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空は蒼く、海は蒼く

 木窓から漏れ入る朝日で目が覚め、ゆっくりと身体を起こす。

 まだ朝の早い時間。けれど寝藁を薄く敷いただけの寝床は硬くてチクチクして、あんまり寝心地は良くなくて、二度寝とかは全然したくならない。寝るときはすぐ眠ってしまうからいいのだけれど。

 土が剥き出しの床に手を突いて、上半身だけ起きる。腕についた藁を落として瞼をこすり、手をいっぱいに上げて伸びをする。


 あんまり気分のいい朝ではなかった。


 昨日はあれからどうなっただろう。気になったけれど、帰ってきた時にはウェインがテーブルで酔い潰れていて、シェイアにいたってはもう店にいなかった。

 戦いの練習もする気にならなくて、魔術の本も読む気にならなくて、結局そのままここに来て横になったのだけれど……そこから記憶がない。たぶん泥のように眠ったのだと思う。

 それだけ寝ても疲れは纏わり付くように残っていた。


 手には折れた槍の柄でゴブリンを殴打した感触。額にはどろりと垂れる自分の血の感覚。瞼の裏には女の子の涙が焼き付いている。

 身体は起こしたけれど、なかなか立ち上がれなかった。寝藁に座ったままあぐらをかいて、もう傷のない額をさする。

 痛みも痕もないその場所に触れると、まるで昨日のことが嘘だったかのように思えてくる。―――けれどあれは、間違いなく実際にあったことだ。視線を少し動かせば、切れ込みが入って布が血で汚れた鉢金が視界に入る。現実はきびしいことに、あったことを無かったことにはしてくれない。


「……お腹すいた」


 くぅぅ、ってお腹が鳴ってしまって、僕はペコペコのお腹を押さえた。……そういえば昨夜は夕食を食べていない。いろんな事がありすぎて食事をとるのも忘れていたらしい。それだけいっぱいいっぱいだったんだと思う。

 空腹はダメだ。ひもじいのはダメだ。どんどんダメな気分になる。

 食べたいものはなにも思いつかなかったけれど、なにかお腹に入れなければと、重い身体を引きずるように立ち上がった。


 服を着替えてお金の入った袋を持って、馬房を出る。隣の馬房では馬―――ヒシクがまだ寝ていたから、起こさないよう手だけを振っておいた。今日もヒシクはいつも通りで、ちょっとだけ安心する。

 外に出て、日の光に目を細める。

 今日は憎らしいほどの晴天。絶好の冒険日和のハズだったのに。


 店の表側に回る。昨日早くに寝てしまったからかまだ日の位置が低い。そういえばこの時間だと、もしかしたら注文できるのは生野菜だけかもしれない。

 皮も剥いてない野菜に塩をつけて食べるアレは思い出深くはあるけれど、だからってそんなに食べたいものではなくて……でも今は、それでもいいかって気分だった。むしろそれしか注文できなかったら、選ぶ手間が省けていいって思ったくらい。

 片手でお腹を押さえながら、もう片方の手で扉のノブを掴み、開く。



 そこに、その二人はいた。



「おはよう、キリ」

「キリ君、おはようございますー」


 チェリーレッドの髪の女の子と、ふわふわした栗色の髪の少女。


「リルエッタ……ユーネ」


 二人を見て驚いて、目をパチパチしてしまう。

 店の入り口で、二人は並んで立っていた。リルエッタは腕を組んでちょっとふくれっ面で、ユーネは祈るように胸の前で手を組んで。

 まるで、誰かを待つように。


「えっと……こんな朝早くに、どうしたの?」

「キリ君を待っていたんですよー」


 ユーネのフワフワした、けれどいつもよりちょっとだけ緊張した声が答えてくれる。どうやら待ち人は僕らしい。


「……そう、貴方を待っていたの」


 しばらく睨み付けるように僕を見たリルエッタが、腕組みを解いてそう言った。すごく固い声だけど、ちょっと安心する響き。

 たぶんウェインとシェイアがうまくやってくれたのだろう。椅子に座って怯えたように身を縮めていたあの様子はもう完全になくなっていて、声にも、綺麗な翡翠色の瞳にも、普段の彼女らしい意志の強さが戻っていた。


「昨日は悪かったわ」


 ……意を決したように、まるで挑みかかるように、その謝罪は僕の目をまっすぐに見たまま発せられた。あまりに堂々と言うので、聞き間違えたのかと思ったくらい。


「わたしは判断を間違え、一方的にパーティを抜けて勝手に行動し、わざわざ窮地に飛び込んだ。その結果、助けに来てくれた貴方まで危うい目に遭ってしまった。今はもう、全部分かってるつもり。……だから、まずはそれを謝らせて」

