ナクトゥルスという薬草
「懐かしいなぁ。ぼくも冒険者を始めてすぐの頃は、よく薬草採取をしたものサ」
ペリドットはニコニコしながら、馬の手綱を引いて獣道を歩く。馬に乗ってないのは、森の中だと危ないからだろう。障害物の多い森の中だと騎馬は不利だ。
乗らないなら連れてくるなよ。行き先決めたのお前だろ。
「ぼくはソロの時期が長かったんだ。たまにパーティを組んでも、すぐに抜けてしまったりしてね。なかなかぼくに合う仲間が見つからなかったから、あの頃は苦労の連続だったよ」
「それはお前の性格のせいだろ……」
ボソリと呟いたが、そんな声でペリドットの耳に届くはずがない。ヤツの耳は不都合なんて聞こえない特別製だ。
まあ俺は後方警戒の最後尾だしな。わざわざ声を張ってまで会話する意味もないだろう。アイツの会話の相手疲れるし。
会話は別の誰かに任せるのが一番賢い。
「それで、あんたに合わせられる自慢の仲間はどこ? 海猫の旋風団は四人パーティでしょ」
まあシェイアは普段から喋らねぇし、その役は当然チッカになるわけだが。
これは隊列のせいだからな。仕方ないよな。
「いいや、四人と一頭だとも。メルセティノも自慢の仲間サ!」
やめろペリ野郎。そいつ今日釣りの予定が潰れて不機嫌だから。あとお前ら多分めっちゃ相性悪いぞ。
「まあ、彼らは酒場の店先で潰れてたんで置いてきたんだけどね。どうせ今日は探索だけの予定だし、ゆっくり休んでもらうことにしたよ」
「相変わらずの酒カスどもだね。で、あの兎はなんで見えないくらい先にいるの?」
「警戒心が強いからね、慣れない人の前にはあまり姿を現さないのさ。大丈夫、彼女の斥候の腕は確かだよ。先行偵察は任せてしまっていいサ」
こんな森の浅い場所で隊列もなにもないが、冒険者をやっていると自然と歩く順番が決まってしまう。
先行偵察に兎獣人のテテニー。前方警戒にチッカ。そのすぐ後ろにペリドットと馬がいて、それに続くようにシェイア。そして最後尾を務めるのは俺。事前になんの取り決めもしていないのにこうなるのだから、これはもう職業病だろう。
「さて、そろそろ探査の魔術を使ってもらう頃合いかな? 麗しの魔術士君、準備してもらってもいいかい?」
まだそんなに進まないうちに、ペリドットが隊列を止める。……目的の薬草は森の深い場所にあるってわけでもないのだろうか。
「……探す薬草の特徴は?」
「ナクトゥルス。魔術や錬金術に使うものだから、君なら知ってるだろう?」
傷に効く薬草くらいしか知らない俺にも、その名には聞き覚えがあった。とはいえ、覚えていたのはたまたまだ。
聞いたのはつい昨日の話。もう少し時間がたっていたら確実に忘れていたに違いない。
「それ、ガキんちょが言ってたヤツか?」
「よく覚えていたねジェイルズ。その通り、常設の依頼書にもある薬草サ。珍しくてなかなか見つからない品種だよ」
「ウェインだっつの。それ、たしかまだ時期が早いって話だろ? なんで採りに行くんだよ」
「フフン、それは大丈夫。だって元から採取するつもりないからね。最初に探索だって言っただろう? 実はあの薬草、ぼくが薬草採取をやっていたときに探して、結局見つけられなかったものなんだ。昨日話題に出て、それを懐かしく思ってしまってね。よし、じゃあ探してみようって思い立ったわけサ」
つまり暇つぶしかよ。マジかコイツ。
「ただ、ぼくのパーティには斥候はいても魔術士がいないだろう? 探査の魔術を使える魔術士がいれば、探し物の難易度はぐっと下がる。そして斥候がもう一人いればさらに盤石だ。君たちが協力してくれてとても助かっているよ」
「……暇つぶしでも依頼料はきっちりもらうからね」
チッカの声は辛辣だ。趣味の薬草探しくらい一人でやれとでも思ってるのだろう。まったく同感。
というか、どうやら俺はオマケらしい。本命はシェイアで、チッカも斥候の補助要員として必要だったわけだ。……それを先に言ってくれれば口利き役だけやったのに。
