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仇討ち

 槍は射程の長い武器だ。だから敵とは距離をとって戦うのだと、一番最初にウェインが言っていた。

 他にも、そう―――。

 穂先を突きつけて牽制し相手の足を止めろ。細かく技を繰り出して間合いに入らせるな。槍をどう振るかより足をどう動かすかを考えろ。狭い場所で払いは使うな。先端に刃が付いてるんだから攻撃は常に全力である必要はない。一撃で相手を倒せる攻撃であることとそれが失敗したときの次手を用意することは両立できる。武器は丁寧に扱え。武器は丁寧に扱うな。ダメそうなら逃げろ。倒したらトドメはちゃんと刺せ。


 正直、一気に教えられても分からなかった。


 けれど……教えてもらった突きの型が、こう言っている。

 技を繰り出すときに大きく踏み込まないのは、重心を後ろに残すため。

 相手に容易く懐へ踏み込まれないように。踏み込まれても、すぐに後ろへ下がれるように。



「――――――っ!」



 声にならない叫びを上げて、後ろへ跳ぶ。左手だけで槍を思いっきり振り回す。

 ガン、と穂先が細い木の幹に当たって跳ね返って、追いかけてこようとしたゴブリンの鼻先を掠める。それで向こうの足が止まって、その隙にさらに二回後ろに跳んで距離を取った。