「うん……こっちこそ、叩いちゃってごめん」


 実は―――昨日の戦闘の記憶、かなり断片的だったりする。二人に置いて行かれた辺りからだいぶん怪しくって、光景は思い出せるけれどうまく繋がって思い出せない感じ。

 怒りで興奮してたからかもしれないし、頭を殴られたからかもしれないけれど、とにかく自分でもなにをやったのかイマイチ思い出せない。三匹もよく倒せたな、どうやったんだろ、と思ってしまうくらいだ。……チッカは、ギリギリの戦闘の後にはよくあると言っていたけれど、正直すごく不安。


 その中で記憶に残っているのは、燃え上がるような激しい感情と、命を奪う生々しい感触と、女の子の涙。

 そして、彼女を叩いてしまったこと。


「あれは当然だわ。わたしが悪いもの」


 ほっとした。そのことだけはトゲのように残っていたから、謝れてよかった。

 そして、これは本当に本当に不安だったけれど、昨夜のことについても深く深く安堵していた。理性的に話すリルエッタの様子からして、どうやらウェインとシェイアはちゃんとやってくれたのだと分かったからだ。

 あの二人だからちょっと……いやかなり……すごく心配していたが、さすがに笑い事ではないと感じ取ってくれたのだろう。冒険者としての先輩として真面目に、しっかりと彼女たちを導いてくれたに違いない。


「それでね、キリ。今日は改めて貴方にお願いがあって来たのよ」

「ユーネからもー、お願いします」


 お願い。―――それは、僕がウェインとシェイアに向けて言った言葉。

 巡るようにして返ってきたその言葉に、僕はまばたきした。


 僕がウェインとシェイアに託したお願い……その願いがどういうものなのかは、正直に言って僕自身にも分からない。

 このままでは良くない。これで終わるのはダメだ。なんとかしたい。

 そう思ってはいたけれど、それじゃあ僕がどうしたいのかはなにも思いつかなくて、ただただ自分でも分からない望みを分からないまま人に押しつけ、あの居たたまれない場所から逃げ去った。―――そんなのが正解だったハズがないのに。


 これは、その結果。

 リルエッタとユーネは再度僕の前に来て、こうしてお願いをされる側として僕がここに立っている。



「貴方のパーティへ正式に入れてくれないかしら」



 ―――まったく。あの二人はいったいどんな魔法を使ったのだろうか。

 予想外すぎて、驚きすぎて、どうしたものかと頭を抱えたくって……ああ、大変なことになっちゃったなぁ、と人差し指で頬を掻いた。


「うん、分かった」


 これがあの二人に任せっきりにして逃げ出した結果だとしたら、それは僕が受け入れるべきものなのだと、頷いてしまった。


「も、もちろん厚かましい話だとは分かっているわ。けれど、わたしたちとしてもあのままで……―――え?」


 たぶんだけれど、これは覚悟がなかったんだと思う。

 これがウェインやシェイア、チッカ辺りだったら、きっとなにも気にせず断ってただろう。もしムジナ爺さんだったら、大笑いしてから手ひどく突き放していたのではないか。

 だから、ここで頭にいくらでも浮かんでくる理由を並べ立てて断るほど、僕はまだ冒険者に……ダメ人間に染まってなかったというだけの話。


「いいよ、正式にパーティを組もう。よろしく、リルエッタ。よろしく、ユーネ」


 返事をして、まだ驚いて固まっている二人へ握手の手を差し出す。

 断られると思っていたのだろう。そうじゃなくても、嫌がられると思っていたに違いない。

 けれど……僕にとって彼女たちは、この町で初めてできた歳の近い友達で。この二人とまた冒険に出られることが、やっぱり嬉しかったから。


 差し出した手を二人に握り返してもらって、やっと僕は心から笑えたのだ。






「……それで、どうしてこうなるの?」


 不満そうなリルエッタの声に、僕は頭を掻いた。

 視界には水の青と空の青。どこかベタつくような、けれどワクワクしてくる潮風。耳をくすぐる波の音。歩くと足跡がくっきりつくのが面白い、不思議な感触の砂浜。

 生まれて二度目になる海の景色は、隣にふくれっ面の女の子がいた。


「槍の修理、今日の夕方に取りに来てって言われてるんだ」


 正直に告白すると、ぐ、とリルエッタが怯む。槍が壊れたのはゴブリンと戦ったせいで、つまりは彼女たちのせいでもある。


「ああー、どうりでキリ君、鎧つけてないしカゴも背負ってないなって思ってましたよー」


 リルエッタの向こうには、すっかりいつものフワフワした調子を取り戻したユーネが歩いている。

 彼女は今日もちゃんと服の下に冒険用の鎧を着込んでいた。長柄のメイスもしっかり背負っている。……なんだか申し訳ないな。事前に今日はお休みだって言える状況ではなかったけれど。


