悔恨の夜
「むやみに突撃しなかったのは良かったが、砂が目に入ったからって攻撃を止めちまったのは悪かったな。ああいうときは勘で当てるか、相手を寄せ付けないよう武器を振り回すもんだ。ほれ、今日はもう終わりでいいから水で目洗ってこい。で、どうして負けたかよく考えて寝ろ。あ、間違っても目は擦るんじゃねーぞ」
砂の目潰しを喰らったガキんちょをねぎらって水場へ向かわせ、その小さな背中を見送る。
痛むのか目は押さえているが、言われたとおりに擦ってはいないようだ。フラフラと水場の方へ歩いて行く。
「わりと動けるようになってるなアイツ。思ったよりやれてて驚いたぜ。やっぱ一回死線くぐると違うのかね。技はまだまだだが、気構えは褒めてやれる。……それか、俺の助言が良かったのかもな。なんにしろ教えてる側からすりゃ鼻が高いぜ」
うんうん、と腕を組んで感慨に浸る。もしかしたら俺は教える才能があるのかもしれないな。将来は道場を開くとかどうか。ぜってー無理。
まあ明日の話は明日すればいい。とりあえず今は現在の話をするべきなので、俺は後ろを振り向く。
「で、テメェらだよな。なんとかメンツは守れたかよ雑魚ども」
「…………」「…………」
目ぇ逸らすんじゃねぇよ。
「ニグ。相手が小さいからって脅かしてゴリ圧すだけで勝てると踏んで、完遂できなかった恥ずかしいそこのテメェ」
「いやまあ……最後日和ったけどさぁ」
「さっきも言ったが雑すぎる。偉そうな講釈たれたと思ったら、ビビらずに腹ぁキメて来るヤツには隙でしかねぇ攻撃繰り返しやがって。最後の急停止が間に合ったから勝てたものの、そのまま行ってたら負けてたぞ。ナメ過ぎだボケ」
ギョロ目の悪ガキが額を押さえて俯く。
戦法自体は間違っていない。でかい声を出せば相手はビビる。怯えると身体は縮こまり、動きは固まり、前に出られなくなるものだ。山賊だの海賊だのゴロツキだのが好んで使う戦法だが、単純で有効なのだから冒険者が使って悪いことはない。ガキんちょにも最初は効いていた。
ニグの誤算は、予想よりも早くその効果がなくなったこと。脅かすためにやってた雑な大振りは隙でしかなくなり、結果反撃を喰らいそうになった。
声を張るのはいい。だが、雑になるならやらない方がマシだ。
「ヒルティース。からかうために仕込んだ砂を緊急対処で使わされた性格クズ野郎。試合中に言ってやがった、同じ相手ばかりと試合してたら変なクセがつく、ってのはテメェの話だ。ニグとしかやってねぇから受けて反撃するスタイルしかできねぇんだろ。自分から攻撃するのが下手すぎんだよ」
「…………まあ、守備的なタイプは苦手かな」
「しかもどーせ、子供相手に時間を掛けるのはみっともない、とでも思ったんだろ。不用意に突っ込みやがって。待つ戦法をやり返されたのがテメェの間抜けだ。ナメ過ぎなんだよボケ」
色白の性悪が沈痛な面持ちで眉間をつまむ。
得意戦法があるのはいい。だが得意戦法しかできないのではダメだ。冒険者はどんな状況にも対応する必要がある。
大きい敵、小さい敵、素早い敵、重い敵、向かってくる敵、逃げる敵。各依頼ごとにいろんな相手と戦わなければならないのだから、バランスよくどんな戦法でも使える方がいいに決まってる。
相手のミス待ちなんて、強い敵には通用しねぇしな。
「だがまあ、分かるぜ。お前らも冒険者になってそろそろ半年か? 子供に負けるなんてありえねぇけど、だからって全力出してもかっこ悪ぃもんな。やっぱ余裕で勝って格の違いってヤツを見せつけねぇと、メンツってもんが保てねぇよな」
フッと笑ってやると、ニグとヒルティースがホッとした顔で、にへらと笑う。
つまりそういうことだ。余裕そうに見せてたのは演技で、ガキ相手だからとかっこつけてただけ。二人ともナメてかかって、危うく一撃入れられかけたわけだ。ガキんちょは多分騙されていただろうが、こと戦いにおいて俺の目を誤魔化せると思ったら大間違いである。ハハハ間抜けどもめ。
馬鹿がよ。
「笑ってんじゃねぇ! 戦場じゃそういうヤツから死んでくんだよカスが!」
一喝で二人の背筋を伸ばす。俺ちょっとマジでキレそう。
「ニグ! ヒルティース! テメェらこの前ゴブリン討伐行ってたな? なんでまだEランク上がってねぇんだ!」
「……そ、それは……獲物を横取りされて……」
「正確に言え!」
「じ……自分たちはアテもなく丸一日山を歩きまわっただけで、その間に村周辺に出没した討伐対象は、たまたま居合わせた流れの冒険者によって倒されていました」
目を逸らしながら誤魔化そうとするニグに、目を逸らしながら白状するヒルティース。
前にも聞いた話だが、今聞いてもイラッとする。特にそれを横取りと言いやがるのは、ヤキの一つも入れてやりたくなる。
「そりゃ横取りじゃねぇよ、依頼失敗するとこ助けられたんだろうが。なんなら命まで助けてもらったかもな。ナメてりゃ格下にだって負けるもんだ。ゴブリン相手にだって勝てたかどうか。死んでから本気出せば自分たちの方が強かった、とか言い訳したって、聞くヤツはいねぇぞ」
ニグとヒルティースの表情がドンドン沈んでいく。心なしか顔色まで悪くなっている。
けっこう効いているようだが、これでも慈悲はかけてる方だ。ちゃんとガキんちょを遠ざけてから言ってやってるんだから。
「いいか、テメェらは戦士だ。魔術なんか使えねぇ。斥候でも野伏でもねぇ。頭も大してよくねぇ。依頼人に愛想も振りまけねぇ。前に出て戦うことしかできねぇんだろうが。そんな野郎どもが戦闘で手ぇ抜いてどうする!」
「それ……ウェイン兄ぃだって同じじゃ……」
「だよな……」
「度胸はいいじゃねぇか。俺はテメェらよりは性格悪くねぇんだよ」
素人同然の悪ガキコンビがこの店に来て半年。毎日ブチブチ文句たれながらもネズミ狩りで経験積んで、それなりにサマになってきたのかなと眺めちゃいたが、今日でようく分かった。
コイツらの一番悪いところは性根らしい。そんなだから他にパーティ組んでくれる相手も見つからねぇんだろうが。
「そんで、なんだっけかテメェら。たしか俺に稽古つけてほしいんだったよな。いいぜ、いい機会だ。とりあえず根性から叩き潰してやるよ」
「いやなんか、今日はもういいかなって……」
「というか、根性は叩き直すものじゃ……」
「文句は血反吐が出てから聞いてやる」
厩に戻ると、メルセティノはやっぱりいつものように寝ていた。僕はチラリとその影を見て、けれど声はかけず奥へ進む。
しっかりと水で洗った目はもう痛くない。けれど手で隠すように瞼を押さえ、暗がりの中を薄目で通り抜ける。
ゆっくり、いつもよりもさらにゆっくりと歩いて一番奥の馬房に辿り着く。鉢金と鎧を外して、寝藁へ仰向けに身体を横たえる。痛くもない目を瞼の上から指で押さえ、しばらく息を吸って吐いてを繰り返した。
「…………」
思い返すのはさっきの二試合だ。
気合いと力。
言葉と仕込み。
頭の中でもう、何度も何度も繰り返している。
「……勝てた」
漏れた声は震えていた。
ニグとヒルティース。あの二人は完全にこちらを甘く見ていたのだ。本気じゃなかったのだ。僕を馬鹿にしていた。
けれど、だからこそ隙があった。
「勝てた……」
最初に踏み込めていれば。
左手の不自然さに気づいていれば。
「勝てた、のに……」
なんてな、と棒を弾かれた。声を張り上げて、大振りを繰り返して、いかにも突っ込んでくると見せかけて。僕の反撃を嘲笑うように急停止してみせた。
なんてね、と砂をぶつけられた。最初のおかしな礼の時からずっと左手に視線が向かないように誘導して、言葉でも揺さぶって、わざわざピンチまで演出して。
馬鹿に、されたのだ。
「―――……くそぅ」
あんな戦い方をしなくても勝てただろうに、性格の悪い二人だ。なんて嫌な人たちだ。胸の中で心が煮えて焦げ付くようだ。
なによりも……そんな相手に負けたのが、勝てていたかもしれないのに負けてしまったのが、一番苦しかった。
もう眠ってしまいたくて、けれどなかなか寝付けなくて、頭の中で繰り返すたび夜は更けていく。