 右手を動かす。ずきりと肩が痛む。けれどちゃんと動く。


「ふぅっ、ふぐ……!」


 歯を食いしばる。肩の痛みに耐えながら、もう一度槍を構える。






 ゴブリンが振り下ろした短剣は僕の肩に命中した。腕が斬り落とされたのではないかと思うほどの痛みだった。

 けれど、こうして動かしてみれば右手はある。痛いけれど動く。槍も握れる。

 不思議に思ったけれど、理由はすぐに思い至った。


 鎧の肩当て。


 ゴブリンの力とあの錆びた短剣では、チッカにもらった防具を斬れなかったのだ。

 助かった。肩当てがなければ大けがしていた。チッカが鎧もなしに森へ行っていた僕のことを、無茶してるな、って言っていた意味がよく分かった。防具はすごく大事。

 けれど同時に、これも思い出した。



 ―――ハーフリング用の鎧は特別軽い。



 たしか、ムジナ爺さんがそんなことを言っていた。

 ということは……これが普通の人間用の鎧ならもっと痛くなかったのではないか。

 帰ったら値段を見よう。鎧をくれたチッカには悪いけれど、買えそうなら買う。


 ゴブリンが短剣を振りかぶって走ってくる。すごい形相で、口角を吊り上げて、

 また同じことをするつもりだろう。僕が焦って槍を突き出したら、それをたたき落とすつもりだ。そんな顔してる。

 だから、突きを繰り出すフリをした。


 ゴブリンが短剣を振り下ろそうとして、僕が槍を引っ込めて、あっという顔をしたゴブリンに向けてもう一度槍を繰り出す。

 すんでのところで跳び退かれて当たらなかったけれど、距離が開いた。相手の足も止まった。

 こちらから距離を詰める。槍を繰り出す。


「やっ!」


 狙うのは胸より上。腹の高さだと短剣ではたき落とされるかもしれないけれど、この高さなら受けるか避けるかしかできないハズだ。

 一度目は後ろに跳ばれて避けられた。二度目は短剣の腹で受けられた。

 三度目で、槍の穂先に炎が宿った。


「え、なにこれ?」


 驚いて思わず声が出る。なんでいきなり槍が燃えるのか。いったいなにが起こったのか。僕の槍は大丈夫なのか。

 繰り出した槍の穂先がゴブリンの顔を掠める。僕よりも炎に驚いて体勢を崩す。

 尻餅をついて、転ぶ。


 それは自分で作った隙じゃなかった。そもそもなにが起こったかも分からなかった。

 けれど、その好機は逃さなかった。



「―――あああぁっ!」



 槍を突き刺す。

 耳をつんざく断末魔。それと共に聞こえた、穂先の炎が傷口を焼く嫌な音。






 手に、嫌な感触が残っていた。肉を裂き、骨を削り、心臓を破った生々しい手応え。

 見開いた目を僕に向ける、相手の表情。痙攣する手足。肉と血が焦げる臭い。

 ムジナ爺さんの仇を討ったのに全然嬉しくなくて、槍を引き抜いてなお残る命を奪った感覚に……唇を噛む。


 そして、そんなことをしている場合じゃないと気づいた。


「そうだ、みんなは―――!」


 まだゴブリンは三匹いる。ウェインが二匹、チッカが一匹相手している。

 自分で一匹倒したからって終わったつもりになっていちゃダメだ。手が空いたのだから援護しなければならない。


「おう、お疲れさん」


 軽い感じで労いの声をかけてきたのは、金属鎧の戦士だった。しゃがんでいて、自分の膝に肘を突いて頬杖をついていた。

 その周りには四匹のゴブリンの死体が転がっていて、剣はとっくに鞘へ収まっている。


「一発入れられた時はヒヤッとしたよ。頭だったらヤバかったね。兜もあった方がいいんじゃない?」


 そう心配と安堵の混じった声で言ったハーフリングは、悠長に布きれでナイフを拭いていた。

 彼女の足下にも、死体が一つ伏している。


「右肩を診せて。応急処置ならできる」


 すぐ近く、五歩も離れていない場所から魔術士が出てくる。その手にはすでに水薬が用意されていた。


「…………もしかして、ずっと見てた?」


 信じられないものを見た思いで、けれど状況的にそうとしか考えられなくて、聞いてみると三人は顔を見合わせる。


「わりと最初から見てたが、ずっとってほど長くなかっただろ」

「ゴブリン一匹となら良い勝負するかなーって」

「私は援護した。他の二人と違って」


 この人たち、悪びれもしない。


「というかシェイアあんた、援護するなら魔弾とか火球とかで直接倒した方が早くなかった? 眠りとかでもいいけどさ。あれ、チビの方もビックリしてたでしょ」

「……そもそも、ウェインがわざと長引かせたのが問題」

「あー……元から一匹くらいガキんちょに回してやろうかな、とは思ってたけどよ。つか、それ言うならチッカだって二匹くらい相手できんだろ?」


 えっと……。つまり三人とも、全然本気じゃなかったってこと? それでさっさと他のゴブリンを倒して、ゆっくり観戦してたってこと?

 たしかに―――たしかに戦う前、ちょっと違和感があった。なんだか逃がさないことだけ考えてるな、って思ってた。相手は六匹もいたのに、勝つための作戦を全然練らないなって。

 そもそもの戦力が違っているうえ、こちらが奇襲を掛ける立場なら……そもそもそんなもの、考える必要はなかったのだろうけれど。


 こっちは本当に必死で戦っていたのに、見物してるってある?


「いや、ダメそうならもちろん助けに入ったぜ? どうやればカッコいいか考えてたくらいだ」

「そうそう、ナイフ投げる準備はしてたよ」

「もしもに備えるのは大人として当然」


 まっとうな大人ならすぐに助けに来てくれると思う。



「ま、なんだ。ムジナ爺さんの仇だからな。一匹くらいは自分で倒したかっただろ?」



 へらりと笑って言われて、そういう気の使われ方をされたのか、とやっと分かって、もう一度自分が倒したゴブリンを見る。

 苦悶の形相で空を見上げたまま、もうピクリとも動かないその死体を見ても、やはり嬉しさなんて欠片も沸きはしなかったけれど。


「あ…………」


 ムジナ爺さんのあの、ヒヒヒ、という笑い声を思い出して……そしたら、涙が溢れるように出てきて。



 声も抑えることができないほど、ボロボロと泣いたのだ。


 この一章を書く前は、十万文字はいかないだろう、とか思ってました。十五万文字オーバーですね。

 みなさんいかがお過ごしでしょうか。まだまだ見積もりが甘いKAMEです。


 さて、『冒険者ギルドが十二歳からしか入れなかったので、サバよみました。』一章はここまでです。

 いかがでしたでしょうか? 子供の主人公というのは初めての挑戦なのですが、上手く書けていたでしょうか。

 もし面白かったと思っていただけたのなら、とても嬉しいです。


 とりあえず、次章はさすがに一章よりは短くなる予定。

 それなりの長さにはなると思いますが、まあ十万文字はいかないでしょう。あくまで予定です。


 ……ところで今更ですがやっぱこの題名長いですね。今からでも変えようかな、とちょっと考え中です。変えるとしたらどんなのがいいですかね?

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― 新着の感想 ―
道しるべとは何かというのを深く考えさせられる構成 1章乙 みごとな構成でした〜 ウェインさんスキー 助けてくれた皆も好きー キリくんがんば!
生き抜くことの凄みが、不思議なスケールで描かれていて。胸に沁み入ります。
[良い点] 人の持つままならないものが表現されてて震えます。 [一言] この後が楽しみです。
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