生きるために
わしっ、と頭を掴まれた。グリグリ強めに撫でられる。
迷惑だったけれどその手は力強くて、抵抗しても地面しか見えなかった。
「いいかガキんちょ。これは受け売りの言葉だから、よく聞け」
「……ウェインの言葉ならよく聞かなくていいってこと?」
「なんとなく気づいてたけどお前、俺のこと馬鹿にしてねぇか?」
だってみんな、ウェインは馬鹿って言うし。
「まあいいや。いいか、こいつは冒険者の言葉じゃねぇが―――殺すために生きるな。生きるために殺せ」
「……生きるために、殺す」
やっと力をちょっと抜いてくれて、僕は首を捻ってウェインを見た。なんだかバツの悪そうな、微妙な表情をしているのはなぜだろうか。
「そうだ。俺たちはアイツらを殺した報酬で美味いメシを喰う。酒を飲んで騒ぐ。宿に泊まって寝台で眠る。ヤツらの命を畑の野菜みたいに刈り取って、今日は何匹ぶっ殺したって下卑た笑い話にする」
パチパチとまばたきした。なにを言っているんだろうと思った。
あのゴブリンどもはムジナ爺さんの仇だ。笑い話になんてなるはずがない。……というか、野菜みたいに命を刈り取るって、相手が魔族でもあんまりな言い方ではないか。
けれど。
僕たちは依頼を請けてここに来た。達成して店に帰ったら報酬を受け取るだろう。
お酒は飲まないし寝るところは厩だろうけれど、そのお金で食事はする。冒険者としてやっていくための道具も買うかもしれない。
生きるために、使う。きっとそうする。
「俺たちはその程度の理由で武器を握る。ムジナ爺さんが言ってたろ? 冒険者はみんなダメ人間のロクデナシだって。立派な正義もしけた悪意もいらねぇ。テメェのメシのために殺す。美味いもん喰ってぐっすり眠って、明日も馬鹿笑いして生きるために殺す。冒険者の本質ってのは、あそこにいるゴブリンと変わらんのさ。……だから、大層な目的に囚われるんじゃねぇ。これからやんのはただの仕事だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
……それは、たしかにゴブリンと変わらない気がした。同じようなものだ、と思ってしまった。
違うと言いたかった。一緒にするな、と怒りたかった。
けれどムジナ爺さんならきっと、ヒヒヒ! と腹を抱えて笑いながら頷いただろう。―――そして言うのだ。あの皮肉げな顔で上機嫌に、ヤツらの方が冒険者よりマシだろおよ、とかなんとか。
「ッハ、アンタの出自が分かりそうな高説だ。冒険者の仕事は魔物討伐だけじゃないよ」
鼻で笑って、呆れ声。たしかにチッカの言うとおり、魔物討伐だけが冒険者の仕事じゃない。僕がいつもやってる薬草採取だって殺さない。
「ま、殺すために生きるな、ってのは同感。気合い入るのは分かるけど、あんな顔してたらよくないものになるよ」
「……僕、どんな顔してた?」
「爺ちゃんなら腰抜かして逃げてる」
ムジナ爺さんなら、本当に逃げるかもしれない。
そうか。そんな顔してたのか。
「仇討ちは仇討ち。力むのは仕方ない」
いつの間にかすぐ後ろにいたシェイアが、僕の背中にポンと手を置いた。
「けれどムジナなら、周囲の警戒くらいする」
言われて、視界がバッと広がった。慌てて周りへ視線を巡らす。……森の中、動くものはない。ゴブリンを警戒しているのか、鳥すら近くでは鳴いていない。
それを確認して、ほっと息を吐く。―――僕は今まで、あの大きな木の下のゴブリンしか見ていなかった。
視界を広く持て。常に周囲に気を配れ。そう、教えてもらったのに。
「力を抜け、ってこった。ガチガチだと死ぬぞ」
ポンポンと僕の頭を優しく叩いて、ウェインはやっと手を引っ込めた。
……なんだか、すごく下手な気の使い方をされた気がした。僕の緊張を解くにしても、もっと上手い言い方とかあったのではないか。
神官さんならもう少しまっとうに、神さまの話とかを引用してどうしたらいいか教えてくれるんだけど。
僕はゆっくり息を吐いて、ゆっくりと吸った。
槍の柄を握り直す。……大丈夫。もう余計な力は入れない。
これからやるのは討伐依頼。仇討ちでもあるけれど、だからってそれで視界が狭まってしまうのはダメだ。他ならぬムジナ爺さんに教えてもらったのだから、それくらいはやらないと申し訳が立たない。
「―――ありがとう。それで、どうするの?」
ゴブリンに動きはない。距離があるからこちらの会話も届かなかったのだろう、気づかれてもいないようだ。
「そうだねー。奇襲をかけるのは簡単だけど、森だしね。バラバラに逃げ出されると厄介かな」
