要治癒術士の依頼
治癒術士は、怪我や病気の治療、解毒などができる。
つまりユーネが活躍する仕事はいつも、なにかの事件が起こった後なのだ。
「こっちです! こっち!」
依頼人は日焼けした浅黒い肌の少年だった。たぶん歳はユーネよりも若くて、十三か十二くらいだろうか。
漁業ギルドなんてものがあるのなら、きっと入りたての新人。顔つきはまだ幼くて、動きやすい服装から伸びる手足は細くって、声もまだ太くなってない。いかにもまだ未熟な船乗りって感じだ。
僕たち三人は彼に案内されて、漁船が座礁した南西の海岸へと向かっていた。
「……こういう仕事って、教会がやるんじゃないの?」
足早に急ぐ依頼人の少年を追いながら、リルエッタがぼやく。先頭の彼には聞こえないくらいの声量。
ぼやきたくなるのは、僕にもちょっと分かった。緊急なのは分かっている。怪我人がいるのも分かっている。あの時、ユーネしか治癒術士が店にいなかったのも分かっている。
けれど安全そうな依頼を選んでいた僕らが、魔物の群が出た場所へ向かっているのは……やっぱり納得がいかない。
「神殿は橋向こうですから、緊急なら冒険者の店の方が近いんですよぅ。……それに、町の外へ行ける治癒術士は少なくて」
そのユーネの言葉は、なんだか実感がこもっていた。
ヒリエンカの教会は町の東側にあるらしい。それなら、西側で起こった事件であれば冒険者の店の方が近い場合が多いだろう。そして治癒術士の技能では治療しかできないから、今回のような場所に出られないのもしかたがない。
もしかしたらだけど……ユーネも教会関係者として、町の外に出ない治癒術士を経験しているのではないか。治療を頼まれても、危険な場所だから行けなかった―――そんな経験をしたことがあったのではないか。
治癒術士は少なく、冒険者の治癒術士はもっと少ない。
冒険者になった治癒術士には、そして治癒術士がいるパーティには、こういう仕事が回ってくるのだ。
「あれです!」
街道から離れ、岩場の海岸を横目に少し進むと、ほどなく座礁した船が視界に入った。
波で削れてできた大きな岩影に隠れるよう、ちょうど街道からは見えない場所で動けなくなっているその船は……細長い船体の半分弱くらいが、岩場に高く乗り上げてしまっている。けれどそのおかげで、船底に酷い穴が空いていても沈まずに済んでいるようだ。
「まだ怪我人が乗ってます―――けどぉ……」
船の上に要救助の二人を発見して、ユーネの声に焦りが宿る。その理由は僕にも分かった。
魔物の群が船を取り囲んでいる。
「青い体色のヒト型に魚の頭。サハギンよ!」
一目で正体を見破ったリルエッタが、その名を伝えてくれる。
彼女の言うとおり、そいつらはテラテラと光る青い色をしていた。それが光を反射する濡れた鱗だということは、すぐに分かった。
近づくにつれてその姿形がハッキリとしてくる。ヒト型ではあるけれど、あまりに異様。ひどい猫背から生えた尖った背びれがたてがみのように天へ向けられ、肩の部分がせり上がるようにして感情の見えない魚の頭部がついている。そして手には武器として十分使えそうな、先が三つ叉に分かれた銛。
ゾっとする。あれならゴブリンの醜悪な顔の方がまだ恐くない。ヒト型のくせに明らかに自分たちとは違う、暗くて怖ろしい海のイキモノだ。どこを見ているかも分からない魚の目からは感情なんて読みとれず、ただ殺意しか伝わらない。
あれは、ただ本能で人を殺しにくる。―――そんな確信だけがあった。
そんな不気味な魔物が、陸に五匹。そして海中にはさらに十匹近い数がいて、漁船を取り囲んでいるのだ。
「まずいわ。完全に包囲されてる」
リルエッタの声も焦っていた。さっきまでぼやいてたのが嘘に思えるくらい、真剣な目で状況を見据えている。
彼女だってこの依頼を請けること自体に反対したかったわけではない。ちゃんと緊急性も重要性も理解して請けて来ている。
ただこの仕事は、ぼやきたくなるくらい僕ら向きじゃない。
「あれは、ユーネたちじゃ倒しきれませんよぅ……」
