耳を塞いでるから聞こえない
テーブル席がまばらに埋まりガヤガヤと雑多な声が聞こえてくる薄暗い店内は、まだ夕方なのにもうお酒の臭いが漂っていた。
たくさんの料理を囲んでいるテーブルがあった。笑いながら世間話しているテーブルがあった。カウンターに一人で飲んでいる人がいた。壁の依頼書の前で真剣に相談するパーティがいた。
僕たちにあんなことがあったのに、冒険者の店はいつも通りだった。
それはそうだろう。ここは危険を日常とする者たちが集う場所。
「ゴブリン三匹か。ふん、運が良かったな」
受付カウンターの奥から呆れた調子でそう言ったのは、店主のバルクだ。
まあそういう感想になるだろう。僕がパーティリーダーで、他の二人は新人だ。これで魔物とマトモに戦えると思う方がおかしい。
「うん、僕もそう思う」
一人か二人死んでいたかもしれない。なんなら全滅してもおかしくなかった。全員無事で帰って来られたのは、本当に運が良かったのだろう。
「その鉢金の傷は今日のか?」
バルクがじろりと僕の額を見る。額の傷はもうきれいになくなっているけれど、鉢金にできた切れ込みのような跡は残ったままだ。
「そう。短剣で斬りつけられちゃって」
「まともに喰らってるな。そんな板きれでよく防げたもんだ」
「本当にね……。実はこれも防ぎきれなくって怪我しちゃったけど、ユーネが治してくれたんだよ。治癒魔術ってすごいんだね」
「ふん、せいぜい気をつけろ。即死なら治癒魔術でも治せん」
死人を生き返らせるのは無理かぁ。やっぱり仲間に治癒術士がいても、怪我し放題ってわけにはいかないな。……まあ、そんな戦い方なんてしたくないけれど。
バルクが横を向いて座り直して、先がかなりヘタってしまっている羽根ペンを手に取る。どうやら会話は終わりのようだ。恐い顔だし口調もぶっきらぼうだけれど、内容は冒険の忠告だったので、僕はありがとうとお礼を言ってその場を離れる。
僕の手には、彼から受け取った小銀貨と銅貨が数枚。それを数えて、僕はきっちり三分の一だけズボンのポケットに入れた。
残りは手に握りしめて、店の一番端っこ、壁際の奥のテーブルへと向かう。
そこで、リルエッタとユーネの二人は僕を待っていた。
気絶した後、僕はユーネの魔術で治療されたらしい。気がついたときには怪我をした頭は痛みもなく、傷跡すら残っていなかった。
時間はそんなにたっていなかったようで、リルエッタはまだグズついていたし、ユーネはまだ青ざめていて、なんだか気まずくて、僕らは話らしい話もしないまま山を降りることとなった。
四人用のテーブルで、リルエッタとユーネは並んで座っていた。対面の席は二つとも空いている。……そこに僕が座るよう、空けてくれているのだろう。
暗い顔でうつむき、思い詰めたように押し黙る彼女たちは、僕がテーブルの横に立つまで気づかなかった。
「バルクに報告してきたよ」
声を掛けると、二人がハッとしたように顔を上げる。
僕は―――席に座らなかった。
「僕もついこの前に知ったんだけど、ゴブリン討伐は一応常設なんだ。冒険者が他の依頼中、たまたまゴブリンを見つけた時ついでに殲滅してもらうために、領主から出てる。……まあ、安いんだけどさ」
さっきバルクから受け取ったお金の内、彼女たちの分をテーブルに置いた。
わざわざ待っていてもらったのは、このため。これで僕の用はおしまい。わざわざ座るまでもない。
「それじゃ」
僕は踵を返す。
「え……」
リルエッタの控えめな声が聞こえたけれど、僕は足を止めなかった。
テーブルとテーブルの間を抜けて、騒がしい冒険者たちの横を通り抜けて、店の出口へ。
山を降りて町へ戻る道すがら、ずっと考えていた。二人になにを言うべきなのかを。
そう、なにを。
……結論として、なにも言うべきことはなかった。
リルエッタとユーネはもう、僕のパーティを抜けている。
どうせ二人は別の仲間を捜すつもりだった。
彼女たちが今回の件で懲りて冒険者をやめるというのなら、それはそれでいいことではないか。
あのテーブルに座ってなにを話せというのか。
無謀な行動をしたことに対して説教とか? 僕だって新人なんだけど。
パーティに引き留める? 彼女たちの方から抜けたのに。
向いてないからやめろって助言する? 冒険者は自由なんだから意味がない。
なにも言えることなんてないのだ。だから、なにも言わず立ち去るべきである。
……二人は無事にここまで帰した。ゴブリン討伐の報酬はちゃんと分配した。やり残しはない。
これでいいのだろうか、というモヤモヤはあるけれど、もう終わりだ―――。
「よう、ガキんちょ。どうしたどうした、なんか雰囲気暗くね?」
出入り口から店を出ると、待ち伏せしていたかのようにウェインが店先にいた。
「見れば分かる。あの二人が失敗した」
シェイアが僕の肩に手を置いて、店の奥を覗き見る。
「あ、やっぱチビの槍、壊れちゃってるじゃん。修理なら表通りの鍛冶屋はダメだぞ。あそこはナベとかの日用品ばかり扱ってる。安くて腕が良いトコ紹介してあげるよ」
チッカが背中のカゴから折れた槍をヒョイと取り出す。
僕はといえば、この三人に囲まれて額を押さえていた。怪我はすっかり治ったはずなのに、なんだか頭痛がした。
そして……どっと気が抜けてしまった。
「あー、えっと。チッカありがと。助かるよ」
とりあえず善意の申し出にお礼を言って、それからウェインとシェイアに向き直る。
「……二人とも」
胸にモヤモヤがあった。これでいいのだろうか、という気持ち悪い感情だ。
「おう、どうした?」
「なに?」
どうにかしたい、とすら思わないかといえば、嘘になる。
けれどそれは……なんというか。こう。ここまで苦渋の決断に任せていいものなのかというか。
この人たちに任せると、もっと悪くなるんじゃないかなとか。
「……お願い」
「おい今のめっちゃ不服そうじゃなかったか?」
「すごく嫌そう」
耳を塞いでいるから聞こえない。そんな事実はない。不安になんかなっていない。
僕はなにも聞こえないフリをして、逃げるように足早にその場を後にする。最初からハラハラしそうだし、過程とか見守る気になれない。できれば結果も知りたくない。
「まったく……それもリーダーの仕事なんだぜ、ガキんちょ」
「あんなの簡単」
ウェインが呆れ声を背中にかけてきて、シェイアは嫌な予感しかしない言葉を残し店内に入っていく。なんにも聞こえない。
「チビ、そっちじゃない。逆だよ逆」
それは聞こえたので、僕は慌てて方向転換する。




