マグナーンとしての事情
「え……?」
ハーフリングの言葉に、ユーネが露骨に反応する。……別に、秘密にしていたわけではないのだけれど。
「どうしてユーネたちが海塩ギルドから来たと分かったんですか?」
小さく首を傾げての問いに、わたしよりもキリよりも小さいくせに偉そうに、チッカはまた頬杖をついた。
「キリに聞いた。そっちのアンタ、リルエッタ・マグナーンって言うんでしょ? マグナーンなんて名前、この町じゃ知らない者はいないからね」
「え、言って―――いっ!」
発しかけた言葉をみなまで言うことができず、キリの声が途切れる。テーブルの下で足でも蹴られたのだろうか。
ふむ、とわたしは自分の唇に親指で触れる。
今のやりとりを見るに、どうやら彼はわたしたちの名前を教えていないようではある。つまり噂話でも聞いたのか、あるいはわざわざこちらのことを調べたらしい。ご苦労様なことだ。それだけこの冒険者の店で、わたしたちの存在は異質に映ったという証左だろう。
しかし……お粗末な嘘には少しがっかりした。キリみたいに純朴な子を前に、あんな嘘はすぐにバレるに決まっている。冒険者はそんなことも分からないのだろうか―――。
チッカのニヤニヤ顔を目に入って、それで察した。あの嘘はバレるのが前提の嘘だ。
見たかったのはわたしたちではなく、キリの反応だったか。もしわたしが偽名を使っていれば、彼の反応は違ったはずである。
……まあ、隠すことも後ろめたいこともない。そういうのは勝手にやってくれればいい。
「たしかにわたしはリルエッタ・マグナーン。海塩ギルドの長の孫よ。でも今は一介の新人冒険者のつもり。先輩方にはぜひ、仲良くしていただけると嬉しいのですけれど」
ただ、向こうが勝手にやるのはいいが、その相手をするのは面倒ではある。思わずため息だって吐いてしまう。
そもそも今日は、こちらが話を聞きに来たのだけれど。
「マグナーンといえば良くない噂もあるよね」
ほら面倒。
「海塩ギルドの長は自分の子供や孫をいろんなギルドや商会に送り、重役の座にねじ込んでいる。そうやって有利な契約を持ちかけたり、あわよくば乗っ取りを仕掛けようと企てている……てね。ま、取るに足らない風の噂だけど」
「そうね。凪の海風の方がまだ気になるのではないかしら」
くだらない噂には困ったものだ。そんなもの、マグナーンをひがむどこかの商店が流したに決まっているだろうに。
とはいえ、この場ではただ聞き流すわけにもいかない。だって隣にはキリがいる。田舎生まれの彼はいまいちピンと来ていない様子だが、今は仮とはいえパーティを組んでいる相手だし、我が家が悪いことをしているとは思われたくない。
「マグナーンの子は十二歳になって各種ギルドに登録できる歳になったら、他のギルドに修行に出るのよ。最初から特別扱いされながら働くより、他のところで下働きしてきた方がモノになるって方針ね。……ま、おじいさまの後継ぎはとても優秀な長男がいて、その息子も嫌になるほど優秀だから、戻って来たって長になれないことは決まってる。出先でいい役職に就けたなら、そのままそこで働き続けることも当然あるわ」
仕方なくわたしは説明を始める。
……まあこれって実はやるのは男子だけで女子は珍しいのだけれど、わたしはその珍しい例としてここに来た。
「運送ギルドに行った年の離れたいとこがいるけれど、たしかに重役に納まっているわ。もちろん彼は優秀だけど、その座に就けたのは海塩ギルドの影響が大きいことも否定しない。それで両ギルドがより親密になったのも事実よ。……でもマグナーンのわたしから見たら、貴方が聞いた噂とは逆に映るわね。運送ギルドがこれからも末永く海塩ギルドとの取引を続けるため、いとこを人質に取っている形だもの」