「でも鎧を着てないキリ君も新鮮ですねー。鉢金がないと印象も変わりますしー」

「そうね。あの皮鎧、全然似合ってないもの。そうしてると普通の子供みたい」

「まあ、そうかもね……」


 ちょっと前まで冒険者になるとか夢にも思ってなかったからね……。



「おーい、こっちだこっち!」



 先を行くチッカが岩場の方で手を振った。

 砂浜が途切れ、海にせり出すようにゴツゴツした大きな岩がたくさん積み重なっている場所。


「足元、濡れて滑るから気をつけなよ。隙間に落っこちたら引き上げられないからね!」

「そんな危ない場所に連れてこないでよ……」

「冒険者がなに言ってるのさ。ここは穴場なんだよ。お宝を探すのと同じで、釣りは場所選びからだぞチビ」


 冒険と釣りって同じなんだ……。そっかーはじめて知ったな……。


「ねえキリ。あのハーフリング、今日はやけにイキイキしてない?」

「チッカはすごく釣り好きなんだ……たぶん釣りをやるために冒険者やってる」


 槍を修理してくれる鍛冶屋を紹介してもらって、そしてその店ですぐには直らないと告げられたときの、チッカの目の輝きようったらなかった。

 こっちがそんな気分じゃないというのに、そういうときだからこそ気分転換は大事だとか、波の音に身を委ねてると無心になれるとか、さんざん捲し立てられて今日の約束を取り付けられてしまった。

 断ろうにも槍がなければ冒険はお休みするしかないし、頭の怪我は完全に治ってるし、いい鍛冶屋を紹介してもらった直後だったしで、僕としても押し流されるしかなかったのだけど……まさかこの人数になるとは。


「おーい、荷物ってこの辺でいいのかよ」

「……ねむい」

「あの二人は当然のようにいるし……」

「うん、僕もなんでいるのか分かんない」


 一人で大荷物を運んでいるウェインと、その横をまだ寝ぼけ眼で歩くシェイア。その姿をリルエッタがプルプル震えるほど拳を握りながら、苦々しい表情で睨み付ける。

 ……なんだろ。昨日すごくいい感じで相談に乗ってもらったのなら、絶対にしなさそうな顔なんだけど。


「ほらチビ。それに新人二人。竿貸してやるからやってみなよ」


 ウェインが荷物を置いた場所まで辿り着くと、さっそくチッカが釣り竿を投げて寄越してくれる。

 釣り竿は当然のごとく人数分あったけれど、これでもまだ彼女のコレクションの一部でしかないことを僕は知っていた。


「あ、そういえば餌はこれだけど触れる?」

「ひぃっ」

「ちょ、虫! 虫じゃないの!」


 チッカがふと思いついたかのように小さな容器から取り出した虫を見て、僕の隣の二人がビクッと後ずさる。……ええと、なんでそんなに驚くのだろうか。釣り餌に使うのなら毒とかないと思うけれど。


「ああやっぱり。チビは大丈夫?」

「え? うん、たぶん大丈夫」

「じゃ、最初だけ餌をつける手本見せるから、チビが二人の分もやってあげな」

「いいけど……」


 なんで? と首を捻ってしまうけれど、なんだかリルエッタとユーネはすごく怯えた表情をしているので、そういうものかと納得することにした。

 手本を見せてもらっても特に難しくはなくて、大した手間でもない。これくらいなら任されても問題ないだろう。


 濡れて滑りやすい岩場を慎重に登って、ちょうどよく三人で座れそうな場所を見つけて、二人を呼ぶ。おずおずと渡された二人分の竿の針に餌をつけてあげて、自分のにも同じように仕掛ける。


「キリ……貴方すごいわ……」

「田舎の子って強いんですねー……」


 なんだろ、なんか納得いかないぞ。冒険の時とかでもっと大事なことを伝えたときより驚かれてるのなんで?

