新パーティの二日目
翌日は快晴だった。ちょっと暑いくらい。
のびをして起きて、出発の準備をして、隣の馬に行ってきますを言ってから、冒険者の店に行く。
いつもの朝だ。けれど約束があるから、今日も普段とは違うのだろう。
店ではシェイアが寝ぼけ眼で魚を食べていたので、同席して一緒に朝食を食べる。……彼女はたしか冒険者の店の宿を使ってないはずだけれど、朝食時はいつもいる。住んでる場所がけっこう近場なのだろうか。
シェイアはほとんど寝ているので、簡単に挨拶した他には特に話もしない。オートミールを食べながら店を見回すと、ウェインが珍しくいなかった。いたらまた騒ぎになりそうなので、少しありがたい。
昨日みたいに早く食べる理由もないので、ゆっくり食べる。オートミールは美味しいし量が多いから好きだ。ただ、ずっと味が同じなので最後の方は少し飽きる。僕はこれでお腹いっぱいになっちゃうけれど、普通は他にも何皿か頼むものらしい。
「来たわよ」
「キリ君、おはようございますー」
オートミールを食べ終わった頃に、リルエッタとユーネは来た。
リルエッタは昨日のことがあるからかバツの悪そうなふくれっ面で、ユーネはニコニコほわほわと微笑んでいる。二人とも昨日とは服が違っていたけれど、ちゃんとカゴを持って来ていたし、靴も歩きやすい物を履いてきていた。
「おはよう二人とも。準備はもうできてる?」
「もちろん。さっさと行くわよ」
「はい。朝食も済ませてきましたので、いつでも行けますよー」
たぶん、ウェインと会いたくないのだろう。すぐにでも店を出たいという雰囲気が漏れ出ているようで、ちょっと笑ってしまった。
「それじゃあ、このパーティの二日目の冒険、出発しよっか」
僕は足元に置いていた自分のカゴを背負う。……今日の冒険は、昨日みたいに失敗しないといいのだけれど。
「薬草採取で依頼される薬草は、草原の方だとあんまり見つからないんだ。薬草自体はあの辺りにもあるんだけど、町の近くならわざわざ冒険者に頼まなくっても集められるから、依頼には出されない。だから僕たちが採取する薬草は基本、町から少し離れた危険のある場所にあるわけだね」
街道を逸れて獣道に入って、木々の間を縫うように坂道を登る。当たり前だけれど、今日は昨日よりも先に進めていることに安心した。リルエッタは新しい靴だから少し心配だったけれど、昨日のように足が痛くなったりはしていないようだ。
「薬草採取の依頼のコツは、常に周囲に気を配ること。これは地面だけの話じゃなくて、魔物とか、大きな獣とか、蛇とか、そういうのに注意しないといけない。危険は絶対に相手より先に見つけないとダメ。後ろから襲いかかられたらなにもできずに死んじゃうから」
教えられたことと、自分で理解したこと。数少ないそれらを語りながら歩いて行く。
……正直、昨日の件で僕は彼女たちのことを、ちょっとダメな人たちなのではないかと疑い始めていた。あんな靴を履いてくるくらいだから、冒険のことは何も分かっていないのではないか―――それくらいのことを思っていて、だからこんな基本中の基本であろうことも丁寧に伝えるべきだろうと考えたのだ。
たぶんムジナ爺さんも、そういう気持ちで僕に教えてくれていたのだと思う。
「ちょ―――ちょっと、キリ。ちょっと待ちなさい」
まだ伝えることはあるけれど、さてどれから話していこうか。そう考えながら足を進めていると、意外なほど離れた声に呼び止められた。
振り向くと、リルエッタが木の幹に寄りかかり、ユーネは膝に手を突いて立ち止まっている。二人とも汗だくで、肩で息をしていた。
……歩くペースは、だいぶん遅かった気がするけれど。
「えっと……少し休もうか」
「そうして……」
「……山道って、疲れるんですねぇ」
