里長の槍
―――君はいずれ、そうやって英雄になるだろう。
かつて、僕はこの人にそう言われたことがある。
僕は英雄になる。ただしそれは、無謀な依頼を請けて死んで都合のいい虚像にされる、という意味でだった。
絶対になりたくないと思ったのを今でも覚えている。無茶をやるたびに記憶が蘇ってくるほどだ。
でも、僕が思うに……あれは忠告ではなかった。
あの台詞は、忠告なんてものでは決してない。
海猫の旋風団リーダー、太陽の輝き宿すペリドット。
彼はどこまでも冒険者であり、己が冒険者であることに誇りを持っている。だからこの戦士は冒険者が冒険者であることを否定しない。冒険者は自由であるべきで、その自由には無謀に死ぬことすら含まれる。
だから彼は、実力に見合わない仕事なんか請けるなとか、危険なときは退けとかなんて言わなかった。ただ無謀に死んだら笑いものにするとだけ言った。まったく本人とは違う美化された虚像などではなく、バカなことをして死んだ僕を僕のままバカにしてあげると言った。
彼もまた自由に生きる者だから、冒険者として死んだ者のことを覚えておくことが、己の同類のことを忘れないことだけが、彼にできる死者への手向けなのだと。
その美学が、今の僕には少しだけ分かる。
「今の彼は攻撃が通っていないんじゃない。ちゃんと攻撃を受けた場所は破損しているし、その場所は氷で補っている。―――なら、さすがに頭を潰せば殺せるサ」
死をも尊重する彼が、サノを元に戻そうだなんて半端に生やさしいことなんかするわけもなく。
戦士は、ただ討ち倒すためだけに敵へ眼光を向ける。
「あのサノは力に振り回されているみたいだわ。ここで逃げて時間を与えてしまったら、勝てるものも勝てなくなるかもしれない。たしかに、ここで止めるしかなさそうね」
リルエッタが前線を眺めながら、現状を把握する。
今はウェインが前衛、テテニーが遊撃、コルクブリズと神官さんが回復と補助でなんとか保っている。
いや、保っている、というか誤魔化していると言った方が適当か。マシェリはどうやら脱落のようで、今は前線から離れながら耳を垂れさせたクンクを叱っている。
「アレと戦うって、それは死ぬ覚悟キメるってことだよ。つまりこういうことだけど、分かってる?」
リルエッタにそう言いながら、チッカが僕になにかを投げてくる。
緩やかに飛来したそれは、槍だった。
「……これって」
「サノのだよ。落ちてたから拾ってきた」
兎獣人の槍。それも里長であるサノが持っていたそれは、決して造りがいいとは言えないが、素材はずいぶんと強力な魔物のものを使っているように見えた。
どれだけ大きな魔獣のものなのだろうか、削り出した骨の長柄と、魔石化しかけた爪の槍先。鍛冶で鍛えられた金属の洗練さはないけれど、獣の鼓動のような荒々しい力を感じた。
たぶん僕が無くした槍よりも威力は出そうだな、と分かる。恐いから普段使いしたいかは微妙だけど。
「ちょっと! キリも前線に行かせる気なのっ?」
「まさか。足手まといになるだけでしょ。ウェインとペリドットが死んだとき殿になってもらうだけ。そんときはチビ、絶対死ぬけど五秒は足止めしな。そしたらあたしは逃げられるから」
「チッカだけ逃げるのに五秒なら、倍は必要だね」
槍は元々筋力が低い兎獣人用に軽く、動きながらでも取り回しがしやすいよう短めに造られているのだろう。それは、それでも僕には少し重かったが……使えないことはなさそうだ。
大丈夫。どうせ腕が上がらなくなるほど長引きはすまい。
「いいかいみんな? サノ君は今、ドンドンと正気を失っている」
ペリドットが長い髪を後ろで纏める。本気で闘うときはそうするのだろうか。初めて見た。
「治癒魔術かけましたー!」
「肉体強化かけた」
ユーネとシェイアの魔術が完成した。槍を杖にして歩くのがやっとだったペリドットの傷が塞がり、血色と共に精気を取り戻す。
「だから、サノ君がサノ君のまま死ねるのはここしかないのサ」
……この状況で。
凄惨に笑みながら、ペリドットが槍を回転させる。指の調子を確かめる。
そうだった。この人はそういう人だった。
無謀に死んだら笑いものにしてあげる。美化された虚像なんかじゃなく、愚かに死んだバカ者として覚えておいてあげる。美学か、あるいは自分もそうしてほしいのかは分からないけれど、なんにしろそんな価値観を彼は持っている。
だから気にしていたのは、本当に今なら倒せるかどうかではない。勝てるかどうかなんて考えてない。そんな些細なことは度外視している。
この人はイカれてるから、きっとそうなんだろうと思う。
ペリドットが走り出す。チッカがため息を吐いて回り込む。シェイアが、リルエッタが、ユーネが、呪文を唱える。