こんな話、正直あまり興味がない。いとこは立場を利用して上手くやればいいし、それで両ギルドが得するならいい話だ。
くだらない噂はあくまで噂。マグナーンはまっとうに経営努力しているだけである。
「なるほどね。商人の世界は素人だけれど、言いたいことは分かるよ。……それで? 次は冒険者ギルドってこと?」
「そうね」
わたしはあっさりと頷いた。べつに悪いことはしていないし、隠すことでもない。
「塩田に出た厄介な魔物の討伐、都へ向かう隊商の護衛、細々とした厄介事を解決するための人手。海塩ギルドも冒険者に依頼を回すことは多いわ。でも、冒険者って質がまちまちでしょう? いざという時にマグナーンが頼れる、信用できる腕利きとお知り合いになっておきたいの」
「へぇ、アンタのお眼鏡にかなえばマグナーンから直接の依頼がもらえるわけかい。それはぜひあやかりたいね」
「ええ。もちろん貴方たちには期待しているわ。キリの知り合いなら、多少性格が悪くても信用できるでしょうし……」
戦士の男は最初から最悪の出会い方だったし、チッカはさっきから突っかかってくる。シェイアもほとんど口を開かないので不気味。
正直、あまり印象は良くないのでちょっとした嫌味のつもりだったけれど、三人とも怒ったりはしなかった。むしろ口角が上がった。たぶん性格が悪いのは自覚してるのだと思う。
「貴方たちが見つけた下水道の新エリアのおかげで、この町はこれから都化が進むでしょう。数年後には隣都のエルムフラーレンと比べても遜色なくなるかもしれない。―――その功績は、これから貴方たちの箔になるでしょう。マグナーンにも紹介しやすいわ」
わたしの言葉にチッカが目を見開き、とっくに話に置いて行かれていた戦士の男が飲んでいた酒を吹き出す。平静なのは真ん中のシェイアだけだ。どうやら事の大きさを知っていたのは彼女だけらしい。
ユーネが先ほど戦士の男を持ち上げるために言っていた、下水道の冒険者がすごいからこの店に来た、というのは嘘ではないのだ。きっかけは間違いなくそれで、わたしはそのおかげで周囲に反対されていた冒険者になれたようなものである。
冒険者ギルドにも商機はある。……そんな名目がわたしをここに導いてくれたのだから、この三人には感謝すべきなのだろう。
まあ、この三人に自覚があろうがなかろうが関係はない。彼らはそれだけの仕事をしたパーティであるという事実は変わらない。
そして彼らがもたらした変化は、町の住人たちにとって大きな影響を与えるだろう。……それはもちろん、マグナーンにも。
「冒険者は時に大きな商機を呼び込むことがある。その情報をいち早く知れるのは、やはり冒険者でしょう?」
つまるところ、それがわたしのマグナーンとしての役目だった。
「なあ、つまり……―――」
そんな、静かな声を上げた者がいた。名前はなんだっただろうか……あの戦士の男だ。
彼は神妙な顔で、なにかよほど大切な事に気づいてしまったかのように口元を手で覆い隠す。
そして……。
「―――俺たちはこれから、あの下水道の冒険者って呼ばれちまうってことか?」
……………………まあ、格好良い呼び方ではないけれど。
「たしかにそうかも……うわ、嫌すぎるねそれ」
「端的に最悪」
チッカは両手で頭を抱え、シェイアは苦々しい顔でボソリと呟く。
下水道の冒険者……改めて考えると、初対面の相手に臭いを嗅がれそうな呼び名だ。
「二つ名とか通り名って普通、何々殺しーとか、どこどこ遺跡の開拓者ーとか、そういうカッコいい系だろ……? 悪いコトもしてねぇのになんで変な呼び名つけられなきゃならねぇんだ……?」
「ムジナ爺さんは腰抜けだけど?」
「爺さんはいいんだよ。アレは好きでそう名乗ってたんだ」