しかしBランクパーティ主導で、Cランクの斥候と戦士、そしてDランクではあるがCランク相当の腕を持つ魔術士を動員か。なんて贅沢な薬草採取……じゃなくて薬草探索なんだ。
「ウェイン。今の話、詳しく」
「あん?」
シェイアが俺の後ろに回って、とんがり帽子のつばで目を隠す。俺にだけ聞こえるような小声だった。
……ペリドットに聞こえないように喋りたいってことだろうが、内緒話してることはさすがにバレると思うぞ。
「時期が早い、って誰が言った?」
「そりゃガキんちょだが……いや、たしか元はムジナ爺さんが、まだ早いから採るな、っつったんだっけか」
「…………そう」
魔術士の帽子の下で、シェイアの唇が歪む。気に入らない、とでも言うように。
「ナクトゥルスは多年草。使われるのは主に根」
「タネンソウ?」
「あの薬草の採取に季節は関係ない」
「は? ……おわっ!」
思わず表情に出そうになったからか、シェイアに膝の裏を思いっきり蹴られた。膝がガクッとなって腐葉土の上に思いっきり転んでしまう。
痛ぇ……痛ぇが、今のは俺が悪い。なんなら助かったまであるな。
「おやおや仲がいいね。君たち、やっぱり正式にパーティを組んだ方がいいんじゃないかな? やはり仲間は気が合うのが一番だよ」
ペリ野郎がカラカラ笑いながら、貴重な経験談とやらを披露する。
たしかにそうなんだろうよ。お前のパーティ、お前と気が合いそうな変人ばかりだもんな。
……だがどれだけ変人だろうとこいつは、暴れケルピーの尾びれ亭の筆頭冒険者。面白いだけの男ではない。
「そうだ! もし群生している場所を見つけたらキリネ君に教えてあげよう。きっと跳び上がって喜ぶよ」
良いことを思いついたとばかりに手を叩くペリドット。
俺はそのガキみたいな笑顔を見ながら、絶対にろくでもない裏があるだろコレとゲンナリしていた。
「大変だったね……」
「大変でしたねー……」
冒険者の店の壁に貼られた依頼書の群を眺めながら、僕とユーネは頷きあった。
夕方の店内にはまばらに人がいたけれど、依頼書を見ているパーティは僕らだけだ。僕もまだ日が浅いけれど、ここに人だかりができるのは朝だけな気がする。
「レンガのおじさん、ドンドン先に行こうとしちゃうもんね」
「止めてもなかなか聞いてくれなかったですよねー……」
僕らがぼやいているのは今日の依頼人のことだ。正直探索そのものよりも、護衛対象のおじさんがとにかく大変だった。
「ゴブリンくらい出ても弱いだろうって甘く見てたし」
「冒険者からしても脅威なんですけどねぇ」
「なにかあったらオレも戦ってやる、ってツルハシ振り回してたし」
「鎧も着てないのに前線に立ったら酷い目にあいますよねー」
「怪しい足跡を辿ってみようとか言い出すし」
「魔物に待ち伏せされてたら危険ですよねー」
貼られた依頼書を吟味しながら、今日大変だったことを言い合う僕とユーネ。
おじさんはたしかに身体が大きかったし力も強そうだったけれど、魔物は真正面から一対一で戦いを挑んでくるわけじゃない。防具もないのにズンズン進んでたら、奇襲を受けたとき大惨事になる。
いやぁ、本当に大変だった。
「……貴方たち。なにが言いたいのかしら?」
横で聞いていたリルエッタがプルプル震えながら、低い声を出す。僕は顔を背けるように次の依頼書へ視線を移した。
「今日は大変だったねーって」
「ですよねー」
同じく依頼書を見ながら、うんうんと頷いてくれるユーネ。そんな彼女にリルエッタは人差し指を突きつける。
「なんでユーネもそっちなのよ! 貴女も同罪でしょうっ?」
「あのときの主犯はお嬢様ですしー」
「やっぱり前の話じゃない!」
ぴー! ってヒナ鳥が鳴いてるみたいな声。顔真っ赤だし、ちょっと涙目だ。そうとう恥ずかしかったんだろう。
まさかレンガのおじさんとリルエッタの行動がこんなに被るなんて思わないもんな。おかげで護衛中ずっと気まずそうだった。
自分が以前やったダメなことを別の人にやられて、それを窘める側に回らなきゃいけなかったんだもんね。僕なら逃げ出したかも。
とはいえ、今日一番がんばったのはリルエッタだ。