 釈然としないまま座って、よく分からないけれど糸を垂らす。たしか、チョイチョイと動かしてやるといいんだったっけ。


「たくさん釣って。私の分も」

「シェイアはやらないの?」

「火の準備しておく」


 岩の下からそれだけ言って、シェイアがちょっと離れた場所へ移動し座り込む。

 彼女なら魔術で火くらい簡単に用意できるから、あれはサボる気満々だ。ねむいって言ってたし、たぶん寝るつもりだろう。


「俺、釣りはイマイチ合わねぇんだよなぁ。よし、潜って貝とか採ってくるわ」


 言うが早いか、ウェインが木のバケツを持って振り回しながら砂浜の方へ歩いていく。

 今日は暖かいけど、まだ水の中って冷たいんじゃないのかな。それとも海は川とは違うのだろうか。


「それじゃ、あたしはもうちょい奥にいるから、なにかあったら大きい声で呼びなよ」


 チッカが竿とバケツを持って行ってしまう。お気に入りの場所でもあるのか、もしくは話し声で魚が逃げるのを嫌ったか。


 散開し、三者三様に行動する先輩たちを岩の上から目で追って、そういえばこういう人たちだったなぁと呆れてしまった。

 自由だ……冒険者って自由なんだな。この人たちだけかもしれないけど。

 僕らは三人で呆れ顔を見合わせて、フッと笑った。あの三人になにを言っても無駄だから気にしないでおこう、ってお互いの顔に書いてあるようだった。


 並んで座って、糸を垂らす。

 日差しは暖かで、潮風が気持ちよくて、波音は心地よくて、遠くで海鳥がゆったりと飛んでいた。

 嵐のようで炎のような昨日に比べ、嘘のように穏やかな時間が流れる。


「ねぇ、キリ」

「なに?」


 声を掛けられて振り向くと、釣り竿を両手で持ったリルエッタは糸の先をじっと眺めながら、口を開く。



「わたしはきっと貴方に、パーティから抜けないで、って言われるような冒険者になるわ」



 ―――つまり、お嬢様はキリ君に引き留めてほしかったんですねー。


 前に彼女を怒らせてしまった時、ユーネに言われたことを思い出した。

 あの時は二人がすぐに別のパーティへ行ってしまうと思っていたから、引き留めるなんて思いつきもしなかった。


「でも、そうなったら引き留めても出ていっちゃうんじゃない?」


 パーティを抜ける人は引き留めてほしいだけで、出て行きたくないわけではない。いずれ僕が二人にとって有用でなくなったのなら、その時はやっぱり送り出すのが彼女たちのためだろう。


「……そうね」


 リルエッタは頷いたけれど、なんだか不満そうで、ふくれっ面だった。

 しばらくそうしたまま、波の音が何回か響いた後にやっと、彼女はまた口を開く。


「だから、わたしたちに見捨てられないよう、貴方もがんばりなさい」


 ……あー、と。蒼い空を見上げる。

 そうか、と目を閉じて、なるほど、と肩の力を抜いた。


「ん、分かった」


 きっとそれがパーティなんだって、僕はやっと気づいたのだ。


 文字数について宣言するのやめようと思いました。KAMEです。

 もう少し短くなる予定だったんですけど、文字量の見極めってできないもんですねー。


 さて、実は二章を書いている最中、嬉しいことに小説家になろう内でエッセイを書いている方のところでこの作品を紹介していただけました。


掘る、そして読む 〜小説家になろうおすすめ作品紹介〜

https://ncode.syosetu.com/n4649ha/8/


 こちらですね。

 いいことをたくさん書いてあるので、今後どんな作品を書いているか、と聞かれるようなことがあったらこのエッセイを参考にして答えようと思います。


 「作品は作者のもの、感想は読者のもの」と言います。

 作者は作品を創ることができますが、読者は十人十色の感想を持つもの。なので僕が書いた話を読者の皆さんががどう受け取ってくれているのかって、実は僕は全然分からないんですよね。だから感想を書いてくれたり、こういうエッセイにしてもらったりすると、自分の作品がどう読まれているかが分かるような気がしてとても嬉しいし参考になりますね。


 さてさて、というわけで「冒険者ギルドが十二歳からしか入れなかったので、サバよみました。」二章いかがでしたでしょうか。

 三章はちょっとユルい感じの話になる予定です。お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私があの立場でも結局絆されて組んでしまうんだろうな。主人公もまだ断れるほど冒険者に染まっていないし初めての友達だから見捨てることはできなかったんだろうな
2024/07/09 02:04 目のないぶたさん
[良い点] 死ななかったからこそ、ですか。まぁ、人間なんて生きてなんぼの人生ですからね。死んでたら釣りも出来ないし、うまいものも食えない。当たり前ですけど、たまに思い出さないと、後悔しそうです。
[良い点] 遅ればせながら、楽しく読ませて頂いております。 2日で2章まで読んでしまうくらい楽しませて頂いております。 [一言] 暖かな人物を描くのが上手い上に、あそこまでヘイトを集められる人物まで(…
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