真面目な子
僕はただ不思議に思っただけ。
冒険者になるだなんて家の人に反対されそうなものなのに、家のために冒険者になったというのが違和感だった。彼女の真面目さは冒険に対するやる気の現れのように感じて、だから家のために仕方なくここにいるとは到底思えなかった。
リルエッタは冒険者になりたくて、そのために家のためという建て前を使ったのではないか。
―――だとするなら、彼女の目的はいったいなんなのだろうか。そう、少し気になっただけだった。
パンッ、っと手を払われた。
「痛……」
言うほど手の甲は痛くなかった。ただビックリした。
「見損なったわ、キリ」
ものすごくドスの効いた声を聞いて、なんかすごい怒った顔してるリルエッタと目が合った。
今の話のどこに怒ったのか分からず、思わず身体を引いてしまう。
「町の人たちは、みな懸命に生きている」
その口調に、僕は村の神官さんを思い出した。
「漁師は魚を捕って、農家は小麦や野菜を育てて、食べるものを揃えてくれる。木こりが伐った木材と職人が作った煉瓦で大工は家を建て、羊飼いが刈った羊毛で織物職人が服を織る。そしてなにか問題ごとがあった時、それを冒険者たちが解決する。……そうやって、町は営んでいくのよ」
顔は不機嫌なままだったけれど、リルエッタの声は真剣で、目はとても真面目で、真っ直ぐに僕に向かっていた。
「自分ではできないことを、できる人に相応の対価を支払ってやってもらう。それが巡り巡って、みんなが助け合う。町の全員が持ちつ持たれつなのよ。―――依頼を受けた冒険者が死んでもかまわないだなんて誰も思っていないわ。彼らはただ自分たちの日常を守るため、あるいは取り戻すため、もしくは困難な目的達成のために、自分たちが懸命に働いて得たお金を差し出して、どうかお願いしますと専門家である冒険者に依頼するの」
リルエッタの後ろで、ユーネがウンウンと頷いている。それもそのはずで、この話はアーマナ神さまの教典にも書かれているものだ。しかもわりと最初の方に。
人は一人では生きられません。だから助け合いなさい。
「自分の代わりに危険な目に遭ってくれ、と冒険者に言っている? 依頼者がそんな卑怯者だとでも思っているの? 卑怯者は貴方の方よ。自分の恐怖心を正当化しようとしているだけじゃない。冒険者として町の営みの巡りに参加しているのならば、それ以外の仕事で同じ巡りに参加している人たちにもっと敬意を払うべきだわ」
リルエッタは怒りにまかせて一気に喋ったからか、そこで息を深めに吸った。そして息を吐き、もう一度吸う。
「実力が足りないのは仕方ないの。けれど貴方が冒険者として依頼を請けるのなら、専門家としての自覚を持ちなさい。依頼者は自信もない素人にお金を出したいわけじゃないのよ」
…………すごく。
すごく、まっとうに叱られた。
正論過ぎてなにも言えないほどにまっとうで、自分が恥ずかしくなってくるほど。
それでお金を稼いでいるのだからちゃんとしなさい。―――その通りすぎる説教だ。ぐぅの音もでない。
「お仕事は誠心誠意をもってしっかりするものですよー」
ユーネにも追撃された。つらい。
「……まあでも、普通の町の子ならそんなものなのでしょうね。ああいえ、キリは田舎の村の子だったかしら?」
苛つきをどうにか鎮めて、鎮めきれない感情を声に漏らしながら、リルエッタは僕から視線を離した。
彼女は僕が段差を超えるためにさっき掴んだ細い木の幹を、同じように握ってぐいぐいと揺らす。
「うらやましいわ。子供の心のまま、なんのしがらみもなく冒険者になれるなんて、自由で。せいぜいこれから精進しなさい」
リルエッタは段差に片足をかけ、手に力を入れ、勢いをつけて地面を蹴る。
