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廃墟の調査

 大きな屋敷だった。広い敷地だった。

 石塀はところどころひび割れ、鉄の格子門扉は錆び付き、敷地は雑草が生え放題で、汚れが目立つ建物は見るからに荒れていた。

 周囲は雑木林が広がって、ぽつんと一つだけ建っているこの建物はなかなか異様に見える。


「今日こそは調査の仕事よ」


 腕組みをして胸を張り、リルエッタは廃墟の前で気合い十分な顔をする。


「だいたいこの地域の下に、新しく見つかった下水道の新区画があるらしいわ。つまり、この辺り一帯は開発区域というわけ。そこでこの敷地と廃墟の所有者は、この土地を売ることにしたの」


 地図上では、町の北北西に位置する場所だろうか。閑散として、まばらにある建物は平屋ばかり。麦畑や手入れされていない木々の景色は開放感をもたらしてくれる。

 そんな地域の一角に、その廃墟はあった。


「ただ、一つ問題があるの。この屋敷には近隣でまことしやかに悪い噂が囁かれているのね。……誰も住んでいないはずなのに夜になると声が聞こえる。木板を打ち付けてある窓の隙間の向こうで何かが動いた。敷地内に入った子供がぼんやりとした白い影を見て逃げ帰ってきた。そんな馬鹿みたいな話よ」


 説明をしながら、リルエッタは鼻で笑う。


「どうせただの噂話。けれどもしかしたら流れ者が入り込んでいるかもしれないし、町中へ迷い込んだ魔物が棲息している可能性もあるわ。そして、これがその噂話の本筋だけれど……ゴーストがいるかもしれない」


 ガァガァガァ、という鳴き声が連続でして、バサバサバサッ、と黒くて大きな鳥が群で飛んでいく。今日の天気は分厚い曇天で、朝にもかかわらず今にも雨が降りそうな空のせいで薄暗かった。


「そんな噂があったら、いくら新開発区域でも誰もこの土地を買わないでしょう? だからこの屋敷の持ち主は冒険者に依頼を出すことにしたの。ここにはなにもいないことを確認して、ってね」


 つまり、それが今回の依頼である。

 確証もない噂話に踊らされ、なにもないことを期待して、何年も放置された廃墟を調査する。すごく有意義なお仕事だ。


「……やっぱりやめない? この依頼」


 僕がそう言うと、リルエッタが笑顔で頬を引きつらせ、ユーネが困ったように笑う。


「ねぇキリ。わたしたち、出発前にちゃんと貴方に相談したわよね。この依頼を請けるのはどうかしら、って。そしたら貴方、わたしたちに任せるって言ってくれたわ。もちろん覚えているわよね?」

「そもそもこの依頼ってぇ、昨日の夕方の時点で話題に上がってましたよねー。候補がいくつかある内の一つでしたけどー」

「うんまあ……そうだね。そうなんだけど」


 二人の言うことはまったくそのとおりで、僕は頭を抱えてしまう。

 そう……リルエッタのさっきの説明は、実は僕に向けてのものだった。―――と言っても、僕がこの依頼の内容を誤解していたとか、そういうことではない。この依頼が初心者向けで僕らでもできそうだって話は、昨日の時点でしていた。

 ただ……僕は最初からこの依頼は乗り気じゃなかった。


 かっこ悪いから、昨日の時点では反対だって言わなかった。朝、別の依頼を請けようって提案すればいいと思っていた。

 昨夜全然寝付けなくて、朝は少し寝坊してしまった。起きてからも頭がなかなかハッキリしてくれなくて、ぼーっとしてたもんだから請ける依頼のことは二人にお願いしてしまった。

 結果、僕が一番嫌だなって思っていた仕事を請けることになってしまっていて……ここに来てやっとそれに気づいた僕を見て、依頼内容を把握していなかったかとリルエッタが呆れながら説明してくれたのである。


 うん、これはニグとヒルティースが悪い。


「だってオバケって殺しても死なないんだよ。怖くないの?」

「わたしは貴方のその基準が恐ろしいわ」


 やや引き気味で眉をひそめるリルエッタ。

 殺せばだいたい死ぬっていうウェインの言葉の、数少ない例外がゴーストやスペクターなどの不死族だ。もう死んでいるのに動き回るそれらは、死んでいるからこそもう死なないのである。なんだそれすごく怖い。


「大丈夫ですよーキリ君。怖くないですよー。なぜならこのユーネ、神聖魔術が使えるのです。あんまり強い不死族は無理ですけれどぅ、低位のゴーストやゾンビ相手なら一撃で浄化しますからねー」

「……神聖魔術?」


 聞いたことのない名前の魔術だ。魔術っていろんな種類があるらしい。


「はいー。神聖魔術は信仰によって治癒魔術を授かった者で、かつ特別な修練をした者だけが修得することのできる邪悪を討ち滅ぼす魔術なのです。ふふん、実はお嬢様が冒険者になると言い始めたころから勉強していたのですよー」


