魔女の予言
魔力と生命力は同一のものであり、それは陰陽の関係を持つ。
魂から精製される魔力は血流のように肉体を巡るが、その過程で一部が活性化して生命力になっている、というようなことらしい。
人族でも獣人族は活性化している生命力が多く、それが身体能力の高さに関係しているとのことだ。それは獣人は魔力が少ない原因でもある。
ただの受け売り。いつか黄虎族の国に立ち寄った魔女の言。
彼女は一つ、予言を残した。
雷を纏う。
つまりこの技は獣人の少ない魔力を消費し、本来生命力に回されるものまで使い込むもの。それが底をつけば生命力すら変換し、それでも足りなければ魂から前借りする。
怒りをトリガーに発動するため制御しにくく、使いすぎれば最悪は死ぬか、魂に穴が空くだろう。
問題ない。全力でやってもあと数秒はもつ。
「……行けます」
女神官が胸の前で拳を握り、静かに声を出す。準備が終わったようだ。
その技はどうやら精神集中が必要らしい。おそらくは十秒弱。戦闘中に使うには絶望的な時間だ。
奥義だなどと言っていたが、普通の戦いでは使えないだけだろう。……反面、それだけのタメを必要とするにもかかわらずなお頼るほどの技ならば、かなりの威力が期待できる。
「ではやりますよ。マシェリ殿」
「ああ、任せろ」
コルクブリズの、大一番直前とは思えない落ち着いた声。思わず笑みが漏れる。
再度のタメの時間など作れそうにないだろうし、自分の限界的にもこれが最初の一回で、最後の一回だろう。
ここで決めなければならない。そんな土壇場で冷静でいられる者が後ろにいてくれるのは、この上なく頼もしい。
「これでダメだったら逃げましょう」
……訂正。やはり頼りにするのは間違っていた。
「逃がしてもらえると思うのか?」
「無理でしょうね。ですが、倒せないならせめて、なんとしてでも逃げて危機を伝えねばなりません」
―――違いない。幼体とはいえ魔王だ。無尽蔵の歪んだ魔力は、いずれこの辺り一帯を魔界化するだろう。濃い瘴気が充満する区画に正常な人族は立ち入ることすらできず、そうなる前に討伐隊を組む必要がある。
まあここは黄虎族の国であり、民がまだ隠れている以上、女王が逃げるわけにはいかないのだが。
「虎獣人の戦士は血の気が多くてな」
まだ戦士たちは戦っていた。とはいえそろそろ限界か。
……希望的観測だが、攻撃が通らないわけではない。両の腕の剣と氷雪の華の花弁、そして兎獣人の脚はすべての攻撃を防ぎ、躱していくが、それは当たれば通るということ。ただし相手の攻撃はまともに喰らえば即死だろうから、攻撃ばかりというわけにはいかない。
結果、互いに防御主体。戦いは消耗戦の様相を見せていた。――それは圧倒的なほどの魔力を有するサノ側が望む展開であり、自分たちのために時間稼ぎをしてくれている冒険者側が誘導した。
「冷静に戦局を見るのは、いつも妾の役目だった」
思えばあの童もそうだった。頭が良くて、できる範囲内で常に最善の次手を打つ。若年故にまだ甘いところはあったが、思わず舌を巻いたものだ。
面白いな。たまにはこういうのもいい。
「だが今日は、その窮屈な役目は放棄していいらしい」
全力で、力を解放する。
駆ける。雷の力で加速する。
弾き飛ばされたドワーフの横を抜ける。
膝をついたワプナンの肩を叩いてやる。
バック宙で下がる兎獣人を目くらましに踏み込む。
緑髪の戦士が槍で跳ね上げた氷剣の下を潜る。
このまま倒せるか。そんな淡い期待は、壁のように咲いた氷雪の華に阻まれた。
見ていたから分かる。殴れば華は砕けるが、その一瞬の間にサノはその脚力で間合いを取る。決死の覚悟で距離を詰めても振り出しに戻される。
障壁としては脆い。しかしノータイムで何枚も出されると厄介だ。数で勝る冒険者側が攻めあぐねる理由がこれだった。
「―――だが」
対策を考える時間はあった。たとえそれが、身を投げ出すようなものであっても。
左肩から華にぶつかる。ただの障壁なわけがなく、左半身が一気に凍り付く。氷を電撃で弾き飛ばす選択は無視した。そのまま右腕を振るう。
時間稼ぎの壁を無理矢理突破する。
おそらく、あの神官たちはサノを戻そうとしている。しかしそんな甘いことを言っていられるほど甘い相手ではないし、そんなものに付き合うような義理もない。
ここで殺す。
「黄虎族の女王よ」
雷纏う右の爪が相手の腹に届く。
「あなたにも、謝りたい」
氷が割れる音がした。サノの右脇腹が砕け散る。しかし血液は出なかった。傷口が一瞬で凍りつき、抉れた部分が氷で覆われる。失われたものが透明な代用品で補填される。
……すでに、人ではないか。
氷剣が振るわれる。首を狙われる。
耐久力の高い大型の獣人と戦うとき、兎獣人はよく首を狙ったという。頭骨は硬いし、心臓は正面からしか狙いにくい。機動力で翻弄しながら戦う彼らがもっとも狙いやすい急所が首だった。
死が迫る。
「―――フッ」
トン、と。音が聞こえた。槍の先端が氷剣の刃先を止める音。ほんのわずかなズレも許されない、このギリギリの戦闘中に目を疑うような神技。
「慣れない武器だからだろうね。攻撃が単調すぎるよ」
戦士が笑う。槍が氷の剣を穿つ。そのまま中の腕を串刺しにする。
雷を纏う。身体をねじ込む。刃が食い込むのも構わず逆側の剣を掴む。
「アーマナ神よ、ご加護を」
どちらの声だっただろうか。あるいは両方の声だったかもしれない。
二人の神官がサノの懐へ跳び込む。




