」
「なんだか分からないけど、ありがとうおじさん!」
「立派になったぼうやのために、名刺を渡させてください。私は支店長になりました。今後ともよろしくお願いしますね!」
皇帝への献上品のように、うやうやしく名刺を渡す。エニグマは恐縮しながら、名刺を受け取った。
「差し当たって、僕はどうすればいいんですか?」
「そうですね……あいにく持ち合わせがないので、少々お借りしてもいいですか?」
「え?僕も五千円ぐらいしか持ってないです。足りませんか?」
思えばこんなに素直ないい子を、なんだか分からんが、なんだか分からん方法で騙そうとしてる。許せない、絶対に許してはいけないんじゃないか?
やはり死刑だ、これは正しいことをしているんだと支店長は意思を改竄する。
メキシコのカルテルがコイツの首に退職金の20倍ぐらいの賞金も掛けてるし、会社本体がアメリカ大統領に緊急に制裁されるほどの想像もできない悪事を働いてた。世界の正義の為に悪を正すのだ。
「いえ小銭ではなく、ちょっと台所をお借りできますか?」
有り金の現金五千円を小銭と言われたのはちょっと心外でカチンと来たが、思えば郵便局長のおじさんはものすごい汗をかいている。
そこまで急いだんだから、喉も乾いてるに違いない。エニグマは頓珍漢に事情を察した。
「あとでまとめて洗いますんで、台所用品はご自由に使っちゃってくださいね。僕は部屋にいますんで、落ち着いたらどうぞ」
「……ありがとう、お借りします」
ヤバいどうしよう……みんなから貰ったお金を返すべきなんだろうな、と思いながら部屋に戻る。支店長さんは偉いから、きっと上手く話をまとめてくれるに違い。
……というところまで想定しながら、ローザファンクラブにも相談するだろうと、ローザファンクラブは読み切っていた。悪人の考えそうなことならなんでもお見通し、それが恐るべき金持ち集団・ローザファンクラブの本質だった。
普通の高校生の皮を被ったローザ=真雪まふゆとエニグマは、互いに情報を交換する。
まふゆは、とりあえずは投げ銭のシステムがダウンしたことと、おじさんたちの言ってた心配は杞憂に終わる事を伝えた。
元国営金融機関本体が大変な事になってるので、おそらくウヤムヤになるから大丈夫だ、と添えて。
エニグマからは、支店長のおじさんはそれを外回りの人に知らせに来て、外交員の頭を地面に叩きつけたと告げる。
『とりあえず、エニグマを助けようか』
普通の高校生は、出会って間もないエニグマを助けるためにテストモードを含めたスマホの全機能を使っている。
『息子が当面お世話になるお詫びのお手紙を送らなきゃ。お葬式の中止もお知らせしないと』
ジェルソミーナは母ちゃん丸出しで、困る旨を告げる。
スマホのマイクで集音した会話を流して、メッセージは文章に交換する。どういうわけか、普通の高校生の考えた文章はノータイムで文章化される。
背面カメラも含めて、意識せずにスマホの全機能を掌握していることに気付いた。
……あ、なるほど。これはさすがにバカ社長のバカ息子でも気付きもするわ。
コレは気を抜くと80文字で全人類を存亡の瀬戸際に追い込んでしまうバカ社長でも、作ってる間に正気に戻りもするわ。
スマホの機能を完全に支配下に置く人工知能を、ゲームの中に実装してた。つまり、
「邪悪な自己同一性を獲得すると、完全にアウトな代物」
を実装レベルで作っていた。そういうことだ。
しかも、そんな邪悪なAIにもなり得る種を、自分なりのサービス精神だけで盛り込んでいると気付いたんだ。
それに何らかの方法でアプローチして、近付いてきて監視していたのが、コイツら『狂った大金持ちの集団の、ローザファンクラブ』だったという事か!
エニグマという、良い子の手の中で芽生えたのは、偶然にしろ結果的に大勝利だったと言える。エニグマと情報を共有しまとめる間に、回答にたどり着けて助かった。
『……もしかしてペルソナ・ノングラータって、本当は俺のオヤジみたいなヤツのことじゃね?』
「誤解だよハニー」
「ビックリするくらい賢いね」
「僕たちの負けです、ましろ。いや普通の高校生」
『ぷーんだ、とりあえずエニグマを助けるつもりなら、そういうコトにしておいてあげるの!』