ニグとヒルティース
ズルい、という言葉は二度目だ。ただし今回は、前とは違って聞こえた。
もっと本気で、もっと切実な響き。焦りすら感じられた。
「パーティに術士がいることが?」
自然にそうだと思った。
ニグとヒルティースはリルエッタをパーティに誘っていた。たぶん一緒にユーネも誘うつもりだったのだろう。
術士がいれば、できる仕事の幅はすごく広がる。それは冒険者としてかなり有利であることくらい、僕はもう分かっていた。
「べつに、それはいいんだよ」
けれど不機嫌そうな顔で否定されて、えっ、てなる。絶対にそれだと思ったのに。
「いくら魔術が使えたとしても、あの二人は見るからに初心者だろ。どうせ戦闘に関しちゃお前よりも素人だ。いざって時には足手まといにしかならねぇ」
それに関しては……僕も違うとは言えなかった。
僕らまだ、戦闘は一回しか経験していない。だから戦いについては、あのゴブリン戦しか参考にならないからだ。
ゴメン二人とも。あれは零点。
「でも、ニグたちはリルエッタをパーティに誘ったんだよね?」
「まあな」
ニグは頷いたが、頷いただけだった。それ以上なにも言わない。
足手まといになるのになんで誘ったのか説明してくれないかと待ったけれど、ぜんぜんそんな様子はない。ただ、不機嫌そうな顔でウェインとヒルティースの訓練を眺めている。
……むぅ、と考える。なぜニグたちは足手まといのリルエッタを誘ったのだろう。
ニグとヒルティースは戦士だから、やはり戦闘がメインの依頼を請けているのだろう。むしろそれしか請けていないのではないか。
彼らのように請ける仕事の種類が決まってる場合、仕事の幅が増えたとしても関係ない。だから術士であることそのものより、戦闘の練度の方が重要なのだ。
ということは、誘ったのは戦闘以外の理由か。
ユーネは治癒術士だから、戦闘後の治療が期待できるだけで二人にとってはありがたいはずだ。リルエッタの魔術は昨日と今日の依頼ですごく役に立ってくれるってもう分かっている―――
いや、違う。
僕はさっき、パーティに術士がいるから? と聞いた。それに対してニグは否定したのだ。ならリルエッタとユーネが術士であることは関係ない。
むぅ、よけいに分からなくなってしまった。じゃあなんで二人はリルエッタを誘い、なぜ僕をズルいなんて言うのか……?
「あ」
分かった。
分かったと同時に、ちょっとムッとした。そんな理由でズルいなんて言われる筋合いはない。勝手に誤解されている。
ニグとヒルティースの誘いをリルエッタが断ったのは、あんなに怒鳴り散らしていたのは、二人がマグナーンを利用しようとしていたからだ。
「言っておくけれど僕、マグナーンからいい装備とかもらってないし、依頼だって壁に貼られてたやつしか請けてないからね?」
「んなことは分かってんだよ馬小屋暮らし!」
ニグはさらに不機嫌になってしまった。……あれ? おかしいな。
えー……? なんだろ。他になにがあるだろうか。もう心当たりが全くないんだけど。
「お前には分からねーよ」
そんなふうに言われて、また馬鹿にされた気になった。
僕には分からない。そっちから言ってきたくせに、そんな言い方があるか。
「じゃあ教えてよ」
「嫌だよ。教えてやらねー」
「ならズルいなんて最初から言わないでよ。卑怯でしょ、それ」
「ぐぬ……」
文句があるのはいい。僕がなにか気に障ったのなら、それは謝ってもいい。
けど理由も教えてくれないのは勝手すぎるだろう。こっちは言われ損じゃないか。
胸にモヤモヤとイライラだけ積もらせて、どうすればいいのかも分からないなんて、気持ち悪いにもほどがある。
「た……戦いに卑怯もクソもねーんだよ」
「戦いじゃないじゃん。ただの雑談じゃん」