キリから新しい名前が出てきたけれど、腰抜けという二つ名はいかにもダメそうだ。しかもそれを好きで使うとか、明らかに変人である。知り合う必要は無さそうだ。
あとこの話はただの無駄だ。
「……とにかく、わたしの事情はそれだけ。悪いことはする気がないし、むしろマグナーンとしても新人冒険者としても良い関係を築きたいの。分かってもらえたかしら?」
強引に話題を元に戻す。そして切り上げるためにまとめる。
下水道新エリアの詳細なマップを手に入れることができなかったのは残念。でも分別をわきまえている者がちゃんといるのなら、冒険者は思っていたより取引できそうだ。……今日はそれで十分ということにしておこう。これ以上ここにいても、こちらの話ばかりすることになるだろうし。
マグナーンとしての事情は家庭のものだ。知られてマズいことはなくとも、根掘り葉掘り聞かれるのはいい気分ではない。
「だいぶん分かったよ。いろいろ聞いて悪かったね。……そうだ。お詫びに、かわいい新人冒険者さんに一つ助言しておこうかな」
この三人の中では頭の回転が早くてよく喋るハーフリングは、頬杖をついたまま薄ら笑いを浮かべる。こちらを見て面白がるように。
「知っての通り冒険者の質はまちまちだ。だから、パーティの仲間は慎重に選びなよ。大金持ちの孫娘さん」
―――……ああ、それは。それは、なるほど有用な忠告だ。
魔術士や治癒士は少なく、冒険者になる魔術士や治癒術士はより少ない。だからパーティはすぐに組めると思っていた。
適当なパーティに入って、しばらくは普通に冒険をして、少しずつこの冒険者の店を知っていこう……なんて考えていたけれど、最初の一歩からもう危ういのだという認識は、たしかにたしかに足りなかったかもしれない。
「ありがとう。そうするわ」
助言に対しては素直にお礼を言って、席を立つ。窓の外を見ると、そろそろ夕刻にさしかかるようだ。
昨日よりは早い時間だけれど、大通りでも暗いなかを歩くのは少し苦手だ。今のうちに屋敷へ帰るべきだろう。
「キリ。今日はこの人たちを紹介してくれてありがとう。また明日ね」
「あ、お三方もありがとうございました。お話、参考になりました」
わたしが立つとユーネも立って、三人に頭を下げる。わたしも同じようにした。
礼節は大事だ。損はないのだからやった方がいい。この三人はクセが強そうだけれど、今のところキリ以外で知っている冒険者は彼らだけなのだから。
「ああ、お前ら実家住みか。マグ……なんとかってのが塩作ってるトコなら、海の方だろ? ちょい遠いな。暗くなる前に帰っとけよ」
「気をつけて」
戦士の男にしては意外と紳士的なことを言うが、そもそもマグナーンを知らなかったというのが驚きで呆気にとられてしまう。
シェイアは一言だけ。口数の少ない人なのだろうか。
「二人とも、また明日」
キリが笑顔で手を振ってくれた。……彼はこれまでの話を聞いて、どう思ったのだろうか。
少し気になったが、それは明日聞けばいいことだ。彼はまた明日と言ってくれたのだから。
「あ。キリ、これを渡しておく」
立ち去り際にシェイアの声が聞こえて、肩越しに視線を向ける。
テーブルごしに手を伸ばして、キリが彼女から本を受け取るのが見えた。―――分厚い本だ。羊皮紙代だけでもなかなかの値段になるだろう。
表紙がチラリと見えて、大きめに書かれた題名も読めた。
『初級魔術書』
「な……―――」
思わず踵を返した。ユーネが驚いた声で何事かを口にするが、意味は頭に入らなかった。
テーブルまで駆け戻って、キリの手にある本を指さす。
「ちょ……それ、どういうことっ?」
自分でも上手く理解できない感情が、焦りとなって胸を締め付けていた。




