槍舞
一面、黄色の花畑だった。
夏の強い日差しが燦々と降り注ぐ。その陽光に似合う花だと思った。
あんまりにも綺麗な光景で、きっとこれは幻想の世界で、僕の手には槍の代わりに紫の花が握られていた。
通り抜ける風に無数の花たちがお辞儀していく。強い香りに包まれながらその光景を目で追って、彼を見つける。
黄色の花畑に座り込んだその人は……長い耳が片方欠けて、右目を失って、左脚を斬り落とされて、脇腹に穴が空いた傷だらけのその人は、口の端を歪めて嫌そうな表情を浮かべて周りを眺めている。
なんだろう、大きくため息なんか吐いて、妙にやさぐれているような。
彼が僕を見つける。存在を認める。
ちょっとガッカリしたような表情になって、それから少しバツが悪そうな顔をして、ああここに来てほしかったのは僕じゃなかったんだなって分かった。
失礼な人だな。でも申し訳ない。まあでも、逆によかったんじゃないか。ちょっとホッとしてるようにも見えるし。
仕方がなさそうな顔をして、彼は指をパチンと鳴らす。
実際に音はしなかったように思えて、そういえばさっきから音が全然聞こえないなと気づいて、黄色の花の一つが槍に変じるのを見た。
涼やかな風に花弁が舞った。その中に紫が混じっているのを見つけて、いつの間にか僕の後ろに紫の花畑が広がっているのを目にする。
なるほどなぁ、と頷いた。まったく分かってないけれど、きっとこうしないといけないのだろう。
僕も手に持っていた紫の花を槍にする。今まで手にしてきたどんな武器よりも魂に馴染んだ。
トン、と。
無音なのに軽い足音が聞こえるような、そんな気兼ねのない踏み込みをされて、黄色の槍を突き出されて。
タン、と。
クルリと回転して避けて、翼のように紫色の槍を振るった。
下向きの突き、振り上げ、回転させて石突きでの打撃。
振り下ろし、足を掬う薙ぎ、そのまま一回転しての側頭部殴打。
互いに攻撃を重ねて、そのすべてが空振りしていく。嘘のようにあらゆる技が相手に届かない。それどころか花弁の一枚すら散らせない。ただ二人で舞うように戦う。
それはそうだ。だって殺意がない。殺す気がなければ殺せない。それでもこれ以外にできることがない。
まるで空回り。なんとも僕ららしい。
よく分からない人だったな、と思った。自然と過去形で感じた。けれどやっと、少しこの人のことが分かった気がした。
べつに深く関わったわけでもないし、すごくお世話になったとかでもないんだけど。まあでも、分かったからには貰っておこうかな、と思って手を差し出す。
その手を叩かれて、ああこの拒絶は本気だな、と分かって肩をすくめた。けれどそれはそれとしてムッとしたので、槍を突き出す。
頬に当たって、彼を少し削って、そしたら向こうがニィと笑った。
うん。そうだよね。分かってる。
今、ここしかないよね。
あなたがあなたでいられるのはもうこんな場所だけで、それももう時間がないんだよね。
黄色を紫が浸食していく。僕は攻撃の回転数を上げていく。彼も槍を繰り出す速度を上げていく。
一つ、槍を振るうごとに分かっていく。一つ、槍を振るわれるごとに分かっていく。
死にかけのくせによくやるな。時間が無いのにギリギリまでやる気なのか。そんなに僕だったのが気に入らないのか。
いや、違うな。道連れにする気かな。
困ったな、それはダメだ。
周囲が暗くなってきた。僕らを中心にしたつむじ風が花弁を盗んでいく。黄色も紫も、みるみるうちに花が散って枯れていく。
焦りはしなかった。むしろ心地よいとすら感じた。ただ目の前の相手にだけ集中する。自然と自分が一番自信のある構えをとる。
最初に教えてもらったもの。槍でもっとも基本。なんの変哲もない、ただの突きの構え。
もっとも繰り返してきた技。
相手も構えをとる。……なんだろあれ?
肩幅に脚を開いて、僕に対して槍を真横に、柄の中程を持っている。なんで?
爪先が内側を向いているのが不気味だ。あの立ち方では避けるのも難しい。柄の真ん中あたりを握ってるから槍の長さを捨てている。あんなの絶対ないでしょ。槍は相手に穂先を向けて構えるものだ。バカにしてる。
怒りを込めて踏み込む。黄色と紫の花弁が舞い上がる。槍を突き出す。
相手が腰を回した。槍に槍を被せられた。攻撃の軌道を変えられる。半身になった彼の横を抜けていく。同時に、相手は一つの動きでしかしてないのに、刃先が僕の首を狙う。
兎獣人がそんな技使うな。―――あなたらしいけども。
さらに前へ。前へ。前へ。
がむしゃらに前へ。
柄が首を叩く。頭が吹っ飛ばされそうな衝撃を気合いで耐える。バランスを崩して倒れる。
受け身は考えなかった。倒れながら回転する。
槍を突き下ろそうとする相手と目が合う。下から槍を繰り出す。
黄色が、紫が、互いの心臓を貫く。