 治癒術士の中でもすごい人しか使えないってことだろうか。ユーネにそんな魔術が使えるなんて知らなかった。

 やっぱり僕は仲間のことをなんにも知らないんだな……。


「まあ一番簡単なのしか使えませんしぃ、三回に一回くらい失敗しちゃいますしぃ、実戦で使ったこともないんですけどー。けどきっと大丈夫ですよー。この依頼はユーネにお任せください!」


 なんにも安心できないし任せたくない。

 昨日はリルエッタにがんばってもらったから、今日のユーネは自分の番だと張り切っているのだろうか。彼女はちょっと空回り気味に元気いっぱいだ。


「……一応のおさらいだけれど、今回の依頼はあくまで調査よ。もしなにか危険なものを見つけても、それを排除する必要はないわ。その時はそれがどんなものか把握できた時点で撤退、依頼主に報告すれば完了よ」


 僕と同じことを感じたのか、リルエッタが釘を刺すように依頼の細部を詰める。


「たしか、敵を倒しても報酬は変わらないんだよね?」

「ええ。とりあえず新米に見に行かせて、なにも無かったらそれでよし。もし魔物や不死族が棲み着いているようなら、改めて敵の脅威度に見合ったランクで依頼を出せばいい。これはそういう依頼よ」

「冒険者の店としてもー、敵がいるかどうかも分からないのに討伐料をもらうわけにいきませんからねー」


 つまり戦う必要はないということだ。……しかもここ、町中だったりする。つまり道中での危険に遭うこともない。

 こんな依頼あるんだ、と思いつつ、幽霊がいるかもしれない場所になんて絶対に行きたくなかった依頼だ。なんで来ちゃったんだろう。


「とにかく、ここで話していても始まらないわ。中に入るわよ」


 リルエッタが鉄の格子門扉を押す。長い間風雨に晒され手入れもされなかったそれは、ギィィという音と共に開いた。






 ビクビクしながら、ボロボロの石レンガの道を進む。塀から玄関までの距離の遠さが、屋敷の大きさを語っている。

 玄関扉に辿り着いて、僕は渋々と前に出る。パーティの戦士は僕だ。一番前は僕がやるしかないのだから、僕がドアを開けるしかない……と思っていたのだけれど。


「あ、扉はユーネが開けますねー」


 僕の肩にポンと手を置いて、ユーネが前に出た。


「キリ君の武器は槍ですからー、片手ではとっさに使えないでしょう? もし扉を開けた瞬間になにか跳びだしてきたらー、というときのためにぃ、少し後ろで警戒お願いしたいんですよぅ」

「ああ、なるほど……」

「ふふん。ユーネは冒険者さんのことは少し予習してきているのですー」


 僕が恐がっているから気を遣われたのかと思ったけれど、どうやらちゃんとした理由があったようだ。……ところでユーネの長柄のメイスも片手では使えない武器なのだけれど、使う気とかないのかな。


「では開けますよー」


 ユーネがドアノブを掴んで引くと、こちらの鍵も壊れているようで、ギギギと音を立てて扉が開く。この家は一度修理した方がいい。

 屋敷の中は暗かった。窓を木板で塞いであるからだろう、光が差し込まず、ほとんど真っ暗だ。おかげでなにも見通せない。かろうじて入り口の近くが分かるくらい。


「依頼書の情報通りね。入り口の扉は鍵が壊れているから開く、って。まあこれで屋内に入れることは確認できたわ。―――どうするべきかしら。まずは庭を見回ってみる? 一周回って、特になにもなければ建物内を探索するのが基本だと思うけれど」

「そうですねー。とりあえず一周、見て回ってみましょうかー」


 中の暗さだけ確認して、リルエッタとユーネが相談する。たしかに建物の外周を見て回るのは必要だろう。窓から中を見たりはできないだろうけれど、広い庭だからなにかあっても不思議ではない。

 町の壁の中でも、魔物が入ってくることはあるという。空を飛んできたり、壁を登ってきたり、町の真ん中を通る川から上がってきたり、海から流れてきたり。

 こういう人が来ない場所は魔物が巣くいやすいそうだから、まず庭を見てみるのは間違ってないのだろう。

 けれど。


「あれ、人の足跡じゃない?」

「え?」


 僕は玄関を指さして、その違和感を口に出す。リルエッタとユーネが驚いてこちらを振り向く。

 屋敷の中の、床。長年の放置によって痛んだそこには、よく見ると積もった埃を踏んだ靴の跡が残っていた。

 ―――それも、たくさん。


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― 新着の感想 ―
殺しても死なない、、、、キリくんの思考回路が冒険者それになってきたなぁ。
[一言] もし、犯罪者やスラム住人だったら、アンデットよりも危険な気がする。
[良い点] 首を掻き切っても死なないなんて怖すぎますとか、RUINAのメイド忍者も同じようなこと言ってたなあ。
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