「きゃあ!」
「危な!」
「お嬢様っ?」
盛大に足を滑らせて転びそうになったところを、僕とユーネに支えられた。
つまり、彼女は真面目なのだ。
僕はリルエッタのことをそう結論づけた。彼女は転びそうになってからもう一言も喋らなくて、もう頂上付近まできた今も不機嫌顔のままだ。
休憩中にユーネにどうしましょうかと相談されたほどで、もちろん僕は答えられなかった。
―――うらやましいわ。子供の心のまま、なんのしがらみもなく冒険者になれるなんて、自由で。
そう言った彼女の声は嫌味に染まっていたけれど、うらやましいという言葉は嘘ではないように聞こえた。
だから、きっと。彼女が冒険者になるには大人の心にならなければダメで、しがらみがあって、不自由なのだろう。
「……やっぱり、冒険者になりたくてなったんじゃないか」
すぐ後ろを歩く彼女に聞こえない声音で、呟く。僕の中で違和感はもはや確信に変わっていた。
海塩ギルドのマグナーン。その名がどこまでの意味を持つのか、僕には分からない。けれど彼女は普通の町の子ではなくて、もちろん僕のような田舎の子でもない。特別な生まれをして、特別に育ってきた子なのだろう。
「うらやましい、か……」
働くために故郷を出て町に来て、騙されて奴隷商に売り飛ばされそうになって、逃げた先でたまたま冒険者の店を見つけた僕を、金持ちの子がうらやましいと言うのか。
彼女は僕の事情なんか知らない。だから彼女にそんなつもりなんてない。そんなことは分かっている。……けれど、どうしても胸に溜まる気持ち悪いなにかが収まらない。
僕らの間に会話はなかった。話しかけられなかったし、話しかけようと思わなかった。
昨日も歩いた道を無言で進んで、なにも喋らないから嫌な考えだけが頭をグルグル回って、山道に不慣れなリルエッタの息づかいが荒くなっているのに気づいていてもペースを落とす気になれなくて、少し先行気味に進む。
待てと言えば待つつもりだけれど、意地になっているのかリルエッタは口を閉ざしたまま必死な顔でついてきて、これで文句も言わないし投げ出したりもしないのはやっぱり真面目なんだなとは思った。
目的地につくまでに、もう一度休憩をとるべきだろうか。
やはり休みは必要だ。僕はまだ大丈夫だけれど、二人はこのままじゃいけない。
このまま進んだとして、目的地のマナ溜まりまではこのまま辿り着けるかもしれない。でももしその途中で運悪く魔物にでも出遭ってしまったとしたら、彼女らは満足に走って逃げることができないだろう。それはダメだ。短くてもいいから、適当なところで一回休憩を入れて息を整えるべき。
無言で気まずい雰囲気になるだろうけれど、それは仕方がない。
さて、ではどこで休むのがいいだろうか……この先で腰を下ろすのにちょうど良い場所を思い浮かべながら、道の先へ目を向ける。
そしてそれを見つけて、地面に身を投げるように伏せた。
「しゃがんで! できるだけ身を低く!」
大声は出せない。二人にギリギリ届く小声で、鋭く指示する。もう胸に溜まった気持ち悪いなにかなんて吹っ飛んでいた。
「な、なにがあるんですかぁ? なにもありませんけどー」
リルエッタは不機嫌顔のままだったけれど指示通りにしゃがんで身を低くしてくれて、ユーネがこれでもかってくらいに縮こまりながら説明を求めてくる。
僕は道の先を指で示す。―――見たことがあるから、気づけた。ムジナ爺さんみたいに目をこらさないと見えないほどの距離ではない。七歩も進んだら踏んでしまうくらいの近さ。
「……ゴブリンの足跡だ」
ムジナ爺さんと三人組の新人冒険者さんたちでこの山を登ったあの時のことがまざまざと思い浮かんできて、目眩がした。




