年長者のプライド
「いいかお前ら、絶対にガキんちょには負けるなよ」
一日目の酷い訓練を終えた後で大部屋に戻り、倒れるように横になってすぐ、ウェイン兄はそう言った。
「んなもん当たり前っしょ。負けやしねーよ」
「ああ、勝って当たり前だ」
疲れているから早く眠りに落ちたいのに、と内心で思いつつ答えると、彼は鷹揚に頷く。
「ああ、お前らとアイツじゃお前らの方が上だ。十回やれば十回勝つだろう。勝って当然だな。……だが、まぐれはある。それが五十回に一度か、百回に一度かは分からんがな」
「まあ……そりゃあるかもしれないけどよぉ」
ニグが歯切れ悪く目を逸らしたのは、今日は少し危なかったからだろう。
しかしそれはもうない。アレの力はもう量れた。次からは危なげなく勝つに決まっている。
「油断するな、ということですね。格下に負けて死ぬ冒険者はいくらでもいるから」
冒険者になって半年の自分たちでも、そういう例は見たことがある。そこそこ名の知れたベテランたちの死体袋を見た後は、いつものネズミ狩りにも気を引き締めたものだ。
それを忘れないようにしろ、ということだろう。たしかに自分たちは今日、相手が子供だからといって舐めすぎていた。
「いいや、違う」
しかしウェイン兄は首を横に振る。
「お前らに勝っちまったら、ガキんちょが調子のるだろ? 自分が強くなったと勘違いして、調子にのって魔物相手に突っ込んで、死ぬ。―――お前らのせいで死ぬ」
……自分たちの、せいで。
「お前らだって子供を死なせたくはねぇだろうがよ? だから絶対に負けるな。明日から毎回試合はするが、全部死ぬ気で勝て」
―――無茶苦茶言ってくれる。
だいたい十度は繰り返しただろうか、投げられた石を避け、前回とは違う角度からの攻撃を受ける。後ろに跳んで逃げていく小さな姿を歯噛みして見送る。
あんなの、百回に一度くらいのまぐれですらねじ伏せろ、と言われたようなものだ。なにが調子にのらせて死んだら自分たちのせい、だ。試合は勝ったり負けたりするもので、冒険者は自己責任だろうに。
試合中に石を拾って投げてくるクソ生意気な子供にそんなことまで気を回せとか、酷い話にもほどがある。
「クソッ」
石を避ける。棒を受ける。こちらが攻撃に転じる前に、また離れていく。
ニグは良くやった。絶対に負けられないから、昨日よりも防御を意識した。それが功を奏し、奇襲のような一撃を防御した。
あの、何から何まで気に入らないガキに勝つべくして勝った。
―――なら、自分が負けるわけにはいかない。
ガキが石を拾う。棒から右手を離して、膝を曲げて。
顔の角度から分かる。石を拾うとき、ヤツはこちらの靴のつま先を見ている。……こちらが動くのを待っているのだ。
前屈ではなくわざわざ膝を曲げて石を拾うのは、すぐに動けるように。左手の棒は腕の力だけでそのまま突き出せるよう、こちらに真っ直ぐ向けられている。
罠だ。こちらが不用意に距離を詰めれば、待ってましたとばかりに反応するだろう。……それを知ったうえで、こちらから攻めたとして―――負けるとは思えない。勝てるだろう。
しかし、それは勝率を下げるだけ。万が一のまぐれを否定しきれない。
だから攻めない。あえてその隙は突かない。
石が投げられる。上体を反らして避ける。足を狙って攻撃が来る。右手の棒で払うように受ける。
今回は、それではすまなかった。
ガキがさらに踏み込んで来る。二撃目が振るわれる。……ニグが言ったとおり、一撃目と二撃目の繋ぎが甘い。受けながら体勢を立て直す余裕ができる。
小さな姿が後ろっ跳びで離れていく。それは追わない。追う必要が無い。
パターンが変化した。焦っている証拠だ。こちらはこのままでいい。
なぜなら……―――。
「疲れるだろ、それ」
そろそろだろう、と声をかける。月明かりの下でも分かるほど、相手は肩で息をしていた。
「持久戦の経験なんかないだろ? 覚えておくといい。攻撃の方が防御より疲れるんだ。ただの棒でも、何十回も素振りすれば腕が上がらなくなるものさ。戦闘中なら神経を使う分、体力はゴリゴリ削れていく」
前回は、時間をかけるのが恥ずかしい、なんて理由でこちらから攻めてしまった。だから少し危ない瞬間があって、それは反省点として肝に銘じた。
今回はちゃんと時間をかけて調理している。十分だ。
