いいや、勝てるね
失敗した、と撃つ前に分かった。
前に一回やっただけ。禁止されたから練習もしていない。そのうえ、今持ってるのは槍じゃない。
身体を完全に魔術陣にすることはできず、激痛と共に不完全で放った突きはそれでもサノの歪んだ腹部を弾き飛ばす。
棒が折れた。文字通り木っ端微塵になった。完全ではなくても、それだけの衝撃は出した。
ぐるん、と。サノの身体が捻れた。腰を起点とせず腹部だけで半回転し、上半身だけが真後ろを向く。―――気持ち悪っ、と思った。
弾け飛んだ腹部が凍り付いていた。ギャリギャリと氷の破片を散らしながら見下ろされた。
竜巻のように、氷剣が薙ぎ振るわれる。
「ガチで後でシメるからな、ガキんちょ!」
受け止めるのではなく、氷刃に刃を添えるように。力を流すようにして、氷剣の向く方を変える。
普段のウェインからは想像できないような、繊細な技。けれど彼の本気はむしろこっちなのだと、僕は知っていた。
魔力弾がサノの肩を穿つ。目に見えて怪我をしたわけでもないのに、治癒の魔術が激痛をやわらげる。
「キリ、退きなさいっ!」
技が不完全だったからだろうか。以前は何日も寝込んだほど反動があったけれど、今回だって痺れるような痛みが全身を駆け巡ったけれど、今回は動けた。
全力で後ろへ退く。武器がないから足手まといにしかならない。
「イカれた神官や魔術士と同じ臭いがするね……」
「この世界ではないところから、この世界に適応していない魔力を引っ張ってる。毒を呼吸して動いているのと同じ」
「アレが末路ってことね! よく見ておきなさいよ、キリ!」
邪教の神官とか邪術士とかは見たことないけど、さすがに今のサノとは違うのではないか。だって殺せば死ぬでしょそいつら。
「ダラァ!」
ウェインが気合いと共に剣を一閃した。左の鎖骨から右足まで、サノの胴体が斜めに血を吹く。すぐさま血が凍り傷口が塞がれる。
鎖骨が両断されたはずの左腕がしなる。鞭のように黒氷の剣が振るわれる。紙のように金属鎧が裂ける。
テテニーの蹴りがサノの側頭部に決まる。吹っ飛ばされる。ウェインが自身の怪我もかまわず踏み込む。
突如なにも無かった場所に咲いた氷雪の華がその行く手を阻む。
ムチャクチャだ。
怪我に怯まず反撃してくるのはいい。それくらいはする相手もいる。けれど壊した箇所が一瞬で使えるようになるのはダメだ。僕の時もそうだったけれど、完全に意識の外から攻撃が来る。
これは直感だけれど、あれは魔物よりも不死族に近い気がする。
負の魔力で肉体を無理矢理動かすリビングデッド。さっき見下ろされたときに目が合ったが、暴走した彼の瞳に理性の光はなく、精神も身体も制御が効かないサノはまさしくそれに見えた。
ただし、彼はまだ生きている。……生きているのに、制御が効かなくて肉体にも心にも負担をかける動きをしている。
それがいったいどれだけの苦痛を伴っているのか。あるいはそれすらも衝動に塗り潰されて感じなくなっているのだろうか。
改めて見て、なんだか酷く悲しく見えた。サノがサノでなくなっていく。そんな気がした。
「シェイア。あれ、どうすれば戻せるの?」
「戻らない」
即答。分かりきった愚問だとでも言うように。
「逃げるべき」
ああ、そうなのだろう。シェイアが言うなら逃走すべきなのだろう。分かる。今のサノは異常だ。
サノは兎人族の里長だ。それは兎獣人では一番強いという意味で、近接戦ならおそらくテテニーよりも上だろう。……でも、それでも通常時の彼はウェインやペリドットより強い気はしなかった。
なのに今はペリドットを含む大勢の実力者が倒れていて、ウェインも明らかに苦戦している。もしサノが手が付けられないほどの力を得ているのであれば、留まる道理はない。
「でも、逃げたらここにいる全員が死ぬわ」
「そ、それはダメなのではー……」
リルエッタとユーネも、今のサノの異常さは分かるのだろう。だって一目瞭然だ。ここで退いたらどうなるかくらい、簡単に予想がつく。
でも……だから退けないのか、それでも退くのか、低ランクの僕たちに決定権があるはずもない。
「勝てない相手からは逃げる。当然だね」
チッカが首を横に振る。彼女はそう言うと思ってた。
ハーフリングである彼女はそもそも戦いが苦手だし、種族的にも逃げを選ぶ。さらに言えば、この中でもっとも冷静な判断ができる。
恐怖しているのではない。冷たいのではない。ただ、あのサノを前にして、チッカが逃げを選ばない理由がない。
「いいや、勝てるね」
反対意見は予想外の方向からだった。
見るからに満身創痍で、槍に寄りかかるように杖にして、脚を引きずるように近づいて来た彼は、それでも不敵に笑う。
「いいや、いいや! この太陽の輝き宿すペリドットが断言するよ。あれには今しか勝てないね! だから協力したまえ。……なあに、負けたら無様に散るだけサ。それもこの上なく冒険者らしいだろう?」




