割り込み
たぶん、ダメ。
そう思った。どうしてか、そう思ったのだ。
勘でなんとなくとかではなく、もはや確信に近い。そうならなければおかしいとまで感じた。
だから骨の槍を構える。ダルダンも、ニグとヒルティースも倒れている。神官さんとコルクブリズは限界だ。ウェインとペリドットがやられれば、もう僕が前衛をするしかない。
後衛を逃がすために殿を務める。それを静かに覚悟する。
氷雪の華だった。
無数の華が咲いた。視界一面の花畑が、月明かりを受けて淡く輝いた。
まばゆいほどに美しい光景に、現実が揺らぐ。
これまでもあれは、サノを護るように何度も何度も展開していた。でも結局なんなのかは分からない。
正直、サノのイメージではない。彼は頭が良く合理的で、けれどそれが行きすぎたようなところもあって、花を愛でるような人柄には見えなかった。
それに、なぜ夏の花なのか。氷で表現する造形としてはもっとも似合わないというか、アンバランス過ぎやしないか。あの形は本当にサノが選んでいるのだろうか。……そんな疑問は、その光景を目にして花弁が散るように消えた。
サノの身体を捕らえたはずのウェインの剣が、ペリドットの槍が。
同士討ちのようにお互いを貫いていた。
二人の攻撃はそんな軌道ではなかったし、そもそもそんな失敗をするような戦士ではない。けれど二人が倒れて、震えながらサノが立ち上がって、彼の欠けた身体を構成していた氷がまた固まっていく。
理不尽な結果。ダメだという予感はしたけれど、アレはない。おそらくあの氷雪の華の本当の力なのだけれど、こんなの馬鹿馬鹿しくてやってられない。
空間でも歪めたのか、それとも因果とか不文律とかに干渉したのか。普通に戦うしかない自分たちをバカにしているのかと思いたくなるようなズルを使われ続けている気分。
けれど不思議と、驚きはしなかった。こんな反則技を使われたらもうどうしようもないなと、むしろストンと気分が落ち着いた。
ウェインとペリドットは倒れている。生きているか死んでいるかも分からないけれど、もう動くことはできまい。
神官さんとコルクブリズが氷の花畑に倒れる。なにもされていないのに意識を落とす。……魔術の使いすぎではないだろう。これもあの花のせいだと思う。
おそらく僕らは間に合わなかったのだ。
サノはきっと完成してしまったのではないか。この世界のものではなくなってしまったのではないか。なら、もはや倒す方法はないのではないか。
たぶん、それは諦観だったのだろう。そして諦めは決意だった。選択肢が減って、もはや動ける者だけでの敗走しか選べるものはないのだから、迷う必要はなくなった。
あとは僕が精一杯時間を稼ぐだけ。
「―――なるほど、説明感謝する。だいたい分かった」
声が聞こえた。冷静で、場違いなほど落ち着いた声。少し離れた、遺跡の方からだ。
そこには……片腕を無くしてもはや戦闘不能の黄虎族の女王マシェリがいた。虎獣人の戦士ワプナンもいて、クンクがオロオロとしている。
そして、もう一人。
獣人ではあった。けれど、黄虎族ではなかった。
さっきまで僕らと共に行動していて、そしていつの間にか姿が見えなくなっていた少女。どこに行ったのだろうと思っていたけれど。
「……ラミルン?」
「ああ、すまなかったなキリネ。遅くなったが参戦する」
「な……待て! 貴様、正気かっ?」
マシェリが血相を変えて止める。腕ずくでもいいと残った方の手を伸ばす。
けれどいくら彼女でも、あれほどの手負いで万全の兎獣人を掴めるはずもない。ひょいっと跳んで避けて、トン、と僕の横に軽く着地する。
「もちろんだ。正気だったら冒険者になどなろうと思わないだろう?」
それは正気じゃないってことだね。
「まあ、正直あまり気は進まないのだがな。似合うとも思わないし、なによりワタシじゃ役に負けている。とはいえそうも言っていられないだろうし、僭越ながら出しゃばらせてもらうしかない」
不思議な物言いだった。
なにか特別なことをするつもりなのだろうか。こんな状況でなにをやるつもりなのか。
「まあ成功するかも分からないのだが。……冒険とはそういうものなのだろう?」
「うん。そうだね」
聞かれて、自然と頷いた。そういうものではないけれど、そういうものだ。どうせ僕らは間違っているのだから、それは矛盾のままでいい。
ラミルンが弓に矢を番える。サノを狙って構え、弦を引き絞る。
そして。
「―――女神よ!」
声を張り上げる。
今のこの場で意識のある全員の注目が集まる。意識混濁しているサノですら視線を向けた。
「大地母神アーマナよ! 我が声を聞き届けられよ! ワタシは兎人族の戦士、ラミルン。草原を駆ける者の意、我らが悲願であるこの名を今、地上すべての母なる貴女にお返し奉る!」
高らかに上げた声は、最高神アーマナへの呼びかけ。名の返上。マシェリがなぜ正気を問うたか分かった。
本気か。―――本気だ。
ドクンと心臓が跳ねる。その一鼓動で全身の血が沸き立つような気がした。諦観など微塵も無くなっていた。
「大地母神の祝福を乞い願う! 猛き戦神の加護をここに! 大いなる神々よ、どうか砂かぶりで御照覧あれ!」
月にまで届くような大言が。
「今このときより、ワタシは英雄サノの名を継ごう!」
一面に咲いた氷の花畑がすべて砕け散る。
サノの残った左目が見開かれる。
ラミルンが矢を放つ。
矢を追うように、槍を構えて駆けた。




