祈りの聖撃
槍に貫かれて、獣人の腕力に抑えられて、両腕の剣が止まる。
その機を逃さず二人の神官が跳び込む。
女神官が高らかに大地を踏み鳴らした。音と共に両の腕も氷雪の華も、一帯の氷がすべて弾け飛んだ。サノの目が見開かれる。
その技は、祈りの聖撃、と呼ばれるらしい。
数え切れないほど一つの技を反復し、極地を迎えてなお積み重ねたそれはもはや、敵を倒すためでも己の向上を目指すものでもなく。
神に祈るように、日々の感謝を神に捧げるように、自身がその技のためにあることを確認するように、撃ち続けた先にあるもの。
忘我の境地でなければ人が神と繋がることは叶わず。
故にその一撃は、祈りのように放たれる。
「―――アーマナ神よ、どうか愚者への慈悲を」
男神官の術式が完成する。魔術を発動するのではなく、術式のみを完成させる。
「ご加護を!」
無我の領域、神と繋がる導線、純粋な無属性に至った女神官の肉体に、術式を同期する。―――狂気の沙汰だろうそれは。
本来は周辺の魔力を掌握、そのすべてを己の身体を通して相手に叩き込む技なのだろう。それだけでも人としての限界はとうに超えているのに、その技の特性を利用した上で術式を一つ無理矢理足した。
カラトアの身体中から血が噴き出す。無属性ではない魔力の負荷に肉体が耐えきれず、血管が盛大に爆ぜる。
撃つだけで死すら覚悟する連携。それでもカラトア神官は眉一つすら動かさなかった。
ただ祈るように。数え切れない研鑽を重ね続けたその技は、それと同じ重さの信頼と共に、一切の淀みなく放たれる。
サノの胸へと、叩き込まれる。
衝撃に吹き飛ばされた。劣化した石レンガの遺跡の壁に叩きつけられた。けれど肉体の痛みよりも、強制的な意識の覚醒の方に痛痒を感じた。
怒りが静まって初めて、自分は怒っていたのだと理解する。衝動に身を任せていたのだと分かる。全身から力が抜けてやっと、この力が自分のものではないと知った。
冷え冷えとした禍々しい邪気。ゾワゾワと全身を苛むような、鳥肌の立つおぞましいなにか。そんなものに溺れそうな感覚がして、酸素を求めるように仰ぐ。
夜の空が見えた。さめざめと輝く月が見えた。
「サノ!」
自分の名を呼ぶ声がした。涙まじりの声だった。
気づけば周囲は酷い有様だった。身体は動かなくて、兎人族も冒険者も虎獣人も、その場のほとんどの者が倒れていて、自分に覆い被さるように覗き込んできた女神官も血まみれの涙顔で。
ああつまり、自分は間違ったのだろうなと、そのときに理解した。
「カラトア……神官」
自分はこの神のしもべを利用するつもりでいた。そのために信用を勝ち取らねばならないと思っていた。だからその信用が崩れ去ったとき、なにもかも終わったと思った。
違うのだ。大地母神の愛はすべての者に平等であり、そしてその懐はどこまでも深いのだから。
敬虔な神職である彼女ならば、一度や二度相容れなかった程度で差し伸べた手を引っ込めるはずがない。また最初からでも、どれほど傷ついたとしても、いずれ分かり合える日のために何度でも積み重ね続けるに決まっているのだと……こちらが信じるべきだった。
「ひっでぇ有様っスね。ぶち切れたらそうなるのは、知らなかったっスよ」
「テテニー……」
兄妹のように育った兎人族に見下ろされる。
衝動に身を任せたことがなかったから、自分も知らなかった。むしろ自分に衝動があったことが驚きなほどだ。
「ご気分はいかがですか? 戻れそうならば治療しますが」
コルクブリズ神官の声がする。そちらを向こうとしたが、痛みで首を巡らせられなかった。
彼にも迷惑を掛けてしまったな、と思いながら、その愚問に笑う。腹のあたりがスースーするのが可笑しかった。おそらくは欠けている。痛みはない。ただ悪寒と共に意味不明の力が渦巻くようで、気持ち悪くて吐きそうだった。
「頼、む」
声が擦れる。自分がどんどん自分じゃなくなっていく感覚があった。
「殺してくれ」
自分はもう戻れない。
今もジワリジワリと、魂の底から魔力が染み出してくるのが分かる。これは自身のものではない。だから止められない。
治療など必要ない。これほど肉体が傷ついていても心しか痛まない。どうせ血も流れてはいまい。
自分の中で何かが産まれようとしていた。着々と育っていた。それが分かっていながら、自分ではどうしようもなかった。
だから、どうかこれ以上は罪を重ねさせないでくれと、心から懇願する。
「よい覚悟だ。その願い、妾が聞き入れよう」
黄虎族の女王の声。
ああ、頼もしい。神官たちもテテニーにも、自分を殺す責はない。彼女なら躊躇いなく殺してくれるだろう。
どうやら動けるのはこの四人だけのようで、他の戦士たちは倒れていた。自分が倒したらしい。手練れのドワーフや槍使いも動けないようだ。自分と決闘した虎獣人も膝をついている。……それでも、死んでいる者はいないらしい。それはよかった。
死人はたった一人、自分が首をはねた前里長だけ。
ああでも、それだとダメか。自分の代わりがいない。代理の里長を決めなければ。
「……テテニー。すまない。次が決まるまで、里長をやってくれ」
「げ。マジ嫌なんスけど」
「いいからやれ」
自分もお前に頼むのは嫌だよ。でも他にいないんだよここに。
まあ、これでいい。テテニーは昔からお転婆で適当だったけれど、今の自分よりはマシだ。たぶんどうにかするだろう。
「もう心残りはないか?」
黄虎族の女王が覗き込んでくる。鋭い爪をこちらに向けてくるが、雷撃はない。彼女ももはや満身創痍だ。
それでもまだ間に合う。今の自分なら、あの爪に引き裂かれれば死ぬだろう。
「ああ、大丈夫だ」
答える。大丈夫、自分はどうせ上手くやれてなかった。後悔はあるが、これが最善。
虎獣人が腕を振りかぶる。いいな、やはり獣人はそうでなければ。
爪が振り下ろされる。
「―――いえ、これからでしょう」
嘲笑うような声がして、黄虎族の女王の腕が氷剣によって斬り飛ばされる。




