金の豪雨に途方に暮れる
エニグマは音声でクリライを操作する。
隠し機能だった音声操作に切り替えられるのは、普通の高校生ユーザーだけが遊べるクリライのアドミニストレータ(管理者)モードだけだ。
クリムゾンライジングの真のゲーム画面は、皆がプレイしているものとは完全に別物だった『普通の高校生』以外の『サイバーニンジャ』でのプレイ動画を見てみる。
かなり平凡なドット絵だ。普通の高校生は、そこに3Dモデルとピクセルアートの職人芸が光る。アドミニストレータモードは、普通に見積もって2世代ぐらいは余裕で先行している。
神聖ヴァチカニア帝国の国境に稀人……異世界転生者として現れ、ゴブリンに襲われるところから始まる。ものすごく滑らかに『普通の高校生』が動き、喋る。
高校生がピンチになると、その母ちゃんが声優をやってる元宇宙海兵隊の悪役令嬢のジェルソミーナに、普通の高校生と昆虫型エイリアンの兼ね役のローザ、ミーナのライバルのタコ型エイリアンのビアンキに、改造されたゴブリン剣士のラナン、仕込み杖のダークエルフのレイヴンの一行に拾われる。
独立紅蓮悪役令嬢を名乗る冒険者の一団だ。
乙女ゲーム
「汚物は消毒しちゃうぞ!」
の後日談にもなっていて、さらにその前のバトルロイヤルサバイバルシューター
「プラネットバスター45000」
からも因縁がつづいている。
「汚物は消毒しちゃうぞ!」は、全世界の女性プレイヤーを騙してプラネットバスターの方に誘導しようという努力と根性で作られている。
書籍化もアニメ化もしたが、キービジュアルが血まみれのドクロの鉄鎚で、何をもって乙女ゲーと主張してるのかが全く分からない。
キャラクターの絵だけが乙女ゲーで、間違って読んだ女性ファンが増えることはなかった。やっぱり中年のオッサンが激賞するという昭和臭が消えない。
さてこの普通の高校生、誰が見てもリアルタイムで音声を合成している。
サイバーニンジャの助太刀イベントは、古き良きドット絵のキャラクターになっている。
大抵のキャラクターは単独で独立紅蓮悪役令嬢を助けるが、『普通の高校生』はゴブリンにボコられるところを助けられる。
ただ、普通の高校生は他のどのキャラクターよりも弱いが、クラスチェンジの回数が1回多い。つまり普通の高校生は戦闘職じゃない平民扱いだから何にでもなれるし、クラスチェンジ時に限界まで粘ると最強になる。そう、ガチャならね。
結論。どう見ても普通の高校生のほうが先進的だ。最初は弱いけど。
「これ見てる奴、誰かジェルソミーナに伝えてくれ! 俺は生きてると。証拠はこの俺『普通の高校生』だって」
すぐに限度額最高のスーパーチャットでジェルソミーナに伝わる。
『お願いです、お金を使ってまで苦しめないでください』
ジェルソミーナは弱々しく嘆き悲しむ。
「現実を見るのジェルソミーナ! ミーナの姉様がリアルタイムで応答している意味を考えるの!」
パソコンからスマホに給電しつつ、滑らかな発音でリアルタイム音声を生成している。恐ろしい技術だ。
「いつか俺が、ミーナをやれなくなった時のためにオヤジが作りかけてたシステムだよ」
ロシアのダークウェブ情報は本当だった。事実上封印された謎のシステムがあるというのは本当の本当だった。
『本当に? 本当に「普通の高校生」なの? 信じていいの?』
「だったら信じてくれるまで情報公開を続けまーす。俺の好物がトンカツなのは皆さんご存知かもしれません……が! 母ちゃんの好物は、自作のハンバーグ」
『……それだけでは、まだ信じられない』
「あ、さいですか。んじゃガチ情報言うけん。
ハンバーグの時だけは、母ちゃんは自分のが一番デカい。
あと、俺は隙あらばトンカツばっかり食うから、いつか大デブになるかもと悩んでる。
まあ言うても、俺はまだ17だから基礎代謝が1日4000キロカロリー超えで母ちゃんの倍以上余裕で食うし、生きとるだけで燃費が悪いと反論してる。
あと、まだ微妙な方言のイントネーション再現は、オヤジのシステムでも実はまだムリ。そこは俺が開発引き継いで作るはずだった、んやけど……」
『ちょっ待っ……』
「俺がなかなか引き継げん原因は、ミーナのVtuber配信の裏方やってるし、あのオヤジが隙あらば色んなゲームにローザもコラボしてきやがるから。ぶっちゃけ声優が忙しいねん。