「いいかガキ、戦士なら覚えとけ。いつでも戦いに備えた心構えをするのが戦士の基本なんだよ」
「今戦ってないし、ただの雑談で戦いに関する話題でもないよね? ニグは年上のくせにマトモに会話もできないの? 人にイヤミとか言っちゃダメって神さまも言ってるのに、なんでそんなことを言ったのかって理由も教えてくれないの? ズルいって卑怯って意味だけど、今のニグはズルくないの?」
「そういう頭でっかちの聞き分けないトコ、マジかわいげねーなお前!」
おかしいこと言ってるのニグだし。かわいいとか、少なくともニグとヒルティースには思われたくないし。
「なにやってんだよ、お前ら」
不意に割り込んできたそんな声に振り向くと、呆れ顔のウェインが棒を肩に担ぐようにして立っていた。その後ろには汗だくのヒルティースが胸を押さえて荒い息を吐いている。
ニグとの会話に気をとられて途中から観ていなかったけれど、どうやら特に見所なくウェインが勝ったらしい。
「まったく、観戦も訓練だって言ったろ。ちゃんと見とけよな」
たしかに言われていたし、参考にもなっていた。というか僕としてももうちょっと見たかった。
最後まで観戦できなかったのも、今叱られてるのも、話しかけてきたニグのせいだ。
「で、なに話してたんだよ?」
聞かれて、僕はニグを指さす。
「ニグが、僕のパーティがズルいって言ってきたんだよ」
「あん? ああ、そりゃ男一人に女二人だしな。羨ましいんじゃねぇの?」
「そういうのじゃねぇよウェイン兄!」
ニグは大きな声で否定するけれど、そんなに必死だと逆に図星なんじゃないかって思ってしまう。
「そっかー……二人はどっちが好みなの?」
「ガキは黙ってろ!」
「本当、一回シメとこうかコイツ……」
顔をしかめるニグとヒルティース。でもそういう理由なら、納得はできちゃうんだよね。
冒険者は女の人が少ない。僕はシェイアやチッカと会ったのが早かったし、パーティにリルエッタとユーネがいるから忘れてたけれど、冒険者って女の人は珍しいのだ。
そしてリルエッタとユーネがニグとヒルティースの好みのタイプなのだとしたら……たしかにそれは、ズルいと言われても納得してしまう。
うん、そういうことならまあ仕方ない。納得しちゃったからには、仕方ないって受け入れよう。
「つーか、お前らアレだろ? ガキんちょは自分で読み書きできるってのに、読み書きできるヤツらをパーティに持っていったからって僻んでるんだろ?」
……………………は?
「文字?」
ニグとヒルティースへ視線を向ける―――その僕の顔を見て、二人はこう言った。
「今日イチ殴りてぇ」
「やっぱりシメよう」
「ちっと前まで店の受付に聞けば、実力に合った仕事まわしてくれてたんだよな」
ウェインの証言は、そこから始まった。
「けど最近、二人も店員が辞めちまってよ。人手不足になっちまったからしゃあねぇが、聞いても壁の依頼書から探せって言われるだけになっちまった」
やれやれと肩をすくめるウェイン。……そういえばこの凄腕の戦士と出会ったのも、依頼書の文字読みが縁だった。
「で、困ったのはコイツらみたいな読み書きできねーヤツらだ。なにしろ依頼を請けようにも依頼内容が分からねぇ。通りの向こうに住んでる代書の婆さんに頼むって手もあるが、金かかるしな。仕方ねーから、いつでも請けられて内容の変わらない常設ばっかやるしかねぇワケだ」
ウェインもそれでネズミ狩り行ったよね……と喉まで出かかったけれど、なんとか黙る。
あぶない、もし言ってたら敵が三人になってしまうところだ。
「それでついこの前の話なんだが、こいつらも半年冒険者やってるしそろそろEランクに上がりたいなー、って思ったんだろうな。ゴブリン退治っぽい依頼書を代書の婆さんトコ持ち込んで、読んでもらったらしい。ただ、それが村の近くに出たゴブリンを探して山狩りしろって内容でよ。町育ちのコイツらはひたすら歩いただけで、結局なんにもできず帰ってきたんだよ」
