お金持ちの家の子、底辺冒険者を知る
「な…………」
「…………」
冒険者の店に戻って、裏手の厩に案内する。
剥き出しの地面。木板の仕切りで区切られた馬房。通路側に壁はなく柵なので、中がよく見える構造になっている。……珍しいことに、今日はいつも隣の馬房で寝てるヒシクがいなかった。お出かけ中なのかもしれない。
四つある馬房の一番奥にリルエッタとユーネを連れて来て、指で示す。
「ここが僕が寝起きしてる場所。たぶん、参考にならないと思うけど」
土の上に藁を敷いただけの寝床と、干したままの着替えしかない馬房。シェイアからもらった魔術書は大事なので、寝藁の下をちょっと掘って隠してある。……今身につけている装備を除けば、僕の持ち物はそれで全部。
地面と藁と動物の臭いがする厩は、案内はしてみたけれどさすがに選ばれることはないと思う。二人がここで寝起きしている姿は想像できないし。
「な…………」
リルエッタの顔が驚きと絶望とその他のいろんな感情が合わさったような面白い表情で固まっていた。彼女の短杖に灯した魔術の明かりのせいかもしれないけれど、なんだか青ざめているようにも見える。―――あの明かり、すごく便利そうだ。あれを使えるようになれれば夜に魔術書が読めるのではないか。でも魔術を使えるようになるには魔術書を読まなければならない。
「…………」
ユーネは絶句している。声一つ発することなく、今にも膝から崩れ落ちそうなすごく悲壮な顔をしていた。なにかを言いたいけれど言葉が見つからない、みたいな表情だ。
「……どうしたの、二人とも?」
言葉を失って立ち尽くす様子がなんだか不思議で、僕は首を傾げる。ここまでの大げさな反応をされるとは思ってなかったのだけど。
「―――キリ。貴方、親は?」
「いないよ?」
「貴方一人で村から出て来たってこと?」
「うーん……まあそんなとこ」
「子供が、一人で?」
そこ重要かな……。
「知り合いに連れてきてもらったんだけど、奴隷商に売り飛ばされそうになったから逃げたんだよ」
正直、なんだか恥ずかしいので言いたくなかった。
自分から信用しちゃいけない人について行ったのだし、今から考えるとかなり間抜けだったのではないか。
「はあー……それで冒険者にー……」
「うんまあ」
やっと声を出したユーネが、ひどく感心した様子で……あとなんだかドン引きした顔で僕を眺めてくる。じろじろ見られるとすごく居心地が悪いんだけど。
「まあ、最初は大変だったけれど今はなんとかやれてるよ」
リルエッタはお金持ちの家の子だから当然として、ユーネもいいトコの子って感じがするから話した分だけ僕がみじめになりそうだ。それにこれ以上は不幸自慢みたいになりそうで嫌だし、もう早くこの話題を終わらせたかった。
だから僕は話を締めようとそう言ったんだけれど、リルエッタは許してくれなかった。
さっきまで青ざめていた顔を真っ赤にして、明かりの魔術をつけた短杖を持ったまま両手で頭を抱え、わなわなと震えながら天井を仰ぎ見たチェリーレッドの髪の女の子は……もう一度僕へ顔を向けた時、ものすごく怒っていた。
「―――馬鹿じゃないのっ? なんとかやれてないから、こんなところで泊まることになってるんでしょうが!」
…………………………………………―――。
「…………本当だ」
ぽん、と僕は手を打つ。
考えてみれば当たり前だけれど、厩は馬のためのものなので、人が泊まる用ではない。
普通の人は宿をとって寝起きするもので、だから当然食事代とかの他に宿代の分も稼ぐ必要があって、それができていない僕はなんとかなっていないのである。
「いい、キリ? 厩は馬のものであって人のためのものじゃないの。ここに寝泊まりしてる時点で貴方はもっと危機感を持たなければならないって分かってるっ?」
説明されなくても分かることで叱られるって情けないな。村の神官さんにもよくこうやって叱られてたっけ。
「いや……たぶん今なら部屋にも泊まれるんじゃないかな。マナ溜まりの薬草採取できたから少しはお金も貯まってるし、値段は分からないけど大部屋なら大丈夫だと思う」
「それじゃ、次のマナ溜まりで薬草が採れる時期までどうするのよ! 言っておくけれど、今日の稼ぎ程度じゃ全然足りないわよ!」
「それは今日は採取に専念してなかったからで……」
「専念してたらカゴを満杯にできたっていうのっ?」
僕は思わず口ごもる。リルエッタも気づいているのだ。薬草……特に依頼を出されるような薬草は珍しいのだ。たくさん採れるわけはない。
正直、今の僕には薬草採取で十分に稼ぐのは難しい。
「あ、あのー、お嬢様ー。もしかして……」
「ユーネは黙りなさい」
なにかに気づいたユーネを、リルエッタが制止する。むぅ、と僕は呻った。
今の僕には、薬草採取で十分に稼ぐのは難しい。これは本当だ。けれど正確ではない。
そこに気づかれた。
三人でパーティを組んでいるから、難易度が跳ね上がっている。
たぶんだけれど、僕一人で冒険に行っても採れる量は大して変わらないのだ。だって一人で歩こうが三人で歩こうが、道中に生えている薬草の数は同じなのだから。
今日だって採れた薬草を三人で分け持ってたから少なかっただけで、もし僕一人であればそれなりの稼ぎにはなったはず。
―――けれど、そんなことは最初から分かっていたことだ。
正式にパーティを組むとなった時……いいや、最初にウェインに言われて仮パーティを組むことになった時から、自分の稼ぎが減ることは分かっていた。だから最初は困ったことになったと思ったりもした。
それでもなお、僕はこのパーティを続けることを選んだのだ。お金については文句を言うつもりなんてない。
これでも食べ繋ぐことくらいならできると思うし。
「順応力があることは重要なことだわ。冒険するのは決して気持ちの良い場所ばかりではないもの。その点で貴方は冒険者として、とても優れているのかもしれない。……けれど、順応力がありすぎてこの現状に慣れるのはダメ。自分一人がここで我慢すればいいだなんて考えているのなら、それは絶対に間違っているわよ」
まるで僕の考えなどお見通しだというように、リルエッタが睨み付けてくる。……顔は怖いけれど、声はすごく真面目だった。
「それに、これは貴方一人だけの問題ではないのよ」
リルエッタは諭すように、自分の薄い胸に手を当てる。
「チッカの部屋の時に言ったけれど、わたしは冒険者として仕事していくにあたって、できるだけマグナーンに頼らないようにしたいと思っているわ。ユーネだって働きに出ている以上、生活費くらい稼げるようにならなければ格好がつかないでしょう。―――貴方は、わたしたちに厩暮らしをさせるつもり?」
それは……させられない。
二人はこの町に家があるから、報酬は少なくても問題ないと―――そんなふうに頭のどこかで考えていたのかもしれない。けれど実際の彼女たちはちゃんと働いて、稼いで、自立して生きたいと思っている。
村を出てきた時の僕と同じように。
「―――毎日カゴをいっぱいにするのは、無理だと思う」
僕は正直に白状した。お金の話だ。商人の子相手に誤魔化すのは無理だし、なにより不誠実な気がした。
「けれど、なんとかするから」
それしか言えなかった。現状はどうにかすべきで、とにかくなにかをやらなくちゃいけないことは分かって、そして僕は曲がりなりにもパーティのリーダーで。
「考えはあるの?」
リルエッタがジト目でそう聞いてきて、僕は目を逸らす。
「いや、無いけれど……」
「だったら―――」
「珍しいね。ここがこんなにも賑やかだなんて」
チェリーレッドの髪の少女がなにか言おうとした時だった。足音がして、蹄の音がして、高くてよく通る青年の声がした。
厩の入り口の方を振り返ると、芦毛の馬を連れた明るい緑髪の男が、髪をかき上げながら姿を表す。
「やあ、もしかして密談の最中だったかな? それにしては声が大きかったようだけれど」
ウィンクしながら僕たちに声をかけてきたその男の人はすごく美形で、なんだかキラキラしていて、そして初めて見る人だった。