美少女声優だと思ってた? 残念、バカ社長のバカ息子の『普通の高校生』でした!」
合いの手のように、ビックリするくらいの金額が投げ銭される。
「おっと、皆さんお大尽ですな! ありがとうございます……ったくローザとミーナは実質無料だと思って躊躇なくコラボでコキ使ってきやがって。絶対近日中に日本一のハンバーグとかトンカツを財布の底が抜けるほど食ってやるけん覚悟しとけよオヤジ……なの」
『わ、分かったからやめて! ヨ……』
「おっと残念本名公開処刑は勘弁。おいエニグマ」
「は……はひ? 何でしょうか?」
「ああ、アカン。
緊張してむしろエニグマ本人のほうが合成音声みたいになっとるわ。戦闘終わって見て改めて名前聞かれてるけど、ネームエントリーやけん、ええ感じの名前つけてくれや」
「もう『普通の高校生』でいいっす……」
「なんでやねん! ……と、エセ大阪弁っぽくツッコんでみたけどどうよ?」
「さすがっす、ローザさん」
「真雪まふゆって芸名も一応あるんだけど、なんで下手に出てんのエニグマ? ……もしかして歳か?」
「サーセン、自分たぶん一個下なんで、ローザ……まふゆさん」
「あんま気にすんなよ、学年はタメだから」
『ちょっ……ちょっと待った! その声でまたお友達の性癖歪めようとするんじゃありません!』
高額スパチャに外国語が混じり始める。スパチャには外国語には字幕機能が付くというえげつない課金システムだ。
「大変面白いです」
「英語版での展開を希望します」
「これは祝儀です」
「牛何頭で結婚してもらえますか?」
「我が国では同性愛は死刑ですが、少年は別なので結婚してください」
「私は男ですが、私が持ってる少年だけの島に来ませんか?」
「エニグマが憎いです」
「……よし、平常運転に戻った。みんなありがとうなの!」
ローザはこんな変態丸出しの視線をまったく気にせず、にこやかに手を振っている。モデルは『普通の高校生』だが、声と挙動は完全にローザだった。
よく見れば、『普通の高校生』の3Dモデル自体も、ビックリするほど整った顔立ちだった。最初は乙女ゲームからの流用かと思った。
普通の高校生のモデルデータは顔は女性誌に出てくるモデルみたいにかなり整ってはいるものの、首から下はいかにも貧相なモヤシだ。
それは仮素材で取り込んだ普通のスマホの写真から出てきたやつを自動で加工した技術デモだかららしい。
開発途中で放棄したからそのまま残った、ということだ。
それでこんな美少年って、どこが普通の高校生だと思わなくもない。
変態も湧くというものか。
正直メチャクチャ怖い世界だ。金持ちは怖い。
「俺は絶対悪くない。普通に考えてぜんぶ社会が悪い」
『ハア、当座の迷惑料として今からエニグマさんにスーパーチャットで5万円お支払いします。ウチのバカ息子が本当にすいません……』
「やったぜ母ちゃんに認めさせた!」
『バカ言ってんじゃないの! いま警察の方が来て、「息子さんの遺体と思われたものは、種類は不明ですが霊長類の肉と骨で作られた偽装遺体で、人間じゃありません。制服と生徒手帳は本物でした」って言ってくれたからよ!』
「ローザ、素っ裸かもしれないの……」
『ローザいえまふゆ……これは冗談では済みません』
「まふゆさん、俺のチャンネルで他人の性癖ぶっ壊すテロ活動はやめてくれよ、頼むから」
「うえーい、分かったよ。全身の感覚が無くてぶっちゃけイラついてたんだわ、マジでスマンゴ!」
呆れたジェルソミーナから詫びスパチャ5万円が投げ銭されて支払われる。見たことがない勢いで、世界中の金持ちの変態の暇人たちから一発5万円のスパチャがガンガン投げ銭されてくる。
ローザガチ勢の怖さを思う存分、分からさせられた。
「やったぜ、ありがとうなの! ……エニグマの通帳パンクするんじゃね?」
「あ、アババババ……」
次に通帳開くのが怖い。
【重要】
本作は真雪まふゆを通じて投稿小説『独立紅蓮悪役令嬢 ヴィラネス・レッド・カンパニー』とも繋がっています。
スマートフォンの中で何が起こっているかは、そちらでご確認いただけます。
投稿58「クリムゾンライジング」部分からでもお気軽にお読みください。
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