「山狩りかぁ……」
まだリルエッタとユーネに出会う前、ムジナ爺さんの仇討ちで山に入った時は、チッカの追跡がすごかった。
僕でも、足跡を見つければ追うことはできるだろう。周囲に気を配れ、薬草だけを探すな、危険は絶対に先に見つけろ……ムジナ爺さんに教わったことは一つも忘れず、今でもちゃんとやっている。足跡とかの痕跡を見逃さないようにすることは基本中の基本だ。
けれど、ニグとヒルティースははたしてそれができるだろうか―――町育ちってことは、リルエッタやユーネと同じってことだ。なら無理だと思う。
「それで学んだコイツらは、今度はまず文字が読める仲間と組むことにした。ただ最初に誘った相手があのマグナーンのお嬢様だろ? 年下の女に頭のデキを馬鹿にされるのが嫌だったんだろうな、文字が読めないこと隠して適当な理由で誘って……当然のごとくフラれたわけだ。これ、大部屋で寝起きしてるヤツらならみんな知ってる馬鹿話な」
ウェインが指さす先には、しゃがんで地面を見つめながら沈痛な表情をする二人の姿。
うん、だいたい経緯は分かった。
マグナーンっていう有力商家の子のリルエッタなら、読み書きできるって考えるのは当然だろう。けど理由を正直に言いたくなくて、マグナーンの支援が受けられるのを期待してる、みたいな事を口走ってすごい勢いで断られたんだ。そして元から文字が読める僕がリルエッタとユーネとパーティを組んでるのを見て、ぐぬぬってなってたのか。
なるほど―――彼らは性格が悪いと思っていたが、どうやら違ったらしい。
性格が悪くて馬鹿だった。
「そんなの正直に言ってれば、リルエッタだってあんな断り方しなかったと思うよ。……馬鹿にはされただろうけど」
「それが嫌なんだよ格好悪いだろ!」
「パーティを組む一番最初のタイミングで年下に舐められるとか、地獄だろ……?」
ダメだこの二人。たぶんこの先もずっと二人組だ。
「とにかく! テメェはズルいんだよ! ガキのクセに読み書きできて、しかも文字が読める仲間とばっか組みやがって!」
「僕と組まなくても、あの二人はニグとヒルティースと組んでないよ」
「そういうことじゃなく割り振りの問題だ。文字が読めない冒険者が他にどれだけいると思ってる?」
「知らないよそんなの。なにもかも僕のせいじゃない」
本当にそんなの知らない。知ったことでもない。厩暮らしにそんな気遣いを求めないでほしい。
というかコレもしかしなくても、二人がこの訓練に参加したいって言ってきたのって僕への当てつけじゃないか。わざとイラってする戦い方してくるのもそれだ。
本当になんなんだろう。悪くないよね僕。
「クッソ、覚えとけよガキ! 絶対にお前らには負けねー! 先にEランクになるのはこっちだからな!」
ああ、そっか。それもあるのかー。僕らに先にEランクへ行かれたくないんだこの二人。
すごくどうでもいい。
なんて器が小さいんだ。
「壁の依頼書の一番右にあった、今日張られたばかりの新しいやつ。山小屋に棲み着いたゴブリン数匹の討伐だって」
明日の仕事に関係なさそうなものでも、壁に貼られた依頼書は全部読んでいる。それがムジナ爺さんの教えだ。
危険な敵がいそうな場所を覚えておけば、近寄らずにすむから。
「場所まで分かってればできるでしょ。他の人にとられる前に請けてきたら?」
ニグとヒルティースは驚いた顔をして、一度二人で顔を見合わせた。
そうして、バッとこちらに振り向く。
「「友よっ!」」
「なってない」
抱きつこうとしてきた二人の顔を、グーにした僕の左右の手が迎え撃った。