山じゃなくて丘なんだけれど。
あと、獣道とは言っても実は人の手が少し入っている道だ。張り出した根っこは厄介だけれど、邪魔な枝は払われているから歩きやすい方である。
ただ……前に来たときとは違って、今日はあの日より少し暑い。木々の枝葉が日の光をだいぶん遮ってくれてるからそこまでではないのだけれど、僕もたしかにじっとりと汗ばんできていた。
「そういえば、二人とも水筒はある?」
リルエッタの柔らかそうな頬を伝う汗を見てふと気づいて、そう聞いてみる。二人とも首を横に振った。
これも僕の失敗だ。せっかく昨日買い物に行ったのに、カゴと靴以外のものに気が回らなかった。
二人は冒険初心者なのだから、少しでも知ってる僕が気づくべきだったのだろう。
「まだお金があるなら、また買いに行こう。今日はこれ飲んで」
僕は自分の腰につけていた、革袋の水筒を渡す。朝食の時、湯冷ましの水を入れてもらったものだ。
「……いいの?」
水筒を手渡されたリルエッタは目をパチクリさせて、普段よりいくぶんしおらしくそう聞いてきた。……彼女たちが水筒を持ってないのは気づかなかった僕のせいなのだから、当然だと思うのだけど。
「うん、僕は蔓を切るから大丈夫」
「蔓ですかぁ? どういうことなんです?」
僕の言ったことの意味が伝わらなかったのだろう。ユーネがそう聞いてきて、リルエッタも首を傾げていた。
たしかにちょっと言葉たらずだったかもしれないので、ちょうどいいから実践することにした。
周囲を見回し少し離れたところにある木に巻きついたお目当ての蔓を見つけ、僕はナイフを取り出す。
「この蔓をこうやって斜めに切ると、少しだけど水が出てくるんだ。飲み水がないときは役に立つから、覚えておくといいよ」
「わぁ、キリ君は物知りなんですねー」
「本当に少しね……。それで足りるの?」
「慣れてるからね。遠慮しないで、それは二人で飲んじゃって」
まあ水は僕だって欲しいのだけれど……正直、彼女たちの足が鈍ることの方が困る。途中で休憩は取ろうと思っていたけれど、その場所はまだ先だった。
本当は前回と同じところで休もうと思っていたのだけれど、ここで少し息を整えてもらった方がいいだろう。
リルエッタは何か言おうとして、けれどやっぱりやめたようだった。
それから僕に向き直って姿勢を正し、スカートの端をちょんと摘まんで優雅に一礼する。―――なにが起こったのか、一瞬分からなかった。
「ありがとう。貴方、意外と紳士なのね」
チェリーレッドの髪を汗で顔に貼り付かせ、胸元に手を添えてそう微笑んだ彼女にドキリとする。
お礼を言われたことも、僕がまったく知らなかった美しい姿勢と所作も、どちらも驚きで言葉が出なかった。シンシってどういうことなのだろう、という疑問はあったけれど、たぶん褒められたんだということは分かった。
喉が渇いているせいで僕が固まっているのに気づいていないのか、リルエッタはすぐに僕から目を離した。水筒の口を開ける。―――けれど、すぐには飲まずキョトキョトと周囲を見回し、ユーネと顔を見合わせて、二人で首を傾げた。
「えっと……これってどうやって飲むの?」
「え、そのままだけれど?」
二人はびっくりした顔をしたけれど、僕もびっくりしてしまった。もしかしてコップからしか水を飲んだことがないのだろうか。そんな人がいるのだろうか。
「そうね。冒険だもの。そういうものなのよね」
「お嬢様、これも冒険ですよー」
低っくいな冒険のライン。
水筒の口を開け、リルエッタはおそるおそる唇をつける。ゆっくりと革袋を持ち上げて、水を飲み込む。
コクリ、と可愛らしい喉が鳴った。
「……う……酷い味」
革の水筒、革の味と臭いが移るから水がすごくまずくなるんだよね。