「しゃがむ。石を投げる。距離を詰めて攻撃する。大きく跳んで離れる。子供は元気だね。けど、動きが激しすぎる。何回やる気だったか知らないけれど、あと何回できるのかな?」
これがこちらの作戦だ。体力を削り動きを鈍らせ、狩る。……そのための仕込みとして、うかつに踏み込んでこないよう左手を隠し、警戒させていた。
罠とはこうやって張るんだ。
「無駄な牽制ご苦労様。実は今日は、左の手はカラなんだ」
隠していた左手をこれ見よがしに開いて見せて、ヒラヒラと振ってあげる。
これは嘘。本当は昨日と同じく砂を握っていたけれど、この展開になってからバレないように少しずつ捨てていた。
恨みを買うために。
そうして。
踏み込んでくる。怒りの声と共に、槍のように棒を繰り出してくる。
それを―――迎え撃つ。万全の体勢で。
……まったく。こっちの方が必死なんだ。心の勝負で負けるワケにはいかないだろう。
カンカンカンと、木の棒と木の棒が打ち合う音が響く。一人はウェインで、一人はヒルティース。
さっきからウェインが一方的に攻めて、ヒルティースがそれをきわどく受け続ける展開がずっと続いている。彼は防御が得意なはずなのに、一向に反撃できていない。それどころか目に見えて追い詰められていく。
ウェインの攻撃はまるで流れるように繋がっていく。なんというか、一つ目の動きが二つ目も三つ目も見越しているかのようで、淀みがないのだ。
しかも驚くべきことに、なにをやっても身体の芯がブレない。つまり背筋が伸びて、無駄な横移動と上下移動をしていない。……ただ真っ直ぐに距離を詰め、攻撃を繰り出すだけ。それで圧倒しているのだから、二人の間には相当な実力差があるのだろう。
あれが本物の連続攻撃なんだなぁと、僕はそれをあぐらで座って眺めていた。
見るのも訓練だという。なるほど他の人の動きは参考になる。今まではウェインと二人だけで訓練していたから、こんな機会はなかった。
そもそも、人と人が戦っているところを見るのも初めてだ。普通はこうやるんだなぁ、とまで思ってしまう。
「ようガキ」
地面に座って試合を観戦していると、話しかけてくる人がいた。ボサボサ頭と、ギョロっとした目が夜の月明かりに浮かぶ。色黒だからか、なんかそういうオバケみたいだ。
「見ててなにがスゲーかとか分かるのかよ、お前」
ニグは僕の隣にドッカと腰を下ろした。まあ、隣いいですか、とかわざわざ聞いてくる相手ではないだろうけれど。
というか、横に座ってくるのがそもそも意外だったり。
「手首の強さ……かな。ウェインは振った棒がピタッと止まるから、次の攻撃がすぐに出るんだと思う」
僕は少し考えて、そう答えた。
動きに淀みがないのは、棒の先端に無駄な動きがないからだ。迷い無く弧を描き、反動もなく止まり、また別の軌道を描く。
月光に浮かび上がる武器の演舞は、美しいとすら思えた。
「ほんっとうにかわいくねぇな、お前」
ちっ、と舌打ちするニグ。もしかして僕の言ったことは合っていたのだろうか。
……だとしたら、嬉しくない。あれをマネするのは無理だ。僕はウェインより力がないから、あんなふうには止められない。
手首の強さというのは、文字通り小手先の技術ではないのだ。必要なのは、訓練を積み重ねた末に身につく技術と筋力。僕があんなふうに武器を扱えるようになるには、いったいどれだけかかるのだろうか。
「お前ら、今日はどんな依頼請けたんだよ?」
ニグが聞いてきたことは単純明快だったけれど、なにしろ今の状況にはなんの関係もなかったもので、意味を理解するのにちょっと時間がかかった。
僕らが請けた、今日の依頼。
「幽霊屋敷の調査、かな。結局なにもいなかったけれど」
「昨日は?」
雑談……ということでいいのだろうか。隣に座ってきて、話しかけてくるなんて思わなかった。
あんまりいい印象を持たれていないだろうし。
「安全な粘土の採掘場探し。これも調査……かな」
昨日の仕事は基本、調査だった。難しかったのは護衛の方だったけれど。
「戦闘はナシか。そういう依頼を選んでるのかよ?」
「うん。術士が二人いるからこそできる仕事をしていこうって」
「まあお似合いなんじゃねーの」
フン、とニグは鼻で息を吐く。
「やっぱ気に入らねぇ。ズルいんだよ、お前」