海面から顔の半分だけを出しているサハギンの群を見て、ユーネが絶望の声を出す。
たしかに多い。あの数を僕が相手にしようと思っても、たぶん魔術の時間稼ぎもできず一斉に銛で突かれて死ぬだけだろう。
「みんな、こっち!」
最悪の未来が簡単に予想できて、僕は大きな岩の影に身を隠す。リルエッタとユーネはもちろん、依頼人の少年ですらなにも言わず従ってくれた。全員でまずは隠れる。
いきなり突っ込むことはできない。それは素人の目にすら明らかだ。
だから、まずは作戦を立てなければならない。
「なんであんな状況になったか聞かせてくれる?」
僕は依頼人の浅黒い少年に説明を求める。
まだサハギンたちはこちらに気づいていない。船員の二人も無事そうだ。依頼人が店まで往復するくらいの時間があっても、サハギンの群はまだ船を囲んでいるだけ。
現状を把握するくらいの時間はある……はずだ。
「サハギンの群に漁の網を引っ張られたんです。それで、網は捨てたんだけど追いかけられて、逃げようとして操船を間違って岩場に乗り上げて……。その時の衝撃で船長は足を挫いて、もう一人は頭を強く打って気絶して……」
僕よりも年上だろう彼は動転しているのか、それとも普段からそんなしゃべり方なのか、僕に対しても敬語でそう話した。ちょっと居心地が悪かったけれどそこを指摘している暇はないので、気にしないことにして岩陰から船を見る。
細長い帆船。船は町に来て始めて見たから全然分からないけれど、三人で乗るだけなら十分すぎる大きさだ。漁船って言っていたから、漁の道具や獲った魚を積むために大きめなのだろう。
その船の上に、二人の中年の男がいた。立派な髭を蓄えた一人は足をかばいながらも手槍でサハギンたちを牽制していて、もう一人の禿頭の男は頭を手でおさえてぐったりしている。
怪我をした二人が動けないから、無事だった少年が冒険者の店まで走ったってことか。
まずい。あんな大きな大人の人たちは、抱えたりできない。
「……吃水の深い船だったのが良かったのね。岩場へ派手に乗り上げたおかげで、甲板が地面からかなり高くなってる。それに船縁にサハギン返しもあるから、サハギンたちは囲むだけで手が出せないのよ」
きっすい、という言葉は知らなかったけれど、なんとなく船の普段は水の下に隠れてる部分だと分かった。
かなり勢いよく突っ込んだのだろう。細長い船は半分弱が岩場に乗り上げていて、大岩に寄りかかり止まっている。その乗り上げた分通常より甲板が高くなってるのが不幸中の幸いで、船体を這い登らないと乗り込めないけど、船縁が出っ張るように板を打ち付けてあって登れないのだ。
サハギン返し。そんな名前が付くくらい、サハギンが船を襲う事件は多いのかもしれない。
「でも、あの船が寄りかかってる岩からなら乗り込めそうですよぅ……」
ユーネが指さす大岩はたしかに十分な高さがあって、実際に陸上に出ているサハギンの一匹が手をかけていた。……が、一向に登る気配はない。
「サハギンは海中では素早いけれど、陸上での動きは遅いわ。それに体表が乾くと水に戻る習性があるから、長く陸にはいられないのよ。遅い動きであの岩を登っても、跳び移るころには限界がきてしまうのではないかしら」
リルエッタの予想を裏付けるように、サハギンの一匹が岩場から身を落とすように海中へと潜った。すると代わりに、海から別の一匹が上がってくる。
交代制で、船から逃がさないようにしている……?
「乗り込めないんだったら、このまま諦めたりしないかな?」
「ダメですよー! 足を挫いただけの船長さんはともかく、頭を打った人は早く治療しないとぉ」
「サハギンは攻撃的でしつこいわ」
いつもはフワフワおっとりしているユーネが必死に訴えてきて、リルエッタが知識で僕の期待を否定する。
たしかに怪我人は心配だし、サハギンは諦めるどころかいつまでもこのままでいる保証もない。時間をかけるのはダメだ。
じゃあ、どうする。……―――どうする。