チッカは思案顔だ。……ゴブリンは六匹。森の奥へ違う方向に逃げられたら、追うのは大変だろう。
「ヤツら、逃げ足は速いからなぁ」
ウェインが嫌そうな顔で辟易した声を出す。なんだか本当に嫌そうだ。もしかしたらゴブリンに逃げられたことがあるのかもしれない。
スライムにもひどい目に合わされたことがあるって話だし、ウェインって結構そういう目に遭っているようだ。
「一気に全部は倒せないの?」
「やつら、微妙に位置が離れてやがるからな……俺も金属鎧だからこれ以上近づくと音でバレそうだし。ここから走っても気づかれて、寝てるヤツら起こされてそのまま逃げるとかありそうだわな。倒せるのは三匹ってトコか」
それではダメだ。半分も逃がすわけにはいかない。できればここで全部倒すべきだ。何かいい手はないだろうか。
「任せて」
僕らが思案する中、自信満々にそう言ったのはシェイアだった。
そうか、魔法使いの彼女なら普通の人にはできない手段があるに違いない……そんなふうに期待して振り向くと、なぜか彼女は意味ありげな視線を僕に向け、微笑んでいた。
「いい作戦がある」
ゴブリンに見つからないよう気をつけながら、石を集める。大きすぎず小さすぎず、なるべく手頃な石がいい。
数はそんなにいらない。五だとちょっと不安だから、十個くらいか。
石なんてその辺にあるから、すぐに集まった。両手で抱え持って事前に決めていた茂みの陰に向かう。
三人はもう位置に付いていた。それぞれ別の場所だ。ゴブリンはまだ呑気に喋っていたり、寝ていたり。
……先に見つけるということが、どれだけ重要なのかよく分かる。先に見つけられると言うことは、相手に準備させてしまうということだ。
集めた石を地面に置いて、ついでに背負っていた槍もその隣に置いた。今日はカゴを持って来てないから抜くのは簡単だけど、この方が拾って構えるだけだから早いだろう。
ふー、と息を吐く。はー、と息を吸う。
石を選んで、一個を持った。他のと比べて少し小さいけれど、持ちやすいもの。今が一番距離があるから、一番軽くて狙いが付けやすい石がいい。
これは村の大人に、絶対にやっちゃダメと言われたこと。危ないから、痛いから、酷いことだから、間違ってもやってはいけないと教えられたこと。―――殺してやる、とかなんとか言ったくせに、すごく抵抗感があるのだけれども。
「……そっか、冒険者はロクデナシのダメ人間だから、こういうことも平気でできるようにならなきゃいけないのか」
ふと思い出した言葉に妙に納得してしまって、もう一度息を吐く。
そして、立ち上がった。
茂みから身を晒しても、ゴブリンはこちらに気づかなかった。こっちはあんなに慎重に身を隠していたのに、なんだかすごく馬鹿みたいだ。
少し、イラッとした。
「っやあ!」
思いっきり石を投げる。できれば当てたい。けれど、最低限届けばいい。
投石は綺麗に放物線を描き、声に気づいたゴブリンがこちらを向いて、狙い違わずその顔に命中する。ぎゃあ、と悲鳴が上がった。
よし。
「ムジナ爺さんの仇だ、ゴブリンめ!」
地面の石を拾って、もう一度投げる。ちょっと焦ったから狙いが甘かった。今度は命中しない。木の幹に当たって、カンと乾いた音を立てる。
石を当てたゴブリンがこちらを睨んだ。額から血が出ている。そいつと談笑していたゴブリンもこちらを見た。そいつが大声で叫んだ。
寝ていた他のゴブリンどもが起きる。
さらに石を拾って投げつける。ちゃんと狙ったけれど、今度は避けられた。もう一個石を拾う。
ゴブリンも地面に投げ出していた武器を拾った。棍棒や錆びた短剣など。……ゴブリンは武器も使うのだ。あんなものを振り回してくるのだ。その光景を想像して、背筋に震えが走った。
投げる。当たらない。すごい形相で睨まれる。呼吸ができない。打ち合わせでは、もっとなにか言うはずだった。思いつく限りの悪口を言わなきゃいけない。けれど声が出なくて、それでも逃げるわけにはいかなくて、あいつらに背中なんか絶対に見せてやりたくなくて、さらに石を拾う。
「――――――ッ!」
怒声をあげて向かってくる。やつらに見えているのは僕一人。ゴブリンよりも小さくて細っこい子供が一人だけ。
だから、武器を持って向かってくる。怒りにまかせて向かってくる。
石を投げつける。もう当たったかどうかは確認せず、一番大きい石を拾って投げる。
ギャ、と悲鳴が聞こえて、それでも向かってきて、あっという間に距離を詰められて。
一番前のゴブリンが叫びながら、棍棒を振り上げる。
「らっしゃい!」
茂みに隠れていたウェインの剣が、そのゴブリンを横から斬り伏せた。