想定外はあったけれど交渉事は上手く纏めてくれたし、ちゃんと探査の魔術で粘土が採掘できる場所を探し出したし、最後の方はおじさんを商売関係の雑談に引き込んでゆっくり歩かせるという機転まで効かせていた。
僕なんて今日は彼女の指示通りに動いていただけだ。
「まあ、無事に帰って来れて良かったよ。おじさんも満足してくれてたし」
「……フン。当然だわ」
僕がそう言うと、今度はリルエッタが顔を背けた。腕を組んでツーンとした表情。どうやらイジメ過ぎたらしい。
けどまあ、こういう彼女の方が安心するな。おじさんと喋ってるときのニコニコ顔は怖かった。
「とにかく二人とも、ちゃんと明日やる仕事を探しなさい。今日で確信したけれど、町に大きな変化が起こってる今はきっと、冒険者にとっても好機に違いないわ。わたしたち向けのいい依頼も必ずあるはずよ」
それは―――たしかにリルエッタの言うとおりなのだろう。
今日のレンガ屋さんみたいな依頼はいつもあるわけではない。下水道の新区画が見つかってすぐの今だからこそ発生した仕事だ。
そしてそんな仕事は、これからもまた出てくるのだろう。
魔術師がいるとぐっと仕事の幅が増える。
それはできる依頼が多くなるのと同時に、他のパーティではできないものがこなせるということだ。
だから依頼の取り合いになりにくく、貼られてからけっこうな時間がたった依頼書でもちゃんと探せば、良い条件のものが残っている可能性は十分ある。
「パーティを輝かせる、か」
三人並んで依頼書を眺めながら、良さそうなものがあれば相談したり意見を出し合ったりしながら、僕はその言葉の意味を噛み締めていた。
今日で痛感していた。ちゃんとできていなかった。僕はパーティというものをなにも分かっていなかった。
僕は―――リルエッタとユーネのことを、仲間として全然頼ってなかったのだ。
「とにかく、護衛の仕事はやめましょう」
リルエッタのその提案に、僕とユーネはしっかりと頷く。
「……ッチ」
舌打ちの音が聞こえ、報酬を用意する手を止めた。見れば二人組の若い戦士は同じ方を向いて、面白くなさそうに表情を歪めている。
ボサボサの黒髪をしたギョロ目と、灰茶色の髪を後ろで縛った色白。いつも二階の大部屋で寝起きしている、ニグとヒルティースという二人組だ。まだこの店に来て半年くらいで、主にネズミ狩りで口に糊しているFランクである。
仕事はまあまあ真面目にこなす二人だが、半年たってまだEランクに上がれていないのは遅めだろう。―――とはいえ珍しいわけではないし、二人組ということも理由として大きいだろう。数は分かりやすい力だ。ソロやペアの冒険者は三人以上のパーティより出世が遅い傾向にある。
それにコイツらには、分かりやすい弱点があった。
「アイツらとなにかあったのか?」
そいつらの視線を追ってみれば、依頼書が貼ってある壁の前に小さい三人組がいた。
ムジナ爺さんが教えていた坊主に、マグナーンの孫娘とかいう魔術士の嬢ちゃんと、その連れの治癒術士。
小せぇし、二人も魔術使えるし、家が金持ちのヤツもいるし、目立つヤツらだ。かなり異様なパーティと言えるだろう。
「べつに……バルクさんには関係ないだろ」
「うちの店で厄介事を起こされたら迷惑だろうが」
言い返してやると、ボサボサ黒髪が言葉につまる。……なにかあったのは間違いないらしい。冒険者の喧嘩や小競り合い程度、日常茶飯事すぎていちいち噂にもならないが。
ネズミの尻尾の分だけ報酬を数えてカウンターの上に置いてやると、二人は大部屋の宿代分を残してとった。これもすっかりいつものやりとりだ。
「店に迷惑はかけない。……けれど、このままというワケにもな」
灰茶色の髪の色白が憮然とした顔で口を尖らせると、ボサボサ黒髪も頷いた。
どうやら店に迷惑をかける気はないが、厄介事は起こすつもりらしい。
「……ほどほどにしとけよ」
はぁ、とため息を吐く。
長年冒険者の店をやってりゃ分かる。コイツら冒険者は店主の言うことなんて聞きやしない。―――結局のところ冒険者同士のいざこざは、冒険者同士で解決するしかないのだ